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あの騒ぎから、既に数時間。
卒倒したエルレーン…リョウは自室に運ばれ、ベッドに寝かされたままだ。
そのわきでは、ハヤトとベンケイが彼の様子を見守っている。
あれから気を失いっぱなしのリョウに、ベンケイは不安を隠せないようだったが…
その一方、ハヤトは実に落ち着いている。
…こんなことは、今まで何回もあったことだから、慣れっこになっているのだ。
…昔、恐竜帝国と戦っていた時に。
…と、今まで静かに眠り込んでいた彼に変化がおきる。
「…」両目がすうっと開いていく。…一瞬、天井のライトのまぶしさに顔をしかめた。
「リョウ!」ベンケイがそばにかけよった。
「……ああ……こ、ここは?」ようやく、といった感じでリョウは言葉を絞りだす。
かすかに首をひねると、そこが…どうやら、自分の部屋だということがわかった。
今まで自分はベッドに寝かされていたようだ…
…だが、それに気づいた途端、がばっと半身を起こす…
その顔には浮かぶのは、明らかな困惑と動揺。
当然だろう、彼の記憶は…「リョウ」としての記憶は、あの戦闘時…謎の怪光線を浴びた時点でぷつりと切れてしまっているのだから。
「…俺…一体?!…バット将軍は?!ハヤト、ベンケイ、奴は?!…うっ」
急に大声を出したとたん、激痛が走った。
…不愉快な頭痛。
歯を食い縛って痛みに耐えるリョウ。
…その様を見たベンケイが、何か言おうとしていえないでいるのを見て…ハヤトが意を決してリョウに近づく。
「俺…どうしてここに?ハヤト、バット将軍はどうしたんだ?!」
「…お前が撃退した」
「…お、俺…が?」予想もしない答えに、一瞬目が点になる。
…自分でも無意識のうちに、あのメカザウルス軍団を倒したとでも言うのだろうか…?!
いや、そうではない。
そうではないことを…先ほど、自分の目で見た真実を、プリベンターの皆が見た真実を、恐竜帝国軍が見た真実を。
「眠り姫」の復活を、彼女の「名前」を、ハヤトは告げる…
「いや、正しく言うなら…お前の中にいた、『エルレーン』が…だ」
「?!…はは…何を言ってるんだ、ハヤト。…あいつは、もう…死んだじゃないか!」
その、奇妙な…奇妙に思えるハヤトの答えに、リョウは…思わず乾いた笑いを立てた。
…過去の思い出、その中に在る少女。
この世にはもはやいないはずの、自分の分身の名…
その「名前」が唐突にハヤトの口からすべり出てきたことをいぶかる。
しかし、ハヤトは黙って首をふる。
彼の目の真剣さ…長い付き合いから、リョウは…ハヤトが冗談ごとを言っているわけではないことを感じ取った。
「違うぜ、リョウ。…あいつは、お前の中で…生きている」
「…?!」しかし、そのハヤトが口にするのは、まるで夢物語のような、信じがたい言葉…
揺らぐリョウの耳に響く、ハヤトの告白。
「…そして、俺たちをバット将軍から助けてくれた。恐竜帝国との、闘いのときのように」
「…ハヤト、何を言ってるんだ?」
リョウはまったくわからない、という風に問い返す。
頭が混乱して、状況がつかめないでいる。
「…あいつはお前のクローンだった。だから、死ぬときに同じモノである…お前の中に取り込まれたんだ。…身体は死んでも、その『魂』だけが…」
「俺の…中に?…エルレーンの…『魂』?」呆けたように、そう繰り返すリョウ。
すっ、と広げた両手に視線を落とす…赤い血の通う、自分の身体。
この身体の中に、彼女が、生きているという…
「俺の中に…エルレーンが?」
「…ああ」
「そんな…エルレーン…お前、生きて、いた…のか?」
そうつぶやくリョウの声には、困惑と疑念、驚愕、期待…様々な感情が混ざりこんでいる。
両手を見つめたまま、リョウは問い掛けるように言う…だが、答えは返らない。
あの時。
あのあたたかな闇の中で、光の渦に巻き込まれた時のことを思い出す…
自分の意識が途絶える、その最後の一瞬。
その最後の一瞬に、確か…必死でつかんでいたエルレーンの手が、すうっと溶けていくのを感じた。
まるで、はかない淡雪のように。
…そうだ。
リョウの脳裏に、ようやくそれが意味していたことがひらめく。
それは、この世で最も自分に似通ったモノの「魂」が、「帰る」べき場所に「帰る」瞬間、再び自分の中に舞い戻る瞬間だったのだ…
そう、あの時すでに。
自分は、エルレーンを恐竜帝国の手から取り返していたのだ…
自分のDNAから生まれた、自分の分身を。
…ハヤトは、なおも言葉を継ぐ。
「そして、恐竜帝国を倒すための手助けをしてくれたんだ…ときおり目覚めて…お前を眠らせて…」
「…何だって…?!」
「ああ。恐竜帝国マシーンランド…あれの位置をわりだすために早乙女博士がゲッター線ソナーを作ったの、覚えてるか」
「…ああ」
「…あれも、もともとエルレーンが俺たちに教えてくれた方法だった」
「…!…ちょっと待てよ、ハヤト。…それじゃあ、知っていたのか?!」
はっ、とそのことに気づくリョウ…
信じられない、というような表情でリョウがハヤトを問い詰める。
「俺の中に、エルレーンがいることを!…お前も、ムサシも、早乙女博士も、ミチルさんも…?!」
「…そうだ」
「何故だ?!何故俺に…そのことを黙っていた?!」強い口調で、まるで胸に巣くったやりきれなさをたたきつけるように問い詰める。
ハヤトは言いにくそうにしていたが、思いきったように言い返した。
「…エルレーンは、お前には自分の声が聞こえないようだと言っていた…そうして、あいつは泣いたんだ…」
「!」
「お前に自分の声が聞こえないこと、声が伝わらないこと…お前が自分に気づかないこと。
あいつはそのことをずいぶん気に病んでいた…だから、俺たちはあいつのことをリョウに言うなと言われていたんだ。
…自分の存在が、お前にとって邪魔なものかもしれないから、お前を…苦しめるモノかもしれないから、と」
「…!!」ハヤトの語ったエルレーンの言葉に戸惑うリョウ。
すぐに否定の感情が湧いてくる…
そんなことを思って、エルレーンは自分のことを口止めしたままで、自分に知らせないままでいたのか?!
「そんなはずない…!…あいつが、俺にとって邪魔なんて!」
「…そいつを俺に言っても無駄ってもんだぜ、リョウ…」
しかし、その言葉を聞かされたところで、ハヤトには何ができるわけでもない。
ただ、そう言うことしかできない。
「…」
再び口を閉ざし、うつむいてしまったリョウに、ハヤトは語ろうとする…
エルレーンの抱いていたであろう葛藤、感情を。
「あいつは…お前に、自分のことに気づいて欲しかったんだと思う。だけど、お前に…あいつの声は届かなかった。
その、前には…お前ら、同じDNAで出来た同じモノどうしだからよ、お前が怪我すりゃあエルレーンもその痛みを感じちまう、それくらいにつながってたのにな。
だから、あいつは…絶望したんだ」
「…」
「…だから、俺たちは…」
「…そうか、よ…」
そうして、ハヤトもリョウも黙り込んでしまった…
居心地のよくない、空白の時が流れる。
「…なあ、ハヤト」
「何だ…?」
リョウが、震える声でつぶやいた。
「俺たち…エルレーンを、救えたんだろうか…?」
「…!」
「…俺たち、エルレーンを救うことが出来たんだよな…?!」
「…ああ、そうさ!…お前が、命がけで、あいつを救ったんだ!…あいつの『魂』を、自分の中に取り込んで…!」
ハヤトがしっかりと彼を見返し、その問いを肯定する。
「そうか…!」うなずきながら、そうぽつりとつぶやくリョウ…
…こころを縛り、自らを戒め、決して忘れられない、忘れるまいと。
そう思っていた、あの罪…エルレーンを救うことができなかったと言う、重い罪。
その罪の重圧が今、あたたかな日の光によって雪が解けていくかのように消えていく…!
「ああ…よかった…!」そうつぶやき、嘆息するリョウ…その頬を、熱い涙が流れていく。
右手をぎゅっ、と胸に押し当てる。
この身体、その奥に…あいつは、生きていたんだ!
「…エルレーン…!」
もう一度、その「名前」をつぶやく。
いとおしい、自分の分身の名。
「…まだ、続きがあるんだ、リョウ」感動にひたっているリョウ…ハヤトの声が、彼を現実に引き戻した。
「…何だ?」
「お前、急に気を失って、また違うところで目が覚めるって言う『病気』…あれ、いつのまにかなくなっただろ」
「!…そう、いえば…」…そう言われてみれば、そうだった。
昔のことだが、自分は夢遊病にかかっていたらしいのだ。
ある時突然ぱっ、と意識が飛んで、そして…今度は唐突に目が覚める。
その間のタイムラグ…その間自分が何をやっていたのかも、まったく思い出せなかった。
だから、てっきり夢遊病の類だと思い込んでいた。
そういえば、この症状もいつのまにか消えてしまっていた。
だからすっかり忘れていたのだが…
「…それは、エルレーンが死んでからはじまって…恐竜帝国マシーンランドが滅びた後、なくなったはずだ」
「…!」
「…そうだ、リョウ。…それは、エルレーンがエルレーンとして目覚めてた時だったんだよ。
お前の意識を眠らせて、自分が表にでてこられるようにして…ちょうど、今日みたいにな」
「そうだったのか…」
…そう言われてみれば、その不可解な出来事も全て説明がつく。
…いや、今まで奇妙でおかしいと思っていたいくつかの疑問も、全てがこれで理解できる…
何故、記憶がたびたび吹っ飛んでいたのか。
何故、早乙女博士が「ゲッター線ソナー」を製作したのか。
何故、ムサシが「『恐竜帝国マシーンランド』という奴らの本拠地が、マグマ層にある」ということを知っていたのか…
いくつかの謎のジグソーパズルピースが、たった一つのピースで、ぱちりと全てかみ合う…
「エルレーンが『魂』だけとなって、自分の身体の中で生きのびていた」という事実(ファクト)一つで。
「あいつはな、リョウ。恐竜帝国が滅びたとおもった、あの時に…俺たちに『さようなら』って言って、それから二度と出てこなくなったんだよ。
…恐竜帝国がなくなれば、自分がいなくてももういいと思ったらしい。だから、もう目覚めることもなくお前の中で眠りつづけるって…
お前に、自分のことを気づかれないように」
「…」
「だが、あいつは今日出てきた。それが何故だかわかるか?」
「…俺たちを、助けるため…」
「そうだ。…そして、あいつは…俺たちを救うためゲッタードラゴンを操縦して、見事に奴らを倒した。
…それも、それぞれのメカザウルスの弱点を的確につきながらな。
…つまり、エルレーンは…知ってるんだ」
「…恐竜帝国のことを、って事だな」
「そう…あいつは、今の恐竜帝国が何を企んでいやがるかも知っていた…『大気改造計画』と言っていた」
「…『大気改造計画』…?」
「何でも、地球の空気を自分たち『ハ虫人』の都合のいいように変える計画らしい。
俺たちの時代でできなかったことを、今、このゾラでやるって寸法らしいぜ」
エルレーンが話した彼らの企みを、聞いたままに語ってやるハヤト…
リョウの表情に、深刻さが増していく。
「なんてことだ!…それで、もしその計画が実行されたら?!」
「…少なくとも、地球は…俺たち『人間』には住めない星になるらしい」
「…」
「だが、俺たちには…あいつがいる。…エルレーンが」
「!」
「ブライト艦長たちは…エルレーンに協力を求めるつもりなんだ。…これからも」
「それは、つまり…また、これからもたびたび、あいつを…目覚めさせよう、ってことか?」
「ああ。…その間、お前は当然眠っちまうことになるから、多少不自由だろうけどよ…」そう言うハヤトの声に、多少のすまなさが混じりこんだ。
…皆の希望とはいえ、そのためにリョウにはまたあの「病気」を背負わせるのだから。
「…不自由?…いいや、そんなことない!」…だが、意外にも、リョウはきっぱりとそう間髪いれず言ったのだ。
「…リョウ?!」
「俺の身体なんて、あいつが自由に使えばいい!そうして、あいつがまた、生きていけるっていうんなら!
あいつがまた、あいつとして…笑えるっていうんなら、俺は何だってやる!」
その口調に、力と熱が…そして、喜びがこもっていく。
自分の身体を使って、エルレーンがまた生きることができると言うのなら、それに何の問題があると言うのだろう?!
「また、頭痛が…」
「頭痛なんて平気だ!記憶が吹っ飛ぼうと、そんなことたいしたことじゃない!」
頭痛なんてもうどうでもいい…エルレーンのためなら、安い代償だ…!
「リョウ…」
「だから…頼むぜ、ハヤト!エルレーンのことをよ…俺が眠っちまってる間、な!」
どんっ、とハヤトの左肩を軽くつきながら、そう言ってリョウはにかっと笑った…
お前がしっかりしろよ、と言わんばかりに。
「…ああ!」だから、ハヤトも笑い返す…
あのお嬢さんのことは俺に任せておけ、と言うように。
「な、なあ、リョウ…」
「!…ベンケイ」
おずおずと、自分に声をかけてきたのは…今まで黙って自分たちの話を聞いていた、ベンケイだった。
ベンケイの人のよさそうな顔には、困惑しきりといった表情が浮かんでいる…
エルレーンのことを知らなかったのだ、きっと普段の自分とのギャップに仰天してしまったのだろう。
そう思うと、リョウの唇にふっと笑みがこぼれてきた。
「…そうだな。…お前は…知らないもんな、あいつを。…はは、驚いたか?」
「お、驚くさ!腰抜けたぜ!」
「はは、そうだろうな…あいつ、俺の顔して、思いっきりガキみたいだからな」
「う、うーん…」
「ベンケイ」
リョウの表情が、きっとまじめなものになる…そして、彼にも、託すように言う。
「お前は、知らないから戸惑うだろうけど…あいつのこと、頼むな。ハヤトと一緒に…俺は、あいつには会えない…みたいだから」
「あ、ああ…」
「ふふ…大丈夫だ。あいつは…ちょっとどこか抜けてるけど、おっとりしてて、明るくて、素直で…かわいい奴だから、きっとお前も気に入るよ」
リョウは、しみじみとそう言った…
遠い日の思い出、その中にいる彼女を思い起こしながら。
「…お前、自分の顔と同じ奴のことよくそこまでほめられるもんだな」
「だって本当のことじゃないか、ハヤト?」
「…」軽く突っ込んでみたが、真顔で返された。
…こういうのを何とか馬鹿とか言うんだろうか、と思いつつ…とりあえず、口を閉ざしておくハヤト。
今の彼が、喜びに満ちあふれているのが、嫌でもわかったから。
「そうか…そうだったんだ…!」
死んだと思っていた、救えなかったと思っていた少女は…確かに、生きている…らしい。
信じられないし、自分には見えない…だが、なんてうれしい現実なんだろう?!
「エルレーン…!」

「そうか、それじゃあ…」
「ええ、俺はかまいません。あいつは恐竜帝国のこと、たくさん知っているはずです。…何しろ、あの場所でずっと暮らしてたんだから…」
その後、部屋に備え付けられた通信機で、リョウはブライト艦長と会話していた。
「エルレーン君が目覚めるたび、君はひどい頭痛がすると聞いたのだが…」
「…医務室の先生に薬でももらいますよ。そんなのたいしたことじゃありません」
「そうか、すまないな…」
「いえ…」画像回線に映るブライトが、少し申し訳なさそうな顔をするのを見て、リョウは笑って首をふる。
…と、今度はそのリョウが、少しすまなそうな顔をした。
「すみませんが、ブライト艦長…あいつのこと、よろしく頼みます。…きっと、迷惑かけると思うんです…」
…まるで、いたずら者の自分の「妹」がこれから起こすであろう騒動について、あらかじめ謝っておくような口調だった。
「はは、なあに…私には、素直そうないい子に思えたよ」
ブライトは、そんな「お兄さん」に軽く笑顔で応じる…
鉄也との間に起こったいさかいについては、あえて口を閉ざしたままでいたが。
「まあ、そりゃそうなんですが」
「…ま、ちょっと、変わった子みたいだけど」
「…」リョウはあえて否定はしないまま、ブライトの言葉を聞いている…
「ハヤトなら、あいつのことも知っていますから…何かあったら、あいつに聞いてください」
「ああ、わかったよ」
…本当は、俺がついていてやれりゃあいいんですけど。
そういう言葉が思わず口をついて出そうになったのに気づき、口をつぐむリョウ。
…しかし、それはかなわぬ願いだから。
かなわぬ願いだからこそ、言葉に出すと余計に哀しくなる…
ふっとその事に一抹の寂しさを感じたが、それでも…
とりあえず、リョウは満足しておくことにした。
何しろ、彼女は生きていたのだから。
そして、今も…俺たちのために、力を貸してくれるという。
ブライトとの通話を終え、受話部をそっと通信機に戻す…
すると、画像回線も切断され、モニター画面が真っ黒になった。
…そこに反射して映るのは、自分の顔。
エルレーンと、同じ顔…
(エルレーン…ごめんな、それに…ありがとう)
心の中で、自分の分身に向かってそうつぶやく…
すると、その暗いモニター画面の中。
彼女が、そっとやわらかく微笑むのが見えた。


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