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◆ 時は行き急ぐ、どうしようもない終息を目指して
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戦いは、間断なく続くものではない。
それはまるで交響曲のように、わずかな「無音」の時を持つ…
章と章との合間、わずかな無音。
戦争を一つの曲を考えるなら、今はまさにその「無音」。
束の間の平和。刹那の安寧。


その「無音」の時を、彼らは過ごす。


「…」
今までに幾度も見たそれを、彼はまたモニターに映し出した。
すると、画面の中で再び画像が踊りだす…
ゲッターロボと、メカザウルス・ラルが。
そのメカザウルス・ラルの動きを、その機械蜥蜴を駆る者の思考を読み取ろうとするがごとく、キャプテン・ラグナの瞳はじっと画面に向けられている。
先の時代、対早乙女研究所撃滅戦…その戦いにおいて生み出された「兵器」、流竜馬のクローン体・No.39。
これらの映像は、そのNo.39とゲッターロボの交戦の様子を記録した、古い動画記録だった。
動画が最後まで再生され、やがて静止する。
キャプテン・ラグナは、飽きもせず先ほどと同じ動作を繰り返す。
再び画面上で活発に動き出すゲッターロボとメカザウルス・ラル…
「…ん、キャプテン・ラグナか」
「ああ、バット将軍」
…と、映像資料室に、もう一人誰かが入り込んできた。
振り向くと、そこにはバット将軍の姿。
バット将軍は、モニターに流れ続けている映像をちらり、と見ると、得心したようにうなずく。
「『敵』の研究か…精が出ることだな」
「ええ」
彼らの視線は、自然と…メカザウルス・ラルの方に向けられる。
かつて自分たちの側にいた、そして今は自分たちに牙を剥く、あの最凶なる「兵器」の操縦するメカザウルスを。
「…No.39か」
「…」
「あの時は、使い勝手のいい『兵器』かと思うたが…だが、今となってはガレリイの忌むべき置き土産よ」
「そうですね…」
しばし、二人の間に空白が流れる。
スピーカーから流れる斬撃や爆撃の音声だけが、空気を鳴らしている。
その空白を破って、出し抜けに…バット将軍が、告げた。
「次の戦い…おそらく、我らにとっては帝国の運命を決するものとなろう」
「!」
「これが、最後となる…そのはずだ」
「…」
一瞬、息を呑む。
バット将軍の口から穏やかに語られるその予言は、おそらくは現実のものと化す。
次に、あのプリベンター…「人間」の軍隊と剣を交える時は、この帝国の根本をも揺るがす結果を与えるだろう。
勝利であろうと、敗北であろうと。
…だから。
キャプテン・ラグナの瞳が、決意に満ちる。
「そのためにも…このNo.39をはじめ、宿敵ゲッターロボ、ゲッターチームを倒さねばな」
「はい…」
そのためにも。
我等恐竜帝国の怨敵、ゲッターロボを。
それを駆るゲッターチームを。
そして、あの…忌まわしき「兵器」・No.39を、倒す。
モニターの中で、踊る影。
やがて現実の世界にて、刃を交わす宿敵たち…
「それではな、あまり根を詰めるなよ」
「!…あの、バット将軍」
軽くねぎらいの言葉をかけ、去っていこうとするバット将軍。
その背中に、キャプテン・ラグナは思わず呼びかけていた。
「何だ?」
「将軍は…」
振り替える老将軍に、キャプテン・ラグナは…一旦戸惑ったものの、ふと湧き出でたその疑問を、彼に投げかけた。
「将軍は、この『兵器』の『名前』をご存知ですか?」
「…『名前』?」
唐突な部下の問いかけに、バット将軍は虚を突かれる。
己の口の中で繰り返し、記憶を多少探ってみるが…つれなく、こう答え返した。
「さあな…キャプテン・ルーガが、何かつけていたような気がするが…覚えておらん」
知らないのだ。
知らないのなら、それは「無い」ことと同じ。
…彼にとって、は。


「『兵器』に『名前』など必要ないのにな…!」


「…なあ、エルレーン」
母艦・アーガマ。ミーティング・ルーム。
椅子に座ってぼんやりたたずむエルレーンに、声をかけた者がいる。
「なあに、豹馬君?」
…コン・バトラーチームのリーダー、葵豹馬。
顔を上げたエルレーンに、彼は少しためらいながら…が、それでも思い切って口火を切る。
「あのよ…ちょっと、お前に聞きたいことがあってよ」
「?」
「あの…『ハ虫人』ども、ってのはさ、」
そこで、一度言葉を切る。
それは、彼の脳裏にあの時の光景がよぎった故か―
「あいつらはさ…俺たち『人間』とさ、ちったあ仲良くしようって気ィとかねぇんだろうか?」
「え…?」
「…ん、いや、ちょっと…こないだのことがさ、気になって」
「…」
思いがけない問いに、エルレーンの表情が変わる。
そんな彼女に、豹馬は少し照れ隠しのように笑いながら…だが、その真剣さを隠しきれないままでいた。
彼の声音には、単なる冗談では出せない響きの重さがあった。
…エルレーンが、軽く微笑む。
寂しげな微笑。つまりは、問いへの否定。
「豹馬君、それは…きっと、『無理』なこと、なんだ」
「…」
…"Yes"とも、"No"とも言わないで。
彼女は、「無理」という言葉を使った。
それは、ただ「不可能」というニュアンスより、もっと重い。
すなわち、「どんなに努力しても」という度合の「不可能」。
…豹馬は、無言でその言葉を受け止めた。
「あの人たちはね、私たちが嫌いだけど…それ以上に、私たちのことが、…怖い、の」
「怖い…?俺たち、『人間』がか?」
「そう…怖くて、怖くて、仕方ない。…だから、信じられない、信用できない」
「…」
「だから、昔あそこにいた、私も…」
「…」
途切れ途切れに、つぶやかれる言葉。
その後のセリフは、自然に薄れて消えていった。
飲み込んだセリフの続きを言うこともなく、エルレーンは黙りこんだ。
だから、豹馬も黙った。
ミーティング・ルームが、静かになった。
―と、ちょうど、その時。
ルームの扉が、音もなく滑り開く。
「エルレーン!」
「!」
「おっ…リョウだ」
そこから現れたのは、流竜馬…そして神隼人、車弁慶。
リョウはラット熱で伏せっていたはずだったが、どうやら即効性のワクチンが効いたようだ…
普通に立って歩けるほどまでには快復したらしい。
…だが。
彼の表情は、硬かった。
それは何も後をひく病のせいではないらしい。
彼は、エルレーンをまっすぐ見据え…低い声で、言い放った。
「エルレーン…お前に、話がある」
「え…」
焦燥を感じさせる声色で。
それを悟ったエルレーンが、わずかに身をたじろがせる。
「…何か、深刻そうな話だな。邪魔しないほうがよさそうだな」
どうやら、豹馬もそれを敏感に察知したようだ。
そう言って、さっさとミーティング・ルームを退室しようとする。
「それじゃな、エルレーン!」
「…うん、豹馬君!」
去っていく彼に手を振り、見送る…
豹馬の靴音がだんだんと遠ざかる。
そして、ミーティング・ルームには、リョウたち四人だけが残される。
「エルレーン」
そこで、リョウは切り出した。真剣そのものといった表情で。
ハヤトも、ベンケイも、同じようにエルレーンを見つめている。
そこから、エルレーンは感じ取った。
彼らが自分にしなくてはならない話とは、つまり…
「お前…また、恐竜帝国の奴に襲われたんだってな」
「…」
「キャプテン・ラグナとかいうあのキャプテン…ちょっと、尋常じゃなかったぜ。
あいつ、絶対またお前を狙ってくるよ」
「…」
そう、やはり…あのこと。
ポイントZXのコントロールタワーで会った、あのキャプテン…キャプテン・ラグナのこと。
「エルレーン…お前、いつだったか、前に襲ってきたって奴もそいつなんだろ?!」
「!…どうして、」
「健一君に聞いた。…お前、それも言おうとはしなかったな、俺たちに」
リョウのセリフは、必死に押さえようとはしているものの…だんだんに、テンションを増していく。
それは、リョウの憂慮を示すように。リョウの恐怖を示すように。
「なあ、エルレーン…どうしてだ、どうしてお前は一人で背負い込もうとする?!
どうして、俺を…俺たちに頼ろうとしないんだ?!」
「…リョウ」
がらん、としたミーティング・ルームに、リョウの懇願めいた怒声が響き渡った。
エルレーンは、全身でそれを受け止める。
伝わってくる。リョウの思い。
やるせなさと不安と困惑で一杯になった、リョウの思い。
…そこで、会話がまた途切れる。
ミーティング・ルームが、再び静かになった。
居心地の悪い空白が、その合間を埋める。
…だが。
次にリョウの口から発せられた言葉は、さすがに聞き過ごすことはできなかった。
リョウは、「命令」を放つ時の強さを持って―こう、断じた。
「エルレーン。お前…次に恐竜帝国の奴らが襲ってきても…出撃するな」
「?!…い、嫌!」
「ダメだ…お前を狙って襲ってくる奴がいる以上、そんな危険なこと!」
「リョウ!」
「エルレーン!…お前はまだ、俺の質問に答えていない!」
「!」
抗弁するエルレーンに、リョウが強い口調で怒鳴りつける!
同じくらいの強さで怒鳴り返そうとして、だがエルレーンはそうできなかった…
…リョウの、炎の燃えるような瞳。
その瞳には、今にもあふれ出そうなほどの涙が、揺らめいている。
「何故だ?!何で、一人で背負い込もうとしたがるんだ!」
「…」
「お前は!俺たちのことを、頼ったっていいんだよ…!」
リョウは、必死に言う。
油断をすれば、このまま自分の腕からすり抜けて…死地の戦いに自ら向かっていく、エルレーンに。
「俺も!ハヤトも!ベンケイも!他のみんなも…!」
たった一人で、たった一人でその「敵」と立ち向かおうとする、エルレーンに言う―
「今は…お前と一緒にいる、俺たちがいるんだよッ!」
今は、お前は孤独ではない。
今は、お前は一人ではない、と。
「…」
「エルレーン」
無言のまま、自分を見返すエルレーンに、リョウは静かにつぶやいた。
「俺は、俺たちは…お前に、死んでほしくないんだ」
「…」
「お前が、狙われてる…殺されるとわかって、そんな…!」
「で、でも…ッ」
「…!」
「エルレーン」
「!…ハヤト君」
なおも抗弁を続けようとするエルレーンに、再度リョウの瞳が怒りに燃える―
が、そこに割って入ったのは…ハヤト。
ハヤトもエルレーンを見据え、揺らがぬ瞳で言い切った。
「俺も、同じ意見だ」
「俺も…」
「ベンケイ君…」
そして、ベンケイも。
「あいつ、何かやっぱりヤバそうだぜ。そりゃお前が強いのもわかってるけどよ、…けど、」
彼は、言葉を継ぐ。
「何か…死に物狂い、って感じがして、ヤバい。そういう奴は、手段を選んでこない」
「…」
「下手したら、お前巻き添えにして自爆でも仕掛けてきかねないぜ」
「…」
「それがわかってて、お前を行かせるってのは…俺たちには、出来ないよ」
「ベンケイ君…」
ベンケイは、いつも見せているような笑顔ではなく…真剣な表情で、淡々とそう言った。
普段の、何でも受け止めてくれるようなやわらかい笑顔ではなく、
自分の思いを意地でも通そうとする、鉄壁の意思に満ちた表情で。
いや、ベンケイだけではない。
ハヤトも、リョウも。
ゲッターチームの三人が三人とも…
だから、とうとう、エルレーンはうつむいたまま…何も言えなくなってしまった。
それを「了承」と取ったリョウは、口調を和らげ…彼女を安堵させようと、やさしくささやく。
「わかったな、エルレーン…大丈夫だ、そいつとは俺たちが片をつける。俺たち、ゲッターチームがな」
「…」
「大丈夫だ、だから…」
「…」
リョウは、彼女に何度も「大丈夫」と言う。
そして、エルレーンをひたむきに見つめるのだ…
何処か、脅迫の意味をも抱き込んだ瞳で。
だから、エルレーンは何も言えないまま、彼を見返す。
…"Yes"とも、"No"とも言わないで。


そうして、「無音」の時が過ぎ去っていく。
時はいつだって行き急ぐのだ、そう―
どうしようもない終息を、ひたすらに目指して。



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