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◆ 脱出breakout〜対峙
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「…」
がちゃり、がちゃり、という、錠の回る音。
反省室の扉が静やかに開く。
明かりも何もついていない、真っ暗な室内…その中に、トレイを持ったファは歩み入る。
そして、目を凝らして状態をよく確認した。
あれから数時間。ブライト艦長に食事を持っていくように命じられたのだが、どうやらその必要はなかったかもしれない。
No.0は、先ほどの激闘から回復し切れていないのか…今だ、眠りのうちにあるようだった。
胎児のように身を丸め、ベッドの中で小さく小さくなっている…
決して小柄ではない彼女が(当然のことながら、彼女もオリジナルのリョウ同様、身長は170cmほどある)、
まるで外敵から必死に身を守るかのようにして丸まりながら眠りをむさぼっている様子は、どことなく哀れとすら思わせた。
(…こんなに、疲れた顔して…可哀想な子…)
ファが覗き込むその顔は、ぐったりと疲労の色が濃いままだ。
流した涙が筋となり、彼女の頬に跡を為す…
先ほどの戦いの時の様子、そしてその痛々しい寝顔は、ファの心に同情のこころを否応なく引き起こす。
彼女は、スープの入った皿などが乗ったトレイをそっとベッドのそばに置き、足音を立てないようにしてそこを出て行こうとする。
今は、そっと休ませてやろう…と。
だが…扉をくぐり抜けようとした、その時だった。
何かが、揺らめく。彼女の皮膚感覚は、その空気の動きを感じ取った。
ゆらり、と何者かが背後で蠢く気配だった。
「…え、」
振り向こうとしたファの唇からその声が漏れるのと同時に、首筋に衝撃が走った。

驚きのあまりゆるんだベンケイの右手から、飲みかけのコーヒーが入ったカップが落ち、テーブルに茶色い水たまりをつくった。
「?!…な、何だって?!」
「No.0が…逃げた?!」
「え、ええ!」
アーガマ艦・食堂。
そこで休憩を取っていたハヤトとベンケイにその報が届いたのは…ファが意識を取り戻し、慌ててブライトのもとに駆け出してから十分もしないうちだった。
「ファさんが気がついた時には、もうそこにはいなかったって…」
ジュンが告げたそのセリフを、ハヤトたちは愕然とした思いで聞いていた。
ファを気絶させ、反省室を逃げ出したNo.0…
彼女の行方はようとして知れないが、少なくともそのときからあまり時間がたっていないことをかんがみれば、恐らく彼女はこのアーガマ艦の外にはまだ出てはいまい。
「すぐさま艦内中を探すんだ!」
「あ、ああ!」
「ええ、みんなもう捜索をはじめてる!私たちもかたっぱしから当たっていくわ!」
ジュンの言葉に軽くうなずき、すぐさま自分たちも捜索に加わろうと椅子から立ち上がる二人。
「ちっくしょう、あいつ、また何だって…?!」
そう毒づいた、その時…
だが、ハヤトははっと気づく。
「そ、そうだ、リョウは?!リョウのやつは、こんな時に何処いったんだ?!」
ベンケイに問いかけるハヤト。だが、問われたベンケイもまた眉をひそめる。
「?!…は、ハヤト、お前も知らないのか?!」
「ベンケイ君は?!」
「お…俺も知らない!」
そう、そう言えば…いつの間にか、彼の姿を見てはいなかった。
何ということだろう、こんな時に限って…
自分たちのリーダーは、あのNo.0の理解者は…何処に行ってしまったというのか?!
ハヤトの口から思わず罵声じみたセリフが漏れる。
その唇が、悔しげにゆがんだ。
「く…何してやがんだ、リョウの奴…ッ!一体、何処行きやがったんだ?!」

「…っはっ、はあっ…」
荒い呼吸音が、人気のない廊下にかすかに反響する。
No.0はよろめきながらも、確かにその場所に向かっていた。
時折あらわれる艦内表示を盗み読みながら、人の気配を感じるたびに息を殺してやり過ごし、もしくは隠れる場所を探して息をひそめながら、行きつ戻りつしながらも。
逃げるだけなら簡単だ。そこらへんの非常用扉をぶち破って飛び降りればいい。
だが、そうする事が出来ない訳があった。
もしかすると、そのまま戦場にうち捨てられているのかもしれない…
だが、この艦に回収(サルベージ)されているという可能性も否定できない。
だから、No.0は走る。見つかる危険性を冒しながらも、その可能性のある場所へ向かう。
とうとう、その場所へとつながる扉を見つけた。
ためらうことなく、No.0は扉を開いた。
そこに、巨大な空間が広がった。
そして、そこに立ち居並ぶ、多くの機械巨人たちの姿も―
「…!」
格納庫。プリベンターの機体が収容されているその場所…
No.0は素早くその中へと駆け入り、彼の姿を探した。
数秒の後…彼女は、たいした苦労もなくそれを見つけ出した。
彼女の顔に、安堵が浮かぶ。
…マジンガーZとコン・バトラーV、その隣にたたずんでいるモノ…
メカザウルス・ロウ。
そう、やはり奴らはロウを回収(サルベージ)していたのだ。
真・ゲッターにやられた破壊の後が痛々しく、飛べるかすらも定かではない。
だが、己の友人の姿を目にした今、そんなことは言っていられない。
彼とともに、逃げるのだ。
この恐ろしい場所を、「人間」どもであふれるこの艦を…
ともかくは、メカザウルス・ロウの中に乗り込もうとする。
すぐさま駆け寄る。そして、その巨大な尾に手をかけ、こころで語りかける…
(待ってろ、ロウ…今、行く。…そして、こんな場所から逃げ出すんだ!)
だが、その時だった。
「…無駄だよ」
「?!」
びくっ、と震え、すぐさま息を殺し辺りをうかがうNo.0…
だが、見回す格納庫の景色の中には、如何なる人影も見えない。
しかし、声はなおも降ってきた。それは、穏やかな制止だった。
「無駄だよ…ロウは、…まだ、真・ゲッターにやられたままなんだ。壊れちゃったまま…だから、動かない、動けないよ」
「…!」
それは、上にいた。
声が降る上空…見上げたそこには、機能停止したままに息づく己の親友、メカザウルス・ロウの勇姿がある。
そのコックピットから軽やかに身を躍らせ、その身体を飛び伝って来る黒い影。
その影は、ふわり、とNo.0の眼前に降り立ち…その面を上げた。
格納庫のライトに照らされ、浮かび上がる顔…その顔は、自分のモノそのものだった。
「…」
「な、流竜馬…?!…ち、違う!き、貴様…な、No.39のほうかッ?!」
それは、流竜馬だった。
しかし、No.0は…今発現している精神が流竜馬ではなく、No.39である事を瞬時に見抜いた。
今の彼女は、リョウの服を身につけている…
だが、そんな表面上の違いなど、彼女たちにとっては何の違いももたらさなかった。
感じ取れてしまうのだ。それが、同じモノで出来た、自分たちの間にある奇妙な感応。
対峙する二人。
同じ顔、同じ姿。違う魂、敵同士。
「…」
「ち、畜生…ッ!」
かすかに、No.0の瞳に恐怖が混じる。
しかし、対するNo.39…エルレーンは、ごく穏やかにつぶやくのみだ。
「あなたが、逃げたって聞いたから…ここで、待ってた。…あなたは、必ずここに来ると思ったから…」
「くっ…」
「あなたは、ロウをおいてはいけない…『トモダチ』を見捨てては、いけないはずだから」
「!」
No.39は、淡々と…確信を込めて、そうつぶやいた。
「No.0…」
「う…く、くそッ!」
何とかこの女をまこうと、隙を突いて駆け出そうとするNo.0…
だが、先ほどの戦闘で受けた身体のダメージは、No.0の脚にその力を与えてくれなかった。
「あ、あうッ?!」
「無理、しないで…!」
よろめき、バランスを崩すNo.0。
慌てて駆け寄ろうとしたエルレーンに、燃えるような狂気の視線を投げつけ、怒号を叩きつける。
「う、うるせぇっ!…て、てめぇは!…てめぇは、俺を殺しに来たんだろうがッ?!」
「…」
「て、てめぇなんかに、殺されてたまるもんかァッ!…こ、殺してやる!殺される、その前に!俺が、貴様を…」
「…殺さない」
「…?!」
猛るNo.0の言葉に、それは唐突に割り込んだ。
それは、No.0の耳にも、確かにこう響いた…
「殺さない」、と。
だが、それがあのNo.39…ゲッタードラゴン、そして自分の「トモダチ」、メカザウルス・ロウを操って、自分を殺そうとした女の言う事だろうか?!
しかし、エルレーンはなおも言う…穏やかな口調で。
「私、あなたを…殺さない」
「?!…な、何…言ってやがる?!」
「No.0…だから、私たちを殺そうとするのは、やめて。…そんなことしなくたって、いい…!」
「う、うるせぇ!…う、嘘だ!だって、てめぇは…てめぇは、俺を、殺そうとした!」
「…そう、だね。…私、あなたを、殺そうとした…あなたが、リョウを傷つけたから…だけど」
あの馬鹿な流竜馬と、そう、あの流竜馬と同じような事をほざくNo.39。
そのNo.39に向かい、当然のことながら敵意と疑心を剥き出しにするNo.0…
No.0の指弾に、エルレーンは否定することなくうなずいた。
だが、今は違う、今はそうではない…
その想いを、己の決意をはっきりと述べる。
「…私、もう…あなたを、殺さない。私は、No.0…あなたを、…すくいたい…の」
「…?!」
「ねえ、No.0…ガレリイ長官の言うことなんか聞かないで!…No.0は、知ってるはずだよ!」
「な…何をだ」
「『ハ虫人』が、どれだけ、私たちに冷たかったかを…!」
「!」
「そうだよ、だからあなたは…マシーンランドを壊したんでしょう?!あの人たちが憎かったから、怖かったから…『敵』だと思ったから!」
「…」
No.0の返事は、無言。つまりは、肯定。
「だから…そんな人たちの言うことなんて聞かないで!…私たちといっしょに、私たちといっしょにいこうよ!」
「ふ、ふざけるな…!」
緊張でからからに乾いた口を駆り立て、No.0は言葉をつむごうと苦慮している。
目の前に立つ、この「バケモノ」…No.39の言葉を、甘い誘惑に聞こえるその馬鹿げたセリフを、何とか罵声で退けようとする。
「ふざけるなッ、…そ、そんなことできるかよッ!…だ、第一!」
No.0の表情が、その一瞬だけ…哀しみで彩られた。
「…第一、お前らの『仲間』のあいつらだって…あいつらだって、俺を、だましたじゃないかァッ!」
「…ティファさんたちの、ことを、言ってるんだね…」
「あ、あいつらは!…お前らの『仲間』のくせに…な、何にも知らないふりして、近づいてきて、俺を『飼いならそう』と…!」
「…そうじゃないよ、No.0…」
「し、信用できない…お前らなんてぇッ…!」
「No.0…ねえ、でも、私は…」
「黙れェッ!お、お前に何がわかる、No.39?!」
声を荒げるNo.0。
その口調に、だんだんと混乱の色が濃くなっていく。
「…No.0」
「お、お前なんかに…あいつらにまるめこまれて、ちやほやされてるお前なんかに、一体何がわかるッてんだッ!」
「…?!」
「く、くだんねえ『名前』なんかもらって、いい気になってやがる!う、裏切り者のくせにッ、お前なんか、『出来そこない』のくせにぃッ…!」
「No.0…」
自分を罵倒するNo.0。
だが、そのガラスのような瞳に、一瞬奇妙な感情が入り混じったのをエルレーンを決して見逃さなかった。
そして、確信した。
自分が彼女の与えられる、自分が彼女にささげられる「贈り物」は、決して誤ってはいないのだ、と。
「お、俺は『自由』になるんだ!ロウと、俺とで…お前らを殺して、『自由』に…!」
「…ガレリイ長官が、そんな『約束』を…」
「ああ!だから、俺は…!」
「…なら!…私も、あなたに、『約束』するよ!」
「?!」
No.0の言葉を遮り、大声上げてエルレーンは言った。
戸惑うNo.0を前に、彼女ははっきりと言葉を継ぐ。
「あなたが、私たちといっしょにいってくれるなら、私…」
そして、エルレーンは、こう言い放ったのだ…!
「…私、あなたに、『名前』をあげる…!」
「?!」
その言葉に、思わずNo.0は己の耳を疑った。
だが、No.39はなおも真剣な顔をしたまま、自分をまっすぐに見返し、続ける―
「ナンバーじゃない、『名前』をあげる…!…私が、『No.39』じゃなく、『エルレーン』であるように!」
「…『名前』…?」
「うん…」
静かにうなずき、エルレーンはNo.0を見つめる。
そして、語る。己が彼女にできる事を。「贈り物」のことを。
「あの人」が自分にしてくれた事を、今度は自分の「イモウト」に…!
「…その『名前』で、あなたのことを呼んであげる」
「…」
「そばにいてあげる。もう、あなたがひとりぼっちじゃないように」
「…」
「ずうっと、いっしょにいてあげる…!」
「…〜〜ッッ!」
そう言うなり、一歩、エルレーンがNo.0に歩み寄った。
途端、今まで呆けたように彼女の言を聞いていたNo.0…彼女ははっと我に返り、すぐさま一歩後ろへ退いた。
「…い、いや、ッ!…ち、近寄るなッ!」
「…私が、怖いんだね、…No.0」
「寄るな!寄るなァッ!…う、ううっ!」
じりじりと、後ずさっていくNo.0…
もはや、以前にエルレーンが見た、あの凶悪な少女の影は何処にも見えなかった。
目の前にいるのは、ただ…自分に怯え、必死に逃げ延びようとするか弱げな少女だけ。
…自分という、「バケモノ」から…!
「怖がらないで…私、あなたを…決して、…殺さない」
「…〜〜ッッ!」
「No.0」
その途端だった。
No.0は、自分を突如包み込んだその不思議なあたたかさに、一瞬息を飲んだ。
ぴたり、と吸い付くように、自分の身体に…それが、張り付いた。
それは、忌まわしいこの「バケモノ」…No.39、エルレーンの身体の熱だった。
エルレーンの両腕は、No.0を的確に捕らえ込んだ。
そして、彼女を強く抱きしめる。同じモノで出来た二人が、奇妙なシンメトリーを為す。
ぱちっ、と電撃がはじけるような軽い衝撃。
「…ッ?!」
「だいじょうぶ…だいじょうぶだから、落ち着いて…」
「や、やめろォッ!は、は、放せ!うああっ、放しやがれぇぇッ!!」
「いやッ、放さない…!」
「…!」
「放したら、あなたは…いってしまう!」
No.0は身をよじらせ、なんとかその抱擁から逃れようとする。
自分の皮膚に触れる、この女の感触が厭わしい。汚らわしい。恐ろしい…!
だが、彼女が暴れに暴れても、両腕はエルレーンの抱擁の内にある。
「うあ、い、いや…嫌だァッ!やめろッ、くそったれぇッ!放せ、畜生ッ!」
「いやだって言ってるでしょう…?」
「う、うあぁあ…ッ!」
No.0の表情が、恐怖の色に染め上げられる。
大きく見開かれた瞳に、涙が浮かんできた…
彼女を必死になだめるように、エルレーンは優しく話しかける。
しかし、己の「敵」のそんな言葉など、No.0にとっては悪魔のささやき以外の何物でもない。
彼女の思考が、理性の働かぬ瀬戸際までじりじりと追い詰められていく…
「だいじょうぶ…怯えないで、No.0。…私は、あなたを傷つけない…!」
「うぐうッ!…ううっ、うおぉぉおおぉぉおぉッ!」
「ううッ?!」
エルレーンの顔が、苦痛でゆがんだ。
己の肩口から走った激痛に、びくっと身体を震わせる。
それは、牙だった。
恐怖の極みに至ったNo.0は、死に物狂いでエルレーンに喰らいつく。
傷を与える事で、この女をどうにかして退けようと…!
「〜〜ッッ!!」
「…いたい…いたい、よ、No.0…」
「…ふうっ!ううっ…!」
息も荒く、なおさら激しく牙を突きたてる。
このまま放っておけば、エルレーンの肩を噛みちぎってしまうのではないか、と思えるほどに、激しく。
が、エルレーンの顔に…ふっと微笑が戻った。
「ふふ…でも、そんなことをしても、放さないよ…」
「〜〜ッ!…〜〜ッッ!!」
「ぐ…うっ…!」
そして、決してその抱擁を緩めようとはしない。
だから、なおさらNo.0は怯え、その歯をエルレーンの肌に深くつきたてようとする。
…突き立てられた牙が、白い肌に朱い傷を刻んでいく。なおさらに、その傷を広げていく。
(ああ…痛いよ、リョウ)
ずきずきと肩口を痺れさせていく激痛が、彼女の意識をくらませる。
その揺らめく意識の中で、彼女は己の分身の「名前」を呼んだ。
(何て、痛いんだろう…)
痛い。何もかもが、痛い。
身体の痛みだけではない。こころが、痛い。
触れ合った肌から伝わるのは、No.0のこころ。
疑念。怒り。悲哀。苦悩。絶望、だがその影にある希望…
そして…何より深い、恐怖!
それらは全て鋭鈍問わぬ痛みとなって、エルレーンを責めさいなむ。
その痛みが、No.0を責めさいなんでいるのと同じように。
(でも、私、放さないよ…リョウが、私を、決して放さなかったように…!そうして、私を助けてくれたように!)
だが、それでもエルレーンは彼女を決して解き放とうとはしなかった。
全力込めて、全身全霊込めて、彼女はNo.0を抱きしめる…
その少女の中に埋まる闇も、光も…その全てをまっすぐに受け止めて!
「う…うう、っ、あ、あ、ああ」
「…No.0?!」
が、その激しく静かな闘争は、唐突に終わりを告げる。
…とうとう、No.0のほうに限界が来てしまったのだ。
今まで執拗にエルレーンを責めたてていた牙が、ふっと獲物から離れた。
そのことに気づき、No.0に視線を走らせるエルレーン…
No.0は、かすかに虚空を見つめ…ぶるぶると震えていた。
そのガラスの瞳はかすかに震え、何も映しこんではいない。
そして…彼女の精神は、臨界点を突破してしまった。
「…ああ、あ…ああぁああぁああぁああぁ!」
「?!」
突如あがった奇声。
それがもはや嘆息ともいえぬほどのボリュームとボルテージを伴っていくにつれ、エルレーンはようやくNo.0の異常に気がついた。
あまりの精神の高ぶりに耐え切れず、とうとう彼女は激しい恐慌状態に陥ってしまったのだ!
何も見ぬままに瞳を見開き、大きく開かれた唇からは耳をふさぎたくなるような絶叫。
その相貌にはべったりと恐怖の色が張り付き、彼女の整った造作をゆがめている…
絶叫、絶叫、絶叫。
「バケモノ」の手に捕らわれた少女は渦巻く恐怖の中にからみとられ、身体を強張らせ、ただただ悲鳴をあげ続ける。
「ああぁあぁ―――あああぁああっぁぁあぁあああぁぁ――あぁぅううあぁあぁぁあぁぁああぁああぁ!!」
「――ッ?!」
びくびくと身体を痙攣させながら、叫び続けるNo.0。
だが、その彼女を何とか落ち着かせようと、彼女を抱きしめた両腕に力を込めた途端…
それは、おこった。
エルレーンの両腕に、沸き起こる異変。
彼女を放さぬように力を最大限に込めて抱きとめていた、その両腕…
その指先が、突如感覚を失った。
(な…何、これ…ッ?!)
エルレーンが戸惑っている間にも、どんどんと末端からすうっと感覚が消えうせていく。
いや、消えうせていくのは皮膚感覚、それだけではない―
自分の手、それ自体が消えうせていくかのように感じた。
「あぁあぁぁあぁ、うあぁぁああああああぁぁぁぁあぁぁああああぁあぁぁぁあ!!」
No.0の絶叫は止まらない。
内心に荒れ狂った恐怖と混乱の絶頂が格納庫の空気を揺るがすような音となって、彼女の唇から放たれ続ける…
そのあまりに異常な叫びを聞きつけたのか、ようやく格納庫に誰かがやってきた…
どたばたと入り口から飛び込んできた彼らは、すぐさまその絶叫の主を探さんとする…
しかし、もはやエルレーンにはその物音すら聞こえなかった。
彼女の聴覚を、No.0の叫び声だけが貫いていく。
その悲痛な、ケモノのような咆哮をバックグラウンドに聞きながら、エルレーンもまた己の身に起こっている異常事態に混乱していた。
(わ、私、溶けてく?!…どんどん、溶けて…!!)
そう、「溶けていく」。溶けて、それは吸い込まれていく。
…他でもない、自分が今触れている、自分と同じモノ…No.0の中に!
(…まるで、あの時みたいな…あの、リョウの中に、とりこまれたときみたいな?!)
その感覚が、かつて自分が体験したモノとまったく同じものであること―
それをエルレーンが思い出した刹那、とうとうそのクライマックスの時がやってきた。
「ああぅぁあうぅああぁぁあああぁあぁぁぁああぁっ、ああぁあああああぁぁぁあああぁぁああぁ――――!!」
「――!」
空気を引き裂くような叫び声…いや、もはやそれは強烈な音波…がひときわ高く格納庫中に響き渡ったと同時に…その声は、ぷつん、と突然断ち切れた。
刹那、視界が…ぱあん、と真っ白くなった。
それが、エルレーンの意識が最後に認知したモノ…
抗う術もなく、そのまま彼女は人事不省に陥った。
…だが、同時にNo.0の意識も消失した。
そのまま、エルレーンに倒れこみ、前のめりに崩れ落ちていくNo.0。その重みに任せ、エルレーンも後ろへ倒れていく。
ばたん、という物音を聞きつけ、格納庫に入ってきたハヤトたちはようやく彼女たちの居場所へと向かう。
冷たい床、ゲッタードラゴンの足元に、暗い影…その中に、彼らは見つけた。
そこには、二人が倒れていた。
天を仰ぎ、床に倒れこんでいるのは…流竜馬。
その腕の中には、No.0。リョウに抱きしめられた格好になったまま、彼の上に折り重なるように倒れている…
二人とも気を失っている。どうやら、卒倒してしまっているようだ。
だが、それでもリョウの腕はNo.0を抱きしめたままに固まっていた。
まるで、「自由」の空へと飛び去らんとする小鳥を、小さな檻の中に捕らえこんでしまうかのように…


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