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◆ Be a Sword-Master, Girl!
  (アーガマでの日々―
   「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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「…はあッ!…たぁっ!」
アーガマ内、トレーニングルーム…備え付けの運動場。
実のところ、そこは「運動場」とは名ばかりの、ただの広めの何もない空間なのだが…その何もない場所の中で、エルレーンは訓練に励んでいた。
彼女が好んで修練するモノ…それは、恐竜剣法。
キャプテン・ルーガから教わった、恐竜帝国に伝わる剣術。
エルレーンの最大の武器の一つでもある剣術。
そのレベルを常に最高の状態に保つため、彼女はよくここで一人訓練に没頭しているのだ。
「…はー…何か、すごいなぁ、エルレーン…」
「何か、顔つき変わっちゃってるよな」
トレーニングルームのほうから、その様子を覗き込み…輝と柿崎は感心したようなため息をつく。
あの、頭がたいていいつでも小春日和のようなエルレーンが。
真剣この上ない表情で訓練用の竹刀を握り、黙々と剣をふるい続けている…
びゅん、と竹刀を鋭くかざし、目の前の空間に斬り込む…「敵」の姿をイメージして、その動きを読んで。
身体中の筋肉がしなやかに動き、強烈な一撃を生み出す…
声をかけるのがためらわれるほどに、ぴいんと張り詰めた空気が彼女のまわりにただよっている。
訓練に集中している彼女には、周りの雑音など耳には入らない…
…が、彼らだけは、別らしい。
「…!」
彼らが近づいてきたのを察するや否や、ぴたりとその動きを止めるエルレーン。
そして、くるり、と運動場の入り口のほうをふりむく…果たせるかな、そこにはゲッターチームの姿があった。
エルレーンの顔に、ぱあっとうれしそうな笑顔が浮かぶ。
「エルレーン!ここにいたのか!」
「!…あー、リョウー!」
その声に答えるエルレーンには、あっという間にいつものふわふわした空気が戻っていた…
その変わり身のあまりの速さに、思わず輝と柿崎は苦笑した。
「剣の訓練をしてたのかい?」
「うん!」
「えらいね、エルレーン」
「うふふ…!」
流竜馬に誉められ、ふにゃあっ、とうれしそうに頬をゆるめるエルレーン。
…と、そんな二人をぼんやり見ていた車弁慶。
彼は、ふっと思い出したように、こんなことを言い出した。
「…そういやさー、リョウも…剣道やってたんじゃなかったっけ?」
「!」
「ああ、実家が剣道の道場だし。…俺、一応後継ぎ…だからな」
「へー、じゃあ…」
ベンケイが頭をぼりぼりかきながら、そのちょっとした思い付きを、思うすぐさま口にした。
「…エルレーンとリョウ、剣道で勝負したら、どっちが強いのかなー?あっははは!」
「…!」
「お、おい、ベンケイ…!」
そのアイデアにぎょっとなり、慌てて彼の口を閉ざそうとするリョウ…
が、それは少々遅すぎた。
「…もう遅いようだぜ、リョウさんよ」
「う…」
ハヤトの促しで、エルレーンのほうに目を向ける…
すると、そこには、期待で目をきらきら輝かせたエルレーンがいた。
…その瞳いっぱいのきらきらに、ちょっと引いてしまうリョウ。
「…ね、リョーウ?」
「…お、お前の言いたい事、何となくわかるけど…
き、気が進まないな、俺…」
…そして、エルレーンは、とうとうおねだりをするような口調でそう持ちかけてきた。
その言葉に消極的な返事を返しながら、あえてリョウはエルレーンと目を合わせない…
「えー、何でー?やろーよー、リョウー!」
「だ、だって…」
リョウの脳裏に浮かぶのは…かつて斬りあった時の、メカザウルスに乗ったエルレーン。
鬼神のごとく剣を振るう彼女、あの時の光景が嫌な感じにフラッシュバックする…
「だいじょぶだってー!練習だから、痛くしないよぉ」
「え、エル…」
「斬ったりしないからぁ…ね?」
「?!…き、斬られたらおしまいだって!シャレにならないって!」
エルレーンのあまりに屈託のない口調に、むしろリョウは怖いものを感じてしまう
が、断り続けるリョウにひるむことなく、エルレーンはなおくいさがってくる。
「しょーぶしよ?ね?…剣の練習!」
「う…」
…そして、彼女は伝家の宝刀を抜いた…
うるうると瞳をきらめかせ、ちょっぴりさみしげな表情でおねだりする、いつもの手口だ。
ひょっとしたらある意味ゲッタービームよりも強いかもしれない、うるうる光線。
…どうやら、最近では、こうすればリョウに自分のお願い事をほぼ100%聞いてもらえることを、すでに彼女は学習してしまったらしい。
「…わ、わかったよ…」
「!…わーい、リョウだいすきー!」
…果たせるかな、10秒もしないうちに、リョウはオチた。
その様をぼけーっと見ていたベンケイ。隣に立つハヤトに真顔でこう問いかけた。
「…俺、何か悪いこといった?」
「…ベンケイさんよ…あんた、本気でそう言ってるのかよ」
「?」が、そういわれても、彼はなお「よくわからない」といった顔つきをしている…
「さーて、リョウ…遺言とか、一応聞いとこうか?」
「ば、馬鹿なこと言うなよ!…な、なーに、大丈夫だって!
俺だって、一応、流一刀流の師範代なんだ!そ、そう簡単には負けやしないぞ!」
ハヤトの縁起でもない冗談に、あえて強く出るリョウ。
彼も剣道を長年やっているだけあって、剣にはちょっと自信があるのだ。
…エルレーンほどではないにしても。
「じゃ、やろー、リョウ!」
リョウの腕を軽く引っ張り、早くしようと促すエルレーン…
…と、見返したそのエルレーンの顔には、今からはじまる面白い遊びにわくわくしている子供のような笑顔が浮かんでいることに、ようやくリョウは気がついた。
…そうだ、これは…「しょーぶ」なのだ。「勝負」ではなく。
何も、命の取り合いをやろうってわけではないのだ…
そんなことに気づくと、リョウの顔に明るさと余裕が戻る…
妙に怯えていたさっきまでの自分が、ちょっとおかしく感じられるくらいだ。
「あ、ああ!負けないぜ、エルレーン!」
「…うんッ!」
そうして二人はともに竹刀を手にし、運動場の中央へと向かった。
同じ顔、同じ姿の二人が向かい合い、それぞれ違った構えを取る…
真っ直ぐ立てるように竹刀を構える、古来よりの剣道の構え、流一刀流。
片手で剣先を相手に向け、もう一方の手は後方に伸ばしバランスを取る構え、恐竜剣法。
「…じゃあ、行くぞッ!」
「うんッ!」
…と、リョウがそう言うのを合図にして、二人は同時にお互いに向かって駆け出した!
上から打ち下ろされる鋭いリョウの一の太刀を、竹刀を水平に構えたエルレーンが流すように受け止める…
そして、勢いを殺すや否や、今度は彼女が突きをお見舞いする。が、リョウの竹刀は見事にそれを払った。
運動場の中に、竹刀同士が打ち合わされる、心地いい乾いた音が連続して響く…
その二人の打ち合いを、ハヤトたちからちょっとはなれたところで、「炎ジュン」も見ていた。
一見、互角のように見えるその打ち合い…
だが、剣聖である彼女には、実はそうではないことが見てとれた。
エルレーンは、100%本気を出してはいない…
その相手が流竜馬であるので、やはりだいぶ手加減しているようだ。
そしてまた、流竜馬もそのようだ…
彼の剣さばきも、また見事なものだ。
異種族である「人間」のその剣法は、恐竜剣法とは違い、むしろ攻勢を主としているように見えた。
…とはいえ、エルレーンに怪我を負わせるわけにもいくまい。
自然にその剣の勢いにも抑制が効いている。
それに、何より…リョウとエルレーン、そのどちらともが、楽しそうな笑顔を浮かべている。
まるで、鬼ごっこに熱中する子どもたちのように…
…半分本気で、半分遊び。
心底楽しそうにリョウと剣を交わすエルレーン。
軽く息を弾ませながら舞うように動く彼女の頬を、きらめく汗がつたい落ちていく…
(…「仲間」といっしょに剣の訓練、か…
昔なら、ありえなかったことだな、…エルレーン?)

それは、自分の生涯の…本当に、最後に近かった日。
エルレーンが生まれて、5か月ほどがたったある日のことだった。
その日の午後、自分は訓練所にいた。
完全なる恐竜剣法を受け継ぐ者として、若い弟子たちに恐竜剣法を指導していたのだ。
『…それでは、今日はこれまで!』
『ありがとうございました、ルーガ先生!』その日の稽古の終了を告げると、一斉に弟子たちのコーラスがかえってくる。
その中で、ひときわ大きい声の持ち主…ふっ、と彼の姿が目に止まった。
『ラグナか。…お前もだいぶ強くなったな。太刀筋がずいぶんしっかりしてきている』
『あ、ありがとうございますッ!』
そう誉めると、青年はうれしさを抑えきれない、といった感じに、声を震わせながらぺこりと頭を下げた。
…ラグナ。
この頃は、まだ自分より遥かに年若く…50をすぎた頃だったろうか。
勤勉かつ誠実なその性格は、今の彼と変わりはしない(ただ、顔は昔のほうがかわいかったと思う)。
そして、彼がその当時も自分の中で一番力量ある弟子だった…「ハ虫人」の中では。
『俺たちじゃあ、もうラグナさんにはかないませんよ!』
『そうだな、実力からいえばお前がこの中で一番だろうな』
『そ、そんな…』
照れてしまったのか、言葉少なにうつむいてしまう。
…例え高みに上ろうとも、決してそれに溺れないその謙虚さも、とても好ましく思える。
『謙遜するなよ、ラグナ!…何せ、お前はもう奥義を3つも習得してるんだぜ?』
『で、でも、まだまだです!…剣をはじめて、まだ31年しかたってないんですから…』
『…恐竜剣法の奥義は、時間さえかければ誰でも習得できるというものではない。才能も必要なのだ。
…たゆまぬ努力と鍛錬が欠かせぬことはもちろんだがな。…だから自信を持っていいと思うぞ、ラグナ』
『あ、…あ、ありがとう…ございますぅっ』
仲間や自分の言葉に、瞳をうるませ…ラグナはそう言って、うつむいてしまった。
『ルーガ先生は、5つの奥義を習得されるまでどれくらいかかったんですか?』
…と、別の弟子の一人が、突然そんなことを聞いてきた。
『さあて、な…家が家だったもので、物心ついたときから剣を握らされていたからな。私の人生は常に剣とともにあった。
だから…強いていえば、その人生すべてをかけてモノにした、といえる』
『と、いうと、何年くらい…』
『年を聞かれて喜べるような年代の女に見えるのか、私が?』
『!…あ、い、いや、その…』
『いや、ルーガ先生はまだ全然若いですって、本当に!』
しつこく年数を聞いてくるのにちょっと閉口し、少し脅すようにそう言ってやった。
と、それを聞くなり、びくっと飛び上がって…いきなり、そんなセリフをわたわたと口にしだす弟子たち。
…軽い冗談のつもりだったのだが、本気にされてしまったようだ(何と失礼な)。
『はは…わかったわかった。…それじゃ、皆…またな』
世辞の嵐に苦笑しながら、そう言って話をしめくくる。
『はい!』
『失礼致します!』
『またよろしくお願いしますッ!』すると、彼らは元気よく返事を返し、礼をしながら次々と訓練所を後にした…
数分後。
しいんと静まり返った訓練所の中には、もはや自分しか残っていない。
…そろそろ、いいだろう。
『…さて』
くるり、と振り返り、武具置き場へつながる扉に向かい、こう呼ばわった。
『…いつまでそこにいるつもりだ?もう、私以外誰もいない…そろそろ出て来い』
『!…えへへ、…わかってたんだ』
…すると、そこから恥ずかしそうに姿をあらわしたのは…やはり、エルレーン。
照れ笑いを浮かべながら、自分のほうに近寄ってくる。
自分に何か用があったのだろうが、今までは弟子たちがいたので、ずっとそこに隠れていたらしい。
『ああ。先ほどから、嫌というほどお前の気配を感じていたよ。…ずっと待っていたのか?何か用か?』
『ううん。用じゃない…そうじゃなくって』
にこっ、と微笑みながら、エルレーンはこうおねだりする。
『私にも、恐竜剣法教えて?…ね、いいでしょ?』
『ああ、かまわない。…それじゃ、剣を持ってくるんだ』
『!…うんッ!』それを聞くなり、ぱっと輝くような笑みを浮かべ…エルレーンは、訓練用の剣を取りに駆け出す。
その後姿がかわいらしく思えて、自然にくすくす、と微笑みがこぼれてきた。

『…ふにゃあ…』
『ふう…!』
…そして、数十分後。
稽古に疲れたエルレーンは、ぺちゃんと床に寝っ転がり、荒い息をしている。
大の字になったまま、力の抜けるような声をもらす…
私自身も、多少疲れてしまっていた。軽くため息をつき、先ほどまで全身に張り詰めていた緊張を解く。
『うー…やっぱり、ルーガは、強いのー…』
『…お前もな。お前は、恐ろしいくらいに進歩が早い。これも…』
ガレリイ長官の、強化(ブーステッド)のおかげか。
うっかりとそう口に出そうとしてしまい、慌てて口をつぐむ。
生まれながらにして、高い戦闘能力を持たされた。「兵器」として、易々と相手を殺せるように。
「人間」流竜馬の高い身体的ポテンシャルに加え、集中力・洞察力…
そして、一度見たものをそっくりそのままトレースすることすら可能という、異常な記憶力。
だが。
だが、いくら戦事に長けているとはいえ…強化(ブーステッド)などによって生み出されたその能力を持つことが、エルレーンにとって何の幸福であろうか?
「兵器」として生きねばならない彼女の行く末は、安らぎもない血の「未来」そのものなのに…
『なあに?』
『ん…いや、何でもない』
黙り込んでしまった自分に、その「兵器」は笑いながら先を促してきた…
が、それを軽く笑って流してしまう。
しばらく、そのままゆっくりと息を整えていたエルレーン…
と、落ち着いたところで、彼女は上半身を起こし、自分に向き直った。
『…ねーえ、ルーガ』
『何だ?』
『…おかしいよねえ?』
『?…何が、だ?』
エルレーンの言っている意味がわからず、問い返す。
すると、彼女は静かな声でこう言い放った…
『あの人たちが、だよ…!』
どきりとした。
薄く笑んだエルレーン。
その笑みが、驚くほど冷たい…嘲りの笑いだったから。
『ふふ…!…31年、だって!…31年も、恐竜剣法をやってきて、それで…覚えた奥義が、たった3つ?!』
『!』
『ラグナ、だっけ…?…そんで、そんな人があの中で一番強いんだって?…きゃはは、馬鹿みたい!
私なんか、たった5ヶ月で4つも覚えちゃったのに!』
彼女は、ラグナを嘲り、他の弟子たちを嘲る…
…そう、自分の弟子たちの中で、もっとも力量ある者…
それは、エルレーン自身に他ならなかった。
他の、「ハ虫人」たちの弟子などを、遥か遠く飛び越えて。
それも、たった5ヶ月足らずで。
彼女は、5つある奥義のうち、既に4つを得ていた…
そのうちの一つ、火龍剣などは、何と恐竜剣法を教えた初日にマスターしてしまったのだ。
たった一回、自分がやって見せた火龍剣。
その動きの全てを瞬時に記憶し、忠実にトレースして…
その才能、能力は確かに素晴らしく、彼女にとっては何より誇らしいだろう。
しかし、だからといって…同輩を笑うような真似が、見過ごせるはずもない。
それは、醜い驕慢だ。
『エルレーンッ!』
だから、鋭く怒鳴りつける。
しかし、一瞬それに怯え、身をすくめたものの…エルレーンの罵倒は止まらなかった。
『!…だ、だって、そうじゃない!…わ、私のほうがすごいよね、ルーガ!
…だって、あの人たちより、たくさん奥義も覚えて、それに…
ルーガにも、ちゃんとついていけるもん!あの人たちなんか、ルーガとやっても、全然ッ…』
『…!!』
わかっていた。何故、エルレーンがこれほど饒舌なまでに、自分の剣の腕を誇り、強さを誇るのかも。
わかっていた。何故、ラグナたち「ハ虫人」の弟子たちを嘲笑するのかも。
それは、自分が恐竜帝国の「兵器」であることに対する嫌悪感への裏返し。
「人間」である自分を冷遇し、無視し、手を差し伸べない「ハ虫人」への怒りと憎しみの表出。
そして、その中でただ唯一、自分を無視しない「トモダチ」の…私の愛情、承認を得ようという必死の希求。
それは、哀れを催すほどに。
だが、わかっていても…それは、許されないことだった。
がらんとした訓練所に、驚くほどにその音は大きく響いた。
『?!』
左頬を張られ、エルレーンはよろっ、とふらつく…さあっ、と恐怖の色が浮かぶ。
そして、自分に殴られた、という事実が理解できた瞬間…彼女の両目から、張り詰めた糸が切れてしまったかのように、涙がこぼれおちた。
『…』
『う…う、ふぇえぇえええぇぇっ、うあぁあああぁぁぁんっ!』
ぶるぶるショックに震えながら、大声で泣き叫ぶエルレーン…その様を見て、心が刃で切られるように痛む。
だが、その思いを…彼女を諭さねばならない、師匠としての顔で押さえつけた。
『うっく、ううっ…な、なんでぇ、なんで、殴るのぉッ?!だ、だって、本当のことじゃない…!』
『…驕(おご)るな、エルレーン!』
『おごる…?!』
鞭で打つような、激しい口調。いつのまにか、そんな強い口調で怒鳴りつけていた。
それは、「トモダチ」に対するものというよりは、剣の師匠として、道を誤りかけた「弟子」をいさめるためのものになっていた。
『エルレーン…お前は、確かに強い。
だが、お前がその力に溺れれば、それはすぐさまお前の命取りになるぞ!』
『…?!』
『自分の力を過信する。それは油断になり、お前の剣を鈍らせる…
そして、最後にはお前を殺すだろう』
『…』
『…それに、だ』
両の眉をハの字型に下げ、うつむいてしまったエルレーン。
彼女の右腕を取り、その白い柔肌に軽く人差し指で爪を立てた…
『…あっ、くうっ?!』
そして、そのまま軽く引く。
すると、尖った爪の先で、いともたやすくその肌に傷が入る。
糸のように細く赤い筋が、彼女の腕に刻まれる。
それと同時にエルレーンは、びくっと震え…そこから走った痛みに困惑の声をもらした。
『…』
『い、いたっ…な、何するの、ルーガぁ…』
『見ろ。…これが、お前の身体。
我々<ハ虫人>のような硬いうろこも持たない、鋭い爪も牙も…
だから、すぐ壊れる。
私が軽く爪でひっかいただけで、皮膚は簡単に破け血を流す。
…お前は、<人間>は…<ハ虫人>より、遥かにもろい』
『…』
『だから、我々が耐えられるような軽い攻撃ですら、お前にとっては致命傷…
大怪我になる、下手をすれば死んでしまうかもしれん。
…それがお前の弱点、<人間>の弱さだ。<人間>は、圧倒的に…死にやすいのだ』
「人間」の肉体の弱体さを、自分は彼女にこんこんと語った。
驕りがお前のこころを濁らせれば、その目には何も見えなくなる…「敵」の正確な動き、意図も。
そうなれば、お前を襲うのは「死」そのものだ、と…
『だから、エルレーン。お前は決して油断してはならない。
<人間>であるお前にとっても、<防御>を徹底する我々の剣術、恐竜剣法の精神は十分に理があるはずだ』
『…』
『わかったか、エルレーン?』
『…』
エルレーンは、しばらく下を向いたまま、神妙な顔をしていたが…
やがて、こっくりとうなずいた。
『…わかればいい。…それに、お前と彼らは、同じ恐竜剣法を学ぶもの同士。その同輩を笑うことは、許されない』
『う、ん…』
涙を目じりに光らせながら、もう一度小さくうなずくエルレーン。
…やはり、多少不服げではあったが…ともかく、己の非は認めたようだ。
…だから、そっと彼女の頭に手を置き、やさしくなぜてやる。
慰めるように、ぶってしまったことを詫びるように。
『そうだ…それでいい。お前たちは、どちらも…私の後を継ぐ、完全なる恐竜剣法を受け継ぐ者となるのだから』
『?…かんぜんなる…?』
『ああ。…恐竜剣法の奥義、その5つ全てを修める者のことをいう。
…お前がまだ知らぬ、最後の奥義…神龍剣。この神龍剣を得てこそ、恐竜剣法の全てを知ったことになるのだ』
『ふうん…』
『…私の師匠は、流行り病で早死にしてな…年若くして、みまかった。多くの弟子を育てきることも出来ぬまま…
その時、神龍剣までマスターしているものは、私しかいなかったのだ。
だから、今、完全なる恐竜剣法を受け継いでいるものは、私しかいないのだ』
『…ルーガの先生、死んじゃったの?』
『…ああ。…死に際、師匠は私にこう言われたよ。…自分が出来なかった分、お前が弟子を育ててくれ、と。
完全なる恐竜剣法を残し、伝えろ、とな…だから』
エルレーンの瞳を覗き込み、自分はこう言った。己の望みを。
『私は、お前たちにそうなってほしいと思う。5つの奥義を全てマスターし、恐竜剣法を継ぐ者に』
『…私に、も…?』
あの子は、恐る恐るといった感じでそう聞いてきた…
自分にそんな資格があるのか、自分などにそれを望んでくれるのか、というように。
それは、「ハ虫人」でないにもかかわらず、「ハ虫人」の剣法の極意を得ることに対する気後れのようにも思われた。
それがおかしくて、一瞬自分は微笑ってしまった…
先ほど、あれほどまでに自分の腕前を誇っていたのとは裏腹に、あまりに弱気なように思えたからだ。
『ああ』
『…そっか…!』
少女は笑む。きらめくような光を瞳にたたえ、私を見返してくる。
『うん、いいよ!なっちゃう、私、その…かんぜんなる、恐竜剣法をつぐもの、ってのに!』
そして、きゃらきゃらと笑いながらこう言ったのだ。
『はは…随分自信があるんだな?』
『へへ、だって…私、強いもん!神龍剣、絶対覚えちゃうから!
だから、はやく見せてよ!そしたら私、すぐそれ覚えちゃうもん!』
『ふふっ、まだ駄目だ…お前の邪龍剣や水龍剣は、どうも甘さが目立つ。
対象をしっかり捉えきれていない…その弱点を完全に克服してからでないと、教えてやらんぞ?』
『えー、いじわるぅ…!』
そして、楽しそうに軽く飛び跳ねながら、ならばはやくそれを教えろ、とせがんでくる…
が、そうホイホイと教えてやるわけにはいかない。
神龍剣は、他の4つの奥義が完全に習得されていてこそ得られるもの。
それ故、その奥義にまだ弱点が残る彼女には教えてやるには危険すぎる。
それに、その習得には…必ず、大怪我がついてまわるだろう。奥義自体の、その性質ゆえに。
そのことがわかっていたので、その場はそう言って彼女の希望を却下した。
ぷうっとむくれるエルレーンの顔を見ながら、「だが、そろそろ教えてやることにしようか」などと考えていたことを思い出す。
その時点で、神龍剣を習得する資格がある者といえば…それは、間違いなくエルレーンたった一人だったのだから。
その時だった。
『ルーガ先生!』
明るい、はずむような男の声が…自分の名を呼ぶ声が、訓練所に響き渡った。
『?!』
その声に、びくっと身体を震わせるエルレーン。
即座にその表情が強張る…
自分以外の「ハ虫人」を嫌い恐れているエルレーンの、それはいつもの反応。
『ルーガ先生!あの、ちょっとお話が…』
廊下のほうからどんどん近づいてくるその声。
その声の主が、とうとう入り口にまで姿をあらわした…
それは、先ほど帰ったばかりのラグナだった。
…そして、彼の視線がエルレーンを捕らえた瞬間…浮かべた笑顔が凍りつくのが、ありありと見てとれた。
『…!』
『…』
『…どうした、ラグナ?』
その場に立ち止まり、自分の背後にいるものに対し、戸惑いと嫌悪の混じった視線を投げるラグナ。
…その理由がわかっていながら、私はそうあえて問うた。
『…いえ、…そう、でしたね。ルーガ先生が、この…No.39を、管理しておられたんですよね』
『…<No.39>ではない。<エルレーン>だ』
『…』
苦々しい思いをしながら、もう幾度も幾度も「仲間」たちに繰り返してきた説明を、もう一度口にする。
が、ラグナの敵意の視線は、消えない…
彼は、汚らわしいモノを見る目で、自分たちの「敵」、「人間」をねめつけている。
その視線に怯え、エルレーンは自分の背に隠れたまま…
嫌な空気が流れる。無言の、べったりと張り付くような不快な空気が…
『そんな目をするな、ラグナ。…この子は、お前の<妹弟子>なのだぞ?』
思わず、ため息をつきながら、自分はそんなことを言ってしまっていた。
それは、「同じ自分の弟子どうしなのだから、少しは打ち解けたらどうだ」という自分の本音でもあり、二人への促しでもあった。
…だが、それはまったくの逆効果だった。
『え…?!』
…と、その言葉に、ラグナがぎょっとしたのがわかった。
『そうだ…この子も、恐竜剣法の使い手だ』
『も、もしかして、先生が…?!』
『当たり前だろう?』
『…!』
困惑と驚愕、疑惑がないまぜになったような複雑な表情を浮かべるラグナ。
『…だ、だけど…る、ルーガ先生が、何も、こんな<人間>風情に、手ずから教えなくとも…』
『…ラグナ…!』
ぼそぼそとつぶやかれたその批判の言葉。
その彼の声色の底には、「人間」への暗い嫌悪の念が流れている…
それは、「ハ虫人」が、誰でも当たり前のように持っているモノ。
そして、エルレーンを…「仲間」であるエルレーンを、絶望の淵へ追いやるモノ…!
…が、その時だった。
今まで黙ってうつむいたまま、自分の後ろに隠れていたエルレーン…彼女が、初めて反撃にでた。
きっと顔をあげ、伏し目がちになりながら…それでも、あの子ははっきりとこう言ったのだ。
侮蔑と悪意、憎悪を込めて…!
『…弱い、くせに…!』
『!』
『な、何だとぉッ?!』
『エルレーン!やめろといっただろうッ!』
『…!』
その言葉に、即座にラグナはいきり立つ。
慌ててエルレーンに怒鳴りつけた…
が、もう遅かった。
エルレーンは、私を楯にするように隠れながらも…
それでも、ラグナをにらみつけていた。
その透明な瞳に、憎しみをありったけ込めて。
自分より剣の腕で劣るくせに、自分を嘲るラグナを。
だが、ラグナも負けてはいない。
彼女に劣らぬほど鋭い視線で、エルレーンを牽制する。
『…』
『…』
無言の、視線の応酬。殺気じみた空気。
その間にはさまれながら、何も口を出すことも出来ず、自分は…ただ、静かに絶望していた。
「兄弟子」と、「妹弟子」。
にもかかわらず、ともに精進しあうこともなく、あるのはただ憎悪と無視だけ。
異種族だから、というその理由だけで。
己の育てた弟子どうしが、己の眼前で反目しあう…これほどまでに、師匠のこころを苦しくさせるものがあるだろうか。
(…何故、同じ私の弟子どうし、仲良くすることが出来んのだ?!)
一瞬、そんな怒りが胸中に澱んだ。が、それはすぐに消えてしまった。
そして、そのかわりに湧いてくるのは、絶望。
何故なら、それを否定する当然の事実がすでに在るからだ…
…「ハ虫人」と「人間」、地上の覇権をめぐって争いあい殺しあうモノたちが、そう簡単に和解できるものなら…
もうとっくに、自分たちの戦争など終わっているはずではないか、と…

「…!」
その回想を断ち割るように、その「約束」のことが突如「炎ジュン」の中を駆け巡った。
(…ああ…そうだ。私は…そんな「約束」も、していたはずだ…!)
そうだ。
自分が戦死した、あの日…エルレーンと、交わしていた「約束」があった。
結局恐竜帝国に骸すら帰らなかった、それ故にかなえてやることの出来なかった「約束」が…!
(一回…たった一回でいいのだ。お前に神龍剣を見せてやるチャンスがあれば…)
たった、一回。
その一回で、エルレーンは神龍剣を完全に理解するだろう…
見たもの全てを記憶する力に加え、昔より遥かに剣の腕を挙げたエルレーンならば。
そして、彼女が完全なる恐竜剣法を受け継ぐ者になる…
自分が死に、失われたはずの完全なる恐竜剣法を…!
(…エルレーン…お前は、覚えているか?この「約束」を。
そして、お前は果たしてくれるか?お前が私に交わしてくれた「約束」を…!)
きゅっ、と強くこぶしを握る。
「炎ジュン」の見つめる先には…縦横無尽に剣を交わす、流竜馬とエルレーンの姿。
エルレーンを見つめる彼女の瞳に、どんな思いが宿っていたか…
それを知る者は、その場には誰もいなかった。


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