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◆ My pretty Baby
 (アーガマでの日々―
  「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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「…そうなんですよ…」
「へー、なるほどねぇ…」
アーガマ艦内。イサムとフォッカーが、バルキリーについて話しながら廊下を歩いている。
…と、様々な飲食物が売られている小さな売店があるコーナーに差し掛かった。
もちろん市場ではないのだからそんなに多様多種な品揃えではないが、たいてい乗員が欲しがるような嗜好品はこうやって完備してあるのだ。
「…お!ちょうどいいや。俺、夜食用にちょっと喰いもん買ってくわ」
「はい…ん?」
二人がその売店に近づくと…店内には、既に先客がいた。
…エルレーンが、なにやら難しそうな顔をして、食物のずらりと並んだ棚の前で立ち尽くしている。
「何してんだ、エルレーン?」
「あ、イサム君、ロイ君…」
「なんか欲しいもんでもあるのか?」
「う…うん。で、でも、私…あんまり、お金、持ってないし…」
そう言って、少し困ったような顔をしてみせるエルレーン…ふにゃーとなったハの字眉が、なんともかわいらしい。
「何だー?お兄さんにおねだりしてみろよー?そんなに高くないモノなら…」
「え…で、でも、…悪いの」
「何だ?そんなに高いもんなのか?」
「…」
イサムの申し出を一旦断ったものの…
もう一度聞かれて、彼女はちょっと迷った後に…棚の中に並んだ、ある自分の好物をそっと指差した。
「…!」
「…インスタント、ラーメン…??」
「…」
「…そ、そんなもんでいいのか?」
一回「悪いから」と言うから、一体どんな高いモノが欲しいのかと思いきや…
彼女が「欲しい」というのは、単価もめちゃくちゃに安いインスタントラーメンだという。
…えらく謙虚なおねだりだ。
「うん!…ねえ、イサム君…お願いしても、いい…?」だが、彼女は真剣らしい…
おずおずと、頼んでもいいだろうかと…ちっちゃな声で、おねだりしてきた。
「…!!」
…そのけなげさ、あどけなさがイサムのハートを射抜くのには、おそらく0.3秒も要らなかっただろう。
「…ちっくしょ〜!!買うちゃる買うちゃる!おいちゃんが何でも買うちゃるでぇ〜!!」
「!…わあ、ほんと?!ありがと、イサムく…」
力強くそのおねだりに答えるイサム(何故か関西弁で)。
それを聞いたエルレーンは、にこおっと実にうれしそうに笑った…
「…ちょっと待ったァッ!」
「?!」
「!」
が、彼女のおねだりが成功するかと思われたその時、思わぬ伏兵があらわれた。
売店の入り口には、エルレーンの気配を察知したのか、いつのまにか…「保護者」、リョウの姿があった。
「…まったく、エルレーンは!またそんなもんを…」
「り、リョウ…」
「えー、いいじゃん別に」
「イサムさんも甘やかさないでくださいよ!
そんなことばっかりしてると、エルレーンがどんどんわがままな女の子になっちまいます!」
きっ、とイサムを見据え、リョウは怒ったようにそう言い放つ…
この艦のクルーは、エルレーンに対して、どうにも甘いのだ。
自分の知らない間に、お菓子だのなんだのを手にしていることすらある。
…誰かに貢がれているのだ。
こんなことではエルレーンの教育上よくない…最近とみにそう思うようになったリョウが、こんなシーンを見逃すはずもない。
「あ、甘やかすって…」
「だいたい、エルレーン!お前も…?!」
と、エルレーンに説教の矛先を向けようとしたリョウ。
だが、その目に映ったエルレーンを見て、思わず彼はその説教の言葉を飲み込んでしまった。
それは、彼女の必殺技。
腕力も武器も使わずに、相手を自分の言いなりに動かせる力…
エルレーンは、無言のままリョウの瞳をじいっと見つめている…
両手をぎゅっ、と胸の前で組んで、「お願い」とでも言うように。
その透明な瞳は、何かを訴えかけるように…うるうるときらめき、リョウのこころをちくちく責める。
「う…な、なんだよ、そんな目で見るなよ!」
思わず動揺してしまったリョウ。
だが、それでもエルレーンの瞳の魔力、おねだり光線は容赦なくうるうるとリョウに降りかかる。
「お…俺は、別にお前に意地悪しようと思ってこんなこといってるんじゃないんだってば!お、俺は、単に…」
うるうるうるうるうるうる。
「そ、そ、それに!お前が好きなのはわかるけど!俺が見てないとなるとインスタントラーメンばっかり食べて…
あんまり身体によくないから、俺はそれを心配して…」
うるうるうるうるうるうる。
「そ、その上、お前、ナマのまんまで喰うし…」
うるうるうるうるうるうる。
「う、う、うううぅうううぅ〜〜…!!」
リョウが煩悶する。
胸の奥からこみあげてくる、「このままエルレーンのおねだりを聞いてやりたい」という抗えない衝動と、「やはりエルレーンを甘やかしてはいけない」という倫理の間でもだえる…
その様子を、にやにやと面白そうに見ているフォッカーとイサム。
(うーむ…)
その有様を見ていた者が、イサムやフォッカーのほかにもその場にいた…
彼らから少しはなれた場所から、エルレーンのおねだり光線にのたうつリョウを見ている女性が一人。
(アレはやはり、同族の「人間」にも効果があるようだな…)
その光景に、「炎ジュン」は思わず昔のことが思い出されていた…

いつだったか、一緒に食事をとったときの記憶。
『ねぇ、ルーガぁ…もう一個、ロッセリア、食べたいのぉ』
『…ダメだ』
空っぽの皿を前に、甘えた声を出すエルレーン…その彼女に、自分はにべもなくそう言った。
『えー…お願ぁい、もう一個だけぇ…』
『お前、ロッセリアばっかりさっきから5個も食べてるじゃないか。
…甘いものの食べすぎは感心せんな。今日はそのくらいにしておけ』
ロッセリアはエルレーンのお気に入りの果物だ。
自分にとってはちょっとしつこいくらい甘いとしか思えないのだが、彼女にとってはうっとりするような甘美さに感じるらしい。
だが、こういった甘いものというのは、概してとりすぎると身体に害をなすものだ。
自分の好物ばかり食べたがる彼女を、そう言って軽くたしなめた。
『…うー…』
…すると、エルレーンは…不服そうにそう言ってむくれ、そして…彼女の伝家の宝刀を抜いてきた。
『…?!』
エルレーンの瞳が、まっすぐ自分の目を見つめてくる。
多少上目づかいで、いつのまにかうっすらと浮かべた涙(彼女には、意図的に出せるものなのだろうか?)で潤んだ瞳が、無言で訴えかけてくる…
『…』
『…な、なんだ…そんな目で見るな、エルレーン…』
だが、エルレーンは何も言わない。
ただ、その大きな瞳で…じいっと、自分の目をまっすぐに見つめてくる…
『…』
『う…』
少し眉を哀しげに下げて、切なげな表情を浮かべて…その表情、その瞳に、胸のどこかがきゅうんと甘い痛みでうずくのを感じる。
そんなに瞳をうるうるさせて見つめられたのでは、たまったものではない。
『…わ、わかった…あと、1個だけだぞ』
…とうとう、負けてしまった。
自分の皿からロッセリアを1個とり、エルレーンに手渡してやる…
『!…わあい、ありがとー、ルーガ!』
さっそくそれにかぶりつくエルレーン。
顔中に喜びを満ちあふれさせ、ロッセリアの甘さに酔っている。
口の周りにべたべたとその果汁が滴り落ちているが、彼女はそんなことも気にせず、一心不乱にロッセリアをむさぼっている。
『…』
その様をぼんやり見つめていると、ふとこんな考えが浮かんできた。
(何故なんだろうな…この子のあんな顔を見せられると、なんでもわがままを聞いてしまいたくなるのは)
実際、そうだった…エルレーンがさっきのような顔をして、瞳をうるうるさせて自分を見つめてくる…
そのたびに自分は負けてしまい、彼女のわがままを聞いてしまうことになる。
…エルレーンは、この手口を意図的に使っているのではないかと思えることすらある。
『…ふーむ…』
『?!』
好奇心が湧いてきた。
ロッセリアをかじってうふうふとしあわせそうに微笑んでいる、エルレーンの両頬に手を当て…間近から観察してみることにした。
この子の顔の…「人間」の顔のどこかに、その秘密があるのかもしれない。
『…』
『る、ルーガ…?』唐突にいきなり顔をつかまれ、じいっと間近から見られていることに、エルレーンがそんな戸惑い気味の声を出す…
不思議そうにぱちくりとまばたきする。まつげの多い瞳。
…と、その瞳の自体の構造に着目してみる。
(うーむ…瞳の、虹彩の部分が…我々「ハ虫人」のものとは少し違っているようだな。
「人間」の瞳には、何らかの特別な力でもあるというのだろうか…)
「人間」である彼女の虹彩…目の光量しぼりの部分だが、そこは円形をしている。
ちょうど、輪のような形をなしているようだ。
「ハ虫人」の虹彩は、輪状ではなく紡錘状なのだ。
(それとも…)
今度は右手の人差し指で、その左頬を突っついてみた。
『?!…る、ルーガぁ…な、なあに…?』
むにっ、としたやわらかい感覚。
「人間」の皮膚は、「ハ虫人」のモノよりはるかにやわい…
割と、指に心地よい感触だ。
『…』
(このぷにっとしたほっぺたかもしれない。…それか…このふにゃーっと下がった眉か?)
ぷにぷにと連続して頬を突っつきながら、思い当たる部分をよくよく観察してみる…
と、今までされるがままだったエルレーンだが、とうとう気を悪くしてしまったらしい。
『うー…!』
むうっと不機嫌そうな顔になったのを見て、慌ててぱっと彼女から手を離した。
『!…あ、ああ、すまない』
『何なのー?』眉をひそめて、抗議めいた声をあげる彼女。
『ああ、いや…ちょっと不思議に思ってな』
『ふしぎって、何が?』
『ふふ…お前、が…!』
『…??』
そう言うと、わけがわからないといった風情で、エルレーンは首を傾げて見せる…
その愛らしいしぐさに、ふっと心がなごむのを感じた。

そして、その日の午後だったか…一旦自分は、家に戻ることにした。
居住エリアに戻るのは久しぶりだった。
懐かしい自分の生家…玄関の扉をノックすると、母が出迎えてくれた。
『…ルーガ!』
『おひさしゅう、母上』
『まあ、本当にしばらくぶりね…仕事は忙しいの?』
『ええ、まあ…ですが、退屈はしませんよ。…面白い子がいるので』
その時、階段から誰かが勢いよく駆け下りてくる足音。
…振り返ると、それは妹のリーア。満面の笑みを浮かべてこちらに走り寄って来る。
『姉様!』
『…リーア!久しぶりだな』
『ええ!本当に…ねーえ、姉様、今日はここに泊まっていかれるんでしょ?』
『いや…夕方には基地エリアに戻らなければならない。やらなければならないことがあるのでな』
『えー?!つまらないわ…』
『すまないな、今度またゆっくり時間が取れるといいのだが』
不平めいた声を上げる妹に、苦笑しながらそう詫びる…
と、何かを思い出したらしい彼女の表情がぱっと変わった。
『そうだ、姉様!』
『ん?』
『今度の私の誕生日には、お休みをとってきてくれる?!』
『ああ、もちろんだ。…ふふ、何が欲しい、リーア?』
…そう、妹のリーアは31回目の誕生日をもうすぐ迎えるのだ。
『えーっとぉ、うふふ…』
『ふふ、ルーガ…あのねえ、この子ったら、ティアラ(冠)が欲しいなんていうのよ』
母が微笑いながら、妹のリクエストしたプレゼントのことを語る…
『ティアラ?…お前、が?』
妹が誕生日祝いに所望するモノは、おもちゃや本などではなく、ティアラ…
とんでもなく非日常なものを欲しがっているということに、思わず軽く吹き出してしまった。
『!…あー、姉様も笑ったぁ!…いいじゃない、私、ティアラが欲しいの!』
『…しかし、何処につけていくんだ、それを…』
『誕生日パーティのときにつけるの!…ね、いいでしょ、母様?!』
『ふふ…どうしようかしらねえ…?』そう言いながら、母は迷っているようなふりをして見せた。
『ねーえ、お願ぁい!』
彼女のそばにかけより、ぴたっと抱きついてなおもおねだりするリーア…
そのしぐさ、その表情は何故か、今基地エリアにいるであろうエルレーンを思わせた…
きらきら輝く瞳、ひたむきな瞳。
(あ…!)
妹の目の中にあるそれに気づいた時、ようやく合点がいった。
それは、エルレーンが持っているモノと同じモノ…
(そうか。そうだったんだ…)
それは、子どもの持つ魔力だったのだ。
おとなのこころのどこかにある、強烈な衝動を呼び覚ます力。
思わず抱きしめてしまいたくなるほど、守りたくなってしまうほど、その子をいとおしくさせる…
それはおとなの庇護を得る為になのか、どの子どもにも与えられている、人の愛情を揺り動かす力…
エルレーンはもちろん、その肉体年齢はオリジナルである流竜馬同様、「人間」で言えば「青年」に当たる…
だが、彼女のしぐさやあどけなさは、それとアンバランスなほどに強力な魅力…子どもの持つ不可思議な魔力に満ちているのだ。
生まれてから数ヶ月しか生きていない…
それゆえに、こころまでは育ちきっておらず、子どもとあまり変わらないのかもしれない。
そのこころが、彼女の外面に現れ…おとなを翻弄する、子どもの魔力になる。
…下手をすれば、それこそがエルレーンの最大の武器かもしれない。
何しろ、彼女は…この<鋼鉄の女龍騎士>とすら呼ばれた冷徹な女を、こんなにしてしまったのだから。
…そう思うと、思わず笑えてきてしまった。
目の前では、エルレーンと同じように…その魔力を持った子ども、リーアが一生懸命に魔法を母親にかけている。
『母様、いいでしょいいでしょ?!ね?私、いい子にするからぁ!ティアラ欲しいのぉ!』
『うふふ、リーアがいい子にしてるなら、考えておこうかしら?』
『うん、私、いい子にしてる!だから、約束ね!』
母の言葉に喜び、にこおっとかわいらしい笑みを見せるリーア…
その笑顔こそが、彼女のおねだりに対する、何よりの見返り。
『はは…』
『そうだ、姉様!姉様もどのティアラがいいか、一緒に考えてー!…今、本を持ってくるから!』
言うなり彼女は部屋をぱっと飛び出し、二階にある自分の部屋へと足音も荒く駆けていく。どたどたと階段を駆け上がる音が廊下に派手に響く。
『リーア、家の中を走っちゃダメじゃないの!…もう、あの子ったら』
ちょっと怒ったように母がそう言ったが、リーアはそんなことはちっとも聞いてはいない…
『ふふ…相変わらずですね』
『ええ、いつも学校じゃおとなしいくせに、家だったらあっという間にいたずらさんになるんだから』
『ああ、本当ですね…』
母のせりふにうなずきながら、ようやく気づいたその秘密をもう一度考えてみる…
(…そうか…『ハ虫人』も、『人間』も…異種族であれ、子どもというのは皆、ああなのだな。…道理で、逆らえるはずがないわけだ!)
ひたむきな目をして、おとなのこころを動かさずにはおれないような顔をして、おねだりしてくる、かわいい子悪魔。
わかっていてもその手練手管に乗りたくなってしまう、それほどまでに…甘やかな誘惑。
そして、無情の喜びを与えてくれる、天上のモノなる笑顔…
『ふふ…』
『?…どうしたの、ルーガ?』
『いえ…子どもというのは、かわいいものですね』
気がつくと、思わずそんなことを言ってしまっていた。
『!』その言葉に、母の目が輝くのが見えた。
『…一生懸命な目をして、甘えてくる様を見ると…どうしても、抗えなくなってしまう』
『まあ、まあ!…ルーガ、あなた…とうとうその気になってくれたのね?!』
『?!』
『ようやく身を固めてくれる気になったのね?!…ああ、なんてうれしいこと!』
『?!…あ、あの、母上…』
…その母の言葉に、うっかり自分が自雷を踏んでしまったことに気がついた。
そう、またあの問題を蒸し返されてしまう…
他でもない、この家の長女である自分の、結婚問題。
どうやら母は、「子どもはかわいい」と言った自分のせりふを、(ようやく娘に芽生えてくれた)「結婚願望」として受け取ってしまったようだ…
『あなたのお父上もきっとお喜びになるわよ!…まかせて、いい人見つけてきてあげるから!』
『は、母上…も、申し訳ないのですが、わ、私は今のところそんな気はまったく…』
『いーえもう待ちません!あなたが前にそう言ってから、私はもう10年待ちましたよ?!
…まったく、あなたときたら仕事熱心なのはいいことだけど、いつになったら私に孫を抱かせてくれる気になるんです?!』
今は職務に忙しく色恋に興味はない、といつもの弁解を続けようとしたその前に、母は先んじて文句を投げつけてきた。
いつもは穏やかな母ではあるが、このことになるといつも気合が入ってしまう…
そうとう自分は、親不孝な娘らしい。
『は、母上…し、しかし』
『かわいいわよぅ、自分の子どもというのは…その子のためになら何でも出来ると思えるほど、大切な宝物よ。私にとって、あなたやリーアがそうであるように』
『あ、あの…』
『ルーガ、あなたもう73才でしょう?!あなたももうとっくに結婚適齢期なんだから!
…お友達のレイアちゃんやキシリアちゃんなんか、47、8で結婚しちゃったじゃない。あなたのための花嫁衣裳だってずっと前から用意してるっていうのに…』
『…』
確かに、同世代の自分の友人はとっくに結婚を済ませていた。
母は、結婚相手どころか色恋の相手すらいっこうに家に連れてこない娘に、かなりやきもきしているらしい。
…それは軍に入ったせいもあるのだが、原因の大半は明らかにそのことにあまり関心のない自分にあった。
世間一般の母親としては、淋しいことにちがいない…
そうは思いつつも、どうも食指が動かないのだ。
(…仕方ないではないですか…私の理想、私より強い男がいないのだもの)
そう口にすれば、またいつもの説教が…やれ、「何でまた恐竜剣法の伝承者にまでなってしまったのだ」だの、
「花嫁修業の一つもせずになんてことを言うのだ」だのと…始まってしまう。
だから、黙ったままで母の文句を聞いている…
『子どもを生めるというのは、女だけが持てる喜びなのよ。あなただって、そろそろ…』
…一旦勢いづいた母の剣幕は止まる様子もない。
それに生返事を返しながら、何とかこの話題が終わってくれないかと、内心懸命に祈っていたことを覚えている…
ああ、リーア。早いこと二階から戻ってきてくれ…と。

(…私は…結局、母上に孫の顔を見せてやることは出来なかったな…
申し訳ありません、母上…)
…そこまで思い出すと、母親に対しての後ろめたさがまた浮かんできた。
あんなに自分の孫を抱きたがっていた彼女の望みを、かなえてやることが出来なかった…
それどころか、自分のためにあつらえてくれた花嫁衣裳に袖を通すことすらなかった。
…その前に、自分は戦死してしまったから。
(女の幸せ、か…)
母が語ってくれた、女に生まれた幸せ…
いとしい男と添い遂げ、自分の子を生み育てるということができなかった自分は、確かに多少もったいないことをしたのかもしれない。
…母ならきっと、「ほらごらんなさい!」というのだろう。
(はは、だが…楽しかった。ずいぶん面白い一生だった…最後の5ヶ月は、特に)
しかし、まったく後悔はなかった。
自分が送ってきた一生…武術に身を捧げ、完全なる恐竜剣法を受け継ぐ者となり…存分に闘い、散った。
そして、その上…最後の5ヶ月には、とてもかわいらしい友人が出来た…
まるで子どものように自分に甘えてくる、いとおしい「人間」の友人…エルレーン。
(うらやましいぞ、流竜馬?お前はこれからも、ずっとエルレーンを見ていることが出来る…無邪気にお前に甘えてくる、エルレーンを。
…そのことが、何て素晴らしくうれしかったことか…今のお前にも、それがわかるのかな…)
視界の中に在る流竜馬の背中に向かって、心の中でそっと呼びかける…
そのいとおしい少女をこれからもずっと見守っていける、彼女に心の底から信頼されている、お前は十分に幸福なのだと。
かつての自分がそうだったように。
「だが…」
ぽつり、とついこんなせりふが漏れる。
「おねだりされたからといって、それに負けてばっかりというのもな…」
そういう軽い批判じみた文句が、思わず口をついてでた。
というのも、うきうきと飛び跳ねながら売店を後にしようとしているエルレーンを、後から追う流竜馬の右手…
そこには、いつのまにかインスタントラーメン(5個入りパック)が入ったビニール袋が握られていたからだ。
…このままではエルレーンがちょっと甘やかされすぎやしないかと、多少心配になってしまう「炎ジュン」なのであった。


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