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◆ 「眠り姫」の御成り!
(ドウゾヨロシクオネガイシマス。〜
 彼女には存在しなかった、「未来」)
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「うっひょーーーっ、確かに甲児の言ったとおりだわさ!すっごい格好だわよん!」
「だろだろ?!」
「…?」
その部屋に入るなり唐突にあがったボスと甲児のうれしげな大声に、ちょっとびっくりした風を見せる少女。
隣に立つハヤトは、ド派手なエルレーンの格好にエキサイトする「仲間」たちの姿に…多少同感するとともに、静かに苦笑した
(今気づいたが…エルレーンはブライト艦長に着せられたジャケットを、いつのまにか脱いでしまっている)。
ここは、アーガマ・娯楽室。会議を終えて解放されたゲッターチームの姿がある。
エルレーンはあまり長時間起きてはいられないのだが、今日は余裕がある…ので、せっかくだから他の「仲間」たちとも顔合わせさせることにしたのだ。
「よ、エルレーンちゃん!俺は…」どたばたと走りよってきたボスと甲児。
気安く声をかけてくるボスに、エルレーンは笑顔で応じた。
「ボス君…だよね?」
「お、俺のこと知ってんのかよ!うれしいわね〜!」
「変わった、『名前』だね?『ボス』って…他の人より、短いんだね」
「!…ふふん、でもそいつは違うのよ。本当の『名前』じゃないんだわさ」
ふと、何か思いついたらしいボス。
にたり、と音がしそうな笑いを浮かべ、唐突にそんなことを言い出した。
「ぼ、ボス?!」
その言葉に、甲児はおろか、ハヤトたちも仰天する。
何と言うことか、今まで誰も聞いたことのない極秘事項をとうとう彼は自分から明かそうというのか。
誰も知らない、聞いたことのない…ボス、その人の本名を。
「そうなの?…じゃあ、本当の『名前』は、何て言うの?」
「ふふ、聞いて驚け…俺様の『名前』は」
のんびりした口調でそう問うエルレーンに、もったいぶって…わざとらしく、一拍置く。
…そして、彼は一息で言い切った。
「『じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ』だッ!」
「…?!」
その「名前」の超特急に、エルレーンは目を丸くする。
「…」
「ぼ、ボス…くだんねぇいたずらしてんじゃねえよ…エルレーンが困ってんだろ」
…一方、「とうとうあの謎が解明されるのか」と期待して聞いていた甲児たち。
明らかに、がっかりした、という風情だ。
「にょほほほ…でも、ちっと面白くなかったか?」
「エルレーン…まともに相手すんなよ」
「…ふうん…じゃあ」
…が、しばし腕を組んで、何やら考え込んでいたエルレーン。ぽつり、と小さな声でつぶやいた。
「…ん?」
何と言ったのか聞こえなかったボスが、もっとよく聞き取ろうとエルレーンに一歩近づいた…その瞬間だった。
にこり、と微笑んだエルレーン、ボスに向かって…
「今度から、そう呼んだほうがいいよね?…ね、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ君?」
「おわッ?!」
ブレス(息継ぎ)無しで、一気に発声された彼女のセリフにのけぞるボス。
「え、エルレーン…こ、このネタ知ってたのか?!」
「ち、違う!…今、覚えたんだ!」
「え?!」驚く甲児にハヤトが説明を加えてやった…
が、そんな説明がにわかに信じられるはずもなく、彼は間の抜けた声を上げている。
「うーん、でも…不思議だねぇ」
「な、何が?!」
腕組みをしたエルレーンが、小首を傾げている…
うかつに彼女の疑問を問うたベンケイ。
一瞬後に、彼はすぐ後悔した。
「だってさ、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ、っていう『名前』がさ、どうして『ボス』になっちゃうのかなー?」
「う、す、すげえ…!」
だらだらと長いその「名前」を、彼女はすらすらとよどみなく口にする…
だが、聞いているほうの脳には、その一気呵成の情報量はいささか多すぎ、もはやオーバーフロー気味だ。
だが、彼女はさらに言葉を継ぐ…
「…そりゃあ、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけっていうのは長すぎるから、短い『名前』をつけるのはわかるけど、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけのどこを取ったら『ボス』になるのかなー?やっぱり、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこ」
「や、やめてくれエルレーン!き、聞いてて頭痛くなってくる!」
…さすがに、延々と続くそれには音を上げた。
ハヤトが途中で横槍を入れ、その「名前」の羅列をやめさせる。
「?」
「と、ともかく、あいつは『ボス』!そう呼んでやれ!頼むから!」
「…?…うん、わかったの!」
目をぱちくりさせたエルレーン。理由はわからないながら、他でもないハヤトが言うなら…と、素直にうなずいて了承した。
「はあ…しかし、すっごい格好だよな」
と、感嘆の声をもらすのは、いつの間にかそばに寄ってきた豹馬だ。
「本当本当…」甲児も応じる。
だが、当のエルレーンは、自分のバトルスーツがそのような評判をとっていても、その意味するところがいまいちぴんときていないようだ。
「そーお?でも、私、前からずっとこんな格好してたんだもん」
「へ、へー…」
「これー、リョウが私に買ってくれたんだよー!」
「ふ、ふーん…」一生懸命しゃべっているエルレーンに対し生返事を返しながら、何故かにやついている甲児。
…彼は、相手にばれない程度に、さりげなく、できるかぎりさりげなく背伸びをしていた。
…そして、上方から、エルレーンのまとっているビスチェの胸元、そのすきまに視線を走らせている。
…何故なら、その中身の部分は…外見からは、見えそうでなかなか見えなかったからだ。
そのいじましい努力と動機のアホさ加減に敬意を表し、ハヤトはあえて注意することをしなかった。
…まあ、その気持ちはわからないでもないから。
「…」
「…ん、健一…?!」
…と、豹馬の注意が、そばに立っているはずの健一のほうに向いた。
無言のままの彼にいぶかり、彼のほうに向き直ると…
「…」
…こともあろうに、ボルテスチームリーダー剛健一は…口をぽかんと開けたまま、あっけにとられたような顔で、エルレーン…そしてその露出度の高いバトルスーツ姿に釘付けになっていた。
スレンダーでセクシーな身体。細いウエストライン。すらっと伸びた美しい脚…そして整った顔立ち。
「お、おい、健ちゃんってば…」
目の前でひらひら手を振っても、肩を叩いても、反応なし。
「…」健一の目線は揺らがない…まさに釘付け。
無言のまま、エルレーンに見とれている…そして、とどめにはなぢまで出している。
「…ダメだ、聞こえてねぇ」
豹馬は最後に、あきれ顔でため息を一つ。ある意味しあわせそうなので、放っておくことにした。
「…?」
その熱っぽい視線に気づいたらしい。エルレーンも、健一のそばに寄ってきた。
「どーしたのー、…剛、健一君?」
「!!…え、いや、あの!…ななな、何でもないですッ!」
当人に話しかけられるに至り、さすがに我に返ったのか、真っ赤な顔で手をぶんぶん振り、平気を装う…
はなぢを吹きっぱなしのままで。
「でもー、おはなから、血が出てるよ?…かぁいそうなの」
はなぢの止まらない様子の健一を心配げに見つめるエルレーン。
そっと手を伸ばし、それを拭ってやろうとする…
「い、いえ!ぜんぜん平気ですッ!」慌てて後ろに一歩跳びすさり、それを固辞する健一。
…今より自分に近づかれでもしたら、はなぢが「出る」どころではなく、床に血の池をつくってしまうかもしれない。
「え、でもー…」
「…エルレーン、お前がもう一度、そのブライトさんの服おとなしく着とけば、治るぜそいつ」
「え?!…い、いや、結構です!そんな必要ないです!っていうか、ぜひそのままでいて下さいッ!!」
微苦笑しながらハヤトが「治療法」をアドバイスしてやる…
が、それを聞くなり、首をぶんぶん横に思いっきり振って、きわめてはっきりと主張する健一。
多少の出血を見ようが、何が何でもそっちのほうがいいらしい。
「…?」
「…素直な奴…」首をかしげるエルレーン。ハヤトはただ一言、そんな感想をつぶやくのみだった。
「…ふ、ふんっ!な、何さ、健一ったらデレデレしちゃって!」
「まったく、甲児君も…!鼻の下伸ばして、馬ッ鹿じゃない?!」
輪から少しはなれたところで、そのリーダーの情けない有様にあきれかえっているのは、ボルテスチームの紅一点、忍者少女・岡めぐみだった。
さやかやちずるもそれに同意し、うんうん、とうなずきあっている。
普段は「男性」として見ている「流竜馬」が、いきなり別人のような…いや、実際別人(らしい)、「女の子」の「エルレーン」になってしまった。
もちろん彼女たちだってその格好の派手さに度肝を抜かれたことは抜かれたが、それ以上に…
そのエルレーンに対し、いきなり「ひなたに置きっぱなしにしておいたアイスクリーム」のようにでろんでろんになってしまった野郎どもの態度が気に障る。
はっきり言って、面白くない。
「…そ、そりゃ…ふ、普段、あんなハンサムでキレイな顔してるんだから、女の子の格好してたって、似合うかもしれないけど、変じゃないけど…」
「…て、ていうか、け、結構…か、かわいいけど、」
「で、でも!いくらなんでも、あの格好はやりすぎよ!」
「そ、そりゃあんな格好してたら、誰だって…」
「…あ、あんなに、ウエスト、細かったら…た、確かに似合うけど…」
「…」
…が、だんだんと彼女たちの声は勢いをなくし、ついには無言になってしまう。
そりゃあ悔しい。
…悔しいが、認めざるを得ない…
…確かに、エルレーンは…野郎どもが一発で虜になってしまうのも無理はないくらい、とってもかわいくてスレンダーで、そして、その過激な服に包まれた細身の身体は、(同性である自分たちから見ても)たまらないくらいにセクシーだった。
あっけらかんとした陽性のそのお色気は、いやらしいどころか、むしろ見ていてまぶしいくらいだ…
どこかじとっ、とした視線が、エルレーンを射る…
と、その視線を感じたエルレーン。ふと、視線の主に目をやった…
「…!」
「…?!」ところが、その途端、彼女の顔はぱあっと真っ赤になり、困ったような、戸惑ったような表情が浮かぶ。
そして、慌ててハヤトの背に身を隠してしまった…自分たちから隠れるように。
その反応に驚くさやかたち。
「?…エルレーン、どうしたんだ?」
「どったのー、エルレーンちゃん?」
「…」
が、真っ赤になったエルレーン、何故か何も言わないまま。
ハヤトの背中に隠れたまま、ちょっとうつむき加減になり、心持ちもじもじした様子を見せる。
両頬を覆うように手を当て、もじもじしながら…ちらっ、とだけまたさやかたちのほうに目をやり、すぐまた視線をそらしてしまう。
「…お前、何…照れてんだ?」
「はぅ…だって…」
また、ちらっ、と視線をさやかたちのほうに向け、瞬時にぱっ、とそらす。
「…き、キレイな、お姉さんが、いっぱい…わ、私のこと、見てるの…は、はずかしい、の…ッ」
『…!!』
その言葉にさやかたちの目がきらーん、と光った…その、0.5秒後。
「やーん、照れてるの、かわいーい!」
「恥ずかしがらなくってもいいのよ、仲良くしましょ☆」
「…!」
…現金なもので、一瞬のうちに態度をころっと変えたさやかたち。
エルレーンを取り囲み、きゃあきゃあと黄色い声を上げている…
一方、「キレイなお姉さん」たちに捕まってしまったエルレーン。
かあっ、と頬を薔薇色に染め、恥ずかしげにうつむきっぱなしだ…
囲まれている人垣よりも頭一つ分背が高いだけ、その表情の変化がはっきりはたからも見て取れる。
「きゃあ、真っ赤になってるー!」
「かわいいー☆」…だが、そのしぐさすら、どうしようもなくあどけなくて愛らしい。
むしろ彼女たちを喜ばせるだけだ。
「エルレーンさん、私…」
「さやか…さん、弓、さやか…さん、だよね?」
「!…やぁん、うれしー!私のこと、知っててくれたのね!」
「ね、ね、アタシたちは?!」
「…岡、めぐみ、さん、…南原、ちずるさん」
「そうー!そうよ、エルレーンさん!」
「これから仲良くしてね、エルレーンさん!」
「!…うれしい、な…うふふ、ありがと…☆」
すると、エルレーンは…実にうれしそうに、にこおっと微笑んだ…したったらずなしゃべり方で、しあわせそうに礼を言う…
「…!」その、まるきり子供のようなかわいらしい微笑み…普段のリョウなら絶対にしないような。
母性本能を揺さぶるようなあどけなさに、彼女たちのこころは一気に撃ち抜かれた。
その時、彼女たちの胸の辺りから、きゅううん、というような効果音を聞いた様な気すら覚えたベンケイ。
一応、隣に立つハヤトにちょっと聞いてみた。
「…うーん…なあ、ハヤト」
「…何だ?」
「エルレーンって、ひょっとして…世渡り上手?」
「…いや…あれは、素だ」
あっさりとしたハヤトの答えに、ベンケイは「やはりそうなのか、そうだろうなあ」とうなずくのだった。

「…ん?何やら賑やかだな」
「!…賑やかなはずだよ、…ほら」娯楽室の前を通りかかった、ブライトとアムロ。
わやわやとなにやら楽しげな雰囲気がそこからもれでてくることに気づき、ちょっと中を覗き込む…
アムロが指差した先には、あの少女の姿があった。
「!…あー、ブライトさんだぁ」その声に、エルレーンがくるっと振り返る…
ぱたぱたとブライトのそばに駆け寄ってきた。
「あ、ああ…」
「あっ、これ…返すねぇ」
…と、脱いだまま手持ち無沙汰にしていた、ブライトのジャケットを彼に手渡そうとした。
「!…だ、ダメ!着てなさいッ!」
「むー…!」ぷうっ、とふくれるエルレーン…リョウなら絶対にしないような、子どもっぽさ炸裂の表情。
だが、ブライトが再度それを着るように言ったので、渋々ながら再びジャケットに袖を通す。
「えー、もったいねぇー!」
「余計なこといわないでくださいよー!」そのブライトの命令に、すかさず外野から不服の声が飛んでくる(野郎どもの間から)。
「もう!お前たちみたいなのがいるから、私はあえてそう言ってるんでしょーがッ!」
「…?」
そんなことをやいやい言い合っているブライトと甲児たち…
が、話題にされている当の本人は、なんのことだかさっぱり理解できないらしい。不思議そうな顔で、小首をかしげている…
…と、先ほどのボスの「名前」一気読みで酷使したせいか、乾いたのどにいがいがした痛みが走る。
彼女はけほけほ、と少しせきこんだ。
「!…何か飲むか、エルレーン?」
「うん…!」ハヤトの促しに、微笑むエルレーン。
「あら、ちょうどいいわ。…あそこのテーブルにいろいろ置いてあるから、好きなのとっていいわよ」
すると、ちずるがそう言いながら、ちょっと離れたところにあるテーブルを彼女に示してやった。
テーブルのそばに寄ってみる。
そこには、グラスやらトランプやらに混じって、数本飲み物が無造作に置かれている。
エルレーンは、その中からオレンジジュースのびんを選び出した。
「…」しかし、エルレーンはそれをすぐに開けて飲もうとはしない。
右手でびんの口を握り、とりあえず上下にしゃかしゃか振ってみる…透明なびんの中で、鮮やかなオレンジ色の液体が踊る。
「どうしたんですか、エルレーンさん?」
「…ん、っと…」妙なことをするエルレーンに、健一が問いかけるが…彼女が答える前に、ハヤトがさっさと解答を出してしまった。
「!…ああ、それ開ける奴なら…ほら、これ」
「…?」ポケットに入れている万能ツール(ナイフやコルク抜き、栓抜きにドライバーやミニハサミなどのついた…いわゆる「十徳ナイフ」だ)を取り出し、エルレーンに放ってやる。
開いた左手でその万能ツールを受け取った彼女。
いったんびんをテーブルに置き、改めて万能ツールをいじりまわす…
「…!」そうしているうちに、その万能ツールの側面から、板状になった何かを引き出せるようになっていることに気づいたようだ。
そして、彼女が引き出したのは…
栓抜きではなく、刃渡り13cm程度のナイフだった。
にこっと微笑むエルレーン。これだ、と思ったらしい。
そして、ナイフの柄となったツールの胴体部分を右手で握り締め、テーブルに置かれたびんに視線を移す…
すうっ、と、そのまま右手をゆっくり上げていく…
その目つきがにわかに真剣になる。呼吸を整え、タイミングを計る…
「え…?」
「ちょ、ちょっと、エル…」びんの栓を開けるのにナイフを取り出し、振り上げているエルレーン。
わけのわからないことをしだす彼女に気をとられ、自然皆の視線が彼女に集まる…
そして、刹那。
「…てえぇええぇぇぇいッ!!」
…気合一閃!
彼女が、勢いよく右手をしならせると…エルレーンのナイフは、瞬時にびんの口の部分を右から左へと走りぬけた。
ブレードが通り抜けた部分…その部分から、びんの口がずるっ、と落ち、テーブルに転がる…見事、栓ごと。
びんを開けることに成功したエルレーンは、うれしそうにそのびんをつかみ、近場にあったグラスに中身を注いだ…
そして、早速そのオレンジ色の液体を口にする…
「…☆」
「…」
「…」
ぽかあんとしている一同。
「あ…あの、エルレーン?」
「…うん!これ、甘くておいしーの!」
グラスからおいしそうにジュースを飲んでいたエルレーン。
ぷはっ、と一旦息をつき、満足げにそう報告した。
「あ、そ、そう…そりゃよかった…け、けどさ」
困ったような半笑いを浮かべながら、ベンケイがおずおずと聞いてみる。
「…な、何でお前、『栓抜き』使わないの?」
「…?」
…が、そう問われたエルレーンは…別に、奇をてらったわけではない。
何故なら、彼女は…あの時と同じまったく同じ口調で、こんな風に言ったからだ。
「…『せんぬき』って、なあに…?」
「…?!」
「…」
…一同、無言。
いや、エルレーンに集まっているその視線が、「冗談だろ」とか「本気かよ」と言っている。
「は、ハヤト…」
…と、ハヤトが無言で彼女にそばに歩みよる。
万能ツールと、栓の開いていないジュースのびんをもう一本その手につかみ、エルレーンに示す。
「…こっちの『ナイフ』のほうじゃなくって、こっちを使うんだ。こっちが『栓抜き』…で、こうやると」
ブレードを仕舞いこみ、栓抜きになっているプレートを引き出す。
フック状になっている部分を王冠に直角に引っ掛け、そのままてこの原理で手首を軽くひねると…
「!」しゅぽん、と心地よい音が響き、王冠が空に舞う。
「…こんな感じだ。わかったか?」
「うん!…そっかあ、そうするんだぁ!」
その様を真剣な目で見ていたエルレーン。この奇妙な保存容器の開封方法をようやく理解できたらしい。
「ねえねえ、私もやってみていい?」
「あ、ああ…」
そして、今度は正しい方法でやってみたくなったようだ。
さっきのジュースもまだ全部飲んでいないのに、また新しいびんを手にとって、栓抜きを先ほどハヤトがやったとおりに栓のふちに当てる…そして、手首を軽くひねる。
「…☆」果たせるかな、軽い手ごたえとともに、王冠がいともたやすくびんから離れた。
ころころ、とテーブルの上に転がる。
「きゃははは、なんだかおもしろーい!」
「…そ、そう…」
楽しそうにけたけたと笑うエルレーン。
「そっかあ、こうするんだねえ…なるほどー」
そんなことをつぶやきながら、そのテーブルにあったジュースのびんを次々と栓抜きで開けていく…飲みもしないのに。
どうやら、新しく覚えたその「栓抜き」が、相当に気に入ったようだ。
が、彼女が無邪気に「栓抜き」で遊んでいた、その時。
「…!」全身に走った感覚に、軽く顔をしかめるエルレーン。
今まで遊んでいた楽しいおもちゃをテーブルにことり、と置き、ふうっ、とゆっくりため息をついた。
「?…どうした、エルレーン?」
「ん…今日は、もう…無理、みたい」
「え?」
「無理ってどういう事?」
「…ねむい、のぉ…もう、起きて、られない…」
問い返すベンケイたちに、エルレーンはけだるげな声でそう答えた。
「あ…!」
「そっか、あの時と同じ…」
「もう、そろそろ、ねむりたいの…」
「…わかった。それじゃ、部屋まで連れてってやるよ」
「うん…!」
ベンケイの申し出に、にこっとエルレーンは微笑んだ…
「じゃあねー、おやすみ…☆」
「おっやすみぃ☆」
「ああっ、名残惜しいですぅエルレーンさぁん…」
「け〜ん〜い〜ち〜ッ?!」ベンケイに伴われ、娯楽室を後にするエルレーンに、皆が口々に声をかける。
それを聞いたエルレーンは、最後にうれしそうな微笑を浮かべ…ベンケイと一緒に、廊下の奥へと消えていった。

「…やぁれやれ」エルレーンをリョウの部屋まで送り届けたベンケイが娯楽室に帰ってくるまでには、数分とかからなかった。
「…おう、ベンケイ。ご苦労だったな」
「いーや、別にぃ。…ベッドに入ったら、すぐすやすや眠っちまったよ。…はは、本当にちっちゃい女の子そのものだよな」
「…ああ…」ベンケイの言葉に、ハヤトは静かに笑んでうなずいた。
…が、その時。
外野から、またあの男の声が割って入った。
「…まったく、本当だな!…ははっ、先が思いやられるってもんだぜ」
「!…鉄也」
どうやら彼も、今までずっと娯楽室にいたようだ…
そして、侮蔑と嘲りのまなざしで見ていたのだ、自分にけんかを売り、恥をかかせたあの女の様を。
「あの女、相当頭のほうがかわいそうみたいだな」
「鉄也君!」
「事実、そうじゃないですか…ははっ、まさか栓抜きまでわからんとはね…」
いさめるブライトに向き直り、そうわざとらしく、さも驚いたようにいいながら皮肉っぽく笑う鉄也。
その言葉の端々に、とげとげしさが感じられる。大声で彼女を罵る鉄也に、困惑の視線が集中する…
…だが、押し殺したようなハヤトの言葉が、彼の嘲笑を断ち切った。
彼は目を伏せ、低い声でこう言い放った…
「…6か月だ」
「…?」
そのセリフの意味がわからず、健一が問い掛ける。
「ハヤト君、何が6か月なんだ?」
「たった、6か月しかなかったんだ」
「…だから、何が…」
「…エルレーンの、いのちは!」
「?!」
ハヤトの吐き捨てたセリフに、空気が衝撃で一瞬凍る。
驚愕がその場にいる者の間に伝わっていく。
ベンケイもそれは同様だ…
「は、ハヤト?!それってどういうことだ?!」
「…あいつは、エルレーンは…生まれつき、半年しか生きられない身体だったんだよ」
「え…」
「しかも、あいつは…そのほとんどを恐竜帝国で…『ハ虫人』どもに囲まれて生きてきたんだよ」
ハヤトの顔には、静かな哀しみとやりきれなさ。
あの少女を捕らえていた、残酷な運命を…彼は苦渋に満ちた声色で語る。
「エルレーンは…そのトカゲ野郎どもに『兵器』として扱われてたんだ!…『人間』なのによ!」
「…!」
「エルレーンは、馬鹿なんじゃない。…ただ、まだ『知らない』だけだ。『人間』の世界のことも、何もかも…
そのくせ、メカのことや格闘術には異様に詳しい。それしか知らない、かたよってるんだ…」
「…」
「…そして、俺たちゲッターチームとの戦いで、あいつは死んだ!…たった半年で、あいつは死ぬしかなかったんだよ!
…そんな短い時間で、そんなたくさんのことを知れるはずがないだろうが…!」
「…」ハヤトの言葉に、だんだんと感情と熱がこもっていく。誰もその告白をさえぎることは出来ない。
無言のまま、あの少女の哀しい過去を聞く…
あの鉄也でさえ、もはや、何も言えなくなった。
…彼女の無知は、何ら彼女の罪でもなく…削り取られたそのいのちの短さゆえ。
その過去は、とても重く、そして痛々しいものだったから…
「…だけど、リョウが…あいつを、最後まで救おうとしたリョウが、エルレーンの『魂』を自分の中に取り込んだ…
だから、あいつは今、この場所にいる。
…また、もう一度生きられる…今度は、『人間』として生きられるチャンスなんだ」
今度は、恐竜帝国に利用される「兵器」などではなく。
自分たちの「仲間」、「トモダチ」…ともに笑いあい、同じ道を歩んでいける「人間」として。
「エルレーンは、いろんなこと覚えていかなきゃあならねえんだよ…
だってあいつはもう、トカゲ野郎どもに利用される『兵器』なんかじゃない。あいつは『人間』なんだから…」
「…」
「でも、そんなことより…何よりも、今度は俺たちがあいつに何かしてやりたいんだ…だって、あいつは俺たちの大事な『トモダチ』なんだからよ。
…俺たちのせいでさんざん苦しめた、それなのに、死んでからも、そして今も…俺たちのために力を貸してくれようとする、あのお嬢さんのために。
だから、楽しいこと、面白いこと…いろんなことを、あいつにこれから教えてやりたい。
あいつが昔みたいに、無邪気に笑えるように…」
そう口にしたとき、ハヤトの表情にふっとかすかな微笑が浮かぶ…
あの時、エルレーンが出来なかったことを。
あの時、自分たちが出来なかったことを。
今度は、自分たちが彼女に与えてやるのだ…と。
「ハヤト…」
「ベンケイ。お前は、当然エルレーンのことは知らない。
だけどエルレーンは、ゲッターチームの一員…つまり、リョウの『トモダチ』のお前のことも素直に慕ってるみたいだ。
…だからお前も、できるだけあいつにやさしくしてやってほしいんだ…」
「うん、わかってる…」
ベンケイは、神妙な顔をしてうなずいた…
ハヤトの言葉で、ようやく理解できた。
自分の抱いていた実感は、まったく真実そのものを示していたことを。
あの子は、本当に…本当の、「ちっちゃい女の子」なのだ。
たとえ、その身体が自分たちと同い年のリョウのものであろうとも…
だから、守り、助け、導いてあげなければいけないのだ。
まっさらで、無垢で無邪気なあの少女を…
「ブライト艦長…今までのことでわかったと思いますが、エルレーンは…いろいろなことを知りません。
あいつは、子どもといっしょなんです。…当然、トラブることが多いと思いますが…」
「ああ、わかった…彼女のことは、全面的に君たちに任せる。…『トモダチ』として、彼女に様々なことを教えてあげるといい」
ブライトは、穏やかな、そしてあたたかい思いやりのこもった言葉で、それに答えた。
「もちろんですよ、ブライト艦長。…はは、責任重いですよ。下手なこと教えでもしたら、後から多分リョウの奴に殺されますからね」
「…な、なあ、ハヤト!」
「…何だ?」
振り向くと、それは甲児だった。
少し照れたような、だが真面目な顔つきで…彼は、こう明るく申し出てきたのだ。
「…そ、それ!…俺たちにも、協力させてくれよ!」
「!」
「せっかくこうやって会ったのもさ、何かの縁って奴だろうしな!」
「甲児…」
「そうね、甲児君の言うとおりだわ…私たちにも、何かできることがあるなら!」
ちずるも、笑って同意する…
それは、他の皆も同じだった。
「お前ら…!」
「俺たちに出来ること…どんなことがあるかなぁ」
「どんなこと、教えてやったらいいんだろうな?」
「何でもいいんじゃない?あの子が喜びそうなことだったら」
「うーん、じゃあ何にしようかなー…」
さっそく輪になって、自分たちに出来ること、教えてやれることについて、いろいろ考えをめぐらせる…
「…」
ハヤトは…普段クールで、どうもはすかいなものの見方ばかりしてしまう、どちらかといえば少しひねくれ者の彼は…今、素直に感動を覚えていた。
「エルレーンのために何かしてやれることがないか」とわやわやとくっちゃべっている、プリベンターの「仲間」たち。
胸にしみた。そのストレートなやさしさが、思いやりが。
(…こんないい奴らに会えて、お前は幸せ者だぜ、エルレーン)
もう、あの少女は眠ってしまったのだろう。
だが、早く次の目覚めのときが来ればいい、早く伝えてやりたい…
お前には、俺たちには、こんなに素晴らしい「仲間」がいるんだぜ、ということを…
そして、今度は、今度こそ。
お前は、「人間」として生きていくんだ。
お前には存在しなかった「未来」を、俺たちと、こいつらと一緒に…!
「ああ…それと、まあ」
…と、ハヤトのそばに寄って来たブライト。
他の者には聞こえないぐらいの小声で、ぼそぼそと…こんなことを、それとなく命令してきた。
「あの格好…どうにかならんかね」
「…なりませんねー」
…が、一瞬後、あっさりとハヤトはそれを却下してしまった。
「…」
「いいじゃないですか、本人喜んでるみたいだし」
ハヤトは薄く笑みながら、無言になってしまったブライトにそう明るく言い返す。
(まあ、確かにあの格好…ブライトさんだけじゃなく、リョウ自身も嫌がるんだろうが)
そして、心の中でこう一人ごちる。
(…俺としちゃ、どうせ見せてもらえるんなら、ああいう格好のほうがずっと目の保養になるように思えるんでね…!)


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