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◆ 妬心の邪眼
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「…」
恐竜帝国マシーンランド・帝王の間。
戦闘の意外な(いや…帝王ゴールにとっては、意外でも何でもなかっただろうが!)幕切れ…あまりに後味の悪い幕切れに、帝王の間は静まり返っていた。
「な…き、キャプテン、ルーガが…よもや、裏切るとはッ」
バット将軍のセリフも、しどろもどろだ。
信頼を置いていた部下が、まさかあのような形で背信するとは…
しかも、その結果。
彼らは、メカザウルス開発等、メカニック面でのリーダーであるガレリイ長官を失った―
…と、帝王が、重い口を開く。
「…バット将軍」
「?!…は、はッ!何でございましょう?!」
「…これから、『大気改造計画』推進において、お前が指揮をとれ」
そして、低い声で命を下した。
「?!…し、しかし、ガレリイ長官が、」
「ガレリイはもうおらぬ。お前がやるのだ」
「…は、はあ…」
唐突に、守備範囲外の…しかも、そうとうに大変な職務を科されたバット将軍は戸惑うが、帝王の命令に逆らえるはずもない。
是非もなく、うなずいた。
(そうだ…ガレリイは、確かに死んだ。生きているはずがない)
帝王ゴールは、己が胸のうちでつぶやく。
それは確信だ。
ガレリイ長官は、生きているはずがない…生きていられるはずがない。
あの怒れる龍騎士(ドラゴン・ナイト)のいのちをかけた最期の一矢から、逃れられたはずがない…!
(…キャプテン・ルーガよ。お前はそれでいいのだ。それでいい。
お前は、誰よりも勇敢で高潔な女龍騎士だった!)
ふと、帝王の脳裏に、彼女の姿がよみがえる。
あの訓練場で交わした会話の終わりで…彼女が見せた、決意に満ちた表情。
彼女の決心、そしてその行動の結果は…帝王ゴールに、深い感銘をも与えた。
(だが、キャプテン・ルーガ。忘れるな)
…しかし。
それでも。
帝王ゴールは、やはり帝王…
この「ハ虫人」たちの国、恐竜帝国を統べる王。
恐竜帝国を統べる王は、それ故に…「ハ虫人」たちの望む「未来」を得んがため、戦わねばならない。
「我らは」
厳かに帝王の間に響くのは、宣言。宣告。誓詞。
「必ず、『人間』どもを滅ぼし…地上を手に入れるのだから!」
そう。
(お前が守った、あのNo.39をも滅ぼして…!)

「…〜〜ッッ!」
一方、同じ頃…恐竜帝国マシーンランドの別の場所において。
正龍騎士・キャプテンに与えられる私室、そのうちの一室。
己の私室で明かりもつけぬまま、立ち尽くす壮年の龍騎士(ドラゴン・ナイト)が在る。
…キャプテン・ラグナ。
彼の脳裏では、先ほどから同じシーンばかりが、繰り返し繰り返しひらめき続ける。
彼の師、キャプテン・ルーガがガレリイ長官に反旗を翻し、刃を向けるシーン。
彼の師、キャプテン・ルーガが「人間」どもをかばい、傷つき続けるシーン。
そして…彼の師、キャプテン・ルーガがそのいのちもろともに、メカザウルス・グダへと特攻を仕掛けるシーン…!
彼は、見ていたのだ。このマシーンランドから、何もできないままに。
キャプテン・ルーガの最期の戦いを、全て…。
思い起こすたび、怒りと混乱のあまり、全身が硬直する。
強張った胸郭はうまく働かず、まともな呼吸すら出来ないでいる彼は強烈な息苦しさすら感じた。
(何故ですかッ…ルーガ先生ッ!)
繰り返されるのは、血を吐くかのような問い。
何度も、何度も、繰り返す。
答える女(ひと)の、ないままに。
(何故、あんな馬鹿なことをしたのですか?!)
何故?
考えても、キャプテン・ラグナには理解できない。
(何故、我々を、恐竜帝国を裏切ったのですか?)
何故?
考えても、キャプテン・ラグナには理解できない。
(何故、せっかく再び得た命を、どぶに捨てるような真似をなさったのですかッ?!)
何故?
考えても、キャプテン・ラグナには理解できない。
(何故、私に…私たちに、完全なる恐竜剣法を教えてくださらないまま、逝ってしまわれたのですかッ?!)
何故?
考えても、キャプテン・ラグナには理解できない。
(何故…)
絶対に、理解できない。
(何故、何故、あんな「人間」…あんな「人間」の小娘たった一人のために!)
そう。
中継のモニター越しに、キャプテン・ラグナは悟った。
…キャプテン・ルーガをそうさせたのは、あの「人間」たちの中にいた、一人の小娘のためだ、と。
彼女が何とかと呼んでいた、ゲッタードラゴンに乗っていた、あの小娘のためだ、と。
何故?
考えても、キャプテン・ラグナには理解できない。
絶対に、理解できない。
(何故、あんな「人間」ふぜいに、神竜剣を授けられたのですか?!)
彼女は、「ハ虫人」の剣法の最終奥義である神竜剣をもって、メカザウルスたちを粉砕してみせた…
それもこれも、あの「人間」のために。
(何故、あんな「人間」ふぜいのために、ガレリイ長官を裏切ったのですか?!)
ガレリイ長官に啖呵をきり、散々に愚弄し、堂々と反抗してみせた…
それもこれも、あの「人間」のために。
(何故、あんな「人間」ふぜいのために…あなたが死ななければならなかったんですか、ルーガ先生ッ!)
そして最期には、愛機メカザウルス・ライアもろとも、メカザウルス・グダを巻き込んで自爆した…
それもこれも、あの矮小な、邪悪な、愚劣な、卑怯な、惰弱な、「人間」の小娘のために!
歯を喰いしばる。
そうでもしないと、脳内を荒れ狂う回想の群れに耐えられそうもなかったから。
しかし、世界が一瞬闇に落ちる瞬間―瞳をまばたきする瞬間、それは隙も無く闇と闇との間隙に織り込まれる。
…それは、キャプテン・ルーガの微笑。
整った容貌に、強い意志の光、優しさをたたえた金色の瞳。
彼女の微笑。若かった頃の自分の胸をときめかせ、切なさと甘い憧れで自分を惑わした微笑。
だが、あの戦いのさなか。
メカザウルス群から幾度も幾度も攻撃を受け、自機同様に傷ついた彼女。
彼女は、負傷し、真っ青な鮮血を流しながら、その美しい顔を血で染めながら…
それでも、微笑ったのだ。
あの小娘に向けて、微笑ったのだ。
…自分たち「ハ虫人」にではなく、あんな「人間」ふぜいの小娘に―!
「…さん」
吐き出されたそのセリフは、暗い感情で濁っていた。
「許さんぞ、『人間』め」
自分の敬愛する者を奪った、罰せられるべき邪悪。
「許さんぞ、No.39め」
自分の憧憬する者を奪った、正されるべき邪悪。
「許さんぞ、薄汚い『人間』風情めが…!」
震える声音。膨れ上がった感情の波は、一挙に彼を飲み込んだ―
不意に、腰に帯びた剣の柄に手をかける。
引き抜く。
ずるり、と姿をあらわす、剣の凶悪なきらめき。
キャプテン・ラグナの瞳が、かっ、と見開かれた…次の瞬間。
「…!」
がっ、という、硬い音。それと同時に、全てのモーションは終わっていた。
…一瞬の空白。
ややあって、今度は…かっ、という、先ほどよりはやや軽い、しかし硬い音が闇に響いた。
それは、何かが床に落ち、跳ね返った音。
キャプテン・ラグナが放った一瞬の剣撃によって切り落とされた、テーブルの一角だった。
「…裁いてやる」
キャプテン・ラグナが呟いた。
怒りと恨み、そして何よりも色濃い嫉妬の練成のようなその声は、恐竜の唸り声にも似ていた。
「裁いてやるぞ、No.39…私が、裁いてやる」
キャプテン・ラグナの剣が哭く。
ぎらり、ぎらり、と不吉な光を照り返し、暗闇の中でなおも銀に瞬く―
それは、彼の受け継いだ恐竜剣法の強さ。
それは、あのNo.39が受け継いだモノと同じモノ…!




「ルーガ先生を貶めた、ルーガ先生を汚した、ルーガ先生をそそのかした、ルーガ先生を殺した貴様を…
私が、絶対に裁いてやるッッ!」





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