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◆ 女龍騎士の帰還
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「…どういうことなのかはっきり説明しろ、と言っておる!」
「は、はぁ…」帝王ゴールの追及に、恐竜兵士は何らまともな返事を返せず、ただ言葉尻を濁しただけだった。
当たり前だろう、何しろ彼とてそのことについて詳しく知っているわけではないのだから…
恐竜帝国マシーンランド。もうすでに夜も遅い。
帝王ゴールがそのことを耳にしたのは、ほとんど偶然だった。
帝王の間の前を通りすがった恐竜兵士たちが噂しあっていたのを、偶然耳にしたのだ…
…その内容は、まさに青天の霹靂。
すぐさまそのことについてくっちゃべっていた二人を捕まえ、詳しい話を聞きだした。
そして、その恐竜兵士たちに案内させているのだ…
そのたくらみごとが、今まさに行われているだろうその場所に。
早足で歩む帝王の足音、それに慌ててついていく二つの足音が、マシーンランドの廊下に響く。
「何故また暗黒大将軍殿に『魂呼び』の儀式をさせるのだ?!」
「え、その…し、しかし」
困惑気味に恐竜兵士が口を挟む。
「ご、ゴール様がそう言われたのではなかったのですか…?わ、私どもは、てっきり…」
「…わしが?…馬鹿な!」
「?!…で、では、ガレリイ長官は、何故…」帝王の答えに、彼はびっくりしたような表情になる。
そしてその驚きのあまり、彼はうっかりとその計画の首謀者の「名前」を漏らしてしまった…
「!…ガレリイ…?」
「と、ともかく、儀式は既になされている最中だとか」
「…無益な…流竜馬のクローンをいくら造ったところで、No.39にはかなわぬことはもう既に明白だろう!」
ふん、と鼻を鳴らし、ガレリイ長官のたくらみごとの愚かさを嘆く帝王ゴール。
No.0という実例があってすら、なお同じことを繰り返そうとは…およそガレリイらしくない行動だが。
だが、恐竜兵士の次の言葉が…実は、そうではないということを彼に知らしめた。
「い、いえ…こ、今回の儀式は、別の人物をよみがえらせるものだと聞いておりますが」
「…?!」
帝王は立ち止まる。
恐竜兵士たちもそれに気づき、突然歩みを止めた帝王に戸惑いの目を向けている…
「では…一体、…誰を、よみがえらせようというのだ…?!」
帝王は、誰に問うでもなしにその疑念を口にした。

「…ガレリイ!」
「!…これはこれは、ゴール様…」ばたん、と勢いよく扉が開く。
薄暗い室内に、廊下から光が漏れいってくる。
…そこは、ガレリイ長官管轄、特殊プラント…
通常の半生体兵器、メカザウルスを製造するプラントとは異なり、そこはガレリイ一人の特別な研究のために使われている。
それ故、帝王ゴールもここに足を踏み入れることはついぞなかったのだが…
「おお、ゴール殿。…ちょうどよかった」
「儀式は既に完了したところだ」
「…?!」
薄暗闇の中から、ふっと姿をあらわしたのは…暗黒大将軍、ゴーゴン大公。
彼らの言葉に、言葉を失うゴール…
「そうです、ゴール様。…あ奴ら、ゲッターチーム…そして」
ガレリイが薄く笑む。
その目尻に、どこかしら放縦、そしてそれに反する追従の光をたたえて。
「あの忌々しい出来そこないを裁くために、再びこの世によみがえりし龍騎士(ドラゴン・ナイト)ですぞ…!」
「…久方ぶりですね、帝王ゴール様…」
ガレリイのその言葉とともに、ぱしゃり、と水のはねるかすかな音。
凛とした静かな声が、暗がりから自分の名を呼ぶ…
開かれた培養機の中から。
そして、だんだんとその声の主が近づいてくる気配。
「…!」
目を見張る帝王ゴール。
暗闇の中から、すうっと姿をあらわした者…その顔を、彼は克明に覚えていた。
それは、かつて自分の部下だった女。
ゲッターチームと戦い、まさかの敗退を喫し、そのいのちを失ったキャプテン。
ガレリイによって「出来そこない」と呼ばれた、あのNo.39…流竜馬のクローンの盟友…!
それをはっきりと認識した時…帝王ゴールの背筋を、怖気がかけのぼっていく。
ガレリイ長官のもはや邪悪とも呼べるその意図、執念…
そして、それはすでに成し遂げられてしまったという現実に…

「…!」
いつのまにか、走っていた。
あの人がおられるという、広間へ。
慌てるあまり、足がもつれる。転びそうになっても、それでもそのスピードはゆるめない。
はやるのだ。どうしようもなく、気持ちがはやる。
その話を知った時は、「何の悪い冗談だ」と、不愉快げにそれを一蹴しただけだった。
だが、兵士たちの口から、さざなみのように沸いて出るその噂…
今日実行されたらしい、それは成功したようだ、俺はその人をさっき実際に見たんだ…
そこまで来るにいたって、とうとう自分もそれを信じざるを得なかった。
いや、信じたい…本当は、そんな奇跡など起こるはずもない、起こってはいけないのだとしても。
かつて、死んでしまったその人が、再びこの世によみがえるなどということが…
やがて目の前に、目指していた広間の入り口が近づいてくる…
そして、キャプテン・ラグナは、迷うことなくその中に飛び込んだ。
…広間の中には、いつものとおり暇をかこった恐竜兵士たちが多数、そこここでたまり、思い思いに時間を過ごしている。
…いや…正確には、そうではない。
そこにいる兵士たち、誰もが…時折、隙を見て、壁際に立つ一人の美女に目を走らせているのだ。
そしてすぐさまばれないように視線を戻す…
だが、興味と好奇心は尽きないようで、おしゃべりに花を咲かせたり、酒を酌み交わしたりしながらも、ちらちらと彼女を盗み見る視線の嵐は、いっこうとして止みはしない…
…それは、まさに噂の主…遠い過去から、よみがえったという。
そして、とうとうキャプテン・ラグナの瞳にも、その美女の姿が映った。
「…あ…!」
いた。
遠い昔、突然この世から姿を消してしまった、あの人が。
見紛うこともない、今、壁を背に一人、火酒の入った小さなグラスを傾けている女(ひと)は…
「る…」
思わず、その声が涙でむせんだ。
…今の自分は、相当に情けない顔をしているに違いない。
普段の鬼のように厳しいキャプテンとしての自分。
そういう普段の自分しか知らない恐竜兵士たちが、仰天したような顔つきで見ているのがわかる…
だか、そんなことはもうどうでもよかった。恥も外聞も体面も、何もかも吹っ飛んでいた。
気づけば、部屋中に響き渡るような大声で自分は叫んでいた…その人の「名前」を。
「ルーガ先生ッ!」
「…!」
唐突に自分の名を呼ばれた彼女…
ぴくり、と顔を上げ、声のしたほうに目を向ける。
その、金色の瞳…美しく透き通った金色の瞳が、キャプテン・ラグナを射た。
「ルーガ先生…!…わ、私を、私を覚えておいでですか…ッ」
「…」
「…」
しばしの、無言。
…が、やがて…いぶかしげな顔でキャプテン・ラグナをじいっと見つめていた彼女は、はっと何かに気づいたようなふうになる。
「!…お前…ラグナ、か?」
「!」
「そうなのか?!お前、あの…ラグナなんだな?!」
「は、はい…ッ!!」
キャプテン・ルーガは、目の前に立つキャプテン・ラグナをまじまじと見つめる…
と、その顔にふっと微笑みが入り混じる。
あの、純で誠実で、真面目そのものだったラグナ。
あどけなさすらその面影に残していた青年が、いまや立派な、風格漂わせる壮年の男性へと変貌を遂げていた。
…そして、その右腕には…銀細工の、龍騎士の腕輪。それは、恐竜帝国軍キャプテンの証…
そう、あの可愛かった愛弟子は、今や恐竜帝国のキャプテンなのだ。
「そうか…ふふ、立派になったな、ラグナ…」
「い、いえ…」
「お前、随分私を追い越してしまったな?…ふふっ、あの時なら、私のほうがずっと年上だったのにな」
「…で、でも、ルーガ先生は…」
…今も、あの時とまったく変わらずに、お美しいです。
そう思わず口にしそうになったが、あまりに気恥ずかしくなってやめてしまった。
だが、それはまったくの本当のこと…
若かりし頃、純粋な尊敬と畏怖、そして…淡い恋心を抱いていた、剣術の師匠。
今、すでに年を経、壮年に差し掛かった自分の前にいるその人は、その日の美しさのままで…
美しくエメラルドグリーンに輝く身体。
剣士として鍛え抜かれたその肉体には無駄がなく、完成した強さが感じられる。
だが、それは決して彼女の女性としての美しさ、魅力を一切損なってはおらず、尾までも波打つようにしなやかなその身体は、男どもの目から見ればまぶしいほどだろう…
白いブレスト・アーマーで覆われた胸は十分過ぎるほどのボリュームを保っているし、そこからきゅっとくびれたウエスト、魅惑的に張り出したヒップ…
そんじょそこらの並の女では到底太刀打ちできまい。
端正なその相貌の中でも特に一番特徴的なのは、その両目。
すうっと切れ長な瞳は、長いまつげで縁取られている…
その瞳は、淡い黄金の色。上質な黄竜石をそのまま溶かし込んだかのような…
「…?」
変なところで口をつぐんだきり黙りこくってしまった自分に、彼女は怪訝そうな、困ったような微笑を向けた。
懐かしいその表情。
「…まあ、ともかく…」
ふっ、とその顔をゆるめ、どこかおどけたような口調でキャプテン・ルーガはこう口にする。
「…死んでからも、また軍の命令に呼び戻されるとは思わなかったな」
「や、やはり、それは…ルーガ先生が、我々にとって、われわれの戦いにとって、必要な方だからですッ!」
「しかし…実のところを言えば、私はまだ腑に落ちんのだ、ラグナ」
「な、何故です?!」
「一度死んだにもかかわらず、ミケーネの力を借り、それを復活させる…私などをそこまでして必要とする、その理由がわからんのだ」
そうつぶやきながら、彼女はまた酒をあおる。
火酒が喉を焼いていく、かあっと燃えるような感覚が心地よい…
しかし、その火酒が運んでくれる、ふわりとした高揚感の中においても、キャプテン・ルーガの頭脳は冷静にその事実について分析し続けていた。
いや、先ほどから…考えているのは、そのことばかり。
…気がつけば、ガラスで出来た培養機のようなモノの中、自分は立ちつくしていた。
そこに歩み寄ってきたのは、ガレリイ長官…
少し離れたところにそびえたち、自分を見つめているのは…ミケーネ帝国の要人、暗黒大将軍とゴーゴン大公。
何故、自分がそこにいるのか。戸惑い困惑する自分に、その謎の答えを事細かに伝えたのは、ガレリイ長官だった。
機関銃のようにまくしたてられた、その話を総合すると…どうやら、こういうことになるらしい。
今の時代は、かつて自分が生きた…そして死んだ時代より、遥か時が過ぎた「未来」の世界。
この時代は「人間」たちの勢力も少なく分散しており、地上進出の好機だと判断されたため、「大気改造計画」が再び始動された。
だが、それを阻む強大な「敵」が存在し、恐竜帝国軍はそれにてこずっている。
それらを打ち倒すため、当代随一といわれた剣の名手である自分をよみがえらせることにしたのだ、と…
だが。
キャプテン・ルーガの疑念は、その立て板に水が流れるがごとくの説明でも、晴れない。
その説明には、本質的な理由が欠けているからだ…
…何故、それが自分なのか?他にも勇猛果敢なキャプテンは多くいただろうに。
それに。
彼女はすでに気づいてもいた。
彼女をよみがえらせた理由を連綿と語る、ガレリイ長官の…その、目。
その目の何処かに、何かしらの薄ら寒いものを感じたのだ。
彼は嘘を言っているわけではない、だが、何かを隠しているはずだ…確実に。
もともとガレリイに対し、あまりいい印象を持っていなかったため、なおさらにそう思える…
自分以外のモノを自由に扱えるものだと思っているように思えて、仕方ないのだ…
まるで、全知全能の神のように。まるで自分の「道具」のように。
…そう、かつて、「あの子」をそう扱ったように。
「な、何をおっしゃるんですか!…あ、あなたは!紛れもなく、この恐竜帝国で最強…最強の龍騎士(ドラゴン・ナイト)なのですから!」
…が、彼女の思いをよそに、目の前に立つかつての愛弟子は、熱っぽい口調で異議を挟んできた。
そのときの表情が、まったく昔どおりで…思わず彼女は、微笑んだ。
「はは、買いかぶるな、ラグナ…私はそこまで請われるほどの者ではないよ」
「い、いいえ!…な、何と言ったって、先生は…完全なる恐竜剣法を受け継ぐ方なのですから…!」
「…」
…と、キャプテン・ルーガの表情がかすかに曇る。
「…そう、か…そう、言われてみれば、…そうだったな」
「ええ…今、恐竜帝国では…3つしか、奥義は伝わっていないのですから。…あ、あの時代…」
「…そうだな。それを教えるべき、唯一の教師だった私が…あんなにたやすく、死んでしまったのだからな」
自嘲気味の口調でそう言い、かすかにキャプテン・ルーガは笑った…
「…で、ですが!…今、こうやって、ルーガ先生はここにおられるではないですか!
…5つの奥義、全てを会得なさった、完全なる恐竜剣法を受け継ぐ者が…!」
「そう、だな…そう、私は、やらねばならないな…完全なる恐竜剣法、今度こそ伝えねば…!」
「え、ええ!ぜ、ぜひお願いいたします!…わ、私に、私たちに!失われてしまった奥義を…!」
「ああ…もちろんだ、ラグナ!」瞳を期待と情熱とできらめかせ、真剣に自分にそう請うて来るキャプテン・ラグナに、キャプテン・ルーガは力強くうなずく。
そう、それは彼女の責務…完全なる恐竜剣法を受け継ぐ唯一の者として、それを今度こそ後進に伝えるのだ、と…
…が、再び責任感と義務に燃えるキャプテン・ルーガの意識を、キャプテン・ラグナの次のような言葉が現実に引き戻した。
「それに…ルーガ先生にとって、この戦いは意趣返しにもなるはずです」
「ん…?」
「…どういう手段を使ったのだかわかりませんが、この世界に…奴らがいるのです。そして、あの時と同じく我々の邪魔をする…」
「…奴ら?」
その、代名詞であらわされた「敵」。
その意味するところがわからず、キャプテン・ルーガは聞き返す…
「ええ、先生…先生がかつて、戦ったことのある『人間』ども…」
「…?」
それは、この時代にいてはいけないはずの、いるはずのない…
そして、いとおしいあの少女の「トモダチ」…
…キャプテン・ラグナは…その「敵」の「名前」を告げた。
「…ゲッターチームが」



かしゃあぁあん、という、グラスの砕けるかんだかい音が、驚くほど涼やかにその場に響き渡った。




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