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◆ 勝ち取るべきは「未来」、蒼天の下(もと)在るだろう「未来」
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真紅の巨人は今、薄暗い格納庫の中…全身にパイプをまとわりつかせながら、静かに眠っている。
ここは、地下に数箇所ある、恐竜帝国によって建設された基地の一つ…
とはいえ、今その場所は、ほとんど無人。
何故ならば、「ハ虫人」の身体には致命的ダメージを与える、ゲッター線のカタマリのようなものがそこに運び込まれているのだから…
そのため、基地内に在るのは自動の修理装置、それを操作するミケーネ帝国の手の者が数名、そして…「人間」、No.0くらいなものだった。
No.39、ゲッタードラゴンとの戦いで中破した真・ゲッター。
その修理が着々と進められていく様を、少女は…格納庫の空中に張り巡らされた細い通路から、じっと見上げていた。
その視線には、紛れもない憂いと悔恨の色が浮かんでいる…
「…」
「…やはり、真・ゲッターのことが気になるようだな、小娘?」
突如、ずしん、ずしんと言う低音…そして、それに続く地鳴りのような音波が、自分の後ろからびりびりと響き渡ってきた。
それが怪音ではなく、声だと気づくに至り…少女は、ようやく後ろを振り向いた。
「てめぇは…」
「…お主をよみがえらせてやったわしに対し、ずいぶんな口の聞き方だな…No.0、だったか…小娘?」
「…」自分の目の前にあったのは、威厳ある老人の顔であった。
それも、巨大な顔…そして、その顔は、さらに巨大な、鎧兜を着込んだ戦士の腹についている。
巨大な身体をゆすりながら、真・ゲッターの元にやってきた男…
彼こそは、ミケーネ帝国の戦士、剣鉄也の宿命の好敵手たる、暗黒大将軍その人であった。
巨大なその影を認めたNo.0は、そのあまりの大きさにちょっと眉をひそめた…
ちょうどNo.0が立っている通路ぐらいの高さに彼のあごが来ており、No.0は少し背をそらし、彼をちょっと見上げるような姿勢をとる。
「…」
「…安心するがよい。我がミケーネの科学力を持ってすれば、あの程度の破損など…」
そう、今ここで、真・ゲッターの修理を行っているのは、暗黒大将軍の部下たちであった。
「…あのトカゲ野郎どもは?何故手伝わないんだ?」
「それは…お主のほうがよくわかっておるであろう」
「…ゲッター線、か…」
「うむ…」「ハ虫人」を非難するNo.0のセリフに、暗黒大将軍は先んじて言う。
すると、No.0もすぐに悟ったらしく…そう短くつぶやくだけつぶやいて、口をつぐんだ。
しばし、二人は何も言わないままに、真・ゲッターを見上げている。
溶接機械の立てるじじっ、という火花のはぜる音、コンピューターが立てる電子音が、格納庫の中に満ちている。
…と、それにも飽いたのか、No.0は…鉄柵に背を持たせかけ、そこから軽く身をひねって、暗黒大将軍に声をかけた。
「…おい、おっさん」
「?!…お…『おっさん』だと?!このわしに向かって、無礼な…」
…が、驚いたのは、いきなり「おっさん」よばわりされた暗黒大将軍だ。
ミケーネのトップクラス、悠久の年月を生き抜いてきた勇猛かつ誇り高い武人が…「おっさん」呼ばわりである。
…しかも、自身の手のひらよりも小さいこんな小娘に!
いきなりそばででかい声を出されたため、そこから勢いよく吐き出された声と剣幕、風圧に、No.0はちょっと身をすくめる。
大きな瞳を驚きでさらに大きく見開き、ぱちくりさせている。
「…悪ぃ。…あんたの『名前』、知らなかったから…」
…そして、頬をぽりぽりかきながら…なんら悪びれることもなく、そう言って詫びた。
その素直さに、むしろ暗黒大将軍は毒気を抜かれてしまう。
「!…わしは…ミケーネ帝国軍…暗黒大将軍だ」
「そうか…なあ、暗黒大将軍。…あいつは、後どれくらいで直るんだ?」
「後数日もすれば、完全に直してやるわい」
「…そうかよ…」
それを聞いたNo.0の顔に、ほっとしたような表情が浮かんだ。
自分の搭乗中に破損させてしまった愛機のことがやはり心配だったのだろう…
その表情は、年相応より少し幼いように思えた。
…あの復活の時に見せた、邪悪な笑い顔とは打って変わって…
「小娘よ。お主…本気で、ゲッターチームを殺すつもりなのか」
「…ああ、当然だ」
「だが…あ奴らは、同じように考えてはいないようだったが?」
「…」
「お主…奴らの誘いに乗る気はまったくないのか?」
「!…へへ、何だよ…俺が恐竜帝国を裏切るんじゃないかって、疑ってやがるんだ?」
「…」軽く眉を上げて、驚いたふうを見せるNo.0。
そして、「お前の魂胆は見え透いている」とでも言うような皮肉な調子で、暗黒大将軍に言い返した。
対して、暗黒大将軍は無言のまま。無言のまま、小娘を見据える。
…その目の色が真剣だったので、彼女もその質問が冗談や嫌味ではなく、本気であったことを悟り…真面目な顔つきに変わる。
「…安心しろ。俺は…絶対に、ゲッターチームを、殺してみせる。ゲッターロボを、破壊してみせる。…その時までは、絶対に…裏切らない」
「それは…あの『約束』があるからか?」
「…ああ。…俺は、『自由』になるんだ…そのために、絶対に、あいつらを殺すんだ…!」
「…」力強くうなずく少女。そのガラスのような瞳に、紅蓮の炎がともる。
それは、強い意志の炎。邪魔者は全て焼き尽くす、灼熱の炎。
「俺は、『自由』を手に入れてみせる…ロウと、一緒に」
「ロウ…あのメカザウルスのことだな」
「ああ。…あいつは、俺の、たった一つの…信用できるモノだから。ロウを連れて、俺は行くんだ…あの、『自由』の世界へ…!」
ぎゅっ、とそのこぶしを強く握り締めるNo.0。
その熱情が求めるものは、「自由」…それが、彼女の望んだ最大の報酬。
「…だが、小娘よ…何故、そこまでする必要がある?」
「…あぁ?」淡々と、冷静な口調で、暗黒大将軍は問うた。
その本質的な問いに対し、ややぞんざいに聞き返すNo.0。
が、彼女の不遜な態度にも慣れてしまったのか、暗黒大将軍は軽く笑んだだけで、もう言い咎めはしなかった。
そして、やはり淡々と問い続ける。
「お主は…請われておったではないか、ゲッターチームに」
「!」
「奴らを殺さずとも、メカザウルス・ロウと真・ゲッターとを手土産にして、奴らに投降すれば良いではないか。流竜馬がそれを望んでおったことは明らかではないか?」
「…おっさん…あんた、何言ってんだ?」
「…」不可思議なことを言い出す暗黒大将軍に戸惑いの眼を向けるNo.0。
彼の物言いは、まるで自分に恐竜帝国を裏切ってほしいように聞こえる。
だから、率直にそれを口にした。
「…あんた、俺に裏切ってほしいのか?…トカゲ野郎どもの『トモダチ』の割にゃ、ろくでもねぇこと言いやがるな」
「ふん…ただ、わしは」
お前が、哀れだと思っただけだ。
あえて声に出しては言わなかったが、それは暗黒大将軍の本音だった。
暇つぶしに恐竜帝国内の蓄積データを探っていた時…偶然、目に飛び込んできたモノがある。
この小娘と、その後に造られたモデュレイテッド・バージョン(流竜馬の身の内に潜む、あの「No.39」とかいうほうの小娘だ)の過去。
それは忌まれた過去に違いない。小娘たちの数値的データ、それ以外に付されていたコメントは、たった数行ずつ…
No.0というナンバーで呼ばれる、この小娘のデータに書かれていたコメントは、これだけだった。
「No.0…流竜馬のクローン・プロトタイプ。身体的能力・精神強化済み。作製後一定期間後に、暴走(原因不明)。
専用機メカザウルス・ロウに搭乗、マシーンランドを中破させる。ロウとともに破棄」
圧倒的に「何故」が欠けたコメント。
だからこそ逆に、「ハ虫人」たちがどれほどこの小娘たちに係わり合いをもとうとしなかったかが見て取れる。
一旦「ハ虫人」たちの手で殺しておきながら、また造る。「兵器」として、ゲッターチームにぶつけるために。
そこには、この小娘自身の望み、意思が反映される隙など一切ない…
ガレリイの残酷な言葉どおり、この小娘は「ハ虫人」たちが好き放題に使い捨てることの出来る「道具」なのだ…
ゲッターチームを倒し、ゲッターロボを破壊したあかつきに、と、No.0が望んだ報酬。
それは、「自由」…そんな立場だからこそ、この小娘はそれを望んだのだろう。
それは、痛々しくも真剣で、ささやかな望みだった…
「…何だ?」
自分をじっと、その巨大なまなこで見下ろしたまま押し黙ってしまった暗黒大将軍に、いぶかしげな目を向けるNo.0。
そんな彼女に軽く首を振る。
「…いや、何でもない。それより、お主…本当に、そうする気はないのか?…お主は、まだ本気で…ゲッターチームを殺すつもりなのか?」
「…ああ」
「…」
…と、その時…No.0の表情が、にわかに変化した。
「お、俺は…や、奴らが、信用できない。…だって、俺は、あいつらの…『敵』なんだから」
「!」かすかに震える声とともに吐き出されたのは、驚くほど弱気で、疑い深く…そして、臆病なセリフだった。
その意外な言葉に、思わず暗黒大将軍は彼女を見返した。
…そこに立っているのは、小さな小さな少女。
ぎゅうっ、と自分自身を抱きしめ、組んだ腕に爪を立てている…恐怖に震える、脆弱な小娘の表情。
「あ、あんなに、俺を気にかけるふりなんかしたのも、きっと俺をだますためなんだ。
…うっかり、信じて、あいつらにこころを許したりなんかしたら…お、俺は、きっと、すぐにその場で殺される!」
「…お主」先ほどまであんなにみなぎらせていた不遜な気配は、途端に霧散していた。
その代わりに見て取れるものは、強いていうなら…哀れを催すほどの、はかなさと弱さ。
(…この、小娘が…「兵器」だというのか?)
今、自分の目の前にいる、この小さく、ゲッターチームに怯えている少女が…?!
「じ、自分の『敵』を救おうなんて奴が、何処にいるんだよ!
あ、あいつのセリフは、だからみんな嘘なんだ!嘘に決まってるんだ!
…俺を安心させて、真・ゲッターやロウから離れた途端に、あいつらは、きっと、俺を…!」
「…」
暗黒大将軍は、内心複雑な思いで…そのNo.0の疑心に満ちた言葉を聞いていた。
…この小娘は、信じる、信用するということが出来ないのだ。
それは、かつて生きていた時分に…つまり、恐竜帝国によって造られ、処分されるまでの間…この小娘が、よき扱いを受けていなかったことに由来するのだろう。
だから、差し伸べられた救いの手を振り払う。
傷つけられることに怯えている。殺されることに怯えている。
「生存本能」の強さゆえに、その疑いは激しく。
だから、いくら流竜馬が慈愛のこころを見せたとしても…この小娘は、決して揺らがない。
流竜馬は己の「敵」、ゲッターチームなのだから…
「そ、それによ…たとえ流竜馬が、本当にそう…思ってくれていたとしても」
…と、No.0の目つきが、かすかに鋭くなる。
彼女の脳裏に浮かんだのは、ゲッターチームの中で最も恐ろしい「敵」…
「…あの女は、そうは思ってやがらねぇ。…あの、No.39は!」
「!…あの時、現れた…もう一人の流竜馬のことか…!」
「ああ…!あの女、No.39は…流竜馬の中に巣くってやがる、あのモデュレイテッド・バージョンは」
そのナンバーを、吐き捨てるように口にする。
だが、乱暴な口調とは裏腹に、その表情にはまざまざと恐怖の色が浮かんでいる。
…No.39との死闘、そこで見せつけられた自分と同じモノの強さ、冷酷さに威圧されたのか…
「…確実に、俺を…殺そうとしてやがる。…あいつを、殺さなきゃ!あいつを流竜馬ごと、殺さなきゃ!…そうしないと、俺が、殺られる!」
「…」
「だ、だからよ…俺は、絶対に殺すぜ、あいつらを。…そうさ、あいつらさえ殺しちまえば、俺は『自由』になれるんだから…!」
高ぶる感情にどもりながらも、No.0は何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
彼らに殺される前に、彼らを殺すのだ、と。
「自由」になるため、彼らを屠るのだ、と…
「小娘…」
「そ、そうでないと…お、俺、何のために、生まれてきたのか、わからねぇじゃねえか!」
「!」
「あんなトカゲ野郎どもの『兵器』で終わってたまるか!俺は、絶対に見つけるんだ…なってやるんだ!『兵器』じゃない、それ以外の、『何か』に…!」
「…小娘よ。お主は、すでに…そうではないか」
「…?!」思わぬセリフに、No.0は暗黒大将軍を見上げる…
いつの間にか自分から視線をはずし、真・ゲッターを見つめていた暗黒大将軍。
彼は、少女を見ぬまま…続けて、言った。
「お主は、すでに…『兵器』以外の『何か』ではないか。…少なくとも、『人間』であろうが?」
「…おっさん」
「…『おっさん』はやめんか」静かに編まれた彼のその言葉に、不覚にもNo.0は少々涙ぐんでしまう。
…彼女がつぶやいたかすかな涙声に、老兵はあえて糞真面目な顔をしたまま…それだけ、言った。
「へへ…あんた、…見かけより…いい、奴だな」
「…勘違いするな、わしは事実を述べただけに過ぎん。お主がどうなろうと、わしの知ったことではないわ。
…そう、恐竜帝国を裏切って、『人間』どもの側につこうと…な」
「…おっさん…わかるけど、そいつは無理だよ。
…俺は、ゲッターチームなんて信用できない。
それに…流竜馬の中に、あのNo.39がいる限り、俺は必ず奴に殺されるだろう」
「戦いのほかに、道はないのか…?」
「…ああ」
結局、No.0はそう結論付けた。
その答えを最後に、二人の会話が断ち切れた。
そして、また、無言。空白の時間。
「…あんたは…」
と、暗黒大将軍を見上げたNo.0。その表情が、ふっと柔和なものになる。
「ん?」
「あんたは、俺と普通に話をしてくれるんだな…俺が、怖くないのか?」
「お主が?…がっはっはっはっ!」
小娘のその言葉に、一旦ぽかんとしたものの…すぐに、破顔一笑する暗黒大将軍。
さもおかしそうに、大音声で笑って見せる…
そのでかい口から吐き出された笑い声と息に吹き飛ばされ、No.0は驚いてしりもちをついてしまう。
「?!…な、何がおかしい?!」
ぺたんと座り込んでしまったまま、げらげら笑う暗黒大将軍の顔を見上げ、非難するように言い返すNo.0。
そんな彼女に軽く片目をつぶって見せ、暗黒大将軍はにやっと笑った。
「…お主のような、ちまっこいのが『怖い』?!…この、暗黒大将軍様が、そんな情けない戦士と思うてか!」
「…へっ、違ぇねぇや。…だけど、さ…こんなに、誰かと、話すこと…今まで、なかったから」
ぱんぱん、とほこりを払いながら、No.0は立ち上がる…こんなセリフをつぶやきながら。
「!」
「恐竜帝国の、トカゲ野郎どもはよ…ど、どいつもこいつも、俺を避けて、無視してやがったからな…」
「…」
「俺を、勝手に造り出したくせに!…そのくせ、誰も、…ッ!」
「そう、か…」
そして、また会話は途切れる。
どちらともなく、また真・ゲッターを見上げる…
稼動状態にない真・ゲッターは、ただぐったりと動かず、二人を見下ろしている。
「…なあ、おっさん。…おっさんは、…『そら』って、知ってるか?」
次に、口を開いたのは…No.0だった。
彼女は、唐突な問いかけで口火を切った…
「?…当たり前じゃ。それがどうした?」
「俺、…この間、初めて見たんだ…空」
そう言いながら、No.0はふっと微笑んだ。その空の美しさを思い起こしているのか、その表情がうっとりと陶酔したモノに変わる。
「…すっごく蒼くって、澄んでた。広くって、とても…キレイ、だった」
「…」
ぽつり、ぽつりと、No.0はつぶやく。初めて目にした、空の美しさを。
「前の、時は…俺は、結局、あのマシーンランド以外に、世界を知らなかった。
…死ぬ、その、直前にだけ…マグマの中に沈んでるマシーンランドを、外から見たのが、最後だった」
「…」
「だけど、その時、思ったんだ…世界は、本当の世界は、もっと広いんだ、って」
そう、昼には太陽の輝き、夜には月のきらめく場所。
蒼空の下、どこまでもどこまでも広がっていた、あの場所こそ―「本当の世界」なのだ。
「俺、だから…それを見たくなったんだ。空はどこまで続いてるのか、世界はどこまで続いてるのか…」
「…」
「…だから、俺は…絶対に、『自由』になるんだ。…『自由』になって、マシーンランドなんかおん出て、あの広い世界へ飛び出すんだ…そうすれば」
「…そうすれば?」
「…俺は、見つけられるかもしれない」
「何をだ…?」
「…俺の、生きていける、場所…!」
「…!」
「あの、くそったれの『ハ虫人』どもは…結局、俺を、クズ扱いした。誰も、俺を…誰も、俺を、助けてくれなかった」
軽い、舌打ち。それとともに、No.0はその整った顔を憎しみの感情で歪ませる。
「…」
「…だから、殺してやったんだ!あいつら『ハ虫人』は、俺の『仲間』なんかじゃない…あいつらは、俺の『敵』だから!」
まるで吐き捨てるかのように、No.0は自分の創造主たちを罵る。
その顔には、彼らに対する侮蔑と憎悪と怒りがないまぜになった、激しい表情が浮かんでいる。
彼女が持つ、生存本能が転化した純粋な攻撃性の証。
「…」そこから、暗黒大将軍は感じとらざるを得なかった…
恐竜帝国マシーンランドが、何故この小娘の手によって破壊されたのかを。
…と、また、No.0の表情が一転する。
まがまがしい怒れる「兵器」の顔から…今度は、夢を語る、無垢な幼き子どものモノに…
「だけど…だけど、この、広い世界なら。…この、広い世界の何処かには…もしかしたら、いるかもしれない。
…俺を、認めてくれる、好きでいてくれる奴らが。あるかもしれない、…俺が、生きていける場所…!」
「…」
「そうしたら、俺…そいつらを、いのちかけて守るんだ。大切な、俺の…『仲間』を、いのちかけて、守ってやるんだ…」
「…お主…」
そう彼女が穏やかに言った時、浮かべた表情…
それは、確かに「聖母」の微笑みだった。
ガレリイ長官が言っていた、彼女の特性…己の「仲間」を、己の身を呈してでも守ろうとする気高きこころ。
「女」、「母親」の尊き性。
だが…これすらも、あの男によって植え付けられたモノなのか…?!
「…前は、探せなかった。その前に、俺は殺された…処分されたんだ。…だけど、今度は違う!
…ゲッターチームさえ殺せば、ゲッターロボさえ破壊すれば!俺は…あの、蒼い空の下で生きられるんだ…!」
少女は、まるで熱に浮かされたかのように頬を上気させ、微笑みながらその希望を語る…
それは暗黒大将軍に語っているというよりは、むしろ独り言だった。
瞳に希望と期待、それを得るためならばどんな困難でも貫こうという意志の強さをきらめかせながら。
その瞳の輝きが、あまりに美しく素直なものであったから…暗黒大将軍は、なおさらにその少女が哀れに見えた。
見果てぬ「自由」。
生まれながらにして様々なモノを背負わされながら、その「自由」に恋焦がれ、この小娘は自分のオリジナル、自分の「兄弟」を殺す…
その血まみれの手で、一体どんな「未来」をつかむというのだろうか?
…憧れやまぬ蒼空の下、兄弟殺しとなった、この幼くも破滅的、強いがもろいこの少女は…
「…おっさん。だから、俺、あんたにも…多少は感謝、してるんだぜ。
あのろくでもねぇくそじじいの命令で、手前勝手に俺をよみがえらせたとはいえ、よ」
思いにふけっていた暗黒大将軍。
そんな彼を見返し、No.0は…少しばかりはにかみながら、軽い笑みを見せた。
その笑顔は、暗黒大将軍からみても、とても愛らしいものに思えた…
もし「ハ虫人」どもの間ではなく、「人間」の間に生まれていたとしたら。
おそらくは、誰からも愛されるだろう、子どものような微笑。
…だが、それは彼女にはなかった状況だった。
「…本当に、そうだな…」
「…はは、いいってことさ。…真・ゲッターのこと、頼むぜ」
「ああ…我らに、任せておけ」
「それじゃあ、俺は…ロウのところへ行ってくる」
「ああ、それではな」
「…じゃあな、おっさん!」
…と、一旦去りかけたNo.0。
…だが、何を思いついたのか…
ふっ、とその顔に、ちょっぴりいたずらっぽい表情が浮かぶ。
ちょこまかとこちらのほうに戻ってきた小娘を見て、何かまだ用でもあるのかと、暗黒大将軍がその面を再び彼女に向けたとき…
No.0は目を閉じ、ぐっと柵から身体を大きく乗り出して、顔を暗黒大将軍の顔に近づける。
そして、その唇が、そっと…自身の身体より遥かに大きな彼の頬に押し当てられた。
柔らかな羽が触れるような、くすぐったい感触。
「?!…な、な、な、何をする?!」
小娘の唐突な行動に動揺するあまり、思わず一歩飛びすさってしまう暗黒大将軍。
そのNo.0の何気ない行為が、硬骨漢たる彼にとってはそうとうショッキングだったのか…
老兵の青き顔には困惑と羞恥の朱色がさし、はたから見てもその慌て様はちょっと異様なほどである
(剣鉄也が見たら、どう思うであろうか…嘲り笑うだろうか、いや…彼も案外、同感するかもしれない)。
「?…いや、だったか?!…悪ぃ。ちょ、ちょっと、礼のつもりだったんだがよ…
昔読んだ本で、女がこういう風に礼をすると、男は喜ぶっていうのを見たもんだからよ」
そんな暗黒大将軍の狼狽振り、鼓膜をびりびり震わせる強烈に馬鹿でっかい叫び声に、No.0は一瞬ぎょっとして…すぐに、その表情がすまなそうなものに変化する。
別に嫌がらせをするつもりだったのではなく、単にちょっとした礼がしたかっただけなのだ、と…小さな声でぶつぶつと、言い訳めいたことを言っている。
「…」
「…そ、そんなに、怖い顔、するなよ。…悪かったよ。…じゃあな!」
…ちょっと自分でも恥ずかしくなってしまったのか、かすかに朱い頬をしたNo.0。
照れ隠しなのか、多少乱暴な口調でそう言い残し…ぱっときびすを返し、あっという間に通路を駆け抜けていった。
…そして、後に残るのは、半ば呆然と立ち尽くし、ぽかんとその少女の背中を見送っていた暗黒大将軍のみ。
そこに偶然やってきた暗黒大将軍の盟友、ゴーゴン大公。
赤い顔したままぼけっと立ちつくしている暗黒大将軍を見つける。
「…ん?どうしたんですか、暗黒大将軍?顔が赤いですぞ?」
「…な、何でもないのだ、ゴーゴン大公」
「?」何でもなかったふりを装い、内心の動揺と心拍数の増加を何とか押さえつける暗黒大将軍。
…と、ふっとその表情が真面目なものになる。
ゲッターチームを倒し、ゲッターロボを破壊することに成功したとして…果たしてあの小娘は、何物かを得ることが出来るのだろうか?
彼の心中を、そんな思いが貫いていった。
今、己のたった一つの信用できるモノ、メカザウルス・ロウの元に向かった、あの少女。
あの小娘は、己の望む「未来」を手に入れられるのだろうか、と。
遥か広がる蒼き空の下、己を愛してくれる「仲間」たちのいる「未来」を…


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