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◆ 乱心の邪眼
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「…」
かつ、と硬質な音を立てて、ブーツのかかとが人造の大地を蹴る。
周囲を見回すその両眼は、あくまで鋭く…油断の欠片すら、微塵も許さない。
恐竜ジェット機より舞い降りたキャプテン・ラグナの視線は、先ほど艦内で確認した7つの機体をすぐに発見した。
…搭乗者たちに置き去られた、4つの獣戦機…そして、真・ゲットマシン。
キャプテン・ラグナの双眸に、苦味が入り混じる。
これまで彼の同胞を、彼の部下を葬り去ってきた、「人間」どもの―超ロボットたち。
そして、何よりも…偉大なる恐竜帝国を再び地の底に追いやった、その忌まわしき邪悪―ゲッターロボ!
それらの憎き鋼鉄の刃が―今、眼前に、無防備のまま在る。
周りに人影は見当たらない。
ならばこの好機を逃すことなく、これらを破壊しておくべきか―
そのような考えが一瞬キャプテン・ラグナの脳裏によぎったが、すぐに彼はそれを否定した。
―それは、私のやり方ではない、と。
破壊するなら、正々堂々…戦場にて、剣切り結ぶ戦いにて。
彼の龍騎士(ドラゴン・ナイト)としてのプライドは、そのような容易な手段を認めなかった。
しかし…それにしても、当のパイロットたちはどこに消えたのか?
獣戦機隊、そして―不倶戴天の「敵」、ゲッターチームは!
―と、その時だった。
「?!」
「う、うげあああッ?!なんじゃありゃあッ?!」
「き、貴様ッ、一体…!」
すっとんきょうな悲鳴が、機隊の影から飛び出した。
見れば、数人の「人間」が…真っ青で間の抜けた引きつった表情で、こちらに向かって銃を突きつけている。
「…」
…だが、その誰もが獣戦機隊ではなく、ゲッターチームではない。
データベースで見た資料を頭に呼び起こしてみる…
それらの「人間」どもが、揃いで身につけている特長的な制服らしきもの。
そこから勘案すると…どうやら、彼らは「イノセント」なる集団の一味らしい。
しかし、実際のところ、彼にとってそんなことはどうでもよかった。
「彼らはゲッターチームではない」、それだけで既にとるべき行動は決まっていた。


「鬱陶しい。去ね」


一方…
コントロールタワー内、司令室。
ビラム司政官が去った後…数名の見張りに囲まれ、やはり両手両足を拘束されたまま、すでに十数分が過ぎた。
「…」
「…くっ」
両手首・足首に喰い込むロープは存外に硬く、ほどくことも、抜けることもできない。
迂闊な動きをすれば、すぐに周りの見張りが銃身を突きつけ、威嚇する…
だが、こんなことをしている間に、刻一刻と核爆弾の発射は迫っているのだ!
「ああああああッ、くっそおッ!」
出し抜けに響いた焦燥まじりの怒声は、何よりも無力な自分たちに対する怒りに満ちていた。
こんな重大で、自分たちの存亡にかかわる事実を知りえながらも、それでもそれを「仲間」に伝えることのできない無力な自分たちに対する…!
「し、忍…」
「くそッ、いつまでこんなとこにいりゃあいいってんだよ!ざけやがってッ!」
「落ち着け、忍ッ!」
「気持ちはわかるけど…」
荒れる忍を、亮や雅人がいさめる。
が…彼らとて、心は忍と同じ。
「おい、貴様ら、おとなしくしてろッ!」
「ぐっ…!」
無駄に胸を張り、勝ち誇った口調でそう言ってきた見張り
せめてもの返礼に、忍たちはそいつを思い切りねめつけてやる。睨みつけてやる。
しかし、それぐらいしか、それぐらいしかできない自分たちの今の状況は、じりじりと彼らを追い詰めている…
と、見張りの一人が、もう一人の見張りに話しかけた。
「おい、ビラム様からの連絡はまだか?」
「まだだ。もう少し調整がいるようだ」
「そうか…だが、連絡が入り次第俺たちもすぐに脱出しなければな」
小声で話す彼らの会話は、それでも彼らと捕虜しかいないこの広い司令室では、むしろはっきりと聞き取ることができた。
「…」
ハヤトは、今耳にしたセリフを分析し、勘案する。
「調整」「連絡が入り次第、脱出」というようなセリフの断片は、おのずと一つの推理に行き着く…
(…一応、今すぐに核が発射されるというわけではなさそうだが…)
しかし。
ハヤトの脳裏に、薄甘い希望的観測を超えた冷たい結論が出現する。
(しかし、このままではここで皆消し炭になっちまう!
何とかブライト艦長たちに知らせて、このエリアから脱出しないと…)
その時だった。
―連続する電子的なビープ音。
ハヤトの志向の流れを断ち切った耳障りなその音は、見張りの一人が身につけていた通信機が鳴らすもののようだった。
「!」
ようやく気づいた彼は、すぐさまにその通信機のスイッチを入れる。
「…こちら第八小隊、ミクリス。一体…」
通信機に向かい呼びかける。
だが、その彼のセリフが終わるのを待たず、通信相手ががなり立てる声がわずかながらハヤトたちにも聞こえた―
会話の内容まではわからない。
だが、甲高く、激しい呼吸音まじりのその通信音声からは、相手が相当に切羽詰っている様子が簡単にわかった。
「はあ?!お前、何を言って…」
「どうした?」
「おい、おい!レング、応答しろ!レング!レング…!」
そして―やがて、見張りの呼びかけにも答えなくなる。
ノイズ音だけが―さらさらと通信機のスピーカーを鳴らすようになる。
もはやそこには、先ほどまで必死にしゃべっていた通信相手の存在を感じさせるものはなかった。
「…」
やがて、彼も通信をあきらめたようだ…
苦みばしった表情を崩さないまま、彼はそのまま通信機のスイッチを切った。
「ミクリス、一体何だ?」
「わからない…どうやら、侵入者のようだ」
「侵入者だと?…こいつらの『仲間』か?!」
にわかに色めきたつ見張りたち。
彼らの視線が、わずかにハヤトたちを射た。
「いや、それもわからん。だが…」
「こちらに向かってくる可能性が大、ということか…」
ぼそぼそ、と、小声で彼らは話し合いを続ける…
急な状況の変化に、隠せない不安の色を浮かべながら。
その一方で、忍たちの表情には、反対に希望が生まれ始める。
「おい、聞いたか…?」
「…ああ」
「誰かが助けに来てくれてるみたい」
「よぉし、頼むぜぇ…早いことたどり着いて、こいつらぶッちめてくれや!」
にやり、と笑む忍の表情にも、期待があらわれている。
そうして、彼らは「仲間」の到来をひたすら待ちわびる―
それから、二、三分ほどしただろうか。
程なく―静かな、静かな空間に、遠くから近づく音が割り込んできた。
かつうううん、かつうううん、かつうううん…
「!」
その誰かの足音は、確実に音量を増しこちらに近づいてくる。
廊下を歩いているのか、迷うことなくまっすぐにその歩みはこちらに近づいてくる―
かつーん、かつーん、かつーん。
「き、来やがったか?!」
「ぐ…!」
自然、見張りたちも身構える。
銃を構えなおし、侵入者を撃退しようと迎撃態勢に入る―
かつ、かつ、かつ…


かつ。


「…ふん、あの小虫どもめ。一応、嘘は言っていなかったらしいな」


司令室の入り口で、足音が止まる。
そして、その薄暗闇の中から…一人の男が、姿をあらわした。


「?!」
「え、お、おあ…」
だが。
「あ、あ、あ、あ、」
「ひ…!」
しかし。
「!」
「な…ああ?!」
「あいつは…?!」
彼の姿を見た、その場の全ての「人間」が…驚きのあまり目を見張る。
何故なら、その男は…「人間」ではなかったからだ!


まとった紅のマントは、戦場の象徴。
漆黒の鋼鉄は鎧の形を為し、男の肉体を包んでいる。
背中に背負うのは大剣。振るうにも相当の力が要るであろうその大剣を握る腕は、それに必要な筋肉で覆われている。
異様に尖った耳。額には、そそりたつ二本の角。
剣の柄を持つその手には、鋭く長い爪。
まるで、その爪自体が強力な武器のようだ。
同じく、口元には牙が光る。
肉食獣特有のきりきりと尖った牙、獲物を引き裂く牙―
そして、何より。
彼の身体を包むその皮膚は―
硬質な黒緑の鱗(うろこ)で覆われたその皮膚は、「ハ虫類」のもの!
そこに立っていたのは、「人間」ではない…「ハ虫人」!

「…!」
ハヤトの瞳に、はっきりと焦りの色が浮かんだ。
…こんなときに限って、恐竜帝国の奴と遭遇してしまうなんて!
ただでさえ身動きが取れないこの状態では、このままこいつにやられてしまう…!
恐竜帝国、「ハ虫人」のことを知ってまだ日が浅いベンケイでも、この状況の危険さはわかる。
何ということだ―最も相手にしたくない「敵」が、絶体絶命のピンチに出現したのだ!
「う、うおあああああッ!…ば、『バケモノ』!『バケモノ』だああッ!」
「と、トカゲ、トカゲッ…トカゲが、ああッ」
が、恐竜帝国と長きに渡って戦い、いわば「見慣れている」プリベンターたちとは違い…
イノセントの兵たちにとっては、まさにそれはモンスター、小説に出てくる「バケモノ」そのものに見えていた。
目は極限まで大きく見開かれ、ぽかんと開けられた大口からは、恐怖にまみれた言葉の断片が駄々漏れになって出てくる。
傍目から見て一発でわかるほどまでに、がたがたぶるぶると震えている者もいる―
「人間」ではないモノを、見たことがないイキモノを…「バケモノ」を、見ているのだ。
彼らが恐慌状態に陥るのも無理はない―!
…がくがくと怯えるイノセントたちを視線で射抜く、「ハ虫人」の剣士。
剣士は、己の前に立つ異人種を見て…ただ、ため息を一つ、ついた。
「…見苦しいな」
低い声音が、司令室に響いた。
紅の瞳が、すっ、と細められた。
「ううううう、動くな!動くと…う、撃つぞッ!」
びくついた見張りたちは、素っ頓狂な声をあげながら、手の中の銃をがちゃつかせている。
が、銃口を彼に向けようとも…その照準は、いつまでたっても定まらない。
すっかり怯えきった彼らの銃は、まともに彼を狙うことすらできない…!
「が…例え羽虫であろうとも、私に牙剥こうと言うのなら、」
紅のマントが、翻る。
漆黒のブーツが、床を蹴る。
一歩。一歩。また一歩。
かつ、かつ、かつ、かつ…
一歩。一歩。また一歩。
かつ、かつ、かつ、かつ…
見張りたちに近づいていく。見据える視線を、びくりとも揺らがすことすらせず。
「…容赦はしない」
そして、右手が―空を斬っていった。
「…ひ!」
電気に打たれたかのように、見張りたちはわなないた。
目の前の「バケモノ」は、ゆっくりと、ゆっくりとした動きで…己の背に、手を伸ばす。
そのまま何かを握り、右手を振り下ろす…
「…」
そして、あらわれたのは大剣。
「敵」を斬り、邪悪を絶つ大剣。
薄暗い司令室の空気を裂く、銀の刃―
―ベンケイたちは、次の瞬間…思わず、目をつむってしまっていた。
何かを、感じ取ってしまったからだ…「予感」を。
暗黒に閉じた視界。息づかい。
誰かの短い悲鳴。何かが地面に落ちる音。
水が跳ねる音。
そして、
無音。
恐ろしい静寂につつまれる、暗黒に閉じた視界。
無音。無音。無音。
耐え難い、無音。異常な、無音。
「…!」
だから、瞳を開いた時見えるだろうモノなど、とっくに予想はついていた。
だが、それでも…その光景は、彼らの心胆を寒からしめるには十分すぎるほどだった。
―見張りたちは、誰もが一刀両断されていた。
異形の者を目の当たりにし、怯じてしまった彼らは…手にした銃を撃つ間もなく、その剣撃を受け事切れたのだ。
そして、遅れて―発散される血の匂い。
切り伏せられた身体より流れ出し止まらぬ血だまりが、空気中にその鉄臭い匂いを撒き散らす。
酸鼻極まるその情景の中に、殺戮者は立ち尽くしていた。
と―剣を握った彼の右手が、再び動く。
血を滴らせる大剣が、びゅん、と空を斬る―血しぶきが、飛ぶ。
そして、血を払った剣を再び背の鞘に収める。
そこまでして、ようやく―はじめて、彼はハヤトたちを垣間見た。
「う…!」
一瞬、その眼光に射すくめられ、心の臓がびくついた。
それは、殺意をみなぎらせた狂気の目ではない。
しかしながら冷静そのものといったその眼光の鋭さは、むしろ何の感情も交えずに「敵」を屠るであろう冷酷さのように見えた。
…今まさに、イノセントの兵を眉一つ動かさず始末したように!
「人間」のモノではない黒緑の唇が、言語を紡ぐ。
両手両足を縛られた芋虫どもを見下ろす視線は、その言葉同様に冷たい―
「ゲッターチーム…それに、獣戦機隊だな。『敵』に捕縛されたか…無様だな」
「な、何をッ?!」
「あ、あんた、恐竜帝国のッ、」
「如何にも」
「ハ虫人」の剣士は、鷹揚にそう答え…改めて、ハヤトたちに向き直る。
「お初にお目にかかるな、ゲッターチーム…神隼人、車弁慶。…我が名は」
紅の瞳が、自らの宿敵を映し込む。
それは何と深く暗い赤だろう?
その中に溶け込む彼の深層心理の存在など、微塵も感じさせないほどに暗い赤―
こころの真相を押し隠す赤…
「我が名は、ラグナ…ラグナ・ラクス・エル・グラウシード。我が名は、キャプテン・ラグナ!」
「キャプテン、ラグナ…!」
キャプテン。恐竜帝国軍における、上級指揮官。
そう、彼は誇らかにその名をうたう、それこそが彼のプライドの源泉であり闘う理由そのものだから―!



「誇り高きキャプテン、正龍騎士の名に賭けて!私は貴様たちを滅ぼさんッ!」




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