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◆ 機械蜥蜴愛ずる姫君たち
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がきぃいいいぃいん、という派手な音とともに、真・ゲッター1とゲッタードラゴンは激しく衝突した。
強烈な衝撃が両機を揺るがし、機体が負った損傷を伝える。
「くッ…おらぁっ、死ねよモデュレイテッド!」
「死ぬのはあなただァッ、プロトタイプ!」
操縦桿を握る二人の少女、同じ顔をした、同じモノどうし…流竜馬のクローン、プロトタイプとモデュレイテッド・バージョン。
二人の間で、意地と意地とがぶつかり合う。
「やめろ!エルレーン、退くんだ!…俺の言うことを聞けぇッ!」
ハヤトの絶叫も、もはや彼女には届かない。
彼女のスイッチは、入ってしまった…そう、後にやることは唯一つ。
己の「敵」を、殺すだけ。
「てえいッ!」
「…たぁッ!」
ゲッタードラゴンのスピンカッターと真・ゲッター1のナックルパンチが交差する。
ぎりぎりと全力かけ、相手を押し返そうとする2体のゲッターロボ…
激しい力と力のぶつかり合い。
だが、辛くもそれを制したのは…パワーに勝る真・ゲッター1。
数秒の後、力任せに振りぬかれた真・ゲッターの右腕が、ゲッタードラゴンを吹き飛ばした。
が、ゲッタードラゴンは空中で器用に体制を整え、ふわりと地面に降り立つ。
「ちぃッ…で、『できそこない』のモデュレイテッドにしちゃあ、やるじゃねえか…ッ」
「ふん…あ、あなたこそッ…!」
No.0とNo.39、二人の口から、悔しげな言葉がもれる。
確かに、今自分の前に立ちはだかっている相手は、その自信が裏打ちするように…自分に匹敵するほど、高い能力を持っているようだ。
そして、二者の間で、にらみ合い…お互いの隙の読みあいがはじまる。
実力が拮抗している以上、戦いの如何を決めるのは、一瞬のすばやい判断と、好機をつかむその機転。
そして、先にそれを見つけ出したのは…モデュレイテッド・バージョンのほうであった。
「…!」
No.39の瞳が、何かを捉えた。
視界の端に入り込んだ、それ…それを目にした瞬間、彼女の脳裏に、ある記憶がぱっとスパークした。
にいっ、と彼女は笑みを浮かべる…
それは、勝利を確信した者の浮かべる、勝ち誇った…何処か冷たい笑み。
「はん…!…だが、俺のほうが強い、俺のほうが強いんだ!…殺してやる、No.39ッ!」
「…"Molg fir"!」
「?!」
突如、No.39の唇から放たれた、まったく理解できない音の羅列。
それが何なのかまったく理解できず、思わず己の耳を疑うハヤトたち…
「…あぁ?何言ってやがる?…わけのわからねぇこと、言いやがっ…」
しかし、それはNo.0にとっても知らぬ言葉であったらしい。
いきなり妙な言葉を口走ったNo.39に対し、気勢を少しそがれた彼女…その彼女が、No.39をなおも嘲ろうとした、その時。
確実に自分の命令が届いたことを視認したNo.39は、タイミングをはかり…今度は、こう叫んだ!
「"Rchiess eketen sab"!」
その刹那。
真・ゲッターは大きくのけぞるように体勢を崩し、そして…不自然に左へとかしいでいった。
「…ッ!」
唐突に襲った衝撃に、思わずNo.0は身を丸める。
その衝撃は、真・ゲッターの左腹部を貫いたのだ…何かが真・ゲッターの左をかすめるような形で、飛び退っていった。
そして、その何かが、己の後方から何者かが発射した砲弾であることに気づくや否や…No.0は邪悪な憎悪をそのガラスのような瞳にたぎらせ、その「敵」を激しくねめつけようとする…
…が。
その「敵」の姿を見た途端…彼女の表情は、一変した。
そして、その場にいた誰もが、驚きで大きく目を見開く…
彼らの視線の先にあるモノ。
「な…何、ッ?!」
「…!」
「め、メカザウルス・ロウが…」
「No.0を、撃った…?!」
巨大な、サイボーグ化された肉食恐竜は…いつの間にか再起動し、稼動状態に在った。
その背に装備された二門の大砲からは、発射の名残りか、白く細い煙がたなびいている…
鈍く光るその鋭き目が映しているのは、指定された標的(ターゲット)…真・ゲッター1.
しかし、何故…「仲間」のはずのメカザウルス・ロウが、真・ゲッター1、No.0…彼女を撃ったのか?!
それに、No.0が真・ゲッターに乗り移った今、そのコックピットには誰もいないはずではないか…
にもかかわらず、なぜ無人のメカザウルス・ロウは動き、しかも「仲間」であるはずのNo.0を撃ったのか?!
「な…ど、どうしたんだ、ロウ?!お前、どうして…」
「ふふふ…きゃはははは!」
「?!」
「え、エルレーン?!」
突如、さもおかしそうに笑い出したNo.39。
その、戦場にあまりに不釣合いな、無邪気な…だからこそ、逆におぞましい、笑い声。
いきなり楽しげに笑う彼女に、ハヤトとベンケイは戸惑わざるを得ない…
その異様ともいえる彼女の様子に、もはや彼らは意思をそがれ…ただ、見ていることしかできない。
「きゃははは、やっぱり…思った、とおりだ!」
「!」
「な…何だと?!…ま、まさか、No.39、てめぇがッ?!」
「ふふ…そうだよ!」
「な、何…?!」
「『おんせーにんしきそーじゅーもーど』だよ、メカザウルス・ロウの!」
にいっ、と笑い…No.39は種明かしをして見せた。
「?!…お…『音声認識操縦モード』…?!」
「!…あはは、っ…知らないんだ、No.0…!」
が、そう言われても事態が飲み込めていないらしいNo.0…その彼女に、No.39はなおも言ってやる。
「その子は、やっぱり…私の乗ってた、メカザウルス・ラルと同じ。…私たち、リョウのクローンのためにだけ造られた、カスタムタイプのメカザウルス…!」
そう…つまり、「人間」である流竜馬のクローンの戦闘力を最大限に活かすため、カスタマイズされたメカザウルス
恐竜のDNAに彼女たち自身のDNAを掛け合わせたそのカスタムタイプは、従来のメカザウルスよりも遥かに高速の神経伝達スピードを誇り、高い運動性を持っていた。
だが、それ以外にも、彼らには秘められた機能があった…
「だから、私たちが自由に動かせるよう、造られてる…そのチカラの一つが、これ」
「…?!」
「その子たちはね、中に乗らなくったって…簡単なコトなら、命令するだけで動かせるんだよ!…私たちの、『声』でね!」
「!」
「そ、そうか、それで…!」
その言葉で、ようやくハヤトたちにも飲み込めた…
メカザウルス・ロウは暴走したのではない。
あの謎めいた言葉で操ったのだ、彼女が…そして、真・ゲッターを、No.0を、そのロウの砲弾で撃ち砕いた!
「私は、使ったこと、なかったけど…私のラルにも、このモードがあった、わ。…だから、もしかして、って思ったけど…ふふっ、…やっぱり、その通りだった!」
得意げに説明を連ねるNo.39…
それに対し、そんなことは何一つ知らなかったらしきNo.0。
彼女の表情が、ショックで強張っている…かすかに震える、その長いまつげ。
先ほどまで浮かべていた自信たっぷりな表情は、もはや微塵も見られない。
むしろ、今の彼女は…何か得体の知れぬ「バケモノ」におびやかされ、恐怖で震える…まるで、小さな女の子のように、無力だった。
「…」
「ふふん…私も、あなたも、おんなじ…リョウの、クローン!だから、声も全部、一緒!その子には、私とあなたの違いなんてわからないんだよ!」
「…〜〜ッ!…ろ、ロウ!だまされるな!…あ、あいつは、俺じゃないッ!」
「きゃはは…無駄だよ、No.0!」
自分の「トモダチ」に向かい、必死に呼びかけるNo.0。
だが、No.39はそんな彼女を冷酷に嘲笑う…!
「く…ッ?!」
「あなた、…知らないんでしょう、『きーふれいず』も!」
「『キーフレイズ』?!」
「ふふん…声でその子たちは動かせる。…だけどそれだけじゃ、おんなじ声のリョウにだって、メカザウルスが動かせちゃう。
…だから、そうならないように!…その子たちは、特別なコトバを使わないと、言うことを聞かないようになってるんだよ!」
「…!!」
「そう…たとえば、こんなふうにね!」
ばっ、とNo.39は右手を伸ばし、指し示す。指し示す先には、メカザウルス・ロウ。
そして、自らの言葉が嘘でないことを示して見せた。
「"Vueck ror(前進)"!」
No.0の瞳に、信じがたい、信じたくない光景が映りこむ…
ショックのあまり浮かんできた涙で、その光景がにじむ。
揺らめく映像の中で、メカザウルス・ロウは…それでも確かに、前へ前へと歩み続ける。
自分に向かって。真・ゲッター1に向かって。
「そ、そんな…ッ!…そんな、馬鹿な!ロウッ、正気に戻ってくれ!」
「ふふっ、無理だよ、No.0!『おんせーにんしきそーじゅーもーど』は、そのための『きーふれいず』を言わない限り、戻らないよ!」
「嘘だ!あいつの言うことなんて聞くなッ!あいつは…お、俺たちの、『敵』じゃないか…ッ?!」
「…そんな普通のコトバじゃ、何の役にも立たないよ!…そうだ、その子は、もう!」
猛るNo.39。
彼女は、高らかにこう宣言した…!
「その子はもう、私のモノなんだよぉッ!!」
「〜〜ッッ?!」
「"Sauf rich(格闘)"!」
彼女の唇が、すばやく力ある言葉をつむぐ。その呪に答え、メカザウルス・ロウの瞳が怪しく光る!
「い、いやあぁっ?!」
No.0の悲痛な悲鳴。
唸り声を上げ、真・ゲッター1に襲い掛かってきたメカザウルス・ロウの攻撃に、大きく機体が揺さぶられる。
ばちばちと上がる火花…先ほど撃ち抜かれた箇所も、ロウの鋭い爪の一撃を受け、さらにその破壊の跡が大きくなる。
だが、No.0は…自分を攻撃してくるロウに向け、反撃することができないでいる。
真・ゲッター1は、ただその両腕で何とかロウの猛攻を防ごうとするばかりだ…
たとえ、その腕(かいな)の一撃で、その機械蜥蜴を沈黙させることができると知っていても!
「ろ、ロウッ!や、やめてくれッ…お、俺だ!俺は、No.0だ…頼むッ、やめてくれぇッ!」
その防戦の合間、必死にNo.0はメカザウルス・ロウに向かって叫び続ける。
しかし、呪いの言葉によって動かされるただの「人形」と化したロウには、その「トモダチ」の声は届かない…
No.0の涙混じりの懇願に、彼は…その強烈な尾の一撃で、答えた。
真・ゲッター1が薙ぎ倒される。どう、と地響きを立て、背中から大きく崩れ落ちる。
「ち、ちっくしょう…き、貴様のせいでぇッ!」
一旦飛び退り、メカザウルス・ロウから距離を置く真・ゲッター1。
No.0は親友を狂わせたNo.39に再び視線を転じる。
そして憎しみに絶叫しながら、トマホークを構え、まっすぐにゲッタードラゴンへと打ちかかっていく…!
だが、その彼女の怒りこもった一太刀すら、たやすく防ぐ方法をNo.39は知っている…
そう、No.39はただ、こう言うだけでいいのだ。
「!…"Mchuetz sich(私を守れ)"!」
「?!」
力ある言葉が戦場に反響する。その刹那、魔術に操られるように…メカザウルス・ロウが動いた。
振り下ろされたゲッタートマホークは、そのものの眼前でぴたり、と止められた…
ゲッタードラゴンの前に飛び込み、仁王立ちになり…主人を守る、楯となりし恐竜。
「…ろ、ロウ…」
それは、自分の何よりも大切な「トモダチ」だった。
トマホークを握った真・ゲッター1の右手が、目標物を叩き割ることも出来ず…ただ、だらりと力なくぶら下がる。
もはや自分の「敵」、No.39の操り人形と化してしまったメカザウルス・ロウ…彼を見るNo.0の瞳に、深い哀しみと混乱が澱む。
「…"Zeh gurueck(退け)"」
「…あっ…くうッ?!」
「"Bteh sleiben(止まれ)"」
メカザウルス・ロウのバーニアが赤く燃える。
びゅん、と音を立て、真・ゲッター1の横を飛び退り、離れていくメカザウルス・ロウ。
そして、頃合を見て再び命令を下すNo.39…
すると、すぐさまその命令に従い、ロウはぴたり、と空中で静止し、そのままゆっくりと地に降り立つ…真・ゲッター1に、砲身を向けて。
ちょうど、ゲッタードラゴンとメカザウルス・ロウで、真・ゲッター1を挟み撃ちする格好になった。
その数十メートルの円の中に、異常なほどの緊張…にもかかわらず、驚くべきほどの静寂が在る。
その静寂を破ったのは、No.39。
先ほどとはがらり、と変わった口調で、No.0に彼女は語りかけた…まるで、哀れむように。
「…そうね…そうだよね。…あなたは、ロウを、攻撃することは出来ない…」
「…」
「だって、この子は…あなたの、『トモダチ』だから。…大切な、『仲間』、だから」
「あ、当たり前だ…ッ!」
「そうよね…だけど、あなたが、ロウを大事に思うように」
No.39は、No.0の言葉にうなずく…と、その目つきが、きっと鋭くなる。
「…私だって、リョウを大事に思ってる。…リョウは、ゲッターチームは、私の、大事な『トモダチ』なんだ!」
「…」
「だから、私…許さない。リョウを傷つけたあなたを、絶対許さない!」
透き通った真水に、どす黒いインクが混ざりこんでいくように。
No.39の声色が、押し殺したようなモノに変わる。
その透明な瞳に、殺意という名の闇が混じりあっていく…!
「…!」
「たとえ、私と同じリョウのクローン、私の『イモウト』であったって!…私は、あなたを、殺してやる!」
「ち…畜生…ッ!」
それは、憎悪そのものがカタマリになったような、殺人予告。
その狂気じみたNo.39の宣告に…自分と同じ顔をした女、自分と同じ顔をした「バケモノ」に…No.0は、一瞬ぞっとする恐怖を感じた。
…だが、その恐怖を精神の力で無理やりねじこんで。
彼女は再び立て直す、一旦揺らいだ戦いへの意思を!
「!」
No.39の視界に映る真・ゲッター1が、再び動き出した。
何処かより呼び出したトマホーク…槍のように非常に長い柄、巨大な刃、そして禍々しい漆黒に塗りこめられた戦斧…ゲッタートマホークを手にし、一気にゲッタードラゴンへ撃ちかかってきた!
「うおぉおぉおおおぉぉぉおッ!し、死にやがれぇえぇぇッ!」
「…はあッ!」
が、そのNo.0の入魂の一撃を、No.39は怯むことなく受けて立つ!
瞬時、ゲッタードラゴンの右手が、鞭のようにしない…何かをつかんだ。
そして、そのまま右手がうなる…
「?!」
「…!!」
銀の、一閃。
長剣を手にしたゲッタードラゴンは、そのまま剣を構えた右腕を、右から左へと水平に振りぬいた!
「?!…な、何ッ…?!」
かあん、という金属音。それと同時に、軽い衝撃が真・ゲッターに走る。
急に、振りかざしたゲッタートマホークの重みを感じなくなった…そのことに奇妙さを感じた、その瞬間。
ゲッタートマホークの柄に、白い筋が走り、そして…そのまま、両刃の斧は、ぽきりと折れ落ちてしまった。
どさあっ、と砂漠に落ちる巨大な戦斧。その落下の衝撃で、もうもうと黄色い土煙が上がる。
真・ゲッター1の手に残るのは、その柄だけ…折り去られたゲッタートマホークの刃を、No.0は半ば呆然とした表情で見下ろしている…
「く、くそッ…と、トマホークが…?!」
「…ふふ、それに…私には、このチカラもある。…『あの人』が私に教えてくれた、恐竜剣法が!」
「…?!」
「…戦い方だって、私のほうが…ずうっと、知ってるみたいだね…No.0、あなたより」
「ぐう…ッ!」
No.39の言葉に怒りを駆り立てられても、何も言い返すことが出来ず…悔しげに歯噛みするほかないNo.0。
そんな彼女を、ちらり、と見下し…No.39は、むしろ穏やかに、まるでできの悪い「子ども」に言い聞かせるように…静かに、こう言った。
「…もう、わかったでしょう、No.0…?」
「な…何が、だ…!」
「あなたなんかより、私のほうが…ずうっとずうっと、強いってこと…!」
「!」
「ふふ…マジンガーでも、ザブングルでも、…ゲッターロボでも!…何だって、二番目に造られたモノのほうが、最初の奴より、ずうっとずうっと強いんだ!」
それは、己の力量、己の能力に対する、絶対的な自信…いや、それはむしろ傲慢なプライド。
No.0…プロトタイプよりも、次に造られたモデュレイテッド・バージョンの自分のほうが遥かに上なのだ、と。
そう、今自分が駆っているゲッターロボG、ゲッタードラゴンのように…
No.0を見下す彼女の顔には、残酷な、だが勝ち誇った笑み。
「…く、くそ…ッ!」
「…だから…そろそろ、終わりにしよう?」
そして、No.39はメカザウルス・ロウに最後の命令を下した。
ゆっくりと、No.39の右手が上がる…真・ゲッター1を指差す。
「…!!」
「え、エルレーン?!」
「…ロウ。…"Imm gein egenwaertiges Objekt zaufs Niel(現在の対象物を標的とせよ)"…」
冷静な口調。
淡々と、キーフレイズを口にする。まるで、書類に書かれた文章を読み上げているかのように。
その冷静さは、まさに死刑執行人のモノ。
彼女の操る機械蜥蜴もまた、淡々とその命令に従う…メカザウルス・ロウの背に装備された二門の長い砲身。
その照準が、ぴたりと真・ゲッター1に合わされた。
真・ゲッター1、その中枢…自分のいる、コックピットに。
「う…」
「…動かないで、No.0。狙いが、ずれるから」
「う、ううッ…!」
No.0の顔に、恐怖が浮かぶ。
自分の前には、メカザウルス・ロウ。自分の大事な「トモダチ」が…最強の武器、炎熱マグマ砲を向けている様。
自分の後ろには、ゲッタードラゴン。メカザウルス・ロウに命令を下しているあの女は、静かに自分を見ている…
…あのNo.39は、あの「バケモノ」は…その手で自分を殺させようとしているのだ、自分の何よりも大切な「トモダチ」の手で!
それは、自分をとことん絶望させるためなのか?
それとも、それはむしろせめてもの情けなのか?
だが、No.39の真意がそのどちらにせよ…もう、逃げられない。もはや、何処にも。
身体が、こわばる。恐怖が全身を巡り、まともな思考を麻痺させていく。
「痛くないように、苦しくないように。…一撃で、終わらせてあげるから。…もう、あなたを楽にしてあげるから…」
「…う、うああ…ッ、…い、いやぁあぁッ…!」
No.0の言葉は、いつの間にか弱々しい怯えに変わっていた…聞く者のこころに、哀れを催させるほどの。
通信機が受信するその画像の中、映る彼女は…確かに、がたがたと震えていた。
「"Vriff Forbereitungen tuer ... Dugel mes Kugmas(炎熱マグマ弾用意)"」
「や、やめてくれッ、ロウ!…俺は、俺は…お前に殺されるなんて、嫌だあぁああぁあぁぁああぁッ!!」
その刹那。
No.0は、それでもなお、メカザウルス・ロウに向かって叫んだ!
自分に対し、銃口を向ける…あの「バケモノ」に呪縛されし、「トモダチ」に…!
…だが、No.0の絶叫にも眉一つ動かすことなく、No.39は…最後の言葉を、口にした。
「…"Rchiess eketen sab(発射)"!」
「!」
No.0は、その声を聞くとともに…思わず、両目をぎゅっと閉じていた。
炎熱マグマ弾がこのコックピットを貫き…自分を、痛みすら感じる間もなく蒸発させてしまうだろうその瞬間が迫り来る様を、まともに目にしていられるだけの気概など、彼女にはなかった。
暗闇の中、響いたのは…たしかに爆発音、何かが砕ける音。
…だが、奇妙なことに、その衝撃はまったく感じられなかった。
「ぐ、ぐあッ?!」
「うおぉッ?!」
その代わりに耳に飛び込んできたのは、男の悲鳴。
自分でない者の、それは…ゲッターチーム、神隼人、車弁慶のモノだった!
「…?!」
「え…」
その声に、再び目を開く。
するとそこには…思いもしない光景が広がっていた…!
「な…」
自分の後方に、位置していたゲッタードラゴン…その眼前の地面が、異常に大きくえぐれ、焦げ付いていた。
どうやら寸前でかろうじてそれから逃れたものの…完全に避けきることはできなかったようで、ゲッタードラゴンの両足、そのつま先部分は、炎熱マグマ弾の余波を受け、表面が醜くやけただれていた。
そして、目の前には…メカザウルス・ロウ。
炎熱マグマ弾を放った彼は、低い唸り声を上げながら、その鋭い目つきで…ゲッタードラゴンをねめつけている。
…真・ゲッターではなく、ゲッタードラゴンを!
「ど、どうして…?!ロウ、どうして、No.0じゃなく、私を…」
炎熱マグマ弾を自分に向けて撃たれたNo.39。その唇から、驚嘆と動揺の言葉が漏れ出でる。
自分の支配下、音声認識操縦モードに入っていたはずのメカザウルス・ロウが、何故その主人を撃ったのか…?!
「…!…ロウッ!俺のことがわかるのか?!」
戦場に響くNo.0の言葉に、びゅうん、と、鞭のようにうなるメカザウルス・ロウの尾。
それは、明らかに彼女への返答だった…肯定の意を示す、機械蜥蜴。
「…!!…ロウ!お前…」
「そ…そんな…!…『きーふれいず』もなしに、『おんせーにんしきそーじゅーもーど』を解除するなんて…?!」
一方のNo.39は、起こりえないことが起こってしまったことに、今だ混乱から覚めないでいる…
音声認識操縦モードが、自分のキーフレイズもなく勝手に切り替わったことに、困惑しきっている。
「お前…俺の言葉が、わかるんだな?!俺の声を、聞いているのか!」
ロウは、大きく吼えてそれに応じた。
「…!」
No.0の表情に、歓喜が浮かぶ。
うれしさのあまり、泣き出しそうになる…
「ま、まさか…ロウが、自分から、あなたを…」
「ふん…No.39、よくもロウを操ってくれたな!…だけど、もう無駄だ!ロウは、てめぇの言うことをもう聞きはしない!」
「ど、どうして…ッ?!」
動揺もあらわなNo.39。彼女をねめつけ、No.0は確信に満ちた口調でこう言い放った…!
「…そんなの、決まってる!…ロウと、俺は…『トモダチ』だからだ!」
「!」
「俺たちの血の絆、鉄の絆!…てめぇなんかに裂かれるほど、ヤワなもんじゃねぇんだよ!」
「…!」
種族も超え、共に生きるモノどうし、おなじ戦うために生まれたモノ、「兵器」。
それ故に、その間に存在する絆は誰にも断ち切れない、と。
それはまさに、鋼鉄の絆。
生死の境を共に越える、何より硬く結ばれた、二つの魂の…!
…No.0の言葉を、No.39は…しばし、呆然とした表情で聞いていた。
だが、やがて彼女はふっとかすかに微笑んだ…
「…驚いた、わ。…まさか、ロウが…私と、あなたを見分けるなんて」
「…」
「その子…私が思ってたより、ずうっと賢いね。…とっても、いい子だね」
「…当たり前だ。ロウは、俺の大事な『トモダチ』だからな…!」
「そうね…だけど、私のラルだって、とってもいい子だったよ」
「…」
同じ顔をした、「双子」のような二人。だが、憎しみあい、殺しあう二人。
だが、プロトタイプとモデュレイテッド・バージョンは、そのほんのひと時だけ…そんな、普通の会話を交わした。
「…」
真・ゲッター1の漆黒のウィングが、ばさばさと音を立て、広がる…
そして、大きく一度羽ばたくと、その巨体が重力に逆らい空に浮かんだ。
被弾し、大きく傷ついた箇所から、空中に青い火花が飛び散る。
「あ…ッ!」
「…今日は、俺の油断のせいで…真・ゲッターに、傷を負わせちまった。…シャクだが、今日はてめぇらを殺すのはあきらめるほかなさそうだ」
天高くよりゲッタードラゴンを見下し、忌々しそうにそうNo.0は吐き捨てた。
「…」
「…ふん」退こうというNo.0に、ハヤトたちは無言のまま。
対して、No.39は…軽く、鼻で笑うだけ。
「…No.39。…俺は…貴様がやってくれたことを、絶対にわすれねぇ。…次に、てめぇと会った時は…絶対に、てめぇを殺してやる…!」
「私も、あなたがリョウにやってくれたこと、絶対忘れない。…次に、あなたと会った時は…絶対に、あなたを殺してやる…!」
「…!」
引き際の捨て台詞。お互いをねめつけ、No.0とNo.39はほとんど同じセリフを口にした…
憎悪。冷徹な決定。そして、殺意の予告。
最後に、No.39に悔しげな、憎々しげな一瞥をくれると…真・ゲッターからの通信が切断された。
手負いの真・ゲッターは、メカザウルス・ロウを伴い空に舞う。そして、瞬きする間もなく、あっという間に天空高く飛び去っていった…
「…」
その後姿を、無言で見つめ続けるNo.39…
驚くほど、感情というものの浮かんでいない表情で。
…そして、ポセイドン号のコックピット、今までのことの有様をただ呆然と見守っていた男は…
「…」
ベンケイは、そんなNo.39を、ただ見続けていた。
その目にあるのは、もはや自分でも否定できない不信と絶望、そして…恐れの感情。
エルレーン…いや、「No.39」という少女が持つ、とてつもなく恐ろしい、漆黒の面…
ベンケイは、No.39を、ただ見続けていた。
すでに自分のこころの中に、ある感情がはっきり生まれてしまったことを、明確に感じながら…


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