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◆ 「呵責」
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薄暗い。
ぼんやりした、灰色の世界だ。
「…」
その中に、自分が浮かんでいることがわかった。
周りを見回してみる。
…何もない。
…誰もいない。
自分しか、ない。自分しか、いない。
「…」
その場所の気味悪さに、少し怖じてしまう。
何か、何かこの周りを浸す灰色の闇以外に見えるモノはないか―
視線をさまよわせる。
「!」
―と、その刹那。
視界の端に、その求めるモノが映った。
見覚えがある、あああれは…
「ラグナぁー!」
急いで彼のもとに駆けて行く、灰色の闇の中に立ち尽くす彼に向かって。
青年は、「ハ虫人」の青年は…闇を裂くように、そこに立ち尽くしている。
その視線を、宙にさまよわせて。
「ラグナ!そんなところで何してるの?」
「…」
見知った者を見つけたうれしさから、呼びかけた声は弾んでいた。
―だが、返事は返ってこなかった。
「ラグナ?ラグナってば!…ねーえ、何してるのってば!」
「…」
再度、呼びかける。
だが、ラグナは言葉を返さない。
その視線は、何も無い中空を見据えている。
…まるで、今彼の前に立っている自分の存在になど気がついていないかのように。
「?…ラグ、ナ?」
石造りの彫刻のように、ぴくりとも動かないラグナ…
異様なその姿に、困惑する。
問いかけても、問いかけても、答えが返らないその彫刻…
が。
その彫刻の瞳が、ぎりっ、と、その焦点を変えた―
「…してやる…」
紅の瞳が、自分を射る。
そして、その唇が蠢き…言葉を、紡ぐ。
「え…?」
問い返そうとした、その時だった。
「殺してやるッ!」
「?!」
屈強な腕が、まっすぐに自分に向かって突き出されていた―
同時に喉元を締め上げる強烈な衝撃、ラグナが自分の首を掴みあげている!
突然の出来事に、混乱する。
だが、あがいてもあがいても、ラグナは決して自分を放そうとしない…
「ぐ…う、ッ、」
「殺す…殺してやる、ルーガ先生を殺したお前なんか、殺してやるッ!」
「?!」
ぎりぎりと自分を締め上げながら、紅の瞳で確かに自分をねめつけている―
殺意そのものが、こもった瞳で!
「…がはッ!」
「…!」
そして、叩きつける。
身体に突き抜ける、激痛。転げまわる。
紅の瞳が、その様を見下している。
何て冷たい、「ハ虫人」の瞳―
「こ…」
それでも。
それでも、彼の口にした言葉の意味が解らず、自分は問い返す。
苦しい息の合間から。
「ころし、た…?!」
「そうだッ!」
だが、青年は断言した。
何かの勘違いじゃないか、間違いじゃないか―そんな期待を、踏み潰すように。
「…そうだ!…俺の、俺たちの…大事な、先生を…お前が、殺したんだぁッ!!」
一分の隙もない、断言だった。
灰色の闇を、青年の絶叫が震わせる。
不思議なことに―その言葉は、どこかで聞いたことがあるような気がした。
そうだ、知っている…だが、何故?
何故、自分はこの言葉を知っている…?!
「な…何のことっ?!」
「とぼける気か?!…ルーガ先生を、殺したのは…お前だろうが!」
ラグナは、その紅の両眼から涙を流しながらも―自分を睨みつけている。
刹那、その紅の瞳がぶれる…
「…ルーガを殺した…私の、たった一人の、『トモダチ』を…!!」
そして、紅の瞳に重なる、透明な瞳!
「…?!」
「ハ虫人」の青年の姿から、影が歪み顕現する。
その顕現した新しい人影は、透明な瞳で…涙を流しながらも、自分を睨みつけている!
「…どうして…どうしてよ?!どうして私の『トモダチ』を殺したの?!」
「…」
その人影は、泣いている。
ぽろぽろ流れ出す涙を、ぬぐおうともしないで。
「…わ、私と違って…私なんかと違って、ルーガには…『未来』が、あったのに…!!」
「…」
友を失った、奪われた哀しみに打ち震えて。
恐怖と苦痛に、打ち震えて。
ありえない、信じ難い光景に、自分はただ息をのむばかり。
息をのみ、目の前の少女が泣く様を見ている。
「私が、私が…死ねばよかったのに…!!」
「…」
「…っ…ふう…っ…!…っく…」
その人影は、泣いている。
「No.39」が、泣いている―!
―しばしの、合間。
灰色の世界を、少女のすすり泣きの音だけが満たす。
「…えのせいだ…」
そして。
「No.39」の唇が、蠢く…
かつて自分がしたように、かつて自分が口にしたように、そう呪いの言葉を紡ぎ出す―!
「お前のせいだ、お前が殺した!」
「あ…ぅ、」
糾弾。涙を流しながら。
その真実が重過ぎて、貫く言葉が痛すぎて…抗弁はおろか、返答の言葉すらろくに出てきやしなかった。
目の前の少女と青年が、泣いている。
「泣いたくせに…お前は、泣いたくせに!」
「泣いたくせに…あなた、泣いたくせに!」
「…」
糾弾。涙を流しながら。
「ルーガ先生が死んだ時、泣いたくせに!」
「ルーガが殺された時、泣いたくせに!」
「う…!」
糾弾。ラグナと、「No.39」の涙。
「泣いたくせに、あんなに泣いたくせに…お前が結局、殺したんだ!」
「泣いたくせに、あんなに泣いたくせに…今度はあなたが、殺したんだ!」
「ち…ちが、う…ッ、」
糾弾。調和(ユニゾン)し、自分に雪崩れかかってくる怒り。
「返せ!返せ!ルーガ先生を返せよッ!」
「返して!返して!ルーガを返してよッ!」
「…」
そして、糾弾―
その時気づく、自分を取り囲んでいる灰色の闇から、同じく蠢くたくさんのたくさんの人影が現れてくることに…
たくさんの「ハ虫人」たち。たくさんのたくさんの「ハ虫人」たちの姿。
「俺たちの先生を!俺たちのルーガ先生を返せよッ!」
「私たちのルーガを!私たちのルーガを返してよッ!」
「返せ!」
「返すのだ!」
「返せよッ!」
「返してッ!」
その誰もが自分を睨みつけ、そして叫んでいる―
ラグナが叫ぶ、「No.39」が叫ぶ、帝王ゴールが叫ぶ、バット将軍が叫ぶ、リーアが叫ぶ、キャプテンが叫ぶ、恐竜兵士が叫ぶ、知らない「ハ虫人」の男が叫ぶ、知らない「ハ虫人」の女が叫ぶ、知らない「ハ虫人」の子どもが叫ぶ、おそらくはキャプテン・ルーガ、もしくはルーガ・スレイア・エル・バルハザードという人物を愛していた人たちが叫ぶ―
その愛する者を奪った自分に!

娘を!部下を!お姉様を!キャプテンを!友を!師匠を!同僚を!
返せ返せよ返して返してよ返すのだ返して返せ返せ返してよ返しなさい返しやがれ返せ返してよッ!

「…〜〜ッッ!」
怖じる。怖じてしまう。
その必死の叫びが怖くて、痛くて。
けれど、それより怖いのは、
けれど、それより痛いのは、
そんなにも必死に叫ぶその人たちに、自分は最早何も出来ないということ、
喪ったあの女(ひと)を取り戻すことはもう決して出来ないということ―
それでも彼らは叫ぶ、叫び続ける、それ以外に自分の中に渦巻く哀しみと怒りをどうにかする術を持たない故に。
返せ返せと自分を責める、追い詰めてくる人々の群れ―
最後に、それでも叫ぼうとした!


「わたし、は…ッ!」


「…!」
ばつん、とブレーカーが落ちるかのように、その夢は断ち切れた。
見開かれた瞳。その中に映るのは…見慣れた、個室の天井だけ。
すぐに、自分の身体が簡易ベッドに横たわっているのがわかる。
薄暗い部屋の中には、静かな寝息の音だけが響いている。
ベッドで眠っているリョウの立てる寝息だけ。
「ゆ、め…」
そこまで気づくに到って、ようやくエルレーンは深く息をつけた…
だが、先ほど見た悪夢のせいか、その全身はうっすらと汗ばんでしまっている。
「…」
無言のまま、今しがたまで己の脳内で拡がっていた夢を思い起こす。
自分を責める、自分を憎む、あの―
そう、その夢は…とうとう、彼女に悟らせるのだ。
(―そうか)
哀しみと、そして確かな罪悪感が…彼女の胸を、浸していった。
(私は、昔私がされて苦しんだことを…あの人に、した)
今は、自分を殺そうと狙ってくる、あの龍騎士に。
今は、恐竜帝国マシーンランドにいるはずの、あの龍騎士に。
「…」
わかった。識ってしまった。理解してしまった。
そう―
自分は、確かに…
あの龍騎士にとっては、裁かれるべき者なのだ。

悪夢は、自分の脳が生み出した悪夢は―確かに、自分にそのことを悟らせた。
それならば、あの悪夢は自分に対する裁きなのだろうか?
呵責が見せた、あの夢は…

「…」
エルレーンは、瞳を閉じた。
真っ暗な闇の中に、あの叫び声の残響を―聞いたような、気がした。


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