--------------------------------------------------
◆ A song in praise(讃歌)
--------------------------------------------------



神 龍 剣―!



「…!」
それは、一秒にも満たぬほどの時間だったのかもしれない。
だが、キャプテン・ラグナは見た。
その紅の蛇眼に、今まで見たこともない光景が広がる―
全力を賭けた重い大剣の一撃を、円を為す剣の一薙ぎで打ち払う。
それは水龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
返す刀で、メカザウルス・レギの胴体を一文字に薙ぎ払う。
それは地龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
そして、吹き飛ばされる機械蜥蜴の巨体に、喰らわせる斬撃の鋭さ。
それは邪龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。
その斬撃は相手を一刀両断する。その斬撃は無数に繰り出され全てを切り裂く。
それは火龍剣。彼の女(ひと)が、少女に授け与えた恐竜剣法、その奥義。


四つの奥義を全て発揮する―
水龍剣で全ての攻撃を受払い、地竜剣で相手の動きを止め、邪龍剣の鋭さで、無数の火龍剣を放つ。
究極の防御にして、究極の攻撃。比類なきカウンターアタック。
恐竜剣法最後の奥義・神龍剣…!
彼の女龍騎士(ドラゴン・ナイト)を最後として、恐竜帝国から失われた奥義!


ああ こともあろうか
私は今 その奥義の発現を目の前にしている


呆けたのではない。
魂を、奪われたのだ。
文字通り、引き抜かれたがごとく―


機体を襲う連続した激しい衝撃
悲鳴をあげる鋼鉄、ほとばしる火花
強烈な振動、軋み歪む光景
視界を埋め尽くす、斬撃の作り出す閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光


魂を、奪われたのだ。


だから、キャプテン・ラグナは―動けなかった。
完全に防ぎきることは出来ないにしても、飛び退くなり両腕でかばうなりすれば、全身でその技を受ける羽目にはならなかったはずだ。
だが…彼は、動けなかった。
自分が得ることを渇望した、だが結局得ることのできなかった神龍剣という奥義
その発現を前にして…あの、忌まわしい、憎らしい、妬ましい、怨めしい「人間」の小娘の放つ
その奥義に打ちのめされ、魅了されて―


連続する斬撃 衝撃 破壊音
重なりあう斬撃 衝撃 破壊音
繰り返される斬撃 衝撃 破壊音


それでも、キャプテン・ラグナは動かなかった…
動けなかった。


それは、己を忘れてしまうほどに美しかったから―


やがて、跳ね飛ぶように。
ゲッタードラゴンが、大きく後方に飛びすさる。
右手に握った剣は、一体幾つもの剣撃を繰り出したのだろう。
目にも止まらぬ速さで繰り出されたそれを数えることはできなくとも、その威力のほどはわかる…
そう、
全身を切り刻まれ、白煙を噴き、火花を散らせている。
メカザウルス・レギの変わり果てた姿が、その前にあった。
まるで、予期せぬ嵐を通り過ぎた…とでも言うように。
静かに、メカザウルス・レギは空中に静止していた。
しかし、その姿は哀れ。
神龍剣によって刻まれた無数の太刀筋は、鋼鉄や人造皮膚を醜く引き裂き、その内部をあらわにしている。
ぼたぼたとだらしなく、その傷跡から流れ落ちるオイル。
すでに、戦える状態ではなかった。
神龍剣によって与えられたダメージは、メカザウルス・レギを再起不能の域にまで追い込んだ。


キャプテン・ラグナはそれをすぐに悟った―
己の、敗北を。


先ほどまで止むことなく鳴り響いていた剣劇の音は消え失せた。
ただ、静寂が戦場を埋め尽くした。
その静寂の中心に、皆の注視する視点の先に―彼らが在る。
ゲッタードラゴン、メカザウルス・レギ。
その勝敗は、既に決した―

誰も、何も言わない戦場で。
「人間」の龍騎士と、「ハ虫人」の龍騎士が向かい合う。
エルレーン。キャプテン・ラグナ。
その勝敗は、既に決した―

「…」
「…」
「…」
「…」
お互い、何も言わなかった。
この期に及んで何事かを語っても、ただ空疎なだけだ。
「…」
「…」
勝利者と敗北者の合間で、交わされる青白い視線。
透明な瞳。「人間」の瞳。
紅の蛇眼。「ハ虫人」の瞳。
「…ああ、」
と。
その紅の蛇眼が、弱々しげに微笑んだ。
「まったく、腹立たしいことだ…全身の血液が煮え繰り返りそうだよ」
「…」
「…自分を軽々と超えてしまうような、『妹弟子』を持つということはな…!」
「…!」
穏やかに、ため息をつくかのように吐き出されたその弱音。
その言葉と、ともに。
キャプテン・ラグナは静かに微笑した…
それは険の取れた、苦笑まじりの、妬心まじりの、けれど確かにやさしい微笑。
憎い仇に向けて、邪悪な「人間」に向けて、「No.39」に向けて。
それは、彼がたった一回だけ向けた微笑だった…
だが。
その微笑すら、一瞬で消え失せるのだ―
「うぐッ?!」
「!」
モニター画面に映るメカザウルス・レギのコックピット内部を、爆炎が染める!
左脇のパイプが、粉微塵に吹っ飛ぶ…!
爆炎にやられ、キャプテン・ラグナの体躯がコックピットの中で跳ね飛ばされる。
その勢いのまま鋼鉄の隔壁に叩きつけられた男の口から噴き出した蒼い血が零れ落ちるのを、エルレーンは確かに見た…
「ぐ…」
「…」
必死に身体を起こす。
そのまま、モニターの向こうをねめつける。
エルレーンをねめつける。「No.39」をねめつける。
「あああ…!」
嘆息。
吐き出す。肺腑に残る空気を、全て押し出してしまう。
吸い込む。血の匂いが、己の流した血の匂いが、その吸気の中に入り混じる。
途端に拡がる、その匂いにくらめく―

そして。
キャプテン・ラグナは…キャプテン・ラグナ・ラクス・エル・グラウシードは。
己の血の混じった吐息とともに、こう告げたのだ―

「呪われろ―!」

「!」
その言葉は、吐き出された言葉は、まっすぐにエルレーンに突き刺さる。
なおも、キャプテン・ラグナは叫ぶ。
その紅い瞳は最早何の陰りもなく、純粋そのままの、美しい憎しみの色をして。

「呪われろ!愚かしき『人間』どもよ!」

その言葉は、まっすぐにリョウたちに突き刺さる。プリベンターたちに突き刺さる。
誰も動かない。動けない。
誰も動けないままに、誇り高い龍騎士(ドラゴン・ナイト)の最期の叫びを聞いている。

「呪われろ!全ての報い、その身に受けて滅ぶがいい!」

その足下には、撃ち落され無残に散った、彼の率いてきたメカザウルスたちの破片。
無数の破片からくすぶる火が燃え、ぶすぶすと黒く煙る。
立ち昇る不吉な黒煙は、彼らの執念であり、彼らの怨念なのか。

「呪われろ!この地においても天においても、永劫に!」

ああ、彼は何と高らかに誇らかに鮮やかにうたうのだろう。
そうだ、彼はある意味で―うたっている。
謳(うた)っているのだ、勝利した「人間」たちを。

「呪われろ!邪悪なる種、『人間』よ―!」

罪深き敗者が、罪深き勝者へと贈る、それは讃歌だ。
あまりにも純化した憎しみの言葉。
幾度も繰り返される呪いの言葉。

「呪われろ!呪われろ!呪われろ!」

これからも美しき世界を我が物とするだろう「人間」たちへ。
彼ら「ハ虫人」の希望をかき消す、専横なる「人間」たちへ。

「呪われろ!呪われろ!呪われろ!」

忌まわしい、憎らしい、妬ましい、怨めしい。
その全ての負の感情があまりに純粋すぎて、それはあたかも磨きぬかれた輝石のごとく。

「呪われろ!呪われろ!呪われろ!」

ああ、だからそれは美しいまでの響きを持って鳴り渡る讃歌。
敗れた戦士が、勝者に向かって贈る祝詞。

「呪われろ!呪われろ!呪われろ!」

涙と血を流しながら、キャプテン・ラグナは謳う。
己の作り出せる、全力の闇を込めて。全力の憎悪を込めて。
「人間」へ謳う、プリベンターへ謳う、ゲッターチームへ謳う、

「呪われろ!呪われろ!呪われろ!」

そして、あの小娘―
同じ道を選ばなかった、同じ道を歩まなかった、
あのNo.39へ向かって讃歌を謳うのだ。
もしかしたら信じあえたかもしれなかった、だがそれを選ばず、信じあわなかったあの少女へ―!

「呪われろ!呪われ―」

爆裂。
受けたダメージに耐え切れず、メカザウルス・レギは震えた。
「ぐおあああああッ!!」
「ラグナ、さんッ!」
自分の顔、右目を中心に…強烈な激痛がほとばしった。
逆流した電流が荒れ狂う。コックピットのそこここで、炎が飛び散る。
その炎の一欠片が、キャプテン・ラグナの右目にぶち当たったのだ。
スピーカーを貫くキャプテン・ラグナの絶叫が、エルレーンのこころを射抜く…
「―!」
思わず、右手をそこに当ててかばう。
熱い。すさまじい熱が、その右手をも焼く。
ぬるり、とした液体が、そこからぼたぼたとあふれ出していく―
蒼い鮮血。「ハ虫人」の血。
再び、爆裂。
爆発。衝撃。
コックピットの後方で発生した爆発に吹っ飛ばされ、コンソールに叩きつけられる。
鈍痛。吐血。
モニター画面に映る、キャプテン・ラグナの姿が…少女の網膜に焼きつく。
「…!」
そして、その最後。
全身を襲う痛みをこらえ、必死に顔を上げ―こちらを、ねめつけて。
キャプテン・ラグナが何事かをつぶやいた。
それは声にならぬほどの音で発された。だから、エルレーンは聞くことができなかった。
しかし、彼女にはありありとわかった。彼が何と自分に告げたのか、を。
彼は、キャプテン・ラグナは―謳い続けたのだ。
自分に向かって、「No.39」に向かって謳い続けたのだ―



(呪われろ…!)



それは、歪んだ情愛。軋(きし)んだ友愛。曲がった信頼。
偽り無き憎悪。純粋なる嫉妬。混ざり無き執念。
それは、讃歌だった。



ひときわ大きい、爆裂。
一瞬、目を閉じてしまうほどに激しい閃光!
その閃光があまりにまぶしすぎて、エルレーンたちは目を開けていられないー
閃光の炸裂。大地を揺るがす激音が走っていく…!
誰もが瞳を堅く閉じ、その衝撃に耐える―
耐える―
耐える―



そして、やがて全ての音が絶える。



次に目を見開いた時、眼前にメカザウルス・レギの姿は存在していなかった。
ただ、その真下に…真っ黒焦げになった、鋼鉄の残骸がくすぶるだけ。
戦場は、静けさを取り戻す。
砂漠に、ただ風が凪いでいる。



もう、讃歌は聞こえない。



「…」
「…エルレーン」
「…」
そっと、リョウが声をかけた。
少女は―ただ、こくり、とうなずいた。
透明な瞳から、涙がこぼれ落ちていく。
頬をつたい流れ続けるその涙は、ぬぐってもぬぐっても、なかなか止まろうとはしなかった。






もう、讃歌は聞こえない。


































































いや、もしかしたら―






「…!ちょ、ちょっと!」
「どうした?!」
「こ、これ、メカザウルス・レギの…!」
「…脱出ポッド?!」
「自動で排出されたってのか」
「こんなひでえ有り様なのによ…奇跡だぜ!」
「は、早くキャプテン・ラグナの救出を!」
「あ、ああ…!」
「…よし、何とか開きそうだ」
「…!」
「あ…!」
「…」
「…」
「…ひでえ、ッ」
「こ、これじゃ、もう剣も…」
「!…だ、だけどよ、まだ息がある…」
「生きておられるぞ!」
「よ、よし!…すぐマシーンランドへ戻るぞッ!」






讃歌はまだ、終わっていないのかもしれない。







back