--------------------------------------------------
◆ Dies irae, Dies illa<Day of Wrath, Day of Anger...>
  (怒りの日、その日に…)
--------------------------------------------------
「…でねー、あのねー、甲児君にねー、今度ねー…」
「へー…そうなのかぁ…」
アーガマ・娯楽室。テーブルを挟んで向かい合った二人が言葉を交わしている。
いや…正確にはそうではなく、一方が話してばかりで、もう一方は先ほどからずっとそれを聞いてやっているのだ。
ベンケイは、にこにこと微笑みながら…彼女の話を、本当に根気よく聞いてやっていた。
目の前で、一生懸命にしゃべっているのは、エルレーン…そう、今は、エルレーンだ。
言葉がつたないがためにどうしても幼いしゃべり方になってしまうのだが、ベンケイはその聞くのにある種の忍耐を必要とする彼女のおしゃべりを、ずっと微笑いながら聞いてやっている。
黙っているだけではなく、時折適切に相槌を打ったりしてやりながら。
もともと、「子ども」に対してとてもやさしい男なのだ。
懸命におしゃべりするエルレーンは、本当に「子ども」のようで…自然と、彼の顔に微笑をもたらしてくれる。
そのそばではハヤトが、何処かあきれたような顔をしながら、そんな二人を見るとはなしに見守っている…
「!」
その時だった。突如、激しい警戒警報が鳴り響く…その穏やかな空気を、何の前触れも無しに切り裂いた。
思わず、三人とも天井のスピーカーを見上げる。
続いて、緊張でぴいんと張った、サエグサのアナウンスメント。館内全てに、敵機の来襲を告げる。
「…機来襲!…総員、第一種戦闘配備!敵機来襲!敵機来襲!…『敵』は、メカザウルス数機…恐竜帝国軍と思われる!
パイロットは、直ちに配備につけ!繰り返す!総員、第一種戦闘…」
「!…恐竜帝国…」
「ちッ、最近おとなしくしてると思ったが!」
ハヤトの口から、くぐもった舌打ちの音。
「おい、どうかしたかい、エルレーン?」
無表情に天井を見上げたまま、視線を空中に固定したまま、動かずにいたエルレーン…
だが、ベンケイに声をかけられ、はっとその顔に表情が戻る。
「すまねえが、お前にもまた付き合ってもらうぜ、エルレーン」
「うん…もちろん」
こくり、と、殊勝にうなずくエルレーン。
「よし…じゃあ、行くぞッ!」
「…」
ばたばたと、二人分の足音が派手に鳴り響く。
ハヤトとベンケイは、出撃準備をするため、一目散に娯楽室を駆けだしていく。
エルレーンは、無言。
「そうだ…私は、殺さなきゃ」
遠ざかっていくハヤトたちの背中を見つめ、立ち尽くしているエルレーン。
彼女の唇は、かすかにうごめき…彼女の冷酷な信念を言葉に代えた。
何の感情もまじえないままに…
「リョウたちの『敵』を、殺さなきゃ…」

数機のメカザウルスがすでに出揃い、戦いのゴングを今か今かと待ち構える…
そして中央遠方に、空母らしき巨体のメカザウルス、メカザウルス・グダ。
それらを護衛するかのように左右にそびえている、メカザウルス・ゼン1号が二機。
雑草がまばらに生えている程度の、不毛な大地。
黄砂が巻き起こる。不吉な予感。
プリベンター側からも、数機のロボットが出撃する…
重々しい地響きを立てながら、次々と大地に降り立っていく勇士たち。
もちろん、その先陣を切るのは…恐竜帝国の宿敵、ゲッターロボG…それを駆る戦士たち、ゲッターチームだ!
陣の矢面に立つゲッタードラゴン…「仲間」たちから少し突出した形になる。
眼前、少し離れた場所に確かに見える…
メカザウルスたちに守られている、巨大空母、メカザウルス・グダ。
…奇妙な空白の後、満を持して…そのグダから、指揮官が怒鳴りつけてきた。
それはあたかも、宣戦布告のように。
「ふん…過去からしゃしゃりでてくるとはな…まったく、忌々しい存在だよ、貴様ら『人間』どもはなァッ!」
それは、ガレリイ長官…恐竜帝国科学技術庁長官。
全てのメカザウルスの製作を指揮し、特殊な「兵器」の研究開発をも担当する、恐竜帝国きっての頭脳の持ち主(そして…「彼女」もまた、彼の造った「兵器」の一つであった)。
「ぬかせ!俺たちがいる限り、お前らの好きにはさせないぜ!」
「ゲッターチーム…!…ふん、久しいな!今度こそ、貴様らを灰燼に帰してやるわ!」
ハヤトの咆哮を軽くあしらい、自信満々な態度であっさりとそう言ってのける…
彼には自信があるのだ、ゲッターチーム、ゲッターロボには決して負けないという自信が…
そう、何故なら…彼の造った滅殺の光、ゲッターロボを死神に変えるあの武器…その有効性を、彼らの再来を報告したバット将軍の口から、ガレリイ長官はすでに聞いていたからだ!
「喰らえ!『ウランスパーク』じゃあッ!!」
「…!」
そして、ガレリイ長官の号令!
それとともに、メカザウルス・グダの双頭、その四つの瞳が怪しく光る…!
刹那、あの忌まわしき光の筋がその瞳から放たれ、違うことなく四つの光線がゲッタードラゴンに直撃した…!
あっという間に銀の光に包まれるゲッタードラゴン。
にたり、とガレリイ長官は笑みをもらした。
彼の開発した、対ゲッターロボ用の切り札…あの時代には完成できなかったがために見られなかったその真価を、今まさに彼は目にすることが出来るのだ…
憎むべき「敵」、ゲッターチーム…三人の小童どもの、耳に心地よいだろう絶叫と悲鳴、苦悶のうめき声という形で!
「ふははは…!どうじゃ、苦しめ、苦しめぇいッ!!…貴様らの頼りにする、ゲッター線!
それによって、我々と同じ苦しみを味わうがよいわァッ!貴様らもその身で確かめろぉッ、ゲッター線の邪悪さをぉッッ!!」
さも気持ちよさそうに、からからと笑うガレリイ長官…勝利の味を確信し、早くもそれに酔いしれて。
だが、驚くほど平静な神隼人の声が、彼の哄笑をストップさせた。
「…やれやれ…ま、それは二度と御免こうむるぜ?シャレにならないくらい、ありゃキツかったんでな」
けろっとした口調で、皮肉めいたセリフを放つ神隼人…そこからは、何の苦痛も読み取れない。
「…な、何ィッ?!」
「いやー…マジで、あんなもんで効いちゃうのねぇ。本当ビックリだよ」
続いて、ポセイドン号の…彼の知らぬ、新入りらしい男の声。これもやはりのんびりとしており、「ウランスパーク」など屁でもない、といった風情だ。
「な、な…?!」
「ふん…まったくだ。ずいぶん安上がりな対応策だったよな」
「な…何故じゃ?!何故、『ウランスパーク』が効かぬのだ?!…わ、わしの、わしの造った、『ウランスパーク』が…!」
自慢の対ゲッターロボ用切り札、「ウランスパーク」…ゲッター線を「人間」に対しても毒化してしまう光線。
その光線は確かにゲッタードラゴンにまとわりついているにもかかわらず、中にいるパイロットたちにはダメージを受けている様子がまったくないとは…?!
動揺もあらわなガレリイ長官…そんな彼に、ハヤトが高らかに宣言する!
「残念だが、その『ウランスパーク』って奴は、もう俺たちのゲッターには通用しねえのさ!
…このゲッターロボGには、『ウランスパーク』を無力化する物質をたっぷりと塗りたくってあるからな!」
「…?!」
「いやあ、『海水』をちょっといじっただけで出来るなんて、驚きだよなー。この『ウランスパークコーティング』」
続いて、ベンケイの素朴な感嘆の言葉…彼の言どおり、今ゲッタードラゴンの表面に塗布されている「ウランスパークコーティング」とは、主な原材料が何と「海水」。
エルレーンの描いた組成図を元に、コンピューターがはじき出した「ウランスパーク」を無効化する物質…
思いがけなく身近な存在が特効薬となったことに驚きつつも、海から採取した「海水」をコーティング剤に混ぜて各ゲットマシンに塗装を施したのだが…
徒労の少なさの割に、その効果はまさに劇的といえるほどであった。
もはや、「ウランスパーク」はゲッタードラゴンには効きはしない。ガレリイ長官の切り札は、すでにただの無用の長物と化していたのだ。
「な、な、何故だ…き、貴様ら、凡愚のサルどもが、何故、こ、この『ウランスパーク』を…」
「…正確に言えば、俺たちじゃない!俺たちに力を貸してくれる、エルレーンが教えてくれたんだ!」
「…!」そのハヤトの言葉に、思わずガレリイ長官は…その通信画面に目をやった。
たった今、「エルレーン」と呼ばれたモノ。
そう、ゲッタードラゴン・ゲットマシン・ドラゴン号のコックピットから送信されてくる画像回線…
そこに映っていたのは…!
「!!…き、貴様…な、No.39ッ?!」
「…そうだよ、ガレリイ長官…久しぶり、って言ったほうが、いいのかなあ…?!」
薄ら寒い、見下すような瞳。透明な瞳が、ガレリイ長官を見ている。
それは、かつて彼自身が造り出したモノであった。
ゲッターチームを倒すために造り出した「人間」の「兵器」、二回目に造られた50体のモデュレイテッド・バージョンの生き残り…!
「な…ま、まさか、本当じゃッたとはな…バット将軍の報告を聞いたときは、あのひょうろくだまのぼんくら頭が幻覚でも見とったんじゃないかとおもっとったが…」
「ふん…別に、バット将軍がおかしかったんじゃないよ。…バット将軍が見たのは、私。…そう…リョウのクローンの、この私なんだからァッ!」
「!」
「な…き、貴様、…き、恐竜帝国を、裏切るというのか!貴様を造り上げた…わしに逆らうというのか!」
だが、驚きに震える彼の唇は、やがて罵倒を放ち出す。
忘恩の徒、役立たずの「できそこない」…その不忠、「兵器」にあるまじき逸脱ぶりを罵る。
「…」
「わしに造られておきながら…その神にも等しい、創造主のわしに…?!」
「…ふん…!」
だが、エルレーンは…No.39は、それに対し、ただ軽く鼻で笑い飛ばす…!
「?!」
「…造った、造った、って…それが、どうしたのさ?!あなたが一体、私に何をしてくれたの?!
…何も、してくれなかったじゃないかッ!私がどんなに苦しんでも、何もしてくれなかったくせに…ッ!」
「な…!」
憎々しげにガレリイ長官をねめつけたエルレーン。憎悪と怨恨の言葉で彼を撃つ。
かつて恐竜帝国にいた頃、嫌というほど味合わされた…あの、徹底的な無視と侮蔑と、無理解と。
そのような仕打ちをしたお前が、お前たち「ハ虫人」がいまさら何を言うのだ、と…
そして、語るべき言葉も無くなった時…彼女は、すぐさま次の行動に移った。
「さあ…いくよ、ゲッタードラゴン!」
「?!…む、迎え撃て、メカザウルス・ゼン!」
メカザウルス・グダに向かい、飛び掛っていくゲッタードラゴン!
だが、グダのそばに控えていた、人工知能搭載のメカザウルス・ゼン一号2体が、ガレリイ長官の命に従ってすぐさま飛び出し、それをくいとめんとする!
しかし、その頭脳に搭載された人工頭脳のチップは、所詮彼女以上の戦闘力を持ちえなかった。
いや…イキモノならば、その気迫を感じ押されるあまり、自らの命惜しさにすぐに逃げ出すだろう。
だが、人工知能はその程度の演算能力すら持ちえない。
そして、空を斬る銀の軌道。
2体のメカザウルス・ゼン一号…胴体部分をばっさりと切り裂かれた彼らは、何のためらいもなく爆散して細かな鉄のかけらへと姿を変えた。
「な、何をやっておる!…たかが一機、何故止められぬ?!…チィッ、これだから人工知能は!」
「きゃはは…いいえ、違うわ、ガレリイ長官…あなたは正しかった、わ」
「な、何ッ?!」
「…だって、勝てるはずないもの。…どうせ、私には勝てないんだから…恐竜帝国の、『ハ虫人』は!」
「?!」
「もし、私に勝てるとすれば…」
一瞬の空白。
「…『あの人』だけ。あの、やさしかった、『あの人』だけ…!」
エルレーンの瞳に、哀しみの光がよぎった。
言葉にした途端、湧き出てきた痛みに…彼女は一瞬、悲痛な表情を浮かべた。
しかし、それを何とか押さえつけ、再び彼女は言葉を継ぐ。
「…でも、もうその人はいない…だから!」
突如、エルレーンの口調が変わった。
「恐竜帝国で、私に勝てるキャプテンなんて、誰もいないんだよぉッ!」
怒号めいた、彼女が出したモノとは思えないほどに強く猛った声で、彼女は吼えた!
「?!」
「無駄死にするくらいなら『機械』のほうが…人工知能のほうがまし、だわ…!」
「…!!」
一旦、黙り込んだガレリイ長官…しかし、すぐに彼の顔に嘲りの笑いが取って返す。
「ふん…確かにの!『機械』のほうが、よっぽどましかもしれんわ!」
そう言いながら、彼はにたり、と笑んだ…
「そうじゃなあ…壊れた『兵器』の貴様よりもなあ、No.39!」
「!」
「この『できそこない』めが!己の創造主に対して逆らいおるとは!
…結局自分の使命すら果たせず無駄死にしたかと思えば、今度はゲッターチームの手先となって、奴らに『飼いならされ』ておるとはな!」
「!…が、ガレリイ、貴様あッ!」
「ははははは…!…ゲッターチームよ、貴様らにくれてやろう、その『兵器』を!…我ら主人の命令も聞けぬ、無能な、壊れた『兵器』だがなぁ!」
ガレリイ長官の侮辱に、怒りをあらわにするハヤト。
だが、彼のそのような反応すら笑い飛ばし、なおもガレリイは半ば捨て台詞めいた罵り言葉を口にする。
その言葉を聞きながら、ベンケイははっとなる。
あの人でなしから、こんな残酷な言葉をぶつけられたエルレーン…
かわいそうに、あいつはきっと耐え切れない…きっと、涙をこらえきれずに泣き出してしまうに違いない。
あいつは、やさしい女の子だから。エルレーンは、はかなげな女の子だから。
そう感じたベンケイは、慌ててドラゴン号のエルレーンの様子を見ようとした…
…だが、それはベンケイの思い込みに過ぎない、思い込みの中で形作られたエルレーンだということを…彼は、すぐに思い知らされることになった。
ドラゴン号からの映像が送られてくるモニター…
その中に映る、エルレーン。現実の、エルレーン。
彼女はショックで泣いてはいない。
…いや、それどころか、哀しそうな表情すら浮かべていない。
彼女は、まったくの無表情…何の感情も浮かべていない顔で、ガレリイを見ていた。
「…そう、だよ」
「?!」
「え、エルレーン…?!」
そして、その唇から放たれるのは、驚くほど淡々とした言葉。
「…私は、『兵器』だ…」
「…!」
きっ、とエルレーンの目つきが鋭くなる。真剣な表情が彼女の中に生まれる。
「だけど、ガレリイ長官…あなたは一つ、忘れてる…!」
「…何?!」
「…『兵器』にも…」
エルレーンの口から、様々なモノを押さえ付けたような、押し殺したような声がもれ出でた…!
「『兵器』にも、こころはあるんだよ…!」
「?!」
その「兵器」の思わぬ言葉に、ガレリイの表情がゆがむ…
ガレリイ長官の反応を見て、エルレーンはふっと微笑った。
所詮、あなたはそうだろう、と。
「…死ぬ前だって、そうだった…私、あなたたちなんかのために、戦ったことなんて、一度もない!…恐竜帝国のために戦ったことなんて、一回だってなかった!」
「な、何じゃと…?!」
「…私は…結局、私自身と!…そして、『あの人』のために、戦ったの!」
「!」
「そして、今も!…私は、私と…リョウや、ハヤト君、ベンケイ君…ゲッターチームのために戦う!」
「…!」
「エルレーン…!」
戦場に凛と響き渡る、エルレーンの宣言。
自らを「兵器」と、ゲッターチームを守る「兵器」と呼び…彼らのために、彼らのためにだけ戦うのだと―!
「…『兵器』だって…」
びゅん、と、ゲッタードラゴンの剣が薙ぐ。
「…使われる相手ぐらい、自分で、選ぶ…!!」
その剣先が、ぴたり、と、メカザウルス・グダに…自分を生み出した科学者の乗る空母に向けられる。
むき出しの殺意を叩きつけられ、一瞬怯んだガレリイ長官…彼の額を、いやな汗が一筋、つうッと伝っていった。
「な、No.39、貴様…」
「…ナンバーは、嫌い!大ッ嫌い!ナンバーで呼ばれるのなんて、大ッ嫌いだ!」
すぐさまエルレーンが怒鳴り返す。
まるで、幼女そのものの口調で…だが、明らかにそれのモノではない、殺意と怒りをみなぎらせて。
「?!」
「そうだ…お前たちなんて、大ッ嫌いだ…!」
自分の中から湧き上がってくる、強烈なその嫌悪感…
リョウたちゲッターチーム、大切な「トモダチ」を殺そうとする…
そして、かつて自分を手酷く扱った「ハ虫人」たちに対する怒りが吹き上がる。
「…大っ嫌いだ」
かすれる声が、どす黒い感情を伴って。
「…?!」
「お前たちなんか、大っ嫌いだ…」
つぶやく言葉は、呪詛にも似て。
「お、おい…」
「お前たちなんか、『ハ虫人』なんか…大っ嫌いだ」
透明な瞳が、彼らを見ている。
まったくの無表情、その顔の中で…二つの透明な瞳だけが、異様にきらめき彼らを射る。
「お前たちなんか、お前たちなんか…」
刹那、彼女の瞳の中、漆黒の炎が燃え上がる!
彼女の表情が一変し、能面のような無表情から一転…修羅のごとき険しさがエルレーンの顔に生まれる…!
「殺してやるッ!」
そして、エルレーンの絶叫…!
突如、ゲッタードラゴンはマッハウィングを展開し、空中高く舞い上がる!
そして、推進力を全開にし…指揮官機、ひいてはあのガレリイ長官のいる…メカザウルス・グダ目がけて飛び掛っていく!
「?!…く、来るッ?!」
「き、気をつけろ!」
「き、恐竜ジェット機隊、出撃ッ!…あの、ゲッタードラゴンを蜂の巣にしてやるのじゃあッ!」
ガレリイ長官の叫びとともに、メカザウルス・グダの双頭が大きくその口を開け…そこから、無数の黒点が吹き出てくる。
いや、その黒点はみるみるうちに鋭角なラインをふち取り、戦闘機の形になる…
それは、恐竜ジェット機の大群と化した!
そしてその全てが、ゲッタードラゴンに向かっていく…
ウンカの群れが、イキモノの血を吸い尽くそうと熱あるモノに群がっていくかのように、恐竜ジェット機の大群は、一挙にゲッタードラゴンを包み込んだ!
「…!」
「な、何て数なんだよ?!」
「い、いくらゲッタードラゴンでも、あの数相手じゃあ…!」
プリベンターの間に戦慄が走る。
一機一機は小さく、攻撃力が低い戦闘機にすぎない。
そして、その攻撃力では、スーパーロボットであるゲッタードラゴンをまともに破壊することはあたわないだろう。
だが、一機一機の力が弱くとも、大群で一気に襲い掛かれば?!
機動力に優れる戦闘機相手では、ゲッタードラゴンは攻撃を避けきれず、しのぎきれず…やがて、装甲も少しずつ焼きはがされ、最後には致命的なダメージを与えられてしまうだろう…!
しかし、プリベンターが彼らの援護に向かおうとする前に。長距離砲で、何とかそのジェット機の群れをかく乱しようとする前に。
エルレーンは、すでに…笑っていた。
勝利を確信して、微笑んですらいた。
紅き疾風が、動いた。
「…?!」
「そ、そんな…?!」
「ど、どうして、…ッ」
恐竜ジェット機を駆る「ハ虫人」たちの間から…驚嘆と恐怖の声がほとばしり出てきた。
何と、ゲッタードラゴンは…自分を包み込み銃弾を雨あられと振りかける、自分たち恐竜ジェット機からまったく逃げようとせず…その返礼として、手にした長剣を振りかざし始めた…!
パイロットは、まったく恐れもせずに剣を振るい続ける。
その端正な顔に、穏やかな微笑すらたたえて。
その剣は標的に触れずとも、同時に生まれる猛烈な風圧が、恐竜ジェット機を破壊する。
翼をもぎ取られ、次々と落ちていく。
彼らが必死に放つ砲撃を、何ら慌てることなく、装甲の特に硬い両腕で受け止める。もしくは、避ける。
全方向から襲い掛かるその全ての攻撃を、彼女は冷静に感知し、読み取り…的確に対処していた。
ゲッタードラゴンの受けるダメージを最小にしながら、自らに群れる子バエたちを、彼女は屠る。剣で屠る。
それでも、決死の覚悟で真紅の巨人に喰らいついていく恐竜ジェット機たち…
だが、確実に一機一機、その数が減っていく…
その異常な冷静さ、手馴れた戦いぶり、そして微笑すら浮かべる精神の余裕…今の彼女は、常人の域をはるかに超えていた。
それは、もはや人外のモノともいえるほどに。
「…ば、『バケモノ』め!この、『バケモノ』がァッ!」
思わず、ガレリイ長官の口から…そんな罵倒が、ほとばしりでていた。
「…!!」
その言葉を聞くや否や、エルレーンの表情が一瞬強張った…
ゲッタードラゴンの動きが、ぴたり、と止まる。
だが、すぐさまそこに嘲笑が滲む。
「そう…だよ…?」
エルレーンの瞳にも、その嘲笑の色が混じっていく。
ガレリイ長官を、「ハ虫人」たちを、そして自分自身をもおとしめるような。
「?!」
「…私、ゲッターチームを殺すために作られた。だから、私、ゲッターチームの、誰よりも強くなるように強化(ブーステッド)された」
「!」
「きゃはははは…!…そうだよ、あなたのせいだ、ガレリイ長官!あなたが私を、そう造ったんじゃないか!」
突如、エルレーンの哄笑が響き渡る。
身をそらし、心底おかしそうに…けらけらと彼女は笑っている。
「な、何…?!」
「あなたが、私を!…『バケモノ』を造ったんだよ!きゃははははは!」
甲高いエルレーンの高笑いがつんざく。聞く者の心を貫いていく。
そして、再びゲッタードラゴンは舞い狂う。剣はひらめき、「敵」を斬る。
本来ならば、プリベンターの「仲間」たちは、無数の敵機に囲まれているゲッタードラゴンを救助に行かねばならないはずだ。
だが、その誰もが、金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
ただ、目を見開き…見ている。
あの、あどけなくて幼い、可憐な少女が…その端正な顔に狂気じみた笑みを浮かべ、いきいきと「敵」を斬り殺していく様を。
一機、また一機…恐竜ジェット機が落ちていく。
そこには、何のためらいもなく。
まるで、シールを数多く集め、コレクションを増やそうとでもしている「子ども」のように…一機、また一機、その数がどんどん増えていく。
今の彼女は、もはや誰にも止められなかった。
ゲッタードラゴンに同乗しているハヤトですらも、ベンケイですらも…
「あ、うう、うああ…」
「…」
「か…かて、ない…」
「か、勝てない…我々では、あの…あの、『バケモノ』に…!」
「…〜〜ッッ!」
メカザウルス・グダの艦橋(ブリッジ)…その中に、様々な声が満ちていく。
メカザウルスのコックピットに座るキャプテンたちの口からも、似たようなモノが漏れ出てくる。
ある者は嗚咽、ある者は無言、ある者は諦念、ある者は、もはや声にならぬ声。
だが、その光景を見る、どの「ハ虫人」の顔にも、同じモノが浮かんでいる。
それは、純然たる恐怖。
笑いながら、自分たちの「仲間」を容赦なく斬り殺していく、冷酷でまがまがしい「バケモノ」に対する…!
もはや、恐竜帝国軍の誰もが致命的なまでに気押されていた…
たった一人の「人間」の、「兵器」の、「バケモノ」の恐ろしさ、邪悪さに…立ち向かう気力など、誰の中にも残ってはいなかった。
それは、軍を率いているガレリイ長官とて同じことだった…
自分の造った「兵器」、あの「できそこない」が。
「人間」たちに寝返り、今度は自分たちに牙を向く…その、圧倒的な戦闘力を引っさげて!
圧倒的な不利を悟るとともに、その「兵器」の邪悪さに身震いする…
しかしながら、自分たちのおかれている状況を正確に理解し、すばやい判断を下せなくなるほどには、彼の脳は恐怖に侵されてはいなかった。
「…た、退却じゃ!」
「!」
「が、ガレリイ長官?!」
「今のわしらでは、あれには太刀打ちできん!何とか策を練らねば…!」
そうこうしている合間にも、恐竜ジェット機の大群をかきわけながら、ゲッタードラゴンがこちらに向かってくる。
長剣を振りかざし、触れるもの皆斬りおとし、そこここに破壊の赤を撒き散らしながら!
「仲間」を煙幕と化したガレリイ長官は、その幕が切り裂かれる前に…メカザウルス・グダを一挙に後退させた。
エンジンは全力で燃え続け、みるみるうちにその巨体が飛び退っていく。
それに従い、他のメカザウルスたちも、泡を喰ってその後を追う…
「!…お、おい、あいつら、逃げるぜ?!」
「…!」
「くっ…なんて速さだ!」
「もう、追いつけない…!」
「…」
あっという間に射程距離から逃げ去っていったガレリイ長官に、悔しげな舌打ちをするハヤトたち。
だが、彼女はその光景を眉一つ動かさずに見届け…ただ、こう言い放った。
「…ふん、『龍』が、『敵』に後ろを見せるの…?」
「!」
その嘲りの言葉が、全機に響いた。メカザウルス・グダの艦橋(ブリッジ)にいる、ガレリイ長官にも。
あえて、彼女は「龍」…「ハ虫人」たちが誇りとする、己の先祖の姿…という単語を使い、逃げようとする彼らを嘲った。
エルレーンは薄く笑んでいる。静かな微笑。
だが、その花のような唇から放たれるのは、幼い口調ながらも…確かに、とげとげしい挑発の言葉。
「ふふっ…いいよ、逃げなよ、ガレリイ長官!…だけど、次は殺すよ!」
「…っぐうっ…!」
「必ず殺すよ、ガレリイ長官…あなたたち恐竜帝国が、まだリョウたちゲッターチームを狙うって言うんなら!…私が、必ず、殺してやる…!」
きらめく透明な瞳。殺意と憎悪を抱き込んで、彼女の瞳がガレリイ長官を見ている…
ガレリイ長官が、通信画面の中で…険しい、憎悪と怒りに満ち溢れた表情を浮かべた。
それを最後に、その画像回線は断ち切れる。灰色の砂嵐が、それに取って代わった。

「…」
アーガマ・格納庫。立ち尽くすゲッタードラゴンの足元に、彼もまた立ち尽くしていた。
呆然と、自分のつま先ばかり見つめている…その表情には、拭い去れない疲労感。
が、そんな彼の背中に、突如「彼女」の声がかぶさってきた。
「…ねーえ、ベンケイ君」
「う、うわっ?!」
びくっ、と、全身が意図せず勝手に震えた。飛び上がっていた。悲鳴じみた音が、ひとりでに喉から出てきた。
妙な反応をするベンケイを、彼女は不思議そうに見ている…
いつもどおりの彼女。いつもどおりの、エルレーン。
「?…どぉしたの?」
「あ、い、いや…な、何でもない。…そ、それより…ど、どうしたんだ、エルレーン?」
笑顔をとりつくろい、ベンケイは強張る唇を何とか動かす。平静さを装うため、内心では懸命に努力しながら。
「んっとぉ、あのね…」
舌ったらずな、かわいい口調。「子ども」のような、しゃべり方。
少し困った風に、眉毛をふにゃあとハの字にして。
いつもどおりの彼女。いつもどおりの、エルレーン。
「…がんばったら、なんだか疲れちゃったの。…もう、おねむなの…ねぇ、私、もう寝ちゃってもいいかなあ?」
「!…あ、ああ、もちろん!」
「そう?…それじゃ、ごめんね…ハヤト君にも、そう言っておくね。じゃあ、おやすみ、ベンケイ君!」
ベンケイの了承を取ると、彼女はやっぱりちょっと困ったような微笑を浮かべ…最後に、愛らしく笑いかけてきた。
そして、くるっ、と振り返り、彼女は格納庫を去っていく…
いつもどおりの彼女。いつもどおりの、エルレーン。
「あ…ああ、おやすみ、…エルレーン」
その背中を見送りながら、だが…ベンケイの顔は、決して笑ってはいなかった。
おっとりしていて、やさしくて。ふわふわしていて、あどけない。
しかし、そのエルレーンが。
そのエルレーンが、笑いながら…笑いながら、恐怖に怯える『ハ虫人』たちを、何のためらいもなく撃墜していった…!
それなのに、今は…いつもどおりの彼女。いつもどおりの、エルレーン。
いつの間にか、異様なほどに心臓の鼓動が速くなっていた。
そのことにようやく気づいた彼は、ゆっくりと鼻から空気を吸い、身体中にみなぎった、そのわけのわからない緊張を無理やり解きほぐそうとする…
そして、やはり鼻からゆっくりと吐き出す。
先ほどから、先ほどの戦闘時から…少しずつカタチを為して自分の中に芽生えていく、彼女に対する、ある感情…
その馬鹿げたモノを笑い飛ばし、一緒に身体から追い出してしまおうとでもするように。
だが、それでも。
己の感情に正直に反応する身体は、その頭脳の命令をなかなか聞き入れようとはしない。
その証拠に。
「…」
知らぬ間に、ぎゅっ、と硬く握られていた両こぶし…それを難儀しながらもゆっくりと開くと、




その手のひらは、驚くほどに多量の汗にまみれ、不快な感触を残していた。





back