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◆ 伝わる、体温
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「はっ、はっ、はっ…!」
駆ける。駆ける。薄暗い通路を、忍たちは駆ける。
思わぬ「横槍」…キャプテン・ラグナの登場により、何とかイノセントの魔手より逃げおおせることに成功した彼らだが、だからと言って安穏とその場にとどまり続けることは出来なかった。
あの忌まわしい兵器は…核ミサイルは、既に発射態勢に入っている。
何とかして、それを喰い止めねば―
例え、怨敵たる種族…「人間」と、「ハ虫人」と協力してでも!
早く、一刻も早く。自分たちの機体に戻らねば―
「!」
「くっ!」
突然。
焦るハヤトの横っ面を、真っ白な灼熱が滑り抜ける。
勘のいいハヤトは辛くもその一撃を逃れた…
そして、それは賢明だった。
見れば、行く手に在る通路の角から、光線銃をこちらに向けている人影が複数…イノセント兵!
「ちっくしょう!邪魔してんじゃねえ!」
素早く反応する忍、沙羅。
彼らが放つ銃の弾丸が、甲高い音を立てながら壁に、床に、天井にぶち当たる。
銃撃であらわれるイノセント兵たちを牽制しながら、走る、走る、薄暗い通路を彼らは走る。
焦燥が、早く「仲間」の元に行かねばという焦燥が、彼らを駆り立てる。
前を、前だけを見て、ひたすらに進む。
だから―
気づくのが、遅れた。
「!…後ろ!」
「何ッ?!」
突然、思いもしていなかった方向…後方に現れた気配に、しんがりを走っていたエルレーンは辛うじて気づくことができた。
しかし…「気づくことができた」だけだった。
振り向き、兵の姿を目にし、彼が手にしている銃を見、そして避けようとしたその瞬間に…すでに熱線は放たれていた。
「あうッ?!」
もんどりうって、倒れる少女。
えびの様に身体を丸め、身体を焼かれる痛みにのたうちまわる…
「!…エルレーン!」
ベンケイたちが駆け寄る。
彼らの目に映るのは…彼女の左脚に刻まれた、痛々しい銃創。
熱線は、どうやらかすっただけのようだが…
しかし、それによって負わされた傷は、「かすり傷」といえるようなレベルではない。
超高温のエネルギーのかたまりは、エルレーンのふくらはぎの肉を焼き、激痛を残していった―
「てっめえ、やりゃあがったなッ!」
忍の怒号。
すかさずエルレーンの前に回りこみ、彼女を撃ったイノセント兵どもに銃弾を浴びせかける―
連射。連射。鳴り渡り続ける銃声。
彼の勢いに怖じたか―すぐさまに、その人影は闇に溶け去った。
―闇の中に逃げられては、銃口を定めることは出来ない。
「く…」
忍は、不服げに構えていた銃を降ろす。
…その後ろで、エルレーンがようやく身体を起こした。
「ぐ…う、」
「エルレーン、大丈夫か?!」
「う…だ、だいじょぶ」
エルレーンは、何とか笑顔をとりつくろってみせ、立ち上がろうとした。
―が。
「!」
左脚から、脳天へと突き抜ける強烈な痛み。
…そのまま、彼女は床にへたり込んでしまう。
歯を喰いしばり、激痛に耐えている…
その様子から、「立つ」ことすら今の彼女には凄まじい負担を強いるだろうことがわかる。
「無理するなよ、エルレーン!」
「走るのは…無理そうだな」
「う…ううん、大丈夫、大丈夫だよ…ッ」
ハヤトたちの言葉に、彼女は…半分泣きそうな顔をしながら、困ったような顔をしながら、首を横に振る。
足手まといになってしまう自分が嫌で―
「…」
その姿を、男は見ている。
紅の瞳で、見ている。
「…」
(…何故だ?)
キャプテン・ラグナは、内心に向かって、己に向かって問うた。
(あの小娘は…No.39は、忌まわしい「敵」のはずにもかかわらず)
己の胸のうちに生まれた、奇妙で理解し得ない感覚に向かって問うた。
紅の瞳が、見ている。
力なく床に座り込み、立つことすら出来ず―無力な己を呪うその少女の姿を。
(何故…)


(何故、私は…!)


「?!…え、ああッ?!」
出し抜けに、視界が落下した。
同時に全身に感じる浮揚感。
それが、誰かに抱きかかえられたからだ―と気づくのに、ほんの刹那。
だが、エルレーンを…いや、彼女だけではなく、その場にいた皆を…驚かせたのは、
今彼女を抱き上げたその人が―他でもない、あの「ハ虫人」の騎士だったからだ!
「ちょ、おい!あんた!」
「な…あ、」
あまりに予想外の出来事に、ハヤトたちも驚きの声をあげるほかない。
…が、彼はそんなハヤトたちをじろっ、とねめつけ、淡々と、あくまで冷静な口調で言うだけだ。
「…走れないなら、足手まといだ。こうして運んだほうが早かろう」
「ね、ねえ、あの!降ろして!降ろして!」
「ぼやぼやしている暇はない。…行くぞ」
「!」
エルレーンの拒否も、ハヤトたちの返答も、もちろん聞かない。
そして言い残すなり、あっという間に彼は再び通路を駆け出した―エルレーンを抱き上げたまま。
一瞬あっけに取られるも、ハヤトたちも慌てて後を追う…
「うう…強引だな、あのおっさん!」
ベンケイの独り言が、通路にわずかに反響していく。


ふわふわとした、浮遊感。
そして、自分の身体を持ち上げている、男の手。
しかも―その男は、ついさっきまで自分を殺そうとしていた「ハ虫人」なのだ!
抱き上げられているエルレーンは気が気でない。(傷の傷みに気がつかなくなるほど…)
キャプテン・ラグナは、何も言わないまま、前だけを睨んで走っている。
「…」
「…お、降ろして、お願い」
「…」
彼女がそう言っても、何も言わないまま。
「わ、私、一人で走れるから、大丈夫だから…」
「…無茶をするな。無理なら無理と言え」
「…」
けれど。
彼は、それだけは、口にした。
そうして、また口を一文字に結び、まっすぐにまっすぐに走っていく。
だから、エルレーンも口を閉ざす…
…と、その時。
(…あ、れ)
エルレーンは、ふっ、と気づいた。
(何だろう…)
自分を抱く手。抱える腕。預ける肩。
そこから、伝わる―
(…つめたい。ひんやりしてる)
それは、「ハ虫人」の身体。
「人間」のような熱を持った血ではない、冷たい血液が流れる身体。
深い海のように、蒼い血が流れる身体―
(…)
その感覚を、彼女は識っていた。
そう、その感覚はエルレーンに思い出させるのだ―
(ルーガと、同じだ…)

長々と続く通路を、駆ける。駆ける。薄暗い通路を、忍たちは走る。
走って、走って、そして―
薄暗い闇を飲み込む、光り輝く出口に達する!
「…よし、出た!」
闇に慣れた彼らの目を、まばゆい太陽光が射す。
思わず目を閉ざし顔をしかめてしまう…
が、だんだんと目が慣れてくると、状況がつかめてくる。
ここからでもよく見える…
このコントロールタワーに侵入するまでにはなかったはずの、巨大なミサイルが…4基。
4基、天に向かって突き出ているではないか!
そして、そこここを覆う爆音…
そのミサイル群に攻撃を加えているのだ、我らプリベンターと恐竜帝国軍が!
「おう、あいつらもうはじめてるぜ!」
「あたしたちも早く行かないと!」
三々五々、自分の機体に駆け出す。
忍は、獣戦機・イーグルファイターに。沙羅は、獣戦機・ランドクーガーに。
雅人は、獣戦機・ランドライガーに。亮は、獣戦機・ビッグモスに。
ハヤトはゲットマシン・真・ジャガー号、ベンケイはゲットマシン・真・ベアー号。
そして…
「…」
どさり、と、身体がコックピットシートの上に放り出される。
乱暴でもなく、丁寧すぎず。
真・イーグル号のコックピットに運ばれたエルレーンは、何も言えず…彼を、見上げた。
「…」
照りつける陽光の中…逆光になって、キャプテン・ラグナの表情には影が射し、よく読めない。
怒っているようでもあった。呆れているようでもあった。
そして、何故か…困っているようでもあった。
「あ…う、」
言わなければ、と思った。
何か言わなければ、と思った。
「ご…」
叱咤しても、舌はなかなか器用には動いてくれない。
何を言えばいいのか、自分でもはっきりわからない。
それでも、言わなければ、と思った―
「!」
キャプテン・ラグナの瞳が、かすかに見開かれた。
何か、熱いモノが―自分の右の手を、包み込んだのだ。
「…」
それは、小娘の手だった。
シートから腕を伸ばし、自分の右手を掴むその両手―
思ったよりも小さく、やわらかな、不可思議な感触。
必死な顔をして、自分を見つめている。
だから、キャプテン・ラグナは戸惑う…その両手を、振り払えずにいる。
奇妙な、間。
その末に、彼女の唇から放たれたのは―
「ごめん、なさい」
「?!」
「ごめんなさい…!」
意外な…謝罪の言葉。
「…何故、謝る」
「…め、めーわく、かけたから…それに、ッ」
…何と、つたない口調。
舌っ足らずで、子どもじみた話し方。
流暢でもなく、むしろ怯えた「子ども」のようにどもりがちのセリフ―
「わっ、私、昔…あ、あなたに、ひどいこと言った」
「…」
「だ、だから…」
だが―
(…)
それは、誠心。
それは、嘘偽りではない。
(…何だ)
伝わってくる。
小娘の表情から。小娘の口調から。小娘の言葉から。
そして…
(何だ、この感覚は…)
小娘の、両手のひらから。
(…熱い)
そこから、伝わる―
(…)
それは、「人間」の身体。
「ハ虫人」のような冷ややかさを持つ血ではない、熱い血液が流れる身体。
燃えるマグマのように、赤い血が流れる身体―
(これが、「人間」…)
その感覚を、彼は識りはしない。
だが、その感覚はキャプテン・ラグナに感じ取らせるのだ―
「!」
「…」
ぱっ、と、その手を振り払った。
きびすを返す。少女に背を向けて。
「…そんなことなどどうでもよい。今は、」
そのまま、エルレーンを見ないまま、彼は低い声でつぶやいた。
「今は、やらねばならないことがある…だろう、No.39」
「…!」
「お前の力を見せてみろ…その、ゲッターロボで!」
かつ、と、ブーツのかかとが地を蹴る。
キャプテン・ラグナは恐竜ジェット機に向かって歩き出す―
歩き出す。少女に背を向けて…



(お前が本当に、ルーガ先生の弟子だと言うのならば…!)




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