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◆ 好き嫌い大バトル!
 (アーガマでの日々―
  「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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こうして、ジュンを捕らえ、幽閉した「炎ジュン」は、いとも容易く「敵」中に入り込むことに成功する。
…彼女がアーガマに入り込んだころには、もう夕方近くなっていた。
「遅かったな、ジュンさん!」
格納庫に入ってきたクインスターを笑顔で出迎える男。
(…この男は、「兜甲児」…マジンガー・マジンカイザーのパイロットだ)
事前の彼ら人間たちに関するレポートで学習済みの記憶が、「炎ジュン」の中でよみがえる。
「…ええ、ちょっと手間取っちゃって」
「もう飯時だぜ」
「そうね、そんな時間ね」
そつなく彼との会話をこなす「炎ジュン」。
甲児は、彼女が哨戒飛行以前とは違ったモノになっていることにまったく気づかない…
高性能な新型の擬装用外皮がそれを気づかせないのだ。
甲児は「飯を喰いにいってくる」と彼女に言い残し、ぱっと廊下へと駆け出していった。
彼女もその後を追って廊下を進む…
(…それにしても)
見慣れぬ「人間」たちの艦(ふね)の内部を興味深く見ながらも、彼女はふと思う。
(エルレーンやゲッターチームは、どこにいるんだろう…?)

甲児を追って彼女が入った場所は…食堂だった。
どこもかしこも、食事を取ろうとしている「人間」たちであふれかえっている…
と、きょろきょろと周りを見回していると、そこに彼らの姿を見つけた。
…彼女の胸を、不思議な感覚が貫く―
それは、甘さを含んだ痛み。
エルレーン、そしてゲッターチーム…!
彼らも食事をとっているようだ。
「炎ジュン」は、自分も「人間」たちにならってコーヒーのカップと食事の入ったトレイを手にとり、彼らの後ろのテーブルにそっと座った。
そこから見える、彼女の姿…エルレーンの姿を、「炎ジュン」は見つめる。
…エルレーンが、こんなに近くにいる。
一瞬、あの日の出来事が「炎ジュン」の中を通り過ぎていく。
途端、胸を締め付けるような罪悪感がまた襲ってきた…
しかし、彼女はあの時の…あの日、自分と対峙した時、自分に拒絶され、攻撃された時のショックを立ち直ったように見える。
少なくとも今、笑顔を見せている。仲間達と、笑っている。
そのことは、多少なりとも彼女を安堵させてくれた―
自分勝手な安心感に過ぎない、とはわかってはいても。
聞き耳を立てて聞いてみる。
彼らは、こんな事をしゃべっていた…

「…しかし、本当お前よく喰うよな」
自分はとっくに食事を終えたリョウが、あきれたようにベンケイの分の夕食を見た。
そこには親子丼に生姜焼き、焼き魚に味噌汁、また白ご飯と、軽く4人前はありそうな量の食べ物があった。
「いや〜、最近はちょっと抑え目にしてるんだぜ」
「お、抑え目かよ…これで」
コーヒーをすすっているハヤトも、思わず感嘆の声をあげてしまう。
「ベンケイ君、食べるの好きだねえ」
感心したように言うエルレーン。
「まあなー、趣味みたいなモンだし」
「私はこれでごちそうさまー」
エルレーンはそう言ってスプーンをトレイにかちゃりとおく。
「ん…?エルレーン、ピーマンが残ってるぞ」
皿の端っこに、そこだけまるごとぽつりと残されたピーマンの炒め物を目ざとく見つけたリョウが、指でそれを示しながら言う。
「えー、これ…いらないのー」
「だ・め!ちゃんと食べろよ」
リョウが指をちっちっと振りながら、エルレーンを諭す。
それを聞くエルレーンの眉が、悲しそうに下がる。
「えー…だってえ…」
「だってじゃない。好き嫌いはダメだぞ」
真面目なリョウがそれを見逃すはずがない。
「…だってそれ、苦いし…嫌なんだもん。嫌いなの」
「わがまま言うんじゃない」
まるで母親みたいな口調でリョウが言う。
それに思わずハヤトが苦笑する。
ベンケイもその光景を微笑んで見ている。
「うー…」
不服な顔で黙り込んだエルレーンに、リョウのとどめの一撃…
「ちゃんと食べないようなら、おやつはやらないよ」
「!!…やーん、それはやなのー!」
それを聞いた途端、エルレーンが慌てて言い返す。
…おやつを食べられないなんて、そんな哀しいことはない…
「はは…それならちゃんと食べるんだな」
そう彼女が言うであろうことをわかっていてそんなことを言うリョウ。
彼はそれだけ言って、自分の分のトレイを返却口に返しにいった。
…後に残されたエルレーンは、ピーマンとおやつの取り上げという、どちらとも選びがたい葛藤の中で困り果ててしまっている。
と、哀しげな目で憎たらしいピーマンを見つめるエルレーンの肩を、ぽんぽん、と叩く者がいた。
「エルレーン君、君は…ピーマンが嫌いなんだ?」
「あ、コウ君…」
声をかけてきたウラキのほうをふりむくエルレーン。
いつのまにか、自分の後ろにトレイを持ったコウ・ウラキの姿があった。
「俺はさあ…ニンジンが嫌いでさあ」
そういいながら、手にした自分のトレイを見せるウラキ。
確かに、そこにはニンジンのグラッセが丸のまま残っていた。
「…!!」
彼の言わんとしている事。
それにひらめいたらしいエルレーンの顔に、にぱあっ、と明るい笑みが広がる。
そのエルレーンの表情の変化を見たウラキもまた、彼女を見つめてうなずいた…
『…交換しよう』
同時に二人がささやいた。
そして同時ににやっと笑う。
だが、お互いの皿を交換しようとした…まさに、その時。
「…な〜にしてんですか、ウラキさん…?」
その声にびくっと飛び上がるエルレーンとウラキ。
振り返ると、やはりそこには…奴がいた。
両腕を組んで仁王立ち。地獄のお目付け役がそこにいた。
「り、リョウ…君」
「まさか…また、ニンジンを?」
「え、ええっと…」
「いけませんね…いい大人が、好き嫌いなんかしちゃあ…」
「…」ウラキがいたたまれないように、目をそらす。
リョウの言うことは、正論だ。
「さあ、エルレーン。…ピーマン、食べろよ?」
そして、リョウはエルレーンの斜め後ろに立ち、テーブルに手をついて…彼女を見つめ、にっこりと微笑んで促した。
「…ふにー…」
リョウが厳しく監視している中で、最早ピーマンをどうこうは出来ない。
エルレーンは何とかそれから逃れられないかと、ハヤトとベンケイのほうを救いを求めるようなうるうるした目で見つめてみた。
が…ハヤトには目をそらされ、ベンケイにはまるで「ファイト!」とでも言うように、笑顔でガッツポーズを示された。
…結局、救いの手はなしである。
仕方なく、その緑色のカタマリを口に運ぶ。
…嫌な苦味が、口中に広がった。
「う〜…苦いのー…おいしくないの…」
今にも泣きそうな顔で、哀しげにつぶやくエルレーン。
「…ピーマンのほうがましだよ…ニンジンって…野菜の分際で…甘いんだぜ…」
ウラキもリョウの手前、仕方なく自分の皿のニンジンを処理する。
「甘い方がいいのー…苦いほうがやなのー…」
そういいながら、最後のピーマンを嫌々ながら飲み下した。
文句を言いながらも、何とか彼女は全部の憎たらしいそれを食べ終えた。
…ウラキも同様だ。
「ごちそうさま…」
ピーマンを片付け終え、皿をトレイに置くエルレーン。
リョウがそんなエルレーンの頭をぽんぽんと軽く叩き、にこっと笑った。
「はい。…よく、がんばりました」
「うー…」
「そんな顔するなよ。…ほら」そう言って、新しく持ってきてやった別の皿を手渡す。
それを見た途端、エルレーンの顔がぱあっと輝いた。
…それは、一切れのケーキ!
甘くておいしい、大好きな食べ物…!
「わあい、ケーキだ!」
喜びの声をあげ、その皿を受け取るエルレーン。
「ふふ…」
リョウも、無邪気に笑うエルレーンをうれしそうに見ている。
「よかったなー」
「うん!」
ベンケイに満面の笑顔で答えながら、そのケーキにフォークを入れるエルレーン。
「げ!…そ、それって…」
そのケーキを見たウラキが嫌な事実に気づいてしまう。
…そのケーキは、なんだか見覚えのある、鮮やかなオレンジ色をしていた…
つい先ほど、渋々胃の中におさめた、「あれ」と同じ色。
「そう、今日のデザートは…キャロットケーキだそうですよ」
くすくすと微笑いながら、リョウがそう説明してやる。
「ま、マジかよ…」
「うふふ☆」
がっくりとうなだれるウラキを尻目に、うれしそうにケーキをほおばるエルレーン。
甘いものが大好きな彼女にとっては、何よりの「ごほうび」だった。

ケーキをほおばり、にこにこと笑うエルレーンを見ていた「炎ジュン」。
その目は…とてもうれしそうだった。
(そうだな、お前は…その「ケーキ」とかいうモノが気に入っていたな。お前は、甘いモノが本当に大好きな子だった…)
ふと、過去の記憶に思いを馳せる「炎ジュン」。
…それは、エルレーンにクランディアと言う菓子を持っていった時の思い出。
『ルーガ、これ、なあに?』
広げた手のひらに手渡された小さなボール状の焼き菓子を見つめ、エルレーンは自分にそう問い掛けてきた。
『それは、クランディア…菓子だ。さっき友人にもらったものだ』
『へーえ、食べ物なの、これ?』
『ああ、食べてみろ、エルレーン…お前は甘いモノが好きだろう?』
『うん!大好き!…それじゃあ、食べるの!いただきまぁす☆』
そう言うなり、エルレーンは手のひらのクランディアを一つつまんで口の中に放り込んだ…
と、口の中に広がっていくそのやさしい甘さに、彼女の顔がぱあっとほころんだ。
『…美味いか?』
『…!!』
無言のままこくこくと何度もうなずくエルレーン。
後をひくそのおいしさにつられ、彼女はあっという間に渡したクランディアをすべて食べてしまう。
『…そんなに気に入ったのなら、私の分も食べるか?』
その様子を見た時、あまりに彼女がうれしそうな顔をしていたモノだから、ついそう言ってしまった。
『うん!…あーーーーーーん☆』
と、にっこり笑ってうなずいたエルレーンは…まるで小鳥のひなが親鳥にえさをねだるように、大きく口を開けてみせた。
そして、自分をじいっと上目づかいで見つめている…
そのしぐさがあまりに子どもっぽかったので、思わず苦笑してしまった。
『…おいおい、赤ん坊じゃないんだから、自分で取って食べるんだな』
『!…むー…!』
だが、そう言って残りのクランディアが入った皿を差し出しても、エルレーンは受け取ろうとしない。
…どうやら、自分に甘えようとしたのに失敗したことが気に入らず、むくれてしまったらしい。
頬をぷっとふくらませ、そっぽを向いてしまった。
『ん…?…どうした、いらないのか?』
しかし、そうからかうように言ってやると…彼女はちょっとだけ皿のほうを見て、またふいっと顔をそむける。
やはりクランディアに未練があるらしい。
『…だって、ルーガが…はむっ』
だから、自分を見上げて不満げに文句をつぶやいたその口に、一個クランディアを放り込んでやった。
…すると、エルレーンの顔から先ほどまでの不機嫌そうな顔は一気に消えてしまい、またクランディアの甘さに喜ぶ無邪気な笑みが浮かぶ。
『ははは…!』
笑いながら、そんな彼女の髪をくしゃくしゃとなぜてやった…
そうすると、エルレーンはちょっと照れながらも、自分を見つめて、にこっとかわいらしい微笑みを見せてくれるのだ…

「お、ジュン。今日は早いんだな」
と、物思いにふけっていた彼女の意識が、その声で急に現実に呼び戻された。
…いつのまにか目の前にいたトレイを持った男が、自分の向かい側の席に座ってきた。
(こいつは…あの男)
ふっ、と記憶がよみがえる。
(「剣鉄也」、グレートマジンガーのパイロットか…
たしか、「炎ジュン」のパートナーパイロットだったな…)
「…ええ」
相手が何者であるか、「炎ジュン」とどのような関係であるかを認識するや否や、それにふさわしい態度を取ろうとする彼女。
その様子にはまったくそつがなく、鉄也も甲児と同じく、彼女が別人となっていることには気づいていないようだ。
「…どうした?食欲がないのか?…全然食べてないじゃないか」
ただ、「炎ジュン」のトレイに残された食事を見て、そんなことを言うだけ。
「あ、そ、そんなことはない…わ」
指摘された途端、彼女は気づいたように自分のトレイの食べ物に手をつける。
…人間の食べ物は、見た目は奇妙ではあるが、まあまあ美味といえた。
彼女は、トレイに乗っていた、「ピーマン」と呼ばれていた…あの緑色のモノも食べてみた。
口に入れてみると、なるほど確かにそれは軽い苦味があった。
(…たしかに、これではエルレーンは嫌うはずだな)
そう思うと、思わずくすっと笑みがこぼれる。
「…どうかしたのか?」
自分の分の食事をほおばりながら、鉄也が聞いた。
「いや…なんでもない」
軽く首を振り、「炎ジュン」は食事を続けるのだった。


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