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◆ Happy Happy Days(…あるいは、リョウの災難)
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それは、ある時。エルレーンの時間。
「…うわあー!すっごぉい!」手鏡で自分の頭を覗き込んだエルレーンが感嘆の声をあげる。
その中に映る、彼女の少し長めのショートヘアは…見事なまでに、天を突くがごとく逆立っていた。
それはまさに、波嵐万丈のモノのように。
頭をぶんぶん振っても、まったくそのカタチは崩れない。
「でしょう?万丈御用達のヘアスプレーなのよ〜?」それぞれブラシとヘアスプレーボトルを手にしたビューティとレイカが、そんな彼女の反応を至極満足げに見ている。
レイカの手の中で、その「万丈御用達」という逸品のヘアスプレーがからからと音を立てる。
そう、彼の見事な…個性的な髪型は、そのスプレーでキープされているのだ。
「ほほう、万丈様のように立派に逆立てなさいましたな」
「おいおい、僕の真似っこかい?まさか、ダイターンに乗ろうなんて言うんじゃないだろうね?」
「えへへー、ひょっとしたら…乗れるかも?」
ビューティとレイカの手によって誕生した「ミニ万丈」に苦笑しながら、そんなことを言い出す万丈。
…が、エルレーンはまんざらでもないようだ。
微笑みながら、そう言い返す。
「ははは、今度試してみるかい?」
「うん!…『にちりんのちからをかりて、今ひっさつのっ!』」万丈の申し出に、にこっと笑う…
と、その両眉をきっとつりあげ、まじめな顔をつくるエルレーン。
腰に手を当て、きりっと上方をにらみつけ…あの決めゼリフを、万丈の真似をして口にする!
『サン・アターックッ!!』
…最後の決めは、万丈と二人でハモった。
びしっと決めるエルレーンと万丈!
「あはははははは…!」
…一瞬の空白、その後に…
彼女を取り囲む人々の輪に、明るい笑いが広がるのだった。

…そして、その数時間後。
リョウの部屋の前を通った者は、驚愕に満ちたこんな彼の悲鳴を聞いたにちがいない。
「…う、うおぉおぉぉおぉおぉぉおぉおおッッ?!」

それは、ある時。エルレーンの時間。
「エールレーンッ!」
「!…ジロン君!なあに?」自分の背中にかけられた声に振り向くエルレーン。
…と、そこにはジロンやラグ、チルがにやにや笑いながら立っていた。
「へへ…君に、いいモノやるよ!」そう言いながら、エルレーンに歩み寄るジロン。
…何やら、後ろ手に隠し持っている。
「いいモノ…?!」
「へっへっへ〜、これっ!」期待に満ちた瞳でジロンを見つめるエルレーン。
彼女の広げた両手に、ジロンがぽんっ、と渡したのは…
大きさが子どもの頭ほどもある、大きな…薄茶色い卵だった。
「…これ、なあに…?」ざらざらしたその表面をなでなでしながら、不思議そうな顔をするエルレーン。
「これはね〜…」
「『ねこの卵』なんだわさ」
「!…ね、ねこの?!」「ねこ」と言う言葉を聞くや否や、エルレーンの顔にぱあっと喜びの色が走る。
その(予測どおりの)反応にほくそえむ三人。
「そーうそう!…それを、大事に大事にあっためてたら、そのうち孵るよ〜?」
「ほ、本当?!…ねこちゃんが、生まれるの?!」
「ま、だいぶあっためないと、ダメかもね〜?やっぱりさあ、『おかあさん』があっためるんじゃないからさあ」
エルレーンの真摯な問いに、やはり笑いながら…ぬけぬけと彼らはそう答えてやった。
ラグなどは、その卵を無事孵すための「アドバイス」すら付け加えている。
「うん!私、大事にあっためるね!ありがとー!」
…果たして、何も疑うことなくエルレーンはそれを頭から信じ込んだ…
その卵をぎゅっ、と心底大事そうに…だが、割れないように、そっと…抱きしめ、にこっと微笑って礼を言った。
かわいいねこちゃんがこれから生まれるかと思うと、もはやそのうれしさを抑えきれないのか…うっとりと、それにほおずりすらしている。
「へへへ…!」
この、思いっきりだまされやすいエモノと、その予想どおりの成果に満足しながら、そんな彼女を笑いながら見ているジロンたち…
今彼女が手にしている「ダチョウの卵」が、これからどんな結果(オチ)をもたらすのかを様々に想像しながら。

…そして、その数時間後。
リョウの部屋の前を通った者は、愕然としたこんな彼の悲鳴を聞いたにちがいない。
「ぎゃああぁあぁあああああぁぁ…?!」

それは、ある時。エルレーンの時間。
さやかやちずる、沙羅やジュンに囲まれた彼女…
が、彼女は何故か、いつものあの派手なバトルスーツ姿ではない。
さやかたちがよってたかって彼女に様々な服を着せて遊んでいるのだ。
…もはや、「等身大着せ替え人形」と化したエルレーン。
だが、彼女はその状況が理解できているのかいないのか…
ぽーっとした表情で、言われるがままに与えられる服を着たり、脱いだりしている。
…と、また一つ「作品」が完成したようだ。
「…はいっ!で〜きあ〜がりぃ〜!」にっ、と笑った沙羅が、エルレーンにもその出来を確かめるようにと手鏡を渡してやる。
「…?」
その手鏡を覗き込み、そこに映る自分の姿を見て…エルレーンは、不思議そうに首をかしげた。
…そこには、襟が細かいレース模様で飾られた白いブラウス、ふわりと軽やかな生地で出来たスカートとペチコート、とどめに頭には大きなリボンをつけた自分がいた。
…リボンとレース、清楚と少女趣味の権化のような格好…
…おそらく、リョウ自身が見たら瞬時に卒倒するであろう、どうにもおとめちっくな格好。
まるでお嬢様のコスプレのような…
だが、春のひなたのようにぽうっとした、今の状態の「リョウ」…「エルレーン」がそれをまとっている様。
生来の整った顔立ちも去ることながら、そのふわふわした性格、のんびりふんわかした彼女のこころもちそのものが出ているような表情のおかげで、その姿には何の違和感もない。
本当に、かわいらしい「人形」のようだ。
「きゃ〜ん、かわゆ〜いっ☆…たまんな〜い!」自分たちの「作品」のできのよさに、思わずそんな声をあげてしまうちずる。
「そーお?…でもぉ、何だか、これ…ひらひらしてて、気になるのぉ」
だが、周りの賞賛とは裏腹に、彼女はまったく別の理由でその格好が気に喰わないようだ。
…スカートの下のペチコート。
このペチコートが彼女の脚にまとわりつき、その感触がどうにも気持ちが悪いようだ。
それをさっさと脱いでしまおうとするエルレーン。
「やん、まだ脱いじゃダメ!写真撮るから、待ってて?」
「!…『シャシン』?『シャシン』撮ってくれるの?」…と、写真をとってくれると聞き、ぱっと目を輝かせるエルレーン。
それを逃さず、すぐさまカメラを取り出すさやか…
「ええ!…はぁい、笑ってエルレーンさん!」
「…☆」にこおっ、とカメラを構えるさやかに向かって、最高の笑みをサービスするエルレーン。
…途端、ぱしゃっ、という歯切れのいい音とともにシャッターが降り、とてつもなくおとめちっくな彼女の姿がフィルムに焼き付けられた。
「は〜い、もういいわよ〜!」
「…」
そうさやかが許可した途端、エルレーンはそのまとわりつく不快なモノやスカートを脱ぎ、普段彼女が着ているバトルスーツ姿に戻ってしまう。
…が、たった一つだけ、彼女が取り去らなかったモノがあった。
「…あら?そのリボンは取らないの?」ちずるが指差した、エルレーンの頭…
そこには、カチューシャのように彼女の髪を彩っている、レースで出来た繊細なリボン。
どうやら、彼女はいたくそのリボンが気に入ったようだ。
「え…?…うふふ、これ…キレイなの。…これだけ、つけてちゃ…ダメ?」
「ううん、いいわよいいわよ!あげるわ、私いっぱい持ってるし!」
くすくすと微笑みながら、さやかはそう言った。
ちょっとした撮影費とでも言ったところだろうか。
「…!…ありがとー、さやかさん!」
さやかのその答えを聞いたエルレーンは…うれしそうに微笑い、礼を述べるのだった。

…そして、その数時間後。
リョウの部屋の前を通った者は、混乱極まったこんな彼の悲鳴を聞いたにちがいない。
「だ…だあぁああぁあぁぁぁああああぁぁあッッ?!」

それは、ある時。エルレーンの時間。
フリーデンのプールバー。
そこには、フリーデン隊の面々がポーカーに興じていた…
その輪の中に、エルレーンもいる。
「はい、フルハウス〜!…エルレーンちゃんは?」自慢気に、自分のカードをすうっとテーブルの上に広げるロアビィ。
「うー…!」…が、エルレーンは、彼とはまったく対照的に、不服そうにテーブルの上にカードを投げ出した。
そのカードは、種類(スーツ)も数字もばらばら…一つのペアも出来ていなければ、一つの並びも出来ていない。
「あーらら、ブタかよ!また君の負けかぁ!」
「今度は、1個も揃わなかったのぉ…」
「お前は顔に出すぎるんだよ。ポーカーフェイスのかけらもねぇじゃねえか」パーラの指摘に、困ったようなふくれっつら顔を向けるエルレーン。
…確かに、読心術など出来なくとも、彼女がどんなカードをひいたか…それは、表情を見れば明らかだった。
相手との駆け引きこそ勝負の肝であるポーカーをするには、十年早いといったところだろうか。
「しっかしロアビィ、そんな相手にも、あんたまったく容赦なしだな。全然手加減してやらないんだなぁ」
「…ふふん、カワイコちゃんの困り顔ってのも、なかなかオツなもんでね。…さ、チップを…」
ウィッツにそう軽く言いかえしながら、ロアビィはエルレーンにゲーム分のチップを要求する。
「もうないのー…」哀しそうに、チップの入っているべき皿を下に向けてふってみせるエルレーン。
…が、そこからは何も落ちてこない。
彼女のチップは、すべてロアビィに巻き上げられてしまったのだ。
「!…それじゃ、『罰ゲーム』だな」
それを聞き、にやっ、とロアビィは笑った…
とびきりの、いたずらっぽい笑み。
「え?!な、何…?!」
「目を閉じて、エルレーンちゃん?」
「…う、うん…」戸惑いながらも、命令に従って素直に目をとじるエルレーン…
…と、ロアビィは、ガロードの隣で観戦していたティファに呼びかける。
「…ティファ、ちょっとそれ貸して?」
そう言いながら、彼が指差したのは…ティファが手にしたスケッチブックにはさんである、太目の黒いペン。
「え…?」
「いいからいいから…」ティファから半ばもぎ取るようにして、その太いペンを受け取るロアビィ。
…すると彼は、目を閉じてどきどきしているエルレーンに近づき、ペンのキャップを取って…
「…」
…はじめは、左頬に。次は、右頬に。
何かがぎゅうっと押し当てられ、それがすうっと動いていく感触が…3回が2回、合計6回。
「ぷ…」
「ぷはははははははは〜!」
「あはははは〜!ありえね〜!」
…数秒後、ガロードたちの爆笑。
驚いたエルレーンが、ぱっと目を見開く…
そこには、皆の満面の笑顔。
誰もが自分の顔を見て、げらげらとおかしそうに笑い転げている…
「…?!」
「あっはっはっは…!…はい、君の大好きな、ねこちゃんとお揃い〜☆」
「!…むー…!」
自分を見て笑う皆の反応に、ぷうっとふくれるエルレーン。
その子どもじみたしぐさは怒っていてもやはりかわいらしく、さらに笑いを誘う。
「うふふ…!」その表情を見ていたティファ…
やがて、彼女も…くすくす、とおかしそうに微笑った。

…そして、その数時間後。
リョウの部屋の前を通った者は、絶叫じみたこんな彼の悲鳴を聞いたにちがいない。
「…の、のうあぁああああああぁああああああぁッッ?!」

さらに、その十数分後…食堂でだべっていたハヤトとベンケイのところに、目覚めたリョウがやってきた。
「…?!」
「げッ?!」…が、振り向いた彼らの顔が瞬時に凍りつく。
と、思ったら、次の瞬間、それが奇妙にゆがむ…
が、笑い出す寸前、リョウがやたらと怖い顔をしていることに気づき…慌ててこらえた。
「…ハヤト、ベンケイ…」
ゆらり、と何やら重い空気をふりまきながら、二人に近づくリョウ…
彼は二人の向かい側の椅子に陣取り、改めてハヤトたちの顔をじっと見ながら、こう言った。
「…てめぇらに、折り入ってお話があります…」
ぞんざいさと丁寧さが絶妙に交じり合った彼のセリフ。
…その声にいやに凄みがあったので、二人は喉元まで出てきた笑い声を無理やりかみ殺し、瞬時にまじめな顔を取り繕った。
「…あのな、俺は最初に…エルレーンのことを知ったときに、お前らに言ったよな?…俺はエルレーンには会えない、だからお前らに頼む、って」
「…」
「は、はぁ…」しみじみと語りだしたリョウ…
そんな彼を前にし、素直に話を聞こうという殊勝な態度を取る二人。
…が、何故だろうか、彼を見る二人の目…その目じりが、やけに震えている。
「俺だってさ、できることならあいつにあって、色んな事を教えてやりたい。あいつは、きっとまだ何にも『人間』の世界のこと知らないだろうからさ。
でも、俺は…。
…だから、お前らにそれをして欲しいんだ。お前らに、あいつのことちゃんと見てて欲しいんだ」
「ぷ…」
「ば、馬鹿、こらえろベンケイ…」
リョウの話の内容は、ごく真面目な…そして、真摯な願い事だった。
エルレーンのことをしっかり頼む、と。自らは関与することが出来ないから…と。
笑うところなど、どこを探しても一つもない内容だ。
…だから、油断してしまい吹き出しそうになってしまったベンケイを、慌ててハヤトが小声でいさめる。
「…だ、だけど、だ!…お前ら、本当にちゃんとあいつのこと見ててやってるんだろうな?!」
「え、えー?そ、そりゃ、ちゃんと…」
「努力はしてるぜ」
「…ほ、本当にそうなのか?!…じゃ、じゃあよ!…お、俺が起きるたびに、妙なことになってるのは何でなんだ?!」
二人の返答に、異をはさむリョウ…
彼には、どうしてもそうは思えないような「証拠」があったからだ。
「み、妙…?!」
「く、く…」一方、二人は必死に口を閉じ、声をもらすまいとする…
「…か、髪の毛が○ーパー○イヤ人ばりにとんがってたりよ!そうかと思えば、何でか知らないけど、生卵のつぶれたのがベッドにあったり!
…ひ、ひどい時には、…で、でっかいフリルの、リボンとか…つけられてたんだぞ?!
…え、エルレーンの奴、なんかおもちゃにされてるんじゃないのかッ?!」
自分が目覚めるたびに起きていた「怪現象」…どう考えても、妙すぎる。
自分が眠っている間、エルレーンが一体何をしているのか…
まったく想像がつかないだけに、怖い。
起きた時の自分の「あの」状態から考えると、どうも誰かに遊ばれているとしか思えないのだ。
それをどうにかできるのは、このゲッターチームの仲間しかいないというのに。
だが、リョウの言は、ほとんど二人の耳を素通りしていってしまった。
「ぷ、ぷふ、ふふふ…」
「は、ハヤト…ダメだろ、ぷふ…」真下を見つめ(リョウの顔を見ないようにして)、黙り込んでいたハヤトの唇から、ついにこらえきれない笑いがもれる…
それを注意するベンケイもまた、肩を小刻みに震わせている。
「…て、てめぇら!何がおかしいッ?!」
…が、リョウがキレた瞬間、二人の忍耐も…見事に、切れた。
「…ぎゃ、ぎゃ〜っはっはっはっはっはっ!」
「も、もうダメだ!ひゃはははははは!」
「…〜〜ッッ!!…わ、笑うなあぁああぁぁあァッ!!」
とうとう、腹を抱えて大笑いし始めたハヤトとベンケイ。
リョウの怒声のボルテージが上がる。
…が、彼が怒れば怒るほど、それはハヤトたちの笑いを誘ってしまう。
そう、何故なら…
「だ、だってよ〜!…お、お前、ほ、ほっぺの…」
「ヒゲかよ〜?!ヒゲだよ〜!」
二人いっぺんに指差した、リョウの顔…その両頬には、それぞれぶっとい真っ黒い線が、三本並んで真横に引かれている。
…キ○ィちゃんのほっぺについている、アレである。
「わ、わ、わ、笑うなぁあッ!!…あ、洗ったけど!油性らしくて、消えねぇんだよッ!」
顔中真っ赤にして二人をどやしつけるリョウ。
だが、彼が怒鳴り声をあげる度に、そのほっぺの「ヒゲ」が口の動きに連動して動き、えも言われぬマヌケさをかもし出している。
○ティちゃんのほっぺについている、アレが。
「あっはっはっはっはっはっは〜!」
「ふふ、ふはは、あはははははっ…!」
「わ、笑うなって言ってんだろッ?!…も、元はといえば、お前らがなァッ!エルレーンをちゃんと見てりゃこんなことには…」
すでに二人はリョウの説教など聞いちゃいない。
一旦堰を切ってしまった笑いの発作は、それまで必死にこらえていただけに、より激しく…
ハヤトとベンケイは酸欠寸前になりながらも、げらげら笑い転げ続ける。
「ひー!ひー!腹痛ぇ〜!!」
「いやもう、最高だぜリョウさんよ〜!」
「こ、こ、この、馬鹿コンビ!…お、俺の話をちゃんと聞けぇえぇぇぇぇぇぇええぇっ!!」
…そして、二人の哄笑をバックに、リョウのこんな絶叫が響き渡るのだった。


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