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◆ 夢見たのは「未来」、それはもう一つの「未来」
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「…ここに、龍の加護を受けし勇敢なる騎士、新たに生まれん。その名は―」
恐竜帝国、マシーンランド。
大広間に、帝王ゴールの穏やかな低い声が朗々と響き渡る…
中央に赤いじゅうたんが敷かれた広間には、多くの恐竜兵士やキャプテンたちが集い、それを静かに聞いている。
彼らの見つめる先には…玉座の前、膝を折って礼の姿勢をとったまま、微動だにしない少女。
緊張のあまりか、かすかにその面持ちが強張って見える…
奇妙なことに、その少女は「ハ虫人」ではなく…「人間」であった。
その少女の「名前」は…
「―『エルレーン』。これをもって彼の者に正龍騎士資格を与え、キャプテンの位を授けん…!」
「…ありがとう、ございます…!」
すっくと立ち上がり、おしいただくようにして、帝王が差し出した銀の腕輪…それは、恐竜帝国軍キャプテンの証(あかし)…を、そっと受け取るエルレーン。
念願のキャプテンの位、その証である銀の腕輪…
ずっと望んでいたものをついに手に入れた彼女の顔に、ぱあっと晴れやかな笑みが浮かぶ…
気持ちが高ぶってしまったのか、その腕輪をぎゅうっと両手に包み込んだ彼女の瞳には、いつのまにか涙がうっすらと浮かんでいた。
…と、腕輪授受の儀式が終わるや否や、大広間中から大きな拍手が沸き起こった。
広間を揺るがすかと思えるような拍手の中…エルレーンが見回す視界の中には、たくさんの笑顔。帝王ゴール、ガレリイ長官、バット将軍も…
その場にいる誰もが、たった今誕生したばかりの新しいキャプテン…龍騎士(ドラゴン・ナイト)を称え、惜しみない拍手を送っている…
「おめでとう、エルレーン!」
「よかったな、エルレーン!」
「うん、…ありがとー、ありがとー、みんなー!」
恐竜兵士たちから、祝福の言葉が降りかかる。
その言葉に振り向き、軽く手をふって答えるエルレーン。
喜びと興奮、みんなから祝われるちょっとした恥ずかしさに、その両頬が薔薇色に染まっている。
かわいらしい笑顔をふりまくエルレーンに、誰もが心から祝福を送る…
「いやー、早いもんだなぁ。あぁのエルレーンちゃんが、もうキャプテンなんてなぁ!」
「おいおいお前、もう気軽に『エルレーンちゃん』なんて呼べねぇんだぞ?!
何てったって、今やりぃっぱな龍騎士(ドラゴン・ナイト)様なんだからな!」
その様子を見ていた恐竜兵士の一人が、感慨深げにため息をつきながらそう言う。
まるで、成長した自分の娘を見て、長かった昔の日々を思い出す父親のようなセリフ。
…と、隣の兵士がすぐそれに突っ込んだ。
「あっ、そっかー!」
「…でもさぁ、当の本人があれだもん、いいんじゃない?」
「…違ぇねぇ!あっはははははは!」
が、また別の兵士の指摘に、二人ともすぐに納得し…彼らはみんなしてげらげら楽しそうに笑い出す。
指摘する兵士が、指を差して示した先には…感動のあまりか、賜った銀の腕輪にうっとりと頬ずりしている、エルレーンの姿。
まるで、ずっとねだっていたおもちゃをようやく買ってもらった子どものようだ…
そんな、本当にうれしそうな彼女の様子に、皆自然と微笑みを誘われる…
「はう…やぁっとなの、うれしー…☆」
「おめでとう、エルレーン…いや、もう…『キャプテン・エルレーン』、かな?」
「!…ルーガ!」
と、感激に浸るエルレーンの肩に、ぽん、と誰かの手が置かれた…
それは、キャプテン・ルーガ。
自慢の弟子が、とうとうキャプテンにまで昇進(プロモーション)したのだ…うれしくないはずがない。
そのため、普段は冷静沈着そのもののキャプテン・ルーガだが、今日ばかりは多少浮かれ気分のようだ。
「ふふ…これで、お前も誇り高き龍騎士(ドラゴン・ナイト)の一員だ!恐竜帝国のため、その身を賭して『敵』に立ち向かうのだぞ!」
彼女は穏やかに微笑みながら、少しからかうかのようにそう言ってみせた。
「…?」
…が、そう言われたエルレーン。何故か、きょとんとした顔をして、黙り込んでしまう。
「…ん?…どうした?」
「…」
「?」
そんなエルレーンの顔を覗き込み、問い掛けるキャプテン・ルーガ。
すると、その当人は…今、新たに軍の要職、責任重い地位たるキャプテンの一員となった少女は、不思議そうな顔をして…いつもの口調で、問い返した。
「…『そのみをとす』って、…なあに…?」
「…!…ふふ、あっはははは!」
「…?」
その、あまりのいつもどおりのエルレーンの様子に、思わず笑い出してしまうキャプテン・ルーガ。
キャプテンになろうと、エルレーンはまったく変わらない…
幼女のような、ふわふわしたエルレーンのままだ。
そして、それが彼女の魅力でもあるのだが。
「…ったく、お前はいつまで経ってもアホのままだな、エルレーン!」
「!…ラグナー!」
その声に振り向くと、いつのまにか兄弟子の姿がそこにあった。
自分より先にキャプテンの位を得たラグナだ。
「本当にお前がキャプテンとしてやっていけんのかぁ?」
「むー!ラグナに心配されなくっても、私、だいじょぶだもんッ!」
「はは…そうだな、お前ならきっと大丈夫だろうよ、エルレーン」
「…ルーガ先生、本気ですかぁ?!…こいつ、いつまでたってもこんなほえほえぷーのままじゃないですか!
正龍騎士になるには100年早い、って気が…」
エルレーンの頭を、まるで手まりのようにぽんぽんはたきながら、「ほえほえぷー」な「妹弟子」を一通りくさすラグナ。
…とはいえ、その顔にはまぎれもない笑顔が浮かんでいるし、口調も明るい。
彼もまた、自分の昇進をうれしく思ってくれているというのがすぐわかる。
だから、エルレーンも…わざとちょっとふくれっつらをして、そのからかいに言い返してみせる。
「もー!ラグナはさっきからうるさいのー!すなおに『おめでとう』って言ってよー!」
「はいはい、おめでとうさん!」
「むー!何かてきとーなのー!」
「そんなことねぇって。…ま、一応…お前は俺の、…不肖の『妹弟子』だからな!」
「ら、ラグナこそ、『おにーさんでし』のくせに、いっつも意地悪するぅ…!」
「…お前ら、いい加減にしないか」
その二人の低レベルな言い争いがある程度続いたところで、さすがにキャプテン・ルーガがそれに口をはさんだ。
「!…る、ルーガ」
「ルーガ先生…」
師匠の言葉に、恐縮して黙り込む二人。
しゅうん、となって、こころもち恥ずかしげにうつむいてしまった。
「まったく…恥ずかしいと思わないか?!ゴール様の御前で!」
「はは…よいよい」
困ったような口調で説教するキャプテン・ルーガを、玉座から笑っていさめるのは、帝王ゴールだ。
彼は、今日の主役に視線を向け…穏やかな、威厳ある声で言葉をかける。
「…噂通りのはねっかえり娘だな、エルレーン…まあ、それもよし、だ。
…だが、自覚は持ってもらわねば困るぞ」
「ゴール様…」
「何しろ…お前も、これからキャプテンとして部下を率いていくことになるのだからな。
竜騎士(ドラゴン・ナイト)として、誇りを持って歩むがよい」
「はい…!…私、ゴール様のために、恐竜帝国のために、これからもがんばっちゃいます!」
「ふふ…」
しっかりと視線を注ぎ、新しくキャプテンとなった少女に言葉をかける帝王…
その、期待と信任に満ちた視線を、エルレーンは誇らしく受け取った。
…自分のいのちは、自分を信じてくれるこの偉大なる帝王、そして…大切な、恐竜帝国の「仲間」のためにある。
彼女は、そう心底信じることが出来た。何の嘘偽りもなく。
はっきりとそう答え、明るい笑顔を見せるエルレーンを前にし、帝王は…ゴールは、満足そうにうなずいた。
「…そんでっ、いつかは副将軍になるんですぅ☆」
と、少女はきゃらきゃらと笑いながら…帝王を相手にしているとはとても思えないほどのおちゃめな態度で…そう宣言し、自分の将来を語ってみせた。
「…副将軍?」
「将軍ではなくて、か?」
「はいっ!」
その答え…「副将軍になる」という答えに多少驚き、聞き返すゴールたち。
が、いぶかしげな顔をする彼らに、エルレーンはやはりにこにこ笑ったまま、こっくりとうなずいて見せた。
「ほう…それはまた、何故だ?」
「何故って?それはぁ…」
少しばかり、勿体つけた口調で。帝王ゴールの瞳を見つめ、彼女はこう言い放ったのだ。
「…ルーガが将軍になるから、私は副将軍になるんですぅ!…で、ルーガのお仕事、私がおてつだいするんです!」
「?!」
「ほほう…成る程、な」
「え、エルレーン…」
彼女の言葉からは、自分の師匠のことが好きで好きでたまらない、だから、ずっといっしょにいたい…
そんな気持ちが感じ取れる。
そのかわいらしい将来展望に、思わず微笑みを誘われるゴール。
…一方、当のキャプテン・ルーガは多少困惑気味のようだ。
彼女のせりふがうれしくなかったわけではないが、何しろ…その場には、自分の直属の上司であり、現将軍職にあるバットもいるのだから。
「おぅおぅ、どうするバット将軍?」
「ははは、だが、まだまだ渡さぬよ、将軍の地位はな!」
…が、もちろんバット将軍も、そんなことに目くじらを立てたりはしない。
ガレリイ長官のからかいに、にやっと笑って応じる…
まだまだ自分は現役だ、とからから笑ってみせる。
「す、すみません…こら、エルレーン!」
「馬ァ鹿、お前がなれるんだったら俺が先になってやるよ!…そしたらお前のこと、俺の補佐ぐらいにはしてやってもいいぜ!」
慌ててエルレーンの軽口をいさめるキャプテン・ルーガの横では、エルレーンの頭をぐしゃぐしゃにかきなぜながら憎まれ口を叩くキャプテン・ラグナ。
エルレーンが見上げた彼の顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる…
「うふふ…!」
二人を見上げ、うれしそうにエルレーンは微笑んだ…
信頼できる「仲間」たちに囲まれる彼女の心には、静かなよろこびが満ちている…
…と、その彼女の視線が、ふっと玉座のほうへ向かう…
すると、玉座の主、ゴールと再び、目があった。
一瞬の空白の後、どちらともなく二人は微笑んだ…
そして、ゴールが彼女にもう一度、期待の言葉をかけた。
「…それでは、今後のお前の活躍を期待しておるぞ、エルレーン…いや、」
ふっ、と軽く笑み、ゴールはそこで一旦言葉を切る。
そして、改めて…新たなる気高き龍騎士(ドラゴン・ナイト)の「名前」を彼は呼んだ。
「…キャプテン・エルレーン…!」
「…はいッ!」
力強く答えるエルレーン。
その凛とした声には、軽い緊張と…そして、責任ある位、キャプテンであるという自覚と誇り。
きらめく透明な瞳に、希望と強い意思を映し込んで―



「…!」
さあっ、という、かすかな衣擦れの音が、机に向かって書きものをしていたリョウの耳に届いた。
「…ん、エルレーン、起きたのか…」
どうやら、眠り込んでいたエルレーンが目を覚ましたようだ…
そう思いながらリョウが振り向いた、その時だった。
「…?!…ど、どうした、エルレーン?!」
「…っく、ううっ…ひっく…!」
彼女の様子を目にしたリョウは、慌ててベッドサイドに駆け寄る。
…簡易ベッドに寝ていたエルレーンは、毛布を跳ね上げ、上半身を起こした状態で…泣きじゃくっていた。
肩を震わせながら必死で涙をぬぐう彼女の両目からは、透明な涙が次々と零れ落ち、毛布の上に染みをつくる…
「どうした…?怖い夢でも見ちまったのかい?」
「う、ううん…!」
リョウは、今だ哀しげにしゃくりあげているエルレーンをそっと抱きしめ、その背をやさしくなぜ、落ち着かせようとする。
だが、エルレーンは、彼の問いに首をふり…こう答えた。
「わ、私が見たのは…と、とっても、すてきな夢だった…!」
「素敵な…?」
「うん…!」
「すてきな夢」を見た、と言うにもかかわらず、哀しげに泣きつづけるエルレーンに、リョウは困惑しきっている。
彼女の透明な瞳からは、涙が止まることなくあふれ出てくる。
涙にむせぶ彼女の唇からは、哀しみに震える言葉がもれ出てくる…
「エルレーン…?」
「…だけど、もうかなわない夢…!あれは、きっと…もう一つの、すてきな…!」
「…?!」
リョウはその意味がわからない。
わからないから、涙を流しつづけるエルレーンを慰める言葉もなく、ただ彼女を抱きとめてやることしか出来ない…
「…!」
リョウの胸の中で、エルレーンは泣きつづけた。
今得た「未来」と引き換えに、失った「未来」。
それは、もう二度とありえることのない、一つの可能性。
皆が皆選ばず、捨ててしまった可能性…
そのあまりの重さ、そして甘美さに…エルレーンは、今さらながら涙を流した。
…涙をいくら流しても、もはや自分たちの犯した罪が許されることなどないことを、十分すぎるほど知っていても…


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