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◆ 怨心の邪眼
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そこは、緑にあふれている。
今から考えれば、それは太古の世界の姿。そして、「ハ虫人」たちにとって、世界のあるべき姿。
恐竜帝国マシーンランド・基地エリア。
その中に設けられた休息所は、緑にあふれている。
シダやソテツの生い茂る、それは「ハ虫人」のこころに奇妙な感慨と安らぎをもたらす光景…


その中に、いる。二人で。


「…エルレーン。お前は、何にする?」
うん、ルーガ…私、ロッセリアがいいの。
「何を言ってる、お前はもうロッセリアを食べたじゃないか」
で、でもぉ…私、ロッセリア好きなんだもん。
「好きなものばかり食べているのは感心せんな。身体にはよくない」
意地悪言わないで、ね、ルーガぁ。
「わがままを言うんじゃない、エルレーン」
ね?お願い、もう一個食べたいの。
「エルレーン…」
ねえ、ルーガ。
「エルレーン」
ねえ、ルーガ…



「エルレーン」
「…」
ぼやけた彼女の視界に映る人影は、いつのまにかリョウのものに変わっていた。
そうしているうちに、全身の感覚から、自分が今ベッドに横たわっているのだ…ということもわかる。
そして、小さな丸窓から差し込む光も。
「もう8時になるぞ。いくらなんでも、もう起きなきゃ」
「…うぅ」
「『うぅ』じゃないよ、ほら!今日はバザーにいけるんだよ、ハヤトやベンケイたちも待ってるぜ?」
「…」
リョウに身体をゆすられ毛布をはがされ、ようやくエルレーンは寝ぼけた身体を起こした。
目をこすれば、ようやく視界がクリアになる。思考もクリアになる。
そこは、リョウの部屋。母艦アーガマの一室。
恐竜帝国マシーンランドではない。
自分は、今は彼らの「仲間」。「ハ虫人」たちの「敵」。
「ハ虫人」たちの「兵器」、No.39ではない。


そして、
あの女(ひと)は、もう…いない。


プリベンターの進む針路。
進めば進むほど、そこからは「豊かさ」というものが漸減していく。
森が消え、林も失せ、オアシスも姿を消す。
事実上、このガリア大陸(リョウたちの世界の言葉で言えば…「アフリカ大陸」に値する)の中央部は、人々の開拓の手がいまだ入っていないようなものだった。
それが証拠に、今回立ち寄るバザーを最後にして、その先には町と呼べるものは一切なくなるという。
しかし、彼らプリベンターはそこへ進まなくてはならない。
かつて彼らに接触を図ってきた「アンセスター」なる組織…
彼らがプリベンターに弓を引く組織であることが判明し、そして彼らの最終目的が人類抹殺であることが知れた今、彼らとの決戦は不可避のものとなった。
この地球の「未来」を、「人間」の「未来」を守るために、彼らと戦う…
過去より来たれりイレギュラーたちと、この世界の戦士たちが力をあわせて。
そして彼らの一群は、ようやくその最後のバザーにたどり着いた。
補給任務・機体修繕・最低限の哨戒任務にあたる者以外には、休暇が出された。
…じきに、そんなことなど言っていられなくなるから。
その任務から、ゲッターチームはうまいこと外れていた…
そのため、甲児や健一たちとつれだって、町を見物にいくことになっていたのだ。
わやわやとアーガマから出てくる異邦人たちに、バザーの客たちは目を見張っている。
が、すぐに商魂たくましい者たちが歩み寄り、みやげ物やらパーツやら、なんだかんだと売りつけようとしてくる…
その活気が、彼らプリベンターのこころをどこかあたたかくさせる。
そう、「人間」は、どの世界でも生きていくのだ。こうやって…
…と、この人いきれに少しエルレーンは気後れを感じてしまったようだ、自分からふっと脇に逃げる。
「あれ?エルレーン…何処行くんだ?」
「ん…ちょっと、おさんぽ」
「町の外には出るなよ、何にもないぞ」
「わかってるよぉ」
背中におぶさってくるリョウの声に、笑顔で答えながら…エルレーンは、ゆっくりと砂の町に入っていった。
じゃり、じゃり、と音を立てる砂の音は、大地の感触を耳から感じさせてくれる。
粗末な、だがこの大陸最後の町並みを歩きながら、彼女はいつの間にか自分の中にもぐりこんでいった。
―彼女の腰には、皮ひもで体にくくりつけられた、一振りの剣。
「…」
剣の鞘を、エルレーンはそっとなでた。
手触りなめらかな黒布で包まれたその鞘の中には、あの女(ひと)が贈ってくれた剣がある。
…キャプテン・ルーガ。
「…」
今はもういないあの人のことを思い出す度、エルレーンの胸に痛みが走る。
あれから、もう10日が経つというのに…
それに加えて…あの夢。
あの夢が、彼女を困惑させ続けている。
ここのところ毎晩のように見る、奇妙な…だが、決して気分の悪くはない夢。
それはあの時代、まだ自分が恐竜帝国で暮らしていたころ、キャプテン・ルーガと過ごしていたころの思い出…のようだった。
さほど突飛でもない、ただただ普通の一日の…
剣やメカザウルス操縦の訓練をして、本を読んで、キャプテン・ルーガといっしょに食事をして、しゃべって、笑って。
まるで、あのころの記憶を再生しているかのような夢。
それが不思議だった。
そんな夢は、今までまったく見たことがなかったのに…
「…あ、」
…と、ふっと気づいた。
思索にふけってふらふらと歩いているうちに、町外れまで来てしまったらしい。
すでに涸れたのか、使われている形跡のない井戸と、あとは朽ちかけた空き家と木材。
それだけしかない、人気もないさみしい風景の中に、いつの間にか少女は一人きりでいた。
「…」
引き返さなければ、そう思ったその途端だった。
突如、彼女の目の中に映った黒い影。
ゆらり、と、その影が蠢いた。
「!」
…驚いた。
町の外、砂の平野に…知らぬうちに、男が一人立っていた。
白いマントを羽織った、偉丈夫。
その背には大剣を背負っているらしきことが、遠目で見てとれる。
男は、まっすぐ、まっすぐ、こちらに向かってきた。
エルレーンに向かってきた。
その瞳は鋭い。
しかし、エルレーンを怖じさせたのは…その眼光の鋭利さではなかった。
彼女をにらみつける、その壮年の男…その全身から立ち昇るかのように感じられる、あの感覚。
―「人間」ではない者の、放つ感覚!
「…『裏切り者』」
「?!」
男のおとがいが、上下した。
その喉が生んだ擦れたような声は、明らかな殺意に満ちていた―
「…あ、なた…」
「…」
わずかに一歩、エルレーンが後ずさった。
…だが、きびすを返して逃げることは、できなかった。
うかつな反射は、自らの危機を招く―
男の視線は、揺らがない。
エルレーンを射る。射縫い付ける。
「!」
「く…!」
男の右腕が、空を斬った。
そして、その次の瞬間…すでに、男は抜剣していた。
長大な、かなりの重さがあるだろう両刃剣。
そのような大得物を、瞬時に抜き構える…それは、男が相当の豪腕の持ち主だということに他ならない。
…だが。
エルレーンを真に驚愕させたのは、むしろ…次に、男が吐き捨てた言葉だった!
「裏切り者、No.39…貴様は、裁かれなくてはならない」
「な…ッ?!」
一挙に全身に緊張感が走る。
「No.39」。
この世界で、彼女のことをそう呼ぶ者は…あの一味だけだ。
そう、彼女が捨てた彼女が逃げた彼女が裏切ったあの国の一味…「ハ虫人」、恐竜帝国の!
エルレーンの透明な瞳に、わずかな炎が燃えた。
「…!」
「No.39。そのいのちをもってつぐなえ…貴様の罪を!」
男はなおも面罵する。No.39を面罵する。
「あ、あなた、一体…?!」
「…我が名は、」
ばさあっ、と、マントが翻る。鞘から抜かれた剣の切っ先は、まっすぐエルレーンに向いていた。
そして、男は大音声で呼ばわる。
そのセリフが、乾いた大地を駆け抜ける。
その言の一字一句を、何故か彼女はどこかで聞いたことがあるような気がした―




「我が名は、ラグナ…ラグナ・ラクス・エル・グラウシード。我が名は、キャプテン・ラグナ!」

「誇り高きキャプテン、正龍騎士の名に賭けて!私は貴様を滅ぼさんッ!」





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