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◆ 「交換日記」
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「…まったく、あいつは…!」アーガマ・リョウの部屋。
その中で、リョウがぶつぶつ言いながら、床に散らばったモノを拾い集めている…
彼は今ちょうど目覚めたところなのだが、ベッドからでた途端、部屋の有様に頭を抱えた。
服だの、本だの、小物だの…自分のモノも彼女のモノも、彼女が使ったとおぼしきものがそこらじゅうに放り出されている。
意識を失うさっきまでとは、まったく部屋の風景がちがってしまっていた。
…先ほどまで目覚めていたのは、エルレーンなのだ。
どうやら彼女には「使ったものをちゃんとあった場所にしまう」という習慣がまだないらしい。
「後に残ったのを片付けるのは俺なんだぞ…何でちゃんと片付けてから眠らないんだ?」
几帳面なリョウにとっては、それが不思議で仕方ない…
多少イライラしながらそれを片す彼の口から、思わずそんな独り言がでた。
(ん?!…「後に残った」…?!)
…が、その独り言…ふと口にしたセリフに、彼は何かひらめくものを感じた。
それは、ある思いつき…彼の望みを満たしてくれるような。
どうして今まで考えつかなかったのか、と思ってしまうくらいだ…
「そうだ、そうすればいいんだ…!」ぱっとリョウの顔が明るくなる。
自身の思いつき、そのアイデアに一気に気をよくした彼は、先ほどまでの軽い不機嫌も何処へやら、鼻歌まじりに散らばったものをてきぱきと片付け始めた。

『…<交換日記>?』
「そう」声を合わせて問い返すハヤト、ベンケイに向かって、リョウは笑顔でうなずいた。
「これなら、俺にだってあいつの考えを直接聞いてやれる。例え、あいつの声が俺には聞こえなくても…」
そう言いながら、手にしたB5サイズの薄いノートをひらひらと振ってみせる。
「あいつがそれを、このノートに書いてくれればいいんだ」
「ふん…考えたな?」
「だからさ、今度あいつが目覚めた時…そのことを伝えておいてほしいんだ」
「エルレーンに?」
「ああ。このノートは、机の右側の…一番上の引き出しに入れておくから、って。で、眠っちまう前に書いておいてほしい、って…」
「了解了解」ベンケイは微笑いながらそう請け負い、右手の親指と人差し指でわっかを作って「OK」のサインをしてみせた。
…と、その彼がふっと何かを思いついたような顔をする。
「でもさあ、何か…」
「何だよ、ベンケイ?」そう聞いたリョウに向かって、ベンケイはにやっと笑ってこう言った…
「中坊のカップルみたいだな、『交換日記』ってーと!ははは!」
「しかも何十年か前の中学生の、な!はははは…!」
それを聞いたハヤトもぷっ、と吹き出し、その軽口にのっておかしそうに笑った。
「ちゃ、茶化すなよ!…お、俺は、真剣なんだから!」仲間二人にからかわれたリョウは、真っ赤になって言い返す…
だが、赤い顔をして彼が真顔でそう言えばそう言うたび、二人はどうしてもこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なくなった…

それから、しばらくの後。再び、唐突な目覚めの時がやってきた…
エルレーンが表に出てきたのだ。
彼女は食事をとった後にミーティングに参加した。
そして今、一時間ほど続いたそれをちょうど終え、強い眠気を感じた彼女は部屋に向かうことにした…
「それじゃ、ベンケイ君、ハヤト君…おやすみなの」
リョウの部屋のドアの前で、彼女はベンケイとハヤトのほうにふりむき、にこっと微笑ってあいさつをした。
…と、あのことを思い出したベンケイが、彼女に促すように言う。
「あ、エルレーン!…寝る前にさあ、『交換日記』書いておけよ」
「ふえ?『こーかんにっき』?…それ、なあに…?」聞きなれない言葉を聞いたエルレーン。
軽く首をかしげ、その意味を問う…
「ああ、要するに、だ」それに応じて、ハヤトが説明してやる。
「お前とリョウとで、日記を書きあうんだよ。まあ…一つのノートで、手紙を書きあうってこと」
「お・て・が・み?…リョウ、に?」
「そうだよ」うなずくベンケイ。なんだか不思議そうにしている彼女に、なおも言ってやる。
「…リョウもさ、お前のことが知りたいんだよ。だけど、俺らとは違って、お前には直接こうやって会えないから…」
「…!そっか、だから、お手紙、なんだ…!」
「ああ、わかった?じゃあ…机の右側の」
「一番上の引き出し、だったか。そこに、そのノートが入ってるらしいから」
「うん、わかった!」
それだけ聞くと、彼女は大きくこっくりとうなずいて…そして、にこっと子どものような無邪気な笑みを見せた。
そして、くるっとふりかえり、ドアを開くエルレーン。
「それじゃあね!」
「ああ、おやすみ!」
「またな、お嬢さん」見送るハヤトとベンケイに軽く笑みを返して、エルレーンはドアを閉めた。
部屋に入ったエルレーンは、指示されたとおりにその「交換日記」とやらを探し出す。
「机の…右の、引出し…」その場所を開けてみると、はたしてそこには一冊のノートが置いてあった。
パステルカラーの緑と黄色のチェック模様が表紙の、かわいい感じのノート。
彼女はそのノートを開いてみた…
「…!」その一ページ目に、何か文章が書いてあった。
角張った感じで小さ目の、ノートのラインにそってきっちりと並べられた文字…
真面目で几帳面なリョウらしい文字が、整然と並んでいる。
その文章は、一番最初に自分の名前を書いてくれている…

『エルレーンへ。

お前となんとか話ができないかと考えて、このノートをつくることにした。
お前が起きている間に、何があったかをこのノートに書いておいてくれないだろうか?
そうすれば俺もお前が何を思っているかわかるし、返事を書くこともできる。
お前の考えが知りたいんだ。
このままじゃ俺だけがお前のことをわからないままだ…
なんだか、それっておかしいだろう?
だから、何でも思ったことを書いてほしい…俺も、お前の話が聞きたいんだ。

それじゃあ、お前の返事を待ってる。
流竜馬』

「わあ…!」それを読んだエルレーンの顔に、とてもうれしそうな笑顔が浮かんだ。
(リョウが、私に…お手紙、かいてくれたんだ!)何度も何度もその文章を読む。
リョウが、自分のために書いてくれた文章。リョウの言葉。
ボールペンで書かれたその文字列を指でなぞりながら、うきうきと彼女はリョウの言葉を読んだ。
そのままであったら、たった数行しかないそれを彼女は何度も飽きることなく読みつづけていただろう…
が、またふわっと自分を包み込む眠気が襲ってくる。
もうすぐ、本当に眠ってしまうだろう…眠ってしまう前に、返事を書かなければならない。
「うふふ…!」エルレーンは、机の上にあったボールペンを手にした…
はじめ、それで文字を書こうとしたが、何故か文字はノートの上に書かれない。
…と、ようやく彼女は、ボールペンの先になにかふたのようなものがついていることに気づいた。
それをとると、ペン先がそこからあらわれる。
それを紙の上に滑らせると…果たせるかな、今度はインクがなめらかに出てきた。
にこっと微笑うエルレーン。
リョウが書いた文章の続きの余白に、なにやら懸命に文字を綴りはじめた…

「…」ゆっくりと目を開く。天井の蛍光灯の白い光が、目覚めたばかりの瞳にまぶしく飛び込んでくる…
リョウがゆっくりと身体を起こすと、そこは自分の部屋のベッドの中だった。
相変わらずの軽い頭痛も感じる…また、エルレーンが目覚めたらしい。
そういえば、以前彼女が目覚めてからしばらくの時間が経っていた…ちょうど、そのときだったということか。
「…!そうだ!日記…」痛む頭を抱えていたリョウだったが、そのことに思いが至るや否や、ばっ、とベッドから飛び出した。
床に散乱するモノを踏まないように注意しながら(またエルレーンは、出したモノを片付けないまま眠ってしまったようだ)、彼は机に近寄った。
そして右側、一番上の引出しを開ける…
その引出しの中に、きちんとそのノートは置かれていた。
…だが、前自分が入れておいたときとは、ノートの向きが違っている…
それを取り出し、急いで表紙を開いてみるリョウ…
そして、自分が書いた最初のページに目を走らせた。
「あ…!」彼の口から、軽い驚きの声がもれる。
しばらく彼は、ぽかんとそれを見つめていたが…やがて、ちょっと困ったように微笑って、そのノートをぱたんと閉じ、軽く頭をかくのだった。

アーガマの食堂。
それぞれ飲み物を手にしたベンケイとハヤトが席に向かうと…そこに、思わぬ人の姿を発見した。
「!…あ、あれ…」それは、三時間ほど前に部屋に戻って眠ったはずの…エルレーン。
…いや、あれから再び目が覚めて、この場所にいるということは…
「リョウ…だな。今日は割と早く目が覚めたみたいだな」ハヤトが一人ごちる。
そのリョウは、椅子に腰掛け、何かを見ている…その表情には、柔和な笑みが浮かんでいる。
「おーい、リョウ!」
「よお、ベンケイ、ハヤト…」呼びかけるベンケイの声に、リョウは顔を上げ、軽く微笑って応じた。
だが、その途端頭に痛みが走ったらしく、軽く顔をしかめる。
「相変わらず頭痛いのか?」
「ああ、ちょっとな…でも、もらった薬をそのたびに飲んでるから、まだましだ」
「ところで…さっきから、何にやにやしながら読んでるんだ?」
ベンケイがリョウの隣の椅子に陣取りながら、彼が読んでいたモノに目を向ける。
「!…ひょっとして、それ…」
「ああ、『交換日記』だ。あいつ、ちゃんと書いておいてくれたよ」
リョウは穏やかにそう言い、二人にそのノートを示して見せた。
「へーえ、よかったじゃん!で、どんなこと書いてたんだ、エルレーンは?」
「…ふふ、見るか?」
「え?!…み、見てもいいのか?そうゆうのって」思いもかけないリョウの申し出に戸惑うベンケイ。
二人だけの「交換日記」を、自分なんかが見ていいものなのか…?
ハヤトもそんなことを言い出したリョウに驚いているようだ…
そんな二人のあっけにとられた顔を見て、リョウは面白そうににやっと笑ってみせる。
「ほらよ」
「え、えー…じゃ、じゃあ、本人がいいって言うのなら…」ぱさっ、と手にしたノートをベンケイの前のテーブルに放り投げるリョウ。
ベンケイは一瞬惑ったが、それでも好奇心には勝てなかったらしく、それをおずおずと開く…
ハヤトも後ろからそれを覗き込む。
…が、中身を見た二人の目は点になってしまった。
「…?!」
「何だこりゃ…?!」二人の視線の先にあるもの…リョウが書いたとおぼしき文章の後に書かれた文字(らしきもの)。
…だが、それは彼らが知っているどの言語の文字ともちがっていた。
直線の組み合わせで出来たそのわけのわからない記号が、延々と次のページまで続いている…
まるでそれは、昔社会科の資料集で見た古代文明の文字のようだった。
リョウが書いたものでないとすれば…これを書いたのは、明らかにエルレーン本人だろう。
「ふふ…で、何が書いてあると思う?」
リョウはくすくす微笑いながら、あっけに取られたまま文面を見つめる二人にそう聞いた。
「わ、わかんねー!何これ?どこの言葉の文字?!」
「さーあ、俺にもさっぱりだ!」なんと、リョウはあっけらかんとそう言ってのけた。
「え?!…お、お前にも読めないのか?!」その答えに思わず声をあげてしまうハヤト。
リョウ自身にもこれが読めないとは…!
「ああ」リョウはうなずいて答える。
「見たこともない文字だ…多分、恐竜帝国の文字じゃないかな?」
「!…ああ、そうか…そういや、あいつは…」それでようやくハヤトは納得したらしい。
…どうやら、エルレーンは素直に自らの学んだ言葉…恐竜帝国の文字を使ってリョウに「お手紙」を書いてしまったらしい。
それを、リョウ本人が読めないなどとは、考えつきもしなかったにちがいない。
「あいつ、馬鹿だなあ…俺にも読めない文字で書いてどうすんだよ、ふふ…」
リョウはいかにもおかしい、といった風情で微笑いながらそんなことを言った…
だが、その顔には喜びが満ちあふれている。
「で、でもさあ」
そのことに疑問を抱いたベンケイが、ストレートにそれを口にした。
「お前、何で読めもしないモノ見て何にやにやしてやがんだよ。気持ち悪いぞ」
「失礼な奴だな。…ふふ、そりゃあ…うれしいからに決まってんだろ」
「?」きょとんとしてしまうベンケイ。
だが、リョウはなおも続けていった…
「だって、これは…まぎれもなく、あいつの言葉なんだから」
「!」
「あいつが、俺に向かって伝えてきた言葉。声じゃあないけど、聞こえる言葉じゃないけど…」
リョウはノートを手にし、またそのページを開く。
そして、自分には読めないその文字列を目で追う。
エルレーンは何のことをこの文章で書いたのだろう、と考えながら、そのときの彼女の様子を想像しながら…
「…時間差もあるけど、それでも…こうやって、俺とあいつは、言葉を交わせるんだ…それがはっきりわかったからな」
リョウは、静かな口調でそう言った…
まるで、自分自身にもそう言い聞かせるように。
だから哀しくはないと、哀しくはないはずだと言い聞かせるように。
「…そっか…」
「…でも」
…と、リョウはぱっとノートから目を離し、ハヤトとベンケイに向かってちょっとした頼み事をする。
「悪いけど、お前ら…今度エルレーンが起きたら、言っといてくれないか」
そう言いながら、にやっと笑うリョウ。
…そして、いたずらっぽい笑顔で、彼は最後にこう言うのだった。
「…できれば、今度は…俺にわかる言葉で書いてくれ、ってな、はは!」


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