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◆ 「似た者どうし」
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「…それじゃ鉄也君、しばらくの間…」
「…わかってます」
「よく反省するんだな、今日のことを…」
鉄也は、半ばぶっきらぼうにそう言ったきり、アムロの言葉を背中で聞き流した。
アムロはその反応に少し困ったような表情を浮かべたが…やがて、ふっと短くため息をつき、その部屋の扉を閉めた。
続いて、がちゃり、と鍵のかかる音。
そこは、アーガマ内、端のエリアにある反省室。
問題行動を起こし、その罰として謹慎処分を受けたクルーは、しばらくこの部屋で時を過ごさねばならないのだ。
「…」無言のまま、その反省室の中を見回す鉄也…気を紛らわせるようなモノのない、殺風景な部屋だ。
どれくらいこの場所に閉じ込められたままでいなければならないのか、あの女のせいで…
そう思うと、また先ほどの事が思い出され、むかむかと怒りが湧いてきた。
そう、先ほどの戦闘時、命令を無視し派手なケンカをやらかした(しかも、敵そっちのけで!)鉄也とエルレーンは、規律を乱したとのことで、しばらく反省室入りになるという処罰を戦闘後即刻くらったのだった。
(…ん?)…と、扉の向こうから…なにやら、人の声らしきものが近づいてくる。
…それはどうやら、女の声…そして、男二人の声のようだ。
その声に、鉄也はすぐにぴんと来た。
あの耳障りな甘ったるい声で話す、そのくせに高慢で自分の力に自惚れた女。
…エルレーンだ。
「やぁああぁぁあぁっ!やだ、やだ、やだぁぁあ!」
「こ、こら!おとなしくしてくれよ!」
「ただしばらくこの中にいるだけだから!」
「やぁっ!閉じ込められるの、やだぁあァッ!!」反省室に入ることを嫌がるエルレーンをなだめているのは、やはりハヤトとベンケイのようだ。
が、ゲッターチームの二人が言っているとはいえ、さすがに謹慎処分は嫌らしい。必死に抵抗している様子が伝わってくる。
…だが、それもつかの間。
やがて、ばたん、と隣の部屋の扉が閉まる音…そして、慌ててその扉に鍵をかける音がした。
「…!」ばあん、という大きな音がした。
閉ざされた扉に手をついたエルレーンは、懸命にその扉を叩いて「出してくれ」と懇願する。
「そ、それじゃ、エルレーン!…お前もしばらく、ここで反省するんだ」
「出してぇッ!嫌ぁッ、ここ、嫌ァッ!」
「そ、そんなに長い間じゃないから!…そ、それじゃあ!」だが、ハヤトとベンケイは彼女の頼みを聞き入れない…
エルレーンの涙混じりの懇願に、何の慰めにもならない言葉を残し、逃げるようにその場を去っていった。
「…!…お願い、出してぇッ!やだぁあぁあ、う…うああぁぁあぁぁあん!」扉についている小さなガラス窓から、その光景を絶望の表情で見ていたエルレーン…
とうとう、耐え切れなくなってしまったのか…大声で泣き喚き始めた。
その泣き声が、壁の通気口から伝わってくる…
「うえぇええぇえぇん、ひぃっく…ぐすっ、うえぇん…うあぁあぁぁああぁ…!」まるで幼女のように泣きつづけるエルレーン。
通気口越しとはいえ、その泣き声は鉄也の神経をいらつかせる。
「…うるさいぞ!そんなことしても無駄だ!あてつけがましくビービー泣かれちゃ、こっちが迷惑だ!」
…それが2、3分も続いた頃、とうとう鉄也は我慢しきれず、隣の部屋にいるだろうエルレーンに向かって怒鳴りつけた。
「…!鉄也君!」その声を聞き、はっと泣き止むエルレーン。
「まったく、ガキそのものだな!…やれやれ、あんたのおかげで俺までえらい目にあってるぜ」
「て…鉄也君のせいじゃない!わ、私、私、悪くないもん!」
「さぁて、な!…だが、あんた以外はみんなそう思ってないみたいだぜ?…だからあんたはそこに閉じ込められてんだろうが!」
「…!…っくぅっ…ぐすっ…ううっ…うえぇぇえぇん…」いったんは気丈に言い返したものの、鉄也のキツいせりふに…そして、それは紛れもない真実…ショックを受け、エルレーンはまた泣き出してしまった。
「…チッ!」思わず舌打ちする鉄也。
彼女の哀しげな泣き声は、今の彼にとってはあてつけがましいとすら感じる。
「うっとうしい…メソメソ泣いたからと言って、誰もそこから出しちゃくれないぜ。いい加減、泣き止んだらどうだ」
「…て…鉄也君、には、ッ、関係ない…じゃない」
「隣で騒がれたんじゃうるさくて仕方ないんだよ」
「…」鉄也がそこまでいうと、エルレーンは心底嫌になったのか、それともただ泣き疲れただけだったのか…ともかく、泣くのだけは止めたようだ。
通気口から響いてきたエルレーンの泣きじゃくる声が、ぴたりとやんだ。
そして、けだるい間があく。
「…」
お互い、何も言わない。何もしゃべらない。
「…」
居心地の悪い空白。そうして、十数分たった頃だろうか…
先に口を開いたのは、エルレーンのほうだった。
「…たいくつ、なの…」
「…」
だが、通気口から返事は返ってこない。
「いつになったら、出してもらえるのかなあ…」
「…」
ぽつり、とつぶやく…だが、やはり通気口からは何の返事も返ってこない。
「何にもないの…何もすることないの…」
「…」
「…!」こちらから声をかけるのが三回目になっても、まるでそんな声など聞こえていないかのように自分を無視しつづける鉄也。
とうとうエルレーンは大声を出して怒鳴ってしまった。
「…ねえ、何で、話しかけてるのに、知らないふりするのッ?!」
「…別に、あんたの話に付き合う義理なんてねえんでな」
「…〜〜ッッ!!…い、意地悪!意地悪!鉄也君の意地悪!」
「意地悪で結構…」しれっとそう言い返す鉄也の声が、実に憎々しげに響く…
この壁の向こうで、あの意地悪な男がどんな表情をしているか、すぐに想像がついた。
「…せ、せっかく助けてあげたのにいッ!」思わずさっきの戦闘のことをまた持ち出してしまうエルレーン。
…と、鉄也もそれにカチンときたのか、彼の口調がケンカ腰のものに変わった。
「!…あのなあ、あんなモノの言い方されて、誰が感謝の気持ちなんてもてると思ってんだ?!」
「でも助けてあげたのは、本当のことでしょッ!」
「…〜〜ッッ!…お、俺は一人で何とかできた!あんたの助けなんて要らなかったんだ!」
「むー…!」ぷうっとふくれるエルレーン…
助けてあげたにもかかわらず、素直に礼も言えないこの天邪鬼な男…剣鉄也の物言いは、どうにもこうにも気に触る。
「…フン、だ!…素直に『ありがとう』って言ってくれれば、許してあげようと思ってたのに!」
「?!…な、何ィ?!」
「いいもーん、もう鉄也君なんか助けてあげないんだから!…せっかく、私、強いのにぃ♪」
「…!…ハッ!俺があんたの助けなんか必要とするかよ!俺は戦いの…」
「…戦いの『ぷろ』が、あーんなかっこ悪くやられちゃうのぉ?」
彼のお決まりの言い回しがでる前に、先んじてそれを口にするエルレーン。いささか小馬鹿にした口調で。
「…く、くそッ!…い、今に見ていやがれ!俺のグレートであんたのその生意気な態度をたたきのめしてやる!」
「…私、に?…ふふ、鉄也君、それは無理だよ」
「?!」唐突に、エルレーンはそう言って微笑った。
鉄也を驚かせたのは、その言葉の内容などではなく…そう言った彼女の口調が、今までのからかうような口調から、急に自嘲の色濃く帯びたものに変わったからだった。
彼女は、続けて言う。
「だって、私…『兵器』だもん。…『兵器』に、戦いで勝てるわけないんだよ」
「?!」
「前に私、言ったでしょ?…私、『兵器』として造られた、リョウのクローン。戦うためだけに、造られた…その私に、戦いで勝てるわけないじゃない?」
彼女のセリフそれ自体は、鉄也の実力が自分にかなうはずはない、という、鉄也からしてみれば挑発的なものだった。
しかし、それを語る彼女はまったく楽しそうでも、彼をからかうようでもない。
…そこにあったのは、底冷えした嫌悪と諦念。
自らを「兵器」と語りながらその異常さを知り、それを嫌う。だが、それを拒絶することももうあたわないといったようなあきらめ…
鉄也は、一旦黙り込んだ。
そして、数秒考えた後に…もう一度、口を開いた。
「…さあ、それはどうかな」
半ばおどけたような口調で、彼はエルレーンにこう言ってやった。
「…俺も、戦うために…育てられ、しごかれたようなもんだからな…」
「え…?!」
「俺も、あんた同様…戦うために造られたようなもんさ。…戦士として、な」
「な…何で?!…鉄也君は、普通の…普通の、『人間』でしょ?!なのに、何で…」エルレーンの口調に、明らかな困惑が混じる。
戦うために在る、そんな存在は自分だけだと思っていた…
だが、この男…剣鉄也は、自分もそうだ、と告げているのだ。
鉄也は淡々と、己の半生、今まで背負ってきた己の存在意義を語る。ごく短い言葉で。
「俺はグレートのパイロットとして、悪と戦う為…戦士として育てられたんだ。だからな。…それに…所長もそれを望んでるしな…」
「『しょちょう』?」彼の言葉の中にあった、その人物の呼び名を問い返すエルレーン。
「俺にとっては、『父親』みたいな人だ」
「…『ちちおや』?」
「ああ…俺を育ててくれた人。俺をグレートのパイロットにするため、キツい特訓をさせた人だ。…すごくきびしい人だが…とても、大きくて…やさしい人だ」
科学要塞研究所所長・兜剣造。
彼のことを語った時、鉄也の表情がふっと柔和なものになる。
自分と炎ジュンにとって、父親のような人。
そして、…甲児の実の父親。
…だが。
それでも、所長は、自分にとって…
「鉄也君を…育てて、くれた人?」
「ん?…ああ」…と、自分の考えにふけっていた鉄也のこころを、エルレーンの声が引き戻した。
「そうか…じゃあ、その人…ルーガみたいな、人なんだ?…『ちちおや』っていうのは、そういう人のこと言うんだね」
…と、通気口から、得心がいった、というようなエルレーンの声が返ってきた。
どうやら彼女は自分の説明に納得したようだが…その言葉の中に出てくる人物のことを、今度は鉄也のほうがわからない。
「?…誰だ、その『ルーガ』ってのは?」
「…私の…」
彼女は一瞬、言いよどんだ。
「私の、大好きな…大好きだった、『トモダチ』。…私に『名前』をくれた人なの…」
そして、ためらった後…その女(ひと)のことを、鉄也に明かした。
「すっごくすっごく、やさしかった…すっごくキレイで、強くって…大好きだった『トモダチ』。…恐竜帝国にいた頃の、たった一人の…私の、『トモダチ』」
彼女は、全てを過去形で語った。
そのいとおしい友人のことを、全て。
何故なら、すでに彼女は…
「…ふん、それじゃあ…まずいんじゃないか?」
「?」
「今のままじゃあ、あんた、もしかしたら…その、ルーガって人と戦う羽目になるかもわからんぜ?」
だが、鉄也はそんなことなど知りはしない。ごくストレートに、恐竜帝国と敵対している今の状態では、その友人と対立することになるのではないか、と指摘する。
「…」黙りこくったまま、それをじっと聞くエルレーン。
…彼女は、ぎゅっと唇をかみしめた。
ひとりでに浮かんできた涙が、瞳からこぼれおちてしまわないように。
「ん…あのね…」
こらえてもこらえきれない、震えの混じった声で…エルレーンは、その心配が無用である理由を口にする。
「…その人はね、もう、死んで…いないの」
「!…そ、そうか…悪かった」それを聞き、慌てて詫びる鉄也。
つらいことを思い出させてしまったのだろう、哀しげに震える彼女の口調に、さすがにすまなさを感じた。
「ううん…」弱々しく首を振るエルレーン。
「…だから、ね。…もう、恐竜帝国なんて、どうなったっていいの。だって、私…その人がいたから、恐竜帝国にいたんだから」
「…え?!」
「鉄也君…私ね、『兵器』なの。恐竜帝国が、ゲッターチームを殺すために、ゲッターロボを倒すためにって造った、リョウのクローン」
ふっ、と短いため息。
「でもね、私…『人間』だから、『ハ虫人』の『敵』だから…『バケモノ』って言われた。みんなみんな、冷たかった。…だから、私…『ハ虫人』なんて、大っ嫌いだった…」
「…」エルレーンは、ごく静かな口調でそれを語った。
だが、その声の裏に潜むのは、冷たい憎悪…自分を蔑み、冷遇した「ハ虫人」への。
…が、話が「彼女」のことに及んだ途端、その口調が一変する…
まるで、記憶の中の、遠くあたたかい日々を思い起こしているように。その人のことを思い起こしているように。
「けど…ルーガは違った。ルーガは、最初から、私にやさしくしてくれたの。私に、『名前』をくれた…私に、恐竜剣法を教えてくれた。私をいつも、見ていてくれた…」
「…」
「ルーガがいたから、あんなやな場所でも、私、ずっと生きてられたの。だって、ルーガのこと大好きだったから」
「…」彼女の言葉の端々から、嫌でも感じ取れる。
その、「ルーガ」と呼ばれた「ハ虫人」を、彼女がどれほど慕い大切に思っていたか、ということが。
「本当に、大好きな…大切な『トモダチ』だったの…」
「…」
「でも、その人は、もういないから…だから、恐竜帝国には、私のことを待っていてくれる人は、もう、いない…」
そう言い放った途端、再び彼女の口調が変化した。
だんだんと彼女の言葉は熱を帯びてくる。
…「彼女」以外の「ハ虫人」、「恐竜帝国」に対する嫌悪と憎悪が燃える熱…
「…だから、あんな場所…あんな場所、どうなったってかまわない。リョウたちを、ゲッターチームをまだ殺そうとするなら、私が殺してやるんだ…!」
そして、彼らを屠る、と。
ゲッターチームを脅かす恐竜帝国を殺すのは、他でもないこの自分なのだ…と。
「…」
「だって私、それしかできないもの…!戦うことしか、できない!…リョウたちのために私ができること、それしかないんだ…!」
「…」
思いつめた口調。
自分にできることは、「戦って、殺す」ことだけだ、と。
そのあまりにひたすらな態度は、視野狭窄でしかない、ともいえるだろう。
しかし。
しかし、今の鉄也には、何故か彼女の気持ちがはっきりと理解できた。
いや、むしろそれは共感。
自分ができること、自分がやらなくてはならないこと…
それは、戦うこと…それだけ。
戦士としてのプライド、今までの半生、そして自分の存在価値…その全てを賭けるもの、それは戦いしかないのだ、と…
「…あんたは…」
ようやく、鉄也にもはかがいった。
戦いを己の中心に据え、そのことに矛盾を感じながらも…己の力をプライドの礎(いしずえ)にして、戦士としての自分のみを己の存在価値として、「敵」を倒すことへ突っ走っていく。
そう、まるで、エルレーンは…
「あんたは、もしかすると、俺と…」
「…え…?」
「いや…何でもない」
鉄也は、ふっと微笑い…言いかけたセリフを、そこで止めにした。
「…」
「…」
しばしの空白。空調の音だけが、静かに流れている。
「…鉄也君は、いいなあ…」
「え…?」唐突に、自分のことをうらやましがるエルレーン。
「だって、昔に、戻れたら…その、『しょちょう』っていう人にまた会えるんだもの。『ちちおや』に会えるんだよ?…大好きな人に、会えるんだよ…」
「…」
「私も…ルーガに…!」思わず口をついてでたその望み。途端、エルレーンの声が哀しみでひずんだ。
静まり返る空気。
彼女の言葉はそこで断ち切れ、小さなすすり泣きのみが聞こえる…
しばらく、その泣き声を聞いていた鉄也…
やがて、頭を軽くかき、あえて少しちゃかしたような口調でこう言った。
「…だったら、相当気合入れなきゃならないな」
「え?」
「だってそうだろ?…あんたが次にその人に会う時はよ、あんたが死んじまった時だ。そのときまで、その人は…天国であんたのこと見てるはずだぜ。
…その時に、『お前はよくやったな』って言ってもらえるように、懸命にやらなきゃあよ」
「…『てんごく』…?」
「死んだイキモノが行く場所、さ」
「!…そうか…『全てのイキモノが行く場所』…『てんごく』って言うんだね」
昔、その友人に聞いた場所…全てのイキモノが死を迎えた後にたどり着く場所。
「人間」はそこを、「天国」と呼ぶのだ…
「ああ」
「そっか…私のこと、ルーガは見ててくれてるのかなあ…?」
「そうに決まってるさ。…だって、『トモダチ』なんだろ?」
「…ふふ…」その言葉に、かすかに微笑むエルレーン。
鉄也は、自分を慰めようとしてくれているのだ。
「…俺も…がんばるさ」
「鉄也君…」
「俺は必ず俺たちの時代に戻ってみせる。そうして、また…所長のために働けたら…」
「…帰れるよ、絶対」
「…!」
「そしたら、きっと…『しょちょう』さんは、鉄也君のことほめてくれるの。一生懸命がんばった、よくやったってほめてくれるの…」
エルレーンは、そう穏やかに言った。
「…そうだと、いいがな…」
そうつぶやく鉄也。
…と、今度は彼女が自分を元気付けようとしてくれているのだということに、ようやく気づく。
「…はは、どうした風の吹き回しだ?あんたが俺を慰めてくれるなんて、な」
「…ふふ…そう?…でも、私…」
くすくす、と微笑う小さな声。
…が、エルレーンは無邪気な調子で、こう言い放った。
「…意地悪な鉄也君なんて、嫌いだよ」
「!…き、嫌いで…」思わずぎょっとしてしまう。
ちょっとは打ち解けたのか、と思ったその矢先、そうあっさりといわれてしまい…やはり鉄也も少しむっとしてしまう。
だが、鉄也が完全に臍を曲げてしまう前に、エルレーンは笑ってこう言い添えた。
「…でも、そんな『トモダチ』も、いても、いいかなって」
「…?!」
「意地悪で、冷たいこというけど…ほんとは、やさしい…」
「…」鉄也は無言のまま、その言葉を聞く…
心なしか、その顔が赤い。
「うふふ…昔ね、リョウも…そうだったの」
「リョウ君が?」
「うん」
エルレーンは、くすくすと微笑いながら、のんびりそう言葉を継いだ。
…不思議なことに、その舌っ足らずな、子どもっぽいしゃべり方も…もう、耳障りには思えなかった。
「あのねえ、リョウにあった、はじめのころはね…会うたびに、いつもすっごい怖い顔して、すっごくひどいこと言ってきたんだ。
きーっ、ておめめつりあがって、『お前は俺の<敵>なんだー!』っていって怒るの…本当に怖かったよう」
「へえ…」意外だった。
エルレーンが目覚めていない間、彼女のことを心配しているリョウの様子は、いかにもやさしい「お兄さん」然としていた…
そこからはまったく想像できないが、しかし、その彼も昔は彼女に激しい敵愾心を燃やしていたというのだ。
「…でもね、なんだか、途中から…急に、私にやさしくしてくれるようになったの。そのときのリョウ、大好き…やさしい目をして、わたしのこと見てくれるの…」
「…」
「『人間』は…きっと、みんな、ほんとは…やさしいイキモノなんだよ。私、そう、信じてる…」
そう言うエルレーンの声には、静かな希望があった。
…「人間」、自分と同じ種族のイキモノ。
彼らは皆、心やさしいイキモノなのだ、と。
だから、自分もきっと…
「だから…鉄也君」
エルレーンは、穏やかに…そのお願いを口にした。
「私の、『トモダチ』になってくれる…?」
「…」
無言。
短い空白の後…軽く鼻で笑う声、そして鉄也の返事が返ってきた。
「…馬鹿馬鹿しい」
「?!」冷たく響くその返事に、胸しめつけられるように哀しくなる。
だが、エルレーンの瞳にショックの涙が浮かんでくる前に、彼はその返事が「拒絶」ではないことを付け加えて言った。
「…俺たちは、『仲間』だろ…今さら改めて言うことじゃないだろ…そんなこと」
「…!」
「…あ、あー…その…」
…照れているのか、それとも決心がつかないのか…
多少どもりながら、鉄也がそう言う。
「…?」
「…今日は、悪かった…」
「!…う、ううん!わ、私のほうこそ、悪かったの!…ごめんなさい、鉄也君…」
通気口から、エルレーンの謝罪の言葉が響いてくる…
壁に阻まれて、彼女の顔こそ見えないものの…きっと、本当にすまなそうな顔をしているのだろう。
「い、いい…もう、いいんだ…こ、これで、今回のことはもう水に流しちまおうぜ…お互い、な」
「…?…『みずにながす』?…ここ、お水出るとこ、ないよ?」…と、いつもの彼女のくせがでた。
その無邪気な意図せぬボケに、がくっ、とすべる鉄也(本当はトイレがついているのだが、彼女には見えていないようだ)。
「…そういう意味じゃないんだ、エルレーン君」
「じゃあどういう…」が、彼女がその言葉の意味を聞こうとしたとき…あの感覚が、唐突にやってきた。
「…あ」
「?…どうした?」
「ど、どうしよう…鉄也君…」弱々しげな声が、彼女の困惑を伝えてくる。
「?!…何かあったのか?!どうした、エルレーン君?!」
「…ね、眠っ…ちゃい、そう…」
「はあ?!」思いもよらない答えに、思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「こ、こんな、とこで、寝たら…り、リョウ…が…」
彼女は一生懸命睡魔と戦っているらしい。だがもうすでにその声には張りが無い…
「お、おい!それならしっかりしろ!もうちょっと頑張れ!」
「…ふにゃあ…」…が、鉄也の応援もむなしく、最後にエルレーンはそんな小さな声をもらし…
彼女の意識は、すとん、と闇の中に落ちていってしまった。
「おーい?!大丈夫か?!」
「…」
「おい?!起きてるか?!」
「…」鉄也の呼び声にも、もはや答えてこない…
どうやら、本当に彼女が眠りに落ちてしまったらしいことをそこから彼は悟った。
「…」彼はふうっとため息をついた。
…退屈になりそうだ、と思い、多少気がめいった。
話し相手がいなくなってしまった…せっかく、少しは気があうかもしれない、と思った話し相手。
その彼女は、もうすでに眠ってしまった。
(もう少し、話がしてみたかったんだがな…)
そんなことを思いながら、鉄也はふっと目を閉じた。

それから、数十分がすぎたころだろうか。いや、それとも数時間…?
あまりの退屈さに、ついうとうととしていた鉄也の耳に、つんざくような驚愕の叫びが飛び込んできた。
「…う、うわあぁあぁぁッッ?!」
「?!」
「な、何だ、ここ?!…ちょ、ちょっと!開けてくれよッ?!」その慌てた声は…隣の部屋から聞こえてくる。
どんどんと扉を叩く音が連続して響いてくる。
そして、その声の主は、もはやエルレーンではなく…
「り、リョウ君かッ?!」
「!…て、鉄也君?!君そこにいるのか?!…お、おい、これ…このかぎ開けてくれないか?!」
隣に鉄也がいることを声で察したリョウが、なんとか扉を開けてくれないかと呼びかけてくる。
「い、いや…俺も、閉じ込められてるから」
「は、はあ?!…って、ことは…お、俺もか?!何でだ?!どうしてだ?!」
「ほ、本当は君じゃないんだけどな…」
「な、何なんだ、それ?!…ちょっと、誰かー?!開けてくれよーッ!こっから出せーッ!」
鉄也の説明が理解できないまま、動転したリョウは叫びつづけ、開きもしない扉を殴りつけつづけている。
「…」
「出せーッ!開けろーッ!…おーい、ハヤトーッ、ベンケーイッ?!」反省室から廊下へと、リョウの必死の叫び声が響き渡っていく。
だが、なかなか人が通らないその区域の廊下では、その懇願を聞く者はなかなかやってこないのであった…

「そうだったのか…」ことのいきさつを全て仲間たちから聞いたリョウ。
神妙な顔でため息とともにそう言葉を吐き出した。
あれから彼が暴れに暴れたため、なんとか彼が「リョウ」に戻ったことをまわりは察知することが出来た。
そのため、すぐさま反省室の扉は開かれたのだが…
自分が閉じ込められていた理由を問いただすより先にリョウがやったことは、やはり着替えだった。
さすがにあの格好でいることは、彼自身にとっては苦痛らしい。
それからしばらくの後、こうやって鉄也やハヤト、ベンケイとともにブリッジに集められているというわけだ。
「…すまない、鉄也君」
「別に君が謝ることじゃないだろう?」
「で、でも…一応、あいつがやったことだから…」そう言いながら、うつむいてしまうリョウ。
そんな彼に、鉄也は軽く笑って首を振った。
「まあ、喧嘩両成敗ということだ…それでいいだろう。…確かに気があうあわないは、『人間』どうしだからどうしてもあることだろう。
だが、戦闘にまでそれを反映してもらっては困る。…我々は、ともに戦う『仲間』なのだからな」
その様子を見たブライトが、話をまとめるように穏やかに彼らを諭す。
…今の鉄也はもう十分に落ち着いているようだし、エルレーンもまたゲッターチームが後々で言い聞かせることだろう。
今回のようなことはもう無いにちがいない…(あっては困るのだが)
「はい」
「十分反省したか、鉄也君?」
「…ええ。もうあんな馬鹿なまねはしません」
「ほ、本当にすまない、鉄也君…は、ハヤトもベンケイも、何で止められなかったんだ?!」
リョウはそう言ってまた鉄也に詫びる。
…と、彼の矛先が、エルレーンの暴走を阻止できなかったハヤトとベンケイに向かった。
「…だって、本気になったエルレーン怖かったんだもん」
「まさかあそこまでキレちまうとは思わなかったぜ」
…が、二人はあっさりとそう言ってのけるのみ。
リョウはなんとも言い返せず、困った顔をする…
「…でも、なんでまた、エルレーンはそこまで鉄也君のこと嫌うんだ?」
「そりゃあ鉄也がキツいからだよ」
「…おい」
「鉄也がエルレーンのこといじめるからだよなー」
「え?!…て、鉄也君?!」…と、さすがにリョウの表情が変わる。
大切な自分の分身が、鉄也にいじめられているというのか…?!
「…」だが、鉄也は…何かを思い出したように…にやりと笑い返すだけ。その態度が解せず、なおもリョウは問い詰める。
「どういうことなんだい?!もしも、君があいつにひどくあたるってんなら、俺…」
「…君だってそうだったんだろ、リョウ君?」
が、それに割り入って、にやにや笑いながら鉄也はそう言い返した。
「はあ?!」
「…昔はエルレーン君に、えらくひどくあたってたんだって?会うたびに『お前は俺の<敵>なんだー!』って言ってたんだって?」
「?!…な、何で、ッ…」
「…よく知ってるな」
「え?!…そ、そうなの、リョウ?!」ハヤトの肯定とも取れる言葉に驚き、ベンケイはリョウ本人に聞いてみる…
「…」…多少顔を赤らめ、黙りこくってしまったところから見ると、どうやら本当のことらしい。
「はは…まあ、安心してくれよ」
リョウのそんな反応を見ながら、鉄也は彼を安心させるかのようにこう言うのだった。
「これからは、仲良くやれそうだぜ…案外、俺たち…『似た者どうし』って事がわかったからな!」


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