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◆ the cruel Destiny(1)
<Confutatis maledictis(呪われた人々が入りまじり)>
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「…あ、やや?」
右足の甲に感じた、違和感。
小さなつぶやき声とともに、少女は立ち止まってしまった。
きょとん、とした顔で、自分の足元に視線を落とす。
「…」
「どうしたんだい、エルレーン?」
「あっ、リョウ…」
突如歩みを止めたエルレーンにいぶかり、リョウもこちらによってきた。
と、エルレーンはその場にしゃがみこみ、困ったような顔でリョウを見上げている。
見ると…彼女の履いているブーツ、その右の一方。
結ってあるひもが、途中で切れてしまっているようだった。
「靴のひもが…」
「切れちまったのか?」
「…なぁんか、やなカンジ…」
面白くなさそうにぽつり、とそうつぶやいたエルレーン。
どうしていいものかわからず、切れた部分をいらっている。
「とりあえず、別のやつ履いてくれば?」
「うん…」
リョウが彼女にそう促した…
と、その時。
鼓膜を振るわせる、激しい警報音が鳴り渡った。
「…!」
「『敵』…?!」
瞬時、彼らの表情が緊迫で引き締まる。
闘争心を呼び覚まされたエルレーンの瞳が、刹那、使命の輝きを帯びた。
立ち上がる。
唐突に駆け出す。
格納庫に向かって。
「!…エルレーン!」
「ゲッタードラゴンのところにいかなきゃ!」
エルレーンにそう叫び返され、リョウも己のすべきことに気づく。
慌てて、彼女の後を追おうとした―
「…あ、」
その時だった。
廊下を一目散に駆けていく、エルレーンの後ろ姿。
その後ろ姿を見送るリョウの胸を、何かが通り抜けた。
それは、ぞっとするような悪寒…のように、彼には感じられた。
思わず、全身が身震いするようなそれ。
その不快な感覚は、わけのわからない不安の奔流になって、リョウのこころを襲う。
いつのまにか、リョウは大声を上げていた。
「あ…え、エルレーン!」
「?…なあに、リョウ?」
リョウに呼びかけられ、立ち止まって振り返るエルレーン。
「き、今日は、ちゃんと…ヘルメット、かぶって出撃しろよな」
「えー?!何でぇ?!」
意外な命令に、不服の声をあげるエルレーン。
そう、彼女は普段の出撃でも、ヘルメットを着用しない。
ヘルメットの着用が、自分の感覚を鈍らせてしまうのを嫌うのか…
ともかく、危険や安全うんぬんではなく、彼女はヘルメットをつけることを非常に嫌がっていた。
「何でじゃない!怪我したら危ないだろ」
「で、でも…」
「でもじゃないの」
「…はぁい、なの」
だが、今日のリョウは格段にしつこい。
いつもなら自分の好きなようにさせてくれるのに、この時ばかりは様子が違った。
何だか怖い顔をして半ば怒りながら命じるリョウに、とうとうエルレーンも屈服した…
「さ…さあ、それじゃ、俺の予備を貸してやるよ。部屋にいったん戻ろう?」
「…うん」
こくり、とうなずくエルレーンを見たリョウ。
何が何だかわからないが、これでいいんじゃないか。
そんな、自分でもまったくはかのいかない感覚。
何故嫌がる彼女を押し込めてまでそうさせたかったのか、自分でもよく理解できなかった。
だが、「これでいいはずだ」「これでいいんだ」というあいまいな予感だけが、やたらとリョウを安堵させてくれた。
そうして、彼女の肩を軽く叩いて促した―
…戦場に、向かうために。

プリベンターの進路を阻むように出現した、幾多の機械群―
ある者は鋼鉄の翼で空を舞い、ある者は鈍色の両脚で大地を踏みしめ、ある者はレーダーの組み込まれた目で、こちらの様子を伺っている。
アーガマから飛び出した真・ゲッター1、そのコックピット…真・イーグル号のリョウは、それらの姿を見て思わず舌打ちしていた。
それらはみな、銀色のプレートで半身を覆われているものの、明らかにその以前の姿を残していた。
太古の時代、この地上を我が物顔にて闊歩していたはずの、その種族の…
それらは、恐竜。強躯強大な、ハ虫類。
鉄の機構を組み込まれた、機械蜥蜴たち…恐竜帝国の、メカザウルスどもだった!
宿敵・「恐竜帝国」と聞けば、一番に猛るはずのゲッターチーム。
だが、リョウのこころは―重い。
ハヤトも、ベンケイも同様だ。
当然だ―彼らは恐れているからだ。
あの女龍騎士が、再びあらわれることを!
そして…エルレーンと彼女の再会を…!
ちらり、と、彼はモニターを盗み見た。
真・イーグル号のモニターには、ゲッタードラゴンの操縦者…エルレーンの姿がある。
画面の中に映る彼女は、瞳をらんらんときらめかせ、闘志を静かに燃やしているかのようだ。
…そう、戦場こそが彼女のフィールド。
戦うためにのみ造り出され、戦うためにのみ存在した、流竜馬のクローンの―
…だが。
リョウの胸を再びかすめていく、あの嫌な予感。
それは直感なのか、単なる杞憂なのか…
しかし、今までに幾度も彼を不安がらせてきたその予感は、なおも…上から押しつぶしてくるかのように、リョウのこころにのしかかってくる。
(…来ないでくれ)
リョウの歯が、喰いしばられた歯が、ぎりっ、と音を立てた。
(来ないでくれ、キャプテン・ルーガ。頼むから、来ないでくれ)
ハヤトも同じように、願っていた。
ベンケイも同じように、願っていた。
(来ないでくれ、ルーガさん。あんたが来たら、エルレーンがあんたを見てしまう)
焦燥は彼らの心臓をより早く脈打たせ、なおさらに焦燥をあおっていく。
リョウは力いっぱいに祈った。
まともな信心などもちあわせていないにもかかわらず、彼らは懸命にその幸運を祈っていた。
(来ないでくれ、キャプテン・ルーガ!今、ここに、あらわれないでくれ…!)
…と、至極不愉快なしゃがれ声が、突如彼らの祈りを妨げる。
敵方からの通信回線、そこにあらわれたのは…あの仇敵、邪悪な科学者。
「はっはっは…あらわれよったのう、小賢しいサルどもが!」
「…ガレリイ長官!」
「へん、恐竜帝国のトカゲどももしつこいこったな!」
「ふん、抜かせ!…これ以上我々の邪魔をされるわけにもいかんのでな!ここで仕舞いとしようではないか!」
今日はやけに自信に満ち溢れた様子のガレリイは、そこでにたり、と笑んでみせた。
「ハ虫人」の瞳に、邪心が…勝利の確信とともに、きらめいた。
「そう…そうだ、貴様ら忌まわしきゲッターチーム、忌まわしきゲッターロボとも!」
「…!」
「はっ、こりゃあ大きく出たもんだ!あんたの造ったメカザウルスが、俺たちのゲッターにかなうもんですかね!」
「くっくっく…その余裕も今のうちだ!」
ハヤトの皮肉も軽く受け流して。
ほくそ笑む醜い老爺が放った次のセリフは、異様なほどに役者じみていた。
「何故なら…今の我々には!『無敵の龍騎士(ドラゴン・ナイト)』がいるのだからなあぁ…!」
「無敵の龍騎士(ドラゴン・ナイト)」というフレイズに、嫌味なまでに派手につけられたアクセント。
その意味を理解できずに、リョウたちの表情は怪訝なものになる。
…だが。
一瞬後に、悟った。
ゲッターチームの顔が、悪夢の予感で強張った。
視界に映る戦場、吼え唸るメカザウルス…
その機械蜥蜴たちの群れの中から、一体が歩み出た。

大剣を帯びたそのメカザウルスのことを、ゲッターチームは痛いほどよく知っていた。

リョウは呪った。
あまりに無常なこの再会を、それを許した神を呪った。
リョウの視線が、はじかれたようにモニターにすべる。
果たせるかな―割り込みでの新たな通信回線が開く。
誰からでもない、それはあのメカザウルスを操るキャプテンからの通信だ。
その通信は、全ての敵機…プリベンターの機体全てに送られていた。
それは、すなわち―
彼女の機体・ゲッタードラゴンにも送られている、ということだ。

リョウは呪った。
あまりに無常なこの再会を、それを許した神を呪った。

エルレーンが、とうとう…彼の女(ひと)を見たのだ。

数万分の一秒の速さを飛び越えて。
少女の瞳が、彼の女(ひと)を射た。
忘れ去ることも、捨て去ることも出来なかった、あの女(ひと)の姿を。
瞬間、瞳孔は見開く。光を取り込む。世界を取り込む。
彼女の網膜に反転した世界―
その世界の中に、ゲッタードラゴンのコックピットの中に、そのコンソールの中に、
コンソールの通信画面の中に、彼の女(ひと)はいた。
刹那―少女の時は、凍てついた。




そうして、悲劇がはじまる。
彼が最も恐れていた、どう考えても奇跡など起こりえないような絶望そのものの悲劇が―





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