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◆ ねじれる絆(所詮、交わらない道)
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風は休むことなく吹き荒れる。
ダンテのまとう襤褸がその風にあおられ、まるでイキモノのごとくのたうっている。
よみがえりし死神を前に、甲児たちの緊張感はいやがうえにも最高潮に高まる…
がしゃり、と鉄のきしる音を立て、まずはマジンガーZが動いた。
「ちッ…ともかく、出てきた限りはぶちのめすだけだ!行くぜみんな!」
「ええ!」
叫び返すさやか、ジュン。鉄也は無言のまま。
自分に向かい一歩前に歩んだマジンガー…
それを見たダンテの唇から、嘲りの言葉がつむがれる。
「くっくっく…兜甲児。まだそのロートルで張り切るつもりか?」
「?!…な、何だとッ?!」
「ふッ…もはや老兵のマジンガーZごときで、私を葬り去れるはずがなかろうが…!」
「何いッ、笑わせんな!」
かあっ、と怒りが燃え上がる。
自分の最も大切なモノ、祖父・兜十蔵から受け継ぎしマジンガーZを「ロートル」「老兵」扱いされて、甲児がそのまま黙っていられるはずがない。
怒りで顔を真っ赤にし、甲児は大声で叫び返す…!
「俺のじいちゃんが造ったマジンガーZに、てめえらミケーネのポンコツどもがかなうはずねぇじゃねえかッ!」
「…!」
鉄也の耳にも、その言葉が飛び込んでくる。
ぐっ、と、喉が詰まる感じがした。
…ああ、またかよ。
喉を詰まらせる不快な苛立ちとともに沸き起こってきたのは、そういうセリフ。
また、それを持ち出してくるのか。己のマジンガーZを誇るのに?
また、兜十蔵博士か。また、自分のじいさんか。
…また、家族か…!
かあっ、と頭に血が上る感覚を、鉄也は確かに認識した。
「!」
いきなりだった。
マジンガーZの前に突如飛び出したのは、偉大な勇者…グレートマジンガーだった。
目の前にまるで立ちふさがるかのようにして割り込んできた鉄也に、さすがに甲児も困惑の声を上げる。
「て、鉄也さん!一人で飛び出すのは…」
「…こんな、」
だが、低く押し殺したような声が、その甲児の言葉を断ち切った。
「?」
止まらなかった。
いったん唇を割って噴き出たそのどす黒い感情は、一挙に音の流れとなって放たれた。
「こんな『未来』の世界に来てまで家族を忘れられないような甘ちゃんは引っ込んでろ」
「?!」
「な、何だって…ッ?!」
「て、鉄也?!何を言ってるの?!」
鉄也に投げつけられた言葉の意味が飲み込めず、甲児は一瞬混乱する。
それはさやかもジュンも同じ…
突如、辛辣な皮肉を「仲間」である甲児に叩きつける鉄也に、困惑の視線を移す。
しかし、鉄也はそんな彼らをいとも介さず、ダンテに向かい大声で怒鳴りつけた。
「…ダンテ!貴様の相手は、この俺だ!この、剣鉄也とグレートマジンガーが、貴様を地獄へ送ってやるッ!」
「鉄也さんッ!いくら鉄也さんでも、いっていい事と悪い事があるだろうがッ!」
「こ、甲児君ッ、落ち着いて!」
が、そのグレートマジンガーの背に、抗議の声が飛んできた。
思わぬ侮辱を受けた甲児の顔には怒りの色がむきだしになっている。
とどめるさやかの声も聞こえてはいない。
しかし、鉄也は後ろを振り向くことなく、なおも吐き捨てるようにこう言った…!
「…事実だろうが!引っ込んでろ、甲児君ッ!」
「…〜〜ッッ!な、何ぃ…ッ!」
だんっ、と地面が土煙を大きく上げるほどに激しく…鉄(くろがね)の脚が、大地を踏みしめた。
「!」
「そこまで言われて、すごすご引っ込んでられるかッてんだ!ちっくしょう、来い、ダンテぇ!」
グレートマジンガーに対抗するかのように、マジンガーZが再びダンテへ向かって一歩迫る。
大声上げて叫ぶ甲児。鉄也に負けぬほどの、大声で。
「…」
ダンテは、無言。
二体、お互い競い合うようにして立ち居並ぶマジンガーを前に、彼は無言でそれらを見ている…
「ふん、ダンテ!貴様を殺すのはこの剣鉄也だ!かかって来いッ!」
「…ふ、くくく、ふはははははは!」
「?!」
突如、狂笑がはじけた。
びゅうびゅうと吹く風に散らされ、ダンテの高笑いが荒野に拡がっていく…
「な、何がおかしいんだッ?!」
「ふははははは…あははははははは…!」
「て、てめぇッ!黙りやがれッ!」
甲児の怒号にも答えず、ダンテの人を馬鹿にしたような笑いは止まらない。
それが甲児の怒りの炎を更に大きくした。
激昂した甲児は素早く手元のレバーを引き、ダンテに狙いを定めてその技を放つ!
「ロケットパーンチッ!」
「!」
マジンガーZの突き出された右腕は、ロケット噴射のエネルギーを持って、一直線にダンテに向かって飛び出した!
ダンテの瞳が、くわっ、と見開かれた…
「…」
「あ、ああッ!」
だが、その刹那。
甲児の驚愕の声が、悲痛な響きを持って響き渡る。
ダンテはまったく慌てすらせず、軽く身体を右にしならせてすさまじいスピードで迫り来る鋼鉄の腕をかわしてみせた。
…その表情に、にたり、と勝ち誇った笑みが張り付く。
しかし、その途端…彼の笑みは、思わぬモノを目にした驚きで凍てついた。
「?!…な、何ッ?!」
ぎらり、と、それは陽光を照り返し…光れる矢のように、放物線のごとき軌跡を描いて襲い掛かってきた。
かわす余裕すら見出せず、ダンテはその場から動く事が出来なかった―
「ぐ、ぐああッ!」
黒光りするその超合金ニューZ製の腕は、死神の左頬を思い切り吹っ飛ばした!
ダンテをぶちのめした腕は、自動操縦で持ち主の元に戻っていく…
そして、がしゃり、という音を立て、それは元通り勇者の断ち切れた腕に装着された。
…偉大な勇者・グレートマジンガー。
ダンテを打ったのは、いつの間にか鉄也の放っていたドリルプレッシャーパンチだった。
「て、鉄也さん…」
「…甘っちょろいぜ、甲児君」
甲児をちらり、と一瞬だけ見やり、鉄也はただそれだけ言った。
何処か、勝ち誇ったように。何処か、嘲り笑うように。
「ふ…今のは、多少油断したな」
「勝手に油断でも何でもしてろ。ともかく、俺はお前を倒す…それだけでいいんだ」
ドリルプレッシャーパンチの衝撃から立ち直り、それでもなおかつ不敵な笑みを浮かべてみせるダンテ…
鉄也はなおも彼を追い詰めんと、さらに一歩前に歩みだす…
「…残念だが、それは御免こうむる」
しかし、彼は鉄也の挑発に乗ろうとはしなかった。
それどころか、宙に高く舞い上がり、今にもこの場から去らんとしているではないか!
「!…逃げるかッ、ダンテ!」
「ふはは…本当は、今日…貴様らを皆殺しにしてやるつもりだったのだがな。
…だが、もっと面白い趣向を思いついた…その楽しみは、後にとっておくこととしようか」
「な、何だって…?!」
鉄也の怒号に答えることなく、ダンテはただただ謎めいたセリフを降らすのみ。
彼の言う、「もっと面白い趣向」…その意図が読めず、困惑する甲児たち。
「それではな。またあいまみえようぞ、剣鉄也…!」
「…!」
最後にダンテは、鉄也に意味ありげな含み笑いを投げ…一挙に、高空へと飛びすさった!
意表を突くほどの突然さに、甲児たちは為す術もなくその様を見守るのみ…
死神の姿はあっという間にただの黒点となり、そしてついには肉眼では把握できないくらいに小さくなり…消えてしまった。
後には、びゅうびゅうとうるさく凪ぐ風の音のみが、マジンガーたちを包んでいる。
「く、くそッ!」
「…」
「ま、まさか…ダンテが復活したなんて」
「それだけじゃないわ。あいつの言う事が正しければ…」
「ああ。暗黒大将軍も…」
舌打ちする甲児。
緊張が解けるや否や、さやかたちの口からも、次々と驚きの声が漏れ出でてくる。
…が、その会話の輪の中に、鉄也は何故か入ってこなかった。
「…?」
いぶかしんだジュンが、グレートマジンガーに視線を向けると…
「…鉄也?」
グレートマジンガーは、虚空を見上げたまま固まっていた。
ダンテが飛び去っていった空を見上げたままで。
モニターの画像回線に映る鉄也の表情…ヘルメットのゴーグル部分に覆われて、よくは見えなかったが。
それでも、その表情くらいはうかがい知る事が出来た。
…彼は、呆けたような顔つきで、遠い目をしたままでいる…
鉄也のそんな無防備な表情を見るのは、本当にまれな事だった。
それが、ジュンの胸をざわりとした嫌な感触で毛羽立てていく。
「て、鉄也!」
だから、大声でもう一度彼に呼びかけた。
すると、ようやくその声が届いたのか…彼の視線が、のろのろと動いた。
そうして、モニター越しに見えるジュンに視線を合わせる。
「…」
「…何でも、ない。…さあ、帰ろう…アーガマへ」
「え…」
「艦長に、報告しなければ…このことを、早く…」
「…」
だが、鉄也のその呼びかけに、誰も答えを返さなかった。
…いや、返すことが出来なかったのだ。
何故なら、モニターに映る鉄也、その顔は…明らかに、微笑みを浮かべていたからだ。
この場の状況にそぐわない、異様な微笑み。
それは、安堵とも、希望に満ちたモノとも見えるような、そんな複雑な微笑だった…

「…」
アーガマ・格納庫。
炎ジュンは、身体に残った嫌な緊張感を振り払うように、大きくため息を吐き出してから…愛機・ビューナスAから降り立った。
鉄也はすでにグレートマジンガーを着艦させ、ブライト艦長に先ほどのことを報告するため、さっさとブリッジに向かってしまったらしい。
…自分たちに、何の一声すらもかけずに。
主のいなくなった偉大な勇者を、それとはなしに見上げていたジュン…
彼女の背中に、誰かが呼びかける声がした。
「な、なあ、ジュンさん!」
「甲児君…」
それは、甲児だった。
「あ、あのさあ…て、鉄也さん、最近機嫌悪いみたいなんだけど、どうかしたのかなあ?」
「…」
少し遠慮がちに、だが歯に衣着せぬストレートさで、甲児はこう自分に問いかけてきた。
さすがに鉄也自身に聞くのは気が進まないのだろう…
しかし、このまま放っておけるほど彼は我慢強いわけでもない。
だからこうやって、鉄也と最も長く付き合っている自分に問うてくるのだが…
「何かいっつもいらいらしてるみたいだし、さっきだって…」
「…ごめんなさい」
「!…べ、別に、ジュンさんが悪いって訳じゃないだろ。そうじゃなくて、ただ単に、俺…」
謝ってくるジュンに泡を喰い、甲児はそれを否定しようとする。
だが、自分でも何をどう言えばいいのかわからず、軽く混乱して口ごもる…
そして、その最後に、こんな独り言が彼の口から漏れ出でてきた。
「…俺、鉄也さんに何か悪い事でもしちまったのかなあ…?」
「…」
そうつぶやきながら、所在なげに鼻頭をかく甲児…
そんな彼を見ながら、ジュンは何も言えぬままに…あいまいな、弱々しい微笑を返すだけ。
…もし、甲児が鉄也に、何か「悪い事」をしたと言うのならば。
それは、甲児の「名前」、甲児の存在…その全てだ、という事。
そのように残酷なことを甲児にぬけぬけと言えるほど、ジュンは馬鹿でも無遠慮でもなかった。
だから、何も言わないままに彼女は微笑った。
その微笑は、問題の本質を何一つとして解決はしないけれども…
それでも、甲児の困惑を、「答え」に至らぬ困惑のままにしておくには、実に都合のよい道具だったからだ。

「では、ダンテ…お主、兜甲児どもにまみえていながら、おめおめと逃げ帰ってきたというのか!」
「『逃げ帰った』というのは正確ではありませんな…」
ゴーゴン大公の不愉快げな責め句が、びんびんと特別室の空気を震わせた。
だが、その前に膝を折った礼の姿勢をとってたたずむダンテは、淡々とその叱責を受け流した。
恐竜帝国・マシーンランド。
ミケーネ帝国の勇士・暗黒大将軍、ゴーゴン大公に与えられた特別室…
そこで今彼らは、ようやく復活させる事が出来たダンテの報告を聞いているのだ。
従来の戦闘獣よりもはるかに高機能、かつはっきりとした自我と知性を併せ持つ悪霊型戦闘獣であるダンテ…
彼はかつて兜甲児・剣鉄也をその頭脳と妖力でかなりのところまで追い詰めた事がある策士である。
しかし、その策士が今語っている報告は…「兜甲児らと接触したものの、そこでの交戦を避けて戻ってきた」という、
驚くほどあっけのない、そして腑抜けたように聞こえるモノだった。
ゴーゴン大公たちの失望も当然の事だった。
なおさら彼は、ダンテの弱腰を責め立てる…
「ええい、実際そうじゃろうが!」
「『時期尚早と判断し、撤退した』…そう言っていただきたいものです」
しかし、ダンテはやはり淡々とそう言うだけ。
その落ち着き払った自身ありげな口調は、むしろ反対に…暗黒大将軍に興味を抱かせた。
「『時期尚早』、じゃと?」
「ええ、そうです…暗黒大将軍様」
くくっ、とかすかに唇をゆがませたダンテ。
その顔に生まれた冷笑は、何かをはっきりと確信した者の浮かべる笑いだった。
「ダンテよ、お主…何を企んでおるのだ?」
「…何、ちょっとした…面白い、趣向ですよ」
「…?」
眉をひそめる両名。
彼らを前に、ダンテはとうとうと語り始めた―
ミケーネの勇士たちを驚嘆せしめるには十分すぎるほど、それは突飛な策だった。

「…?!」
「そ、そんなことが…」
「ええ、十分に可能だと私は見ました」
驚愕する暗黒大将軍ら。
その彼らに向かい、自信に満ちあふれた強い口調で…ダンテは、はっきりとこう告げてみせた。
「し、しかし…」
「いいえ、ご心配には及びません、ゴーゴン大公。彼奴の中には、すでにその素地が…どろどろと層を為して澱んでいる」
「…」
「後は、それを表へ呼び覚ましてやればいいだけのこと…私の妖術を使えば、たやすい事です」
「だが…あの剣鉄也が、果たしてそのような手に乗るか…?」
「暗黒大将軍様…すでに素地は整っている、と私は申しましたよ」
ダンテがそこまで言うに至って、暗黒大将軍、ゴーゴン大公、その二人ともがとうとう黙り込んだ。
彼らを前に、ダンテは静かに先を続ける…
「…」
「そう、後は…それを少し、かきたててやればいいだけ」
ダンテが立ち上がる。
ゆらり、とそのまとった襤褸をひらめかせ、死神のごとくに青白い面を陰湿な愉悦で彩って…
「私には見えますよ、暗黒大将軍様…あの、剣鉄也が」
ダンテの顔に浮かんだ微笑は、揺らがない。
彼の瞳に移っていた剣鉄也は、すでにそれほど危うかったからだ…
必ずや奴は術中に自ら飛び込む、その確信を与えるまでに!
「自ら、開いてはならぬその己の中の封印を解いてしまうのがね…!」


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