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◆ Breath of Dragon(「龍の息吹」)
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「あ…」
「そ、そんな…」
「…」
リョウの頬を、一筋の汗が流れ落ちていく。
冷や汗だった。
脳内が、思考の渦でぐらぐら煮えたぎり、神経回路は焼ききれそうだ。
にもかかわらず、身体は凍てついてしまい、動けない。
そして、ショックに打たれているのは、ハヤトも同じ。
モニター画面を凝視したまま、彼の驚愕の表情は動かない…
そんな二人を、彼女は無言で見返している。
「?!…リョウ、ハヤト…?!」
様子のおかしい「仲間」二人に、ベンケイも気づいた。
強張ったまま動かないリョウとハヤトの姿は、否応なく異変が起きたことを示す…
その異変の主に向かって、いや…というより、それは独り言だったのだろうか。
あまりに信じられない現実に脅かされた二人の口から、ひとりでにそれはもれたからだ。
「な、何故、あんたが、そこにいるんだ…?!」
「…」
「な、何故、どうして…ッ?!」
「…」
彼らの口からは、同じようなことしか出てこない。
何度も何度も問い返す。その現実を認めきれないで。
そして…リョウとハヤトの嘆息は、最後にまったく同じ言葉となって放たれた。
それは、彼女の「名前」だった―
『キャプテン・ルーガ…!』
金色の目が、きゅっ、と細くなる。
モニターに映る、「ハ虫人」の女の顔が…薄い微笑のような表情に変わった。
「…ほう?我が名を覚えておいていただけたとは…な。これは何と光栄なことだ!」
「…」
「?!…お、おい!ど、どういうことなんだよ、二人ともッ!」
「…」
「なあッ…おい、リョウ、ハヤトッ!」
「…」
一方、動揺しているのはベンケイだ。
何故リョウたちがこの「敵」の「名前」を呼んだのか…
その理由もわからず、状況がつかめない彼は混乱から抜け出せない。
…だが、混乱している、というなら、それはリョウたちとて同じ。
瞳を何度瞬いても、目の前にある光景は変わらない…
そして、モニター画面の中に映る、彼女の姿も変わらない。
…何故、あの時死んだはずの彼女が、今こうやって目の前に存在しているのだ?!
「な…」
だから、リョウの口からは、同じ言葉ばかりが出てくるしかない。
「何故なんだ、ルーガさん…」
「先ほどからそればかりだな、ゲッターチームよ」
軽い吐息を吐き出すとともに、少し呆れたような口ぶりでキャプテン・ルーガはそう言い返す。
だが、リョウはまた「何故」を繰り返す…
混乱の際にありながらも、必死にこの信じられない、悪い冗談のような状況を理解しようと。
「何故、あなたがここにいる…?!こんな、こんなこと、ありえない!」
「そう、ありえない…だが、」
くくっ、と、画面の中の彼女が笑んだ。
だが、その中できらめく金色の瞳…その金色の瞳だけは、決して笑ってはいない。
「お前たちの目に映っている事、それが真実。…私は、今、この場所に、確かに存在している。それが現実だ」
「…」
「な、何故…」
「…そして、『何故』と問うたところで、お前たちには何の益もないだろう?」
「!」
キャプテン・ルーガの穏やかなセリフ。
だが、態度が穏やかだからと言って、決して彼女が和平や一時休戦を望んでいるというわけではない。
「う…!」
「何故なら…我々は、歴然たる『敵』同士。…語ったところで、意味はあるまい?」
その穏やかな低い、アルトの声。
まるで聞き分けのない「子ども」をたしなめるかのような口調で、そう言いながら…彼女は、メカザウルスを操作した。
メカザウルス…彼女のメカザウルス・ライアは、その右手に剣の柄を握った。
が、その剣が鞘から引き抜かれる、じゃっ、という高い音…その音にかぶさって、さらなる音が戦場に鳴り渡った。
「ま、待ってくれ、キャプテン・ルーガッ!」
それは、リョウの叫び声だった。
緊張にひきつれる喉を叱咤し、彼は必死に言い募る。
「待ってくれ、ルーガさんッ…」
「…」
「お、俺は!俺は、あなたと戦いたくはないんだ!」
「り、リョウ?!」
「…」
ベンケイの瞳が、驚愕で見開かれる。
何故、「敵」であるあの「ハ虫人」に向かって、そんなことを言い出すのか…?!
過去を知らぬベンケイには、その理由が察知できない。
しかし、リョウは真剣そのもの。
そして、ハヤトもそれを無言で見守っている…
「だ、だから!だから、俺の話を聞いてく…」
「…それは、出来んな」
…だが。
リョウの必死の主張は、穏やかなその一言で叩き潰された。
「!」
「り、リョウッ!」
じゃきっ、という、金属のきしる音。
メカザウルス・ライアが、さらに一歩前に出た。
「…ゲッターチーム、流竜馬よ。あの時は…私の油断のせいで、思わぬ敗北を喫した」
理知と機知を感じさせる、キャプテン・ルーガの顔に、かすかな影が入り混じる。
しかし、次の瞬間―その端正な顔を、強烈な気迫が彩った!
「だが、もはやそのような失態はないッ!
…龍騎士(ドラゴン・ナイト)の名にかけて、必ずやお前たちを倒すッ!」
「…!」
通信機をふるわせる、キャプテン・ルーガの雄たけび。
そう、それは雄たけびだ。
燃え盛る闘志と冷たい殺意、戦う者の持つ気焔…それをそのまま音波に変えたような、凄まじい雄たけび。
その雄たけびは、聞く者の心を破り、引き裂き、縛り付ける。
衝撃と畏怖と恐怖とで―
それはまさに、強大なる龍が『敵』に向かって吐きつける、炎の息吹(ブレス)のごとく―!
…だが、リョウとて、退けない。
金縛られた自らの身体を鞭打ち、無理やりに唇を動かして…敵意と殺意を放つ龍に向かい、必死に叫ぶ…!
「ち、違うんだ、ルーガさん!聞いてくれッ…俺の話を、聞いてくれぇッ!」
「『人間』であるお前たちから、聞くべき話など…ないッ!」
「?!…う、うあッ?!」
リョウの懇願は、一閃の剣撃によって弾き飛ばされた。
真・イーグル号は辛くもその剣を避けたが、メカザウルス・ライアの振るうその大剣は…当たれば、たやすくゲットマシンを切り裂くだろう。
…リョウたちの顔から、血の気が引いた。
「…」
「くっ…」
「な、何やってるんだよ、リョウ!あいつ、恐竜帝国の奴なんだろ?!…何で、反撃しないんだよッ?!」
「…」
「合体しろよッ、リョウ!…う、うわああッ?!」
合体をせかすベンケイの言葉にも、リョウはうなずかない。
焦れたベンケイが叫ぶ声も、途中で悲鳴になりかわった。
危うくメカザウルス・ライアの一撃から逃れた真・ベアー号…その真下を、すさまじい剣圧が吹き渡っていく。
真・イーグル号の通信機ががなりたてる。ハヤトとベンケイの声でがなりたてる。
「り、リョウッ、どうするッ?!」
「…」
「リョウッ!」
リョウは、一瞬惑った。
己がどうするべきかを、惑った。
だが…彼の脳裏に、何かがかすめた途端、彼はすぐさまに決断を下す。
それは、アーガマで自分の帰りを待っているだろう…自分の分身の姿だった。
「…退却だ!」
「!」
「な…?!」
ベンケイの顔色が、変わった。
動揺と困惑、そして…理不尽な命令に対する、怒りとで。
だが、彼に理解させる時間をとれるほど、状況は安穏なものではなかった。
「一旦退く!ゲットマシンのまま、全速力で逃げるぞッ!」
「な、何で…」
「ベンケイッ!…いいから、早くッ!!」
「…ちっくしょうッ!!」
ベンケイの怒号。
罵声を吐き捨てると同時に、彼は思い切り操縦桿を引いた―!
「…!」
瞬時、三機のゲットマシンは反転。離脱。
あっという間にその姿は影のようになり、見る見るうちに小さくなっていく…
「くっ…何というスピードだ」
キャプテン・ルーガの両眉が、きゅっ、とあがる。
しかし、それも一瞬だけのこと…すでにゲッターチームを追跡することは不可能になってしまっただろう事を、彼女の頭脳はすぐにはじき出した。
「キャプテン・ルーガ…如何いたしますか?」
「よい、今は追わぬ方がよかろう。我らのメカザウルスでは、ゲットマシンのスピードには追いつけぬ」
「はっ…」
部下からの通信にも、あっさりと戦闘の中止を言い渡す。
「そうだ、急ぐ必要はない…いずれ、」
その美しい顔に、拭い去れない暗い影。
瞳を閉じ、緊張感をため息とともに吐き出してしまってから…彼女は、気の無い口調でそのセリフの続きを口にした。
「また、あいまみえることになる…望む望まぬにかかわらず」
先ほどとは一転、諦念に満ちあふれたその言葉は…おそらく、彼女の本音そのものだった。

「ありがとう、ゲッターチーム…ワクチンによる処置が早かったため、思ったよりみんな病状の回復が早いらしい」
「…」
アーガマ・ブリッジ。
ワクチンをポイントRより運んできたゲッターチームに、クワトロ(何故か、先ほどより生傷が増えている)がねぎらいの言葉をかけている。
だが…任務を果たしたにもかかわらず、彼らの表情は暗い。
三人とも、ややうつむき加減になったまま…彼の言葉を聞いているだけだ。
「エルレーン君も、だいぶ落ち着いたようだ…後で、様子を見に行くといいよ」
「あ、あの…」
と…リョウが、口を開いた。
「?…何だ?」
「あ…」
だが、中途半端に開かれた彼の唇からは、それ以上何の言葉も出てこなかった。
ため息ともつかぬ空気が、わずかに肺から吐き出されただけで。
何か言おうとして、けれどもそれを言葉に出来ぬままに。
「何だね?」
「…」
「?…リョウ君、」
「い…いえ、何でもありません…」
そして…結局、リョウは何も言うことが出来なかった。
口を閉ざした。
ハヤトとベンケイも、無言。
何も言わぬまま、リョウを見ている…
「…?」
「何でもありません…何でも」
何も知らないクワトロは、不思議そうな顔をしてそんなゲッターチームを見ている。
うつむいたまま、リョウは同じセリフを繰り返した…
何の意味もない、かけらも自分でそう思ってすらいない、上滑りな決まり文句を。

ブリッジを出た後も、彼らは無言のままでいた。
何も言わないまま、お互いの顔すら見ないまま、疲れた身体を引きずって、自分たちの部屋に歩いていく。
…だが、やがて。
ベンケイの足が、止まった。
「…リョウ、ハヤト」
低い声が、廊下にかすかに反響する。
リョウとハヤトも、立ち止まる。
振り向くと、そこには…何処か険しい表情をしたまま、立ち尽くすベンケイ。
「ベンケイ…」
「どういうことだか、説明してくれるよな」
「…」
「おい、」
言葉を失った二人に、押し黙る隙すら与えなかった。
ベンケイは、はっきりとこう言ったのだ。二人を見つめて。
「また、俺だけ蚊帳の外なんてのは…御免だからな」
「…!」
「聞かせてくれよ。あの人は、一体何なんだ?あの人とお前らの間に、一体何があったんだ?」
「…」
「…わかった」
数秒の逡巡。
しかし、リョウは…最後には、こう答えた。
長いため息を、一つ。
それから、大きく息を吸って…覚悟を決めた彼は、ベンケイに告げた。
「わかった、ベンケイ…恐竜帝国との戦いが再び始まった以上、いずれはお前にも話さなきゃいけなかったことなんだ」
「…」
「聞いてくれ、ベンケイ。頼む、いっしょに考えてくれ…俺たちが、これから一体どうすればいいのか。そうして、」




「俺たちが、一体エルレーンに何をしてやれるのか、を…」





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