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◆ The Sword-Master(「剣聖」)
〜But, All Who take the Sword will perish by the Sword〜
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十数機の有人操縦メカザウルスが去って。
戦場は、奇妙な静寂に包まれた。
プリベンターたちのスーパーロボット群と、残りのメカザウルス群。
そして、相対するその二群の中間に、メカザウルス・ライアが立ちはだかる。
キャプテン・ルーガの蛇眼には、メカザウルス・グダが映る―
あの、ガレリイ長官が指揮する母艦機が。
「…」
「哀れなものよの、ガレリイ長官」
静かな声が、それだけにいっそう皮肉の意図を強めてガレリイの耳朶を打ち据えた。
「それが、あなたにふさわしい末路。『仲間』ですら、ただの『兵器』としてしか扱わないあなたに、な」
「…〜〜ッ、ほ、ほざけぇぇッ!」
老爺は吼えた。
予想外の展開に衝撃を受けながらも、それでもなお己の優位性を崩そうとしないガレリイ。
彼は、冷や汗をかきながらも、なおも吼える。
何故なら…彼には、まだまだ手駒はあるからだ。
「ゆ、有人機がいなくなっただけじゃ…そ、それがどうしたッ!
こちらには、カスタマイズずみの人工知能搭載メカザウルスが、まだまだごまんとおるんじゃあッ!」
「…」
ガレリイの命に連動して、待機していたメカザウルスたちが数機、起動する―
CPUから送られるガレリイの命令だけが、彼らの身体を動かす。
龍騎士(ドラゴン・ナイト)の誇りなど解さない、正真正銘のガレリイ長官の操り人形だ…!
数機の機械蜥蜴は、ある者は宙を舞いながら、ある者は地面を踏みしめながら、それぞれメカザウルス・ライアを取り囲む。
じわり、じわり、間合いを詰めて…
「る、ルーガぁッ!」
その光景に、思わずエルレーンは弱気な声をあげる。
だが、それを聞いたキャプテン・ルーガは…軽く片眉をあげ、微笑して見せた。
「…いいから、エルレーン」
「え…」
「いいから、そこにいろ」
深緑の両腕が、強く操縦桿を握る。
金色の瞳が、静かな炎をたたえる―
「ふっ…案ずるな、エルレーン」
にやっ、と笑う。きらめく牙。
それは、獲物を前にした猟犬のごとくして―
…そして、女龍騎士は声高らかに宣言した!
「私が誰だか、忘れたか?私は…完全なる恐竜剣法の伝承者、キャプテン・ルーガ!
…あんな木っ端どもなど、風の前の塵に等しいわ!」
「な、何じゃと…!でかい口を叩きおって!」
そのあまりの大言壮語に、わなわなと震えるガレリイ長官。
だが…そんな彼の様子など気にする風でもなく、彼女は奇妙なことをはじめだした。
「…ふむ…2、4、6、8…」
「…ん?」
何やら、数を数えているようだが…
一体何をしているのだ、と問いかけようとした瞬間、彼はなおさらに嘲られた。
「…18、20、22…24、26。…メカザウルス26機か。私もずいぶん甘く見られたものだな…」
「?!」
「まあ、よかろう。…さて、はじめようか?」
メカザウルス・ライアの右手が、その背に装着された大剣、その柄を握る。
じゃきんっ、と、音を立て、その全体が鞘から引き抜かれた―
清廉な銀、それは剣聖たるキャプテン・ルーガの精神、そのもののような銀!
「さあ…かかってこい!このキャプテン・ルーガを倒せると思うのならなッ、がらくたどもォッ!」
宣告が鳴り渡る。それは、強烈な挑発だった。
「?!」
「ま、まさか…」
「あのメカザウルスの大群と、たった一人で戦うというのか?!」
それを聞いた「人間」たちも、ようやく彼女の意図に気づき、愕然となる…
何ということだろう、あの凶悪な機械蜥蜴の集団に、彼女はメカザウルスたった一機で立ち向かおうというのだ!
「る、ルーガさん…無茶だッ!」
リョウの顔に焦りが浮かぶ。
だが、焦ったところで彼らには何もできない…
彼らの機体は今、ガレリイ長官のマグネットアンカーウェーブで指一本すら動かせないのだから!
歯噛みするエルレーンたちの前で、それでも―メカザウルス・ライアは動じることなく。
ただ、剣を構えて待っている。
そして―ガレリイが、喉も焼ききれんばかりの大音声で、怒鳴りあげた。
「や…やれえぇぇぇえぇええぇえぇいッッ!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ…!!』
同時に、CPUに命令が送り込まれ、それは電気信号となって、機械蜥蜴たちを興奮させた。
猛る咆哮を一斉にあげ、彼らは一挙にメカザウルス・ライアとの距離を詰める…
「…」
…その時。
今まで穏やかに結ばれていたキャプテン・ルーガの唇が、再び開かれた。
彼女の唇が呼んだのは―やはり、彼女の弟子の「名前」だった。
「エルレーン」
「…!」
「お前は、私の、たった一人の…『人間』の弟子」
まるで、思い出話をするかのような口調で。
あまりに、この状況にはそぐわない口調で。
「お前は…火龍剣、水龍剣、地龍剣、邪龍剣、5つの奥義のうち、すでに4つを修めた」
「る、ルーガ…?」
「…いつか見せてやる、そう『約束』したな?」
「あ…」
その「約束」という言葉が、彼女に思い出させた。
恐竜帝国にいた頃の記憶。いつかあの訓練場でかわした、たわいもない「約束」。
「お前なら…今のお前なら、必ず手に入れることが出来るだろう」
そう言って、彼女はやさしく微笑んだ。
それは、エルレーンが大好きだった、彼女の笑顔だった。
『ルアアアアアアアアオオオオオオオオオオオッッ!!』
「さあ…『約束』だ」
機械蜥蜴たちが一斉に、飛び掛る。
その一瞬に、キャプテン・ルーガの金色の瞳が間隙を見切る―
「その目に焼きつけろ。…これが」
その一瞬に、キャプテン・ルーガの金色の瞳が軌道を見切る―
「怒れる龍の咆哮、龍の断罪!龍の牙、龍の爪、龍の剣!」
その一瞬に、キャプテン・ルーガの金色の瞳が弱点を見切る―
「喰らえ!我が『恐竜剣法』が必殺奥義!」
その一瞬に、キャプテン・ルーガの金色の瞳が全てを見切る―




そして、それは発動する―!




「神・龍・剣…!!」




「…!」
それは、一秒にも満たぬほどの時間だったのかもしれない。
だが、エルレーンは見た。
メカザウルス・ライアの動きを。
襲いくる全ての爪を、尾を、円を為す剣の一薙ぎで打ち払う。
それは水龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
返す刀で、相対するメカザウルスどもを薙ぎ払う。
それは地龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
そして、体勢を大きく崩した相手に、喰らわせる斬撃の鋭さ。
それは邪龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
その斬撃は相手を一刀両断する。その斬撃は無数に繰り出され全てを切り裂く。
それは火龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
そう―それは、エルレーンが学んだ、その全てだった。
4つの奥義を全て発揮する―水龍剣で全ての攻撃を受払い、地竜剣で相手の動きを止め、邪龍剣の鋭さで、無数の火龍剣を放つ。
エルレーンは理解した。
究極の防御にして、究極の攻撃。比類なきカウンターアタック。
それが、恐竜剣法最後の奥義・神龍剣なのだ…!

腰の部分で裁断されたメカザウルスたちは、為すすべなく地面に次々と墜落していった。
闘争命令を送られたCPUは、それでも戦いを続けようと全身に信号を送るが…もはや、その信号が有効な動きを為すことはなかった。
どさどさ、と、数機のメカザウルスが鉄くずとなって舞い落ちていく様を…彼らは、ただ呆然となって見ていた。
「あ…」
「な、何てこった…」
「あれだけ、あれだけの、メカザウルスを…」
「一撃で、だと…ッ?!」
「人間」も、「ハ虫人」も。
己の目がたった今見たものを、にわかには信じられずにいた。
誰が信じられるだろうか…
彼女は、キャプテン・ルーガは…たったの一撃、たった一薙ぎの剣撃で軽々とそれらを葬ったのだ。
たった一撃で、数機のメカザウルスを…!
「…」
「…エルレーン」
「ルーガ…」
と、女龍騎士の静かな声が、少女を呼んだ。
彼女は、今見せた神撃にもかかわらず、涼しい顔をしながら…穏やかに、言った。
「『約束』は…果たしたぞ」
「…うん!」
エルレーンは、うなずいた。
透明な瞳を、まっすぐに己の師に向けながら―
異形の、自分とは違う、「ハ虫人」の師に。「人間」の自分に、最後の奥義を受け継がせてくれた師に…
だが、それは「ハ虫人」たちにとっても、今まで見たこともない脅威そのものだった。
「ひ…あ、ああ…!」
「す、すごい…こ、これが、これがッ」
「真の『恐竜剣法』…!」
「こ、こんなん相手に…ど、どうするってんだよぉおおォ…?!」
かつて在ったと言われた、しかし今では絶えてしまった、恐竜剣法が最強の必殺奥義・神龍剣。
その伝説の再来、そしてその伝説にふさわしい凶悪な威力を目の当たりにした「ハ虫人」たちは、我知らず恐怖に震えていた…
その口から出るのは、完全に打ちのめされた泣き言ばかり。
「ひ…ひ、ひるむなぁぁああ!」
その中で、無理やりに猛っているのは一人だけ…ガレリイ長官だけだ。
「ひッ、ひ…怯むな、貴様らああああ!」
「し、しかしッ、ガレリイ長官ッ!」
「まだまだじゃ!まだまだメカザウルスはあるッ!…とにかくぶつけろッ、あ奴にぶつけるんじゃあッ!」
「で、ですが…げはッ?!」
「やや、やかましいわぁッ!わしの命令がきけんのかあッ!」
悲痛な声をあげるメカザウルス・グダの乗組員たちを、杖で殴りつけながら、ガレリイは絶叫する。
恐怖にがたがたと震える己の身体を、無理やりに押さえつけながら。
だから、彼はむやみやたらに叫ぶ―
「いけ!いけ、メカザウルスよぉッ!」
命令に応じ、機械蜥蜴たちの瞳が不気味に光る。
設定されたターゲット、メカザウルス・ライアに向け…また、数機が一気に飛び掛っていく。
「…いくら来ても同じこと!我が剣の前では、『敵』にあらずッ!」
しかし、キャプテン・ルーガは吼え返す。
メカザウルス・ライアの大剣が、ぎらり、と陽光にきらめいた…
「…す、げぇ」
「あれが…『恐竜剣法』」
ベンケイの口から、吐息とともに感嘆が漏れた。
リョウたちプリベンターは、もはやその剣舞に完全に魅入っていた。
「恐竜剣法」、エルレーンが学んだと言う、「ハ虫人」たちの剣技。
その威力、その凄まじさ、その流麗さ、その美しさを、彼らは今まさに目の当たりにしていた。
剣がひらめくごとに、機械蜥蜴たちが鉄片となって大地に降り注ぐ。
まさしく、魅了されていた…
本来ならば、ただ一機で戦う彼女を援護せねばならない、だがマグネットアンカーウェーブによって行動不能となっている我が身を切歯扼腕しなければならないにもかかわらず。
そんなことすら忘れさせるほどに―その異世界の剣術は、素晴らしかったのだ。
「…」
そして…エルレーンは、見ている。
彼女の「トモダチ」の戦いを。
舞い狂う剣を。切り払う剣を。刺し貫く剣を。
キャプテン・ルーガの剣技、その全てを胸に焼き付けるごとくに―彼女は、じっ、と見ている。
…焦り怯えながらもなおも強がるガレリイ長官たちのやかましく哀れな通信など、耳にも入らなかった。
「だ、だめですぅッ!メカザウルス第二隊、全滅ですッ!」
「それがどうした!出せ!出せ!もっと出せッ!」
ガレリイの叫びに応じ、次々と人工知能搭載メカザウルスが出撃する。
だが、それらはやはり次々と落とされていく…
「いつまでもつきあってはられん!…元を叩かせてもらうッ!」
「…!」
キャプテン・ルーガの瞳が、ぎらり、と光る。
メカザウルス・ライアの剣先が、大きくメカザウルス・グダに向けられた―




だが、その時。
「…?!」
彼女の中を、衝撃が走りぬけた。




…戦場が、瞬時に静まり返る。
唐突な空白に、誰もが惑った。
「…?」
「ど、どうしたんだ…」
「…ルーガ?!」
エルレーンたちも、ようやくその異変に気づいた。
ぴたり、と動きを止めたメカザウルス・ライア…そのコックピット、モニターに映るキャプテン・ルーガ。
彼女もまた、何故かぴたりとも動かない。
まるで、生きていることを忘れてしまったかのように。
その異状に、少女の瞳は釘付けとなった…
だが…その静止画のようなモニター画像が、動いた。
画面の中、女龍騎士はとうとう操縦桿を放し…その手のひらを口元に当てる。
その途端だった。
「…ぐ、ううッ?!」
苦痛のうめき声が、耐え切れなくなった彼女の唇からこぼれおちる。
…いや、それだけではなかった。
「…!」
少女の見開かれた瞳に、それは映った。


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