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◆ Whenever, Wherever, however
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「けほ、こほっ…げほっ!!」
「ぷ…あっははははははは〜!」
「ひゃはははは〜っ!」
その液体を喉に通した途端、少女は身を折って苦しそうにむせだした。
その反応を見た男二人…イサムと柿崎は、はじかれたようにけたけたと大笑いする。
「い…いたぁい?!…な、何なのぉ?!こ、これ、この『こーら』ってやつ…飲めないよぅ!」
けほけほとむせながら、涙を目尻に光らせて…げらげらと笑い続ける二人に抗議するエルレーン。
「これ、『コーラ』ってんだ。…おいしいモノだから、飲んでみな!」と言われて手渡された、グラスに入った黒い液体…
「おいしい」とか言う前に、喉の中で何かが膨らんで、いがいがちくちくと痛めつけていく感触に、彼女はすっかりと面喰らってしまっている。
「ぷぷ…あ、ああそう?!無理?!…くふふ…」
「な、何で笑うのぉ、イサム君ッ!」
「だ、だって…」
しかし、そういう激烈な反応こそが面白い。
笑いを必死でこらえながらも、イサムたちはそれをこらえ切れない…
ぷりぷりとエルレーンがかわいらしく怒っているが、そんな彼女が面白くて仕方ない。
そして、彼らはさらなるアイテムを繰り出してきた。
「そ、それじゃあさあ…その『コーラ』、こっちの『サイダー』と換えてやるよ」
イサムが、別の液体の入ったグラスを彼女の前にことり、と置く。
今度は、黒くない。反対に、透明だ。
「『さいだー』…?」
「そ。『コーラ』じゃなきゃ、いいだろ?」
柿崎がにっと笑いながら、そう言ってきたので…エルレーンは多少いぶかりながらも、イサムの手からそのグラスを受け取った…
「…」
…が。
確かに、黒くない。反対に、透明だ。
しかし…
「ね…ねえ、イサム君。…なんか、これも…『こーら』といっしょで、なんか…泡がいっぱい出てて、ぱちぱちしてるんだけど…」
「えー?でも別のモンだぜ?…ま、飲んでみればわかるんじゃない?」
「…」
そうあっさりと言われ、少しばかり眉をひそめながらも…やはり、その飲み物に対する好奇心は消えなかったらしい。
数秒の逡巡の後、彼女は思い切ってその液体を喉へと流し込んだ。
「?!…け、けほっ…げほ、けほっ?!」
「…あ、あっはっはっはっはっは〜っ!ひゃはははは〜っ!」
そして、再び苦しげにむせ、目を白黒させるエルレーン…
一方のイサムと柿崎は、腹を抱えて大笑い…椅子から転げ落ちんばかりの勢いだ。
「ひ、ひどいの、イサム君の嘘つきッ!…これもやっぱり、痛いじゃないっ?!」
「ぷふふ…お、怒った顔もかわいいね〜、エルレーン♪」
「も、もう!ごまかさないでよぉ!」
「ひゃはは…ひー腹いてー…!」
「むー…!」
またもや怒り出すエルレーンを、まだひいひい笑いながら、適当にあしらうイサム…
徹底的におちょくられ、さすがの彼女もご機嫌斜めになってしまう。
ぷうっ、とふくれ、いじけたような顔になってしまった彼女…
そんな彼女を見て、慌てて柿崎が「ごめんごめん」と言い添えてご機嫌の回復を図るのだった。
…そんな光景を、少し離れた場所から見ていたものが二人…ジュドー・アーシタと、エルピー・プル。
「…またやってる、イサムさんたち」
「今度は『コーラ』かぁ。…エルレーンさんには無理だったのかなー?」
プルの口から、その有様をごく端的に描写した感想が飛び出た。
「…まるでおもちゃだねぇ」
「…ま、『何にも知らない』だけあって、反応がおもしれぇからな。みんなスキを見てはエルレーンに何か喰わして、反応見て面白がってるよ」
「へー…」
そう、それは誰が始めたのか今ではもうわからないが、アーガマ内で密かに流行っている「遊び」だった。
…どうやら、エルレーンは「人間」の食べ物をまったくといっていいほど知らないらしい。
食事を一緒にとった経験のある獣戦機隊の話から、その情報はばっと広まっていき…いつのまにか、こんな「遊び」すら生まれたのだ。
目覚めたエルレーンに何か食べさせ、その反応を見て楽しむという…見ようによっては、悪趣味な「遊び」である。
当の本人は何も知らないものだから、差し出されればうれしそうに食べるのだが…何回か既にひどい目にもあっている
(そして、いたずらを仕掛けた本人は、期待以上の反応に喜ぶというわけだ)。
イサムが以前試したのは、「カレーライス」。しかも、意地の悪いことに、辛口五倍。
…哀れ、何も考えずにスプーンでその悪魔の食物を口に運んだエルレーン。
その後七転八倒して苦しんでいた(対照的にイサムは大笑いだったが)。
大方の予想を裏切り面白くなかったのは、豹馬の差し出した「砂トカゲの丸焼き」だ。
このゾラのシビリアン、ジロンたちにとっては何てことのない普通の食べ物だが、過去からきたプリベンターたちはとてもではないが口にしにくい食べ物の一つだ。
が、彼女は何の躊躇もなくそれを食べた。
「おいしーけど」と、ちょっと前置きして、「ちっちゃな骨が痛いのー」という文句を言った程度だった。
知らないが故に、偏見も恐怖感もないとはいえ…あまりに普通すぎて、つまらなかった。
マサキはさすがにやりすぎた。自分のファミリア・クロとシロ用の「キャットフード」を喰わせたのだ。
エルレーン当人は「かりかりしてて、ちょっと辛いけど、それなりにおいしー」と言っていたのだが…
話を聞いて飛んできたハヤトは、即座にマサキをシバきたおしたという。
…とまあこのように、様々な実験結果を話に聞いていれば…自分も何か試してみたい、と思うのが自然というもの。
「へへ…じゃあ、私もエルレーンさんになんかプレゼントしよっかなー」
…と、何か名案を思いついたらしいプル。にいっ、とジュドーに笑いかける。
「…お?プル、お前だったら何にする?」
にやっ、と笑みを返すジュドー。どうやら、彼も大いに乗り気のようだ。
「あれなんか、いいんじゃないかなって思ってるんだけどぉ♪」
ぴっ、と人差し指で指してプルが示したのは、食堂の片隅にある売店部分。
その棚の中に、それは並んでいた…しょうゆ、みそ、うましお、シーフードと、様々なバリエーションを取り揃えて。

イサムと柿崎におちょくられ、思いっきりからかわれたエルレーン…
あの後、二人になだめすかされ、損ねたご機嫌は多少は戻ったものの…それでも何だか「腑に落ちない」というような表情をしながら、食堂を後にした。
てくてくと廊下を歩いていくエルレーン…そんな彼女の背中に、元気な少女の呼び声が覆いかぶさってきた。
「ねーねー、エルレーンさん!待ってよぉ!」
「!…プルさん、ジュドー君…?」
エルレーンがくるりと振り向くと、そこにはジュドー・アーシタ、エルピー・プルの仲良しコンビ。
何だか知らないが、二人ともうれしそうににこにこしている。
プルは、何かを後ろ手に隠し持っている…そう、それこそが、先ほど売店でゲットしてきたアイテムなのだ。
「へへ…なあ、腹減ってないか、エルレーン…いいモンあるんだけど?」
「うん、まあ…何か、くれるの?なあに?」
果たして、ジュドーがそう持ちかけると…いともあっさりと、その提供を受ける気になってしまうエルレーン。
先ほどイサムと柿崎に騙され、遊ばれたばかりだというのに…どうやら彼女には、人を疑うという気持ちとか、危機管理能力とかいうものが多少欠如しているらしい。
「えへへ…はい!」
「…?」
にこおっと、何か意味ありげな笑みを浮かべながら、プルがそのアイテムを彼女に差し出した。
それを受け取ったエルレーンの手のひらより、ふたまわりほど大き目の袋。
何だかその手触りはがさがさしており、中には何か硬いモノが入っているみたいだ。
上下に軽く振ってみると、その硬いモノがかすかに動き、かさかさという音を立てた。
「これ、なあに?」
「『インスタントラーメン』だよ☆…おいしい食べ物!」
「へえ…『いんすたんとらーめん』?」
プルの教えるその食べ物の名称を鸚鵡返しするエルレーン。
「そうそう!…食べてみて!おいしいから!」
ちょっといぶかしげに、その「インスタントラーメン」なるものを検分していたエルレーン…
だが、プルが人好きのする笑顔を見せて、その食品のおいしさを語るにつけ、どうやら試してみる勇気を得たらしい。
もちろん、それが半加工食品であるだとか、ゆでて水で戻し、スープに入れた状態で食すものだとかいうことは、エルレーンにはちっともわからない。
わからないから、至極ストレートに、単純に、素直に…
「…☆」
ばりっ、と封を開け、中に入っていた少し厚みのある正方形の物体を取り出すや否や…彼女は、思いっきりその辺にかぶりついた!
(…や、やっぱり!やっぱりだよ、ジュドー!)
(さあて、どんな顔するだろうなぁ?!)
さあ、ゆでて戻しもしていない、スープで味付けすらしていない、乾麺状態のインスタントラーメン。
硬い硬い、そのままではとても喰えたもんじゃない、小麦粉と卵とかんすいで出来たひものカタマリ。
そんなものを口にしたエルレーンは、一体どんな風な反応を見せるのか…
「な、何ぃ、これ…ぱさぱさしてて、硬いよぅ!」と泣き言を言うか。
それとも、「やぁ、これ…おいしくないぃ!…『いんすたんとらーめん』、嫌いッ!」と怒ってしまうか。
どっちに転んでも、それはそれで面白い…
エルレーンの反応を、二人は固唾を呑んで見守る…
…が。
「…」
「…あ、あれ…?」
かくん、と、プルの片眉が下がる。
「…♪」
「あ、あの…」
「え、エルレーン…?」
ジュドーの浮かべていた笑みが、引きつる。
「…☆」
困惑の二人をよそに、どんどんとインスタントラーメンは小さくなっていく。
ぱりぱり、ぼりぼりという結構派手な音を廊下に響かせながら、エルレーンは一心不乱に乾麺を喰らい、咀嚼し、口の中に広がる快感に酔っている…
彼女の歯がそのカタマリを砕くたび、小さな麺の破片がはじけ飛ぶ…
そんなことにもかまわず、彼女はまるで取り付かれたかのように、ただただインスタントラーメンを喰うことにすっぽりと入り込んでいた。
「…」
「…」
「…!」
…そして、とうとうその最後のひとかけらすらが、エルレーンの口の中に吸い込まれていった。
それを力いっぱい、うれしそうに噛み砕き、思いっきり堪能する…
ごくん、と喉を鳴らし、それを飲み込んだエルレーン。
一瞬の空白の後、ぷはあっ、と、満足そうなため息をつき…
「…え、エルレーンさん…」
「…うん!…すっごくすっごく、おいしかったのー!」
心身ともに満たされた充足感でいっぱいになった彼女は、本当にうれしそうに…そう報告して、二人に笑いかけてきた。
「?!」
「そ、それが?!」
「?…うん!ぽりぽりしてて、おいしー!」
にこおっ、と、輝かんばかりの満面の笑み…
至極ご満悦のその表情からは、本気で彼女はその…硬い、本来はそうやって食べるべきではない形態での「インスタントラーメン」を気に入ってしまっている、というのが明らかだ。
「…」
「…」
つまり…
どうやら、エルレーンは…ちょっと、いや、かなり…変わった食嗜好の持ち主だったらしい、というオチであった。
だが、何と言う面白くない結末なのだろう…
…目論見が見事外れてしまった時というのは、どうしてこうも奇妙に空虚なのだろうか。
あまりに予測外の結果に、ぼけえっとターゲットを見ていたジュドーとプル…
そんな二人に、不思議そうに問いかけるエルレーン。
「…どうかしたの、プルさん、ジュドー君?」
「え、いや…な、ならいいんだ、はは…」
「喜んでくれて、何より…」
慌てて笑顔みたいなものをつくろい、乾いた声を立てる二人…
内心、いたずらが大不発に終わってがっかりなのだが、「まあ、本人が喜んでいるのなら、いいことをしたと思えばいいか」と無理やり納得しようとした。
…が、物事はどう転ぶかわからないものである。
「…あれ?…まだ中に、何か…」
空っぽになった袋の中に、まだ何か入っているのを発見したエルレーン。
「…?」
彼女がひょい、と取り出したのは、インスタントラーメン用の粉末スープの袋(うましお風味)。
とはいえ、麺だけをばりばり喰ってしまった後なので、もはやその粉末スープは無用の長物でしかないのだが…
エルレーンにはそれがわからない。第一、正しい食べ方もわかっていないのだから。
「何だろ、これ…」
ためつすがめつ、その銀色の小袋を観察しているエルレーン…
そして、その側面についているぎざぎざから、袋の一辺を切り取った。
中身をちょっとのぞき見てみる…白っぽい粉状のモノが、何やらたくさん詰まっている。
「…」
そのまま、無言で。
「?!」
「…!!」
それを見たジュドーとプルの目が点になる。
…エルレーンは、惑うことなく…
勢いよくその中身を自分の口の中に流し込んだ。

「…うえ〜〜〜〜〜〜っっ?!」

廊下に、ひときわでっかい奇声が響き渡った。
…このいたずら、結果的に…その瞬間が一番面白かった。


それから、どれくらい時間がたった頃だろうか。夕食時を見計らい、再び食堂に姿をあらわしたジュドーとプル…
二人の視界に、テーブルについている彼らの姿が飛び込んできた。
「…あ、ゲッターチームだ」
「エルレーン…いや、リョウの奴に戻ってるのか」
空いている隣のテーブルに向かい、気安く声をかけるジュドー。
「よお!隣のテーブル、いいか?」
「ああ…どうぞ、ジュドー君、プルさん…」
「?…リョウさん、どうしてコーヒーだけなんだ?」
「いや…さっき、目が覚めたんだけど…」
こころもち薄暗い顔つきのリョウ…どうやらあまり気分がよくないらしい。
食欲もないのか、彼の前にはコーヒーカップが一つきり…さみしげに、一本細い湯気を立てているだけ。
「眠気覚まし?」
「そ、そうじゃないんだけど…」
「そんなんじゃ身体が持たないって言ってるんだけどなぁ」
「い、いや…なんか、起きた時からずっと、腹がはってて食欲がないんだ…」
そして、はあ、とやる気のなさそうな、けだるいため息を一つ。
「…!」
「…」
その原因、彼の不快感の根本に思い切り心当たりのある両名は、思わず顔を見合わせた。
…そりゃあ腹も張るはずだ、さっき「彼女」が、あんなモノをあれだけ喰っていたのだから。
「ちょっと、ムカムカする…」
「おいおい、どっかで風邪でももらってきたんじゃねえのか」
「いや、そんなんじゃなくって、単に、胸やけっていうか…」
心底気分が優れないらしく、胃がもたれるような鈍い不快感に、彼は先ほどからため息ばかりついている…
沈痛そうな表情でベンケイにそう言い返し、一気にカップのブラックコーヒーをあおった。
「は、はは…」
「あはは…」
ジュドーとプルは、あいまいに軽く意味のない笑い声を立てる…
「それはさっき俺たちがエルレーンになった君にあげたインスタントラーメンのせいです」とか、「しかもそれを彼女はナマでぼりぼり喰っちゃいました」とか言うことはどうも言い出しにくく…
しかも…「インスタントラーメン」なるものを異様に気に入ってしまったらしいエルレーン。
彼女にねだられ、さらにもう一袋のラーメンをせがまれるままに与えてしまったことは、やはり彼らからは言い出しにくかったので…
やはり、二人はあいまいな笑みを浮かべっぱなしのまま、あえてコメントは控えておくのだった。


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