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◆ 夢幻
〜"the chosen stories, the chosen futures,
the chosen YOURSELF"〜
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銀色の光が、暗黒を彩る。
無数に散りばめられた大小の銀は、まるで星屑のようで。
見渡す限り、黒に銀。
不可思議な気配の中に―少女は、立っている。
「…!」
だが、その光景の中に、少女は一人の人物の影を見出す。
たまらずに、駆け出す。
一刻も早く、その女(ひと)のもとに行こうとして。
地面を蹴るその一歩一歩、それを刻むごとにその姿が近づく―
白銀の鎧を身にまとった、女龍騎士の姿が。
「ルーガ!」
『…』
呼びかける。
その声に、女龍騎士が振り向いた。
そして、かすかな微笑を浮かべ…少女を、見返す。
「ルーガ…ルーガ!どうしてそんなところにいるの?ねえ、どうして?!」
『…』
「ルーガ…!」
『…』
感極まってしまったのか…少女は女龍騎士に抱きついた、彼女の返答も聞かないで。
キャプテン・ルーガは何も言わないまま、彼女を見つめている。
「…」
『…』
「…」
しばしの、無言。
少女も、女龍騎士も、何も言わない。
何の音もしない空間で。
黒と銀の世界で、二人だけ。
と。
女龍騎士が、問うた。
『…何故、泣く?』
「あ…」
問われて、少女は初めて気がついた。
自分の頬が、濡れていることに。
知らないうちに涙を流してしまうほどに、こころが追い詰められていたのだと―その時、気づく。
「…ルーガ」
『…』
「私…苦しいよ」
顔を上げ、女龍騎士から身を離す。
見上げる先には、金色の瞳。
女龍騎士の、金色の瞳。
少女が、まるで重いため息を吐き出すかのように…つぶやいた。
『…何故?』
「私、どうしていいかわからないんだ…どうしたらいいか、全然わかんない…ッ!」
『…』
昂る声。震える瞳。こぼれる涙。
彼女の言葉は、それ自体がきりきりと張り詰めたピアノ線のように…痛い。
「に、『人間』と、『ハ虫人』は…どうしても戦わなきゃならないの?!」
『…』
「私、『人間』として生きてくって、決めたくせに!決めたくせに…」
『…』
「私…もう、どうしていいかわからないよ…!」
そして、無言。
少女も、女龍騎士も、何も言わない。
何の音もしない空間で。
黒と銀の世界で、二人だけ。
と。
女龍騎士が、問うた。
『それで…?』
「え…?!」
『それで、お前はどうする…?』
思いがけない問いかけに、少女は一瞬惑った。
惑った後に…素直な答えを返す。
「…わから、ない」
『…わからない?』
「だ、だって…わ、わたし!」
『…』
「私…結局、何も出来ないんだ」
『…』
「私、わからないよ…どうしていいか、わからない…ッ!」
そして、真摯に、必死に見つめるのだ、女龍騎士を。
無知で無力な自分に、何か正しい答えを与えてくれないか、と。
今まで自分を護ってくれたように、
今まで自分を教えてくれたように、
今まで自分を導いてくれたように、
再び自分の為すべきことを彼女に求めて―
…だが。
女龍騎士は、何も言わない。
女龍騎士は、何も答えない。
何も言わないまま、何も答えないまま、穏やかな微笑を浮かべて…少女を見つめ返すだけ。
『…』
「…ルーガ?」
その無言に、やさしい拒絶に戸惑う少女。
かすかに眉をひそめる少女に笑いかけ、女龍騎士は…そっと、そのてのひらを少女の頭にやった。
そして、そのままやさしくなぜてやる。昔そうやったように。
困惑する少女の視線を受け止め、彼女はやっと口を開いた―
『お前は、』
女龍騎士は、自分を見据えている。
金色の瞳に映る、自分の姿。
キャプテン・ルーガは、まっすぐに自分を見据えたまま―告げた。
『お前は、無実でもない。そして、無力でもない』
「え…」
『見ろ』
「!」
突如、突風が吹き荒れた。
自分とキャプテン・ルーガを中心に渦巻いて。
思わず、目を固く閉じる。
しかし、恐る恐るながら、再び目を開いた時に…彼女は、奇妙な光景を目の当たりにした。
「これ…は、」
舞っていた。
無数の紙片が、舞っていた。
それこそ千、万、十万、百万、千万…
驚くほどにたくさんの紙片が、自分とキャプテン・ルーガを取り巻くように宙に揺らめいている。
やがて、気づく。
それは、その紙片は…「シャシン」だ。
無数の「シャシン」が、暗黒を舞う…
ふと、その一枚が眼前にひらめく。
何気なく、エルレーンはその「シャシン」を手にし、覗き込んでみた―
「?!」
どくっ、と、心臓が妙な拍動を打った。驚きのあまりに。
その「シャシン」には、ある場面(シーン)が映っていたからだ―
剣を右手に持った、黒いバトルスーツを着た女が立ち尽くしている…
そのそばには、血まみれになった三人の青年の姿。
全身は剣で斬られたとおぼしき切り傷にまみれ、明らかにそれは致命傷であった―
そう、それはありえない…絶対にありえない場面(シーン)だ。
自分がゲッターチームを…リョウを、ハヤトを、ムサシを殺している場面(シーン)なんて!
気持ち悪さのあまり、その「シャシン」を放り投げる。
もう一枚、目の前で踊る紙片を掴み取る。
その「シャシン」の中には―
「…」
緑色の草原が映っている。
そして、その中央に…身を丸めた女が横たわっている。
その唇からは、吐血したと思われる大量の鮮血。
尋常ではないその量は、その女が最早死んでいるのではないかと予測させる…
それも、ありえない…絶対にありえない場面(シーン)。
肉体のリミットを越え、草原で独り、血を吐いて死んでいる自分など!
奇妙で、絶対にありえない場面(シーン)ばかり。
今自分たちを取り巻いているのは、そんな場面(シーン)ばかり映した「シャシン」なのか―?!
「ルーガ、これは…」
『これは、存在しない<物語>、存在しない<未来>だ』
問いかけるエルレーンに、女龍騎士は静かに答えた。
「みらい…?」
『そう』
うなずく。
舞い狂う紙片の風を…無数の「未来」を見やりながら、キャプテン・ルーガは穏やかに告げた。
『お前が選ばなかった、私が選ばなかった、皆が選ばなかった…それ故に、存在しない<未来>だ』
「…」
『選ばれなかった<未来>は、やがて薄れて消えるだけ。それはただの可能性に過ぎないから』
「…」
『そして…選ばれた<未来>だけが、選ばれた<物語>だけが…現実として、在る』
女龍騎士が、笑んだ。
称えるように。讃えるように。
『…お前は、<選んだ>じゃないか!』
「?!」
『お前は、<選んだ>…選んできたじゃないか!…今まで、ずっと!』
「ルーガ…?!」
『無数の<未来>のうちから、たった一つだけを選んで…選び続けて、今、お前はここにいる』
「…」
そして、はっきりと…キャプテン・ルーガは少女に告げた。
それは罪人を裁く断罪の宣告でもあり、
それは勇者を祈る祝福の誓詞でもある―
『お前が選んだ…お前は、無実でもないし、無力でもない!』
だから、その言葉は電撃のように、少女の中を駆け抜けていく。
少女の目覚めを促すように。
『そう…選んできたんだ』
「!」
たくさんの声が、聞こえた。
エルレーンは振り返る。
銀の星海の中に、立ち尽くすいとしい人々の幻影…

幻影の一人が、少女に言った。
『君は、<俺を追いかけて、引き止める>ということを選んだ。だから』
「…鉄也君」
『だから、君はここにいる』
手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼の選んだ「未来」―「物語」。

幻影の一人が、少女に言った。
『お前は、<No.0を受け入れて、救う>ということを選んだ。だから』
「ベンケイ君!」
『だから、お前はここにいる』
手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼の選んだ「未来」―「物語」。

幻影の一人が、少女に言った。
『お前は、<俺たちゲッターチームを助ける、俺たちを守る>ということを選んだ。だから』
「ハヤト君…」
『だから、お前はここにいる』
手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼の選んだ「未来」―「物語」。

幻影の一人が、少女に言った。
『お前は、<俺たちと戦い、俺に帰る>ということを選んだ。だから』 
「リョウ…!」
『だから、お前はここにいる』
手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼の選んだ「未来」―「物語」。

幻影の一人が、少女に言った。
『お前は、<「人間」を知りたいと望み、オイラたちに近づく>ということを選んだ。だから』
「ムサシ君…ッ!」
『だから、お前はここにいる』
手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼の選んだ「未来」―「物語」。

ムサシが、微笑った。
リョウが、ハヤトが、ベンケイが、鉄也が、微笑った。
そして、その誰とも違う…かすかな、笑い声。

『うふふ…!』
「!」

振り向く。
そこには、自分―いや、自分と同じ姿をした、彼女がいる。

『お前が、選んだ…選んだんだ。だから』
「エルシオン…!」
『だから、俺はここにいる…お前といっしょに!だから、お前はここにいる―!』

手に持っているのは、「シャシン」。
エルレーンの選んだ、彼女の選んだ「未来」―「物語」。

エルシオンが、微笑った。
そうして、彼女は楽しげにステップを踏み…軽やかに、舞う。
くすくすと笑いながら、こちらにいたずらっぽい視線を投げかけながら、舞う。
少しずつ、その姿が闇に融けていく。
見回せば、リョウも。ハヤトも。ベンケイも。鉄也も。ムサシも。
皆、少しずつその姿が薄れていく。
やさしげな微笑を、その顔に浮かべたまま。


―そうだ。
そうなんだ…



息を呑む。
今まで気づかなかった、気づくことのできなかった事実にうたれて。


私は、今までも―自分で、「選んで」きたんじゃないか!


ゲッターチームのことを知りたくて、みんなに近づいたのも
メカザウルス・ラルで、ゲッターロボと戦ったのも
恐竜帝国のことをみんなに教えて、マシーンランドを壊すのを手伝ったのも
リョウたちを助けるために、もう一度戦うことを決めたのも
No.0…エルシオンを救って、いっしょに生きていくのも
鉄也君を追いかけて、連れ戻そうとしたのも


ルーガと、ルーガと戦わないで、戦わないで、ああなったことも―


私が、「選んだ」んだ!
そうしないことだって出来たはずなのに、
それでも、私がそうすることを「選んだ」―!
けれど、
ああ、
ただ、私に足りなかったのは…!



ふと、気配を感じる。
顔を向けた瞬間、射すくめられた恐怖で身体がびくっ、と震える…
いつのまにか、そこには無数の人影が生じていた。
薄暗闇。ぼんやりした、輪郭のあいまいなそれらは―
皆、一様に自分を見つめている。
あるいは、激怒の表情で。
あるいは、哀切の表情で。
あるいは、憤怒の表情で。
あるいは、悲嘆の表情で。
あるいは、諦念の表情で。
あるいは、絶望の表情で。
あるいは、懇願の表情で。
あるいは、嫉妬の表情で。
あるいは、諧謔の表情で。
あるいは、執念の表情で―
無数の人影は、無数の「エルレーン」…無数の自分の影は、一様に自分を見つめている。
その視線に込められた意味が、今は解った。


あれは、私…
選ばれなかった、私が選ばなかった、「未来」の私。
私が選んだ「未来」は、私の「物語」になる…
私が選んだ「未来」は、
私…「私そのもの」になる!


…だから!



怖じず、退かず。
まっすぐに、見返す。
ただ、覚悟と矜持だけをその透明な瞳に抱き込んで。
自分が選んだ「物語」、自分が選んだ「未来」、自分が選んだ「自分そのもの」に対する覚悟と、矜持だけで。


選ばなかった「未来」から、逃げちゃいけないんだ!
選ばなかった「物語」から、逃げちゃいけないんだ!
私は、「選んだ」んだから!
選んだ「未来」から…そこから生まれる「未来」から、逃げない!
私は、受け入れる―
私が選んだ「未来」を、受け入れるんだ!



強い視線で、見返す。
ただ、覚悟と矜持だけをその透明な瞳に抱き込んで。
たじろぐ人影たち。人影たちが、怖じる。
すると、ゆっくりとその姿が周りの闇に同化していく…
ぼんやりしていた輪郭が、さらにぼやけていく。
選ばれなかった「未来」たちが、消えていく。
そう、この世にただ在るのは、ただ在ることができるのは、
選ばれた「未来」、選ばれた「物語」、選ばれた「自分そのもの」だけなのだから―


そして、
選ぶことのできる者は、決して無実であるはずがない!
選ぶことのできる者は、決して無力であるはずがない―!


消え失せていく「未来」たちを見送る―
やがて、全ては闇に帰った。
気がつくと、いつの間にか「シャシン」…「未来」の群れは、跡形もなくなっていた。
そして、キャプテン・ルーガの幻影も。
そこに在るのは、暗黒の世界と…散りばめられた、無数の銀。
見渡す限り、黒に銀―


『さあ』
声が、聞こえてくる。
少女に問いかけてくる―


『お前は、どんな<未来>を選ぶのだ…?』


すると、エルレーンの周りに巻き起こる疾風。
その中を、無数の「未来」が舞う。
無数の「物語」が舞っていたのと同じように。
その「未来」の中には、自分の姿が在る。
その「未来」を選んだ、自分自身の姿が―


「私は…」


無数の「未来」に取り巻かれ。
無数の「未来」を見つめながら。
少女は、ゆっくりと手を伸ばす。
その手に掴める「未来」は―
唯、一つきり。



「私が、選ぶのは―!」




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