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◆ basso profondo〜fuga(循走曲)
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一瞬、震えた―
ように、見えた。
それは老将軍を喪った、「仲間」を喪った帝国の嘆きなのか…
次の瞬間。
触手が蠢く。
その排出口から、幾多もの触手から、幾つも幾つも幾つも幾つも機械蜥蜴たちが生まれ出る…
「…あくまで我が悲願の成就を阻むつもりか、ゲッター…そして、『人間』どもよ!」
「ついに現れたな…」
そして、その中には彼らゲッターチームの見覚えのある、強大な戦艦の姿が在った。
リョウの目に、怒りと憎しみが一挙に燃え上がる。
彼の喉が、唸るような声で―最大の「敵」の「名前」を叫ぶ!
「帝王、ゴール!」
「…」
無敵戦艦ダイに…それは、かつてゲッターチームの盟友であった巴武蔵が、いのちと引き換えに打ち砕いた巨悪だ…自ら搭乗する、恐竜帝国が帥(すい)たる、恐竜帝王ゴール。
とうとう、彼自身が率いるのだ…恐竜大隊を。
それは、帝国の威信を賭けたがごとくに。
先ほどの戦闘で傷ついたプリベンターの前に、容赦なく立ち並び牙を向ける、大量のメカザウルス―!
「人間」どもを駆逐するために、そして彼らが同胞(はらから)を、この地上へと帰還させるために!
…いくばくかの、空白。
触手も、メカザウルスを送り出す事を止めた。
プリベンターも、退く事無くそこにとどまる。
空白。
マシーンランドの上方に在る改造触手だけが、太古の空気を吐き続けている。
「てめえら『ハ虫人』に地球の改造なんかやらせてたまるか!今度こそ、きっちりとケリをつけてやるッ!」
「…」
甲児の挑発。
だが、帝王は…鷹揚に、ただ返した。
「…お前達はこの大地の真の主が誰であるか、未だにわかっておらんようだな」
「何だと!?」
「数千年前…人類がこの地球上に登場するより遙か前…我ら『ハ虫人類』は一大文明を築き、地上を支配していた」
帝王の語るのは、彼らが歴史。
数千年の時を生き抜いてきた、この世界の統括者を自認するイキモノの、それは矜持。
「だが…突然、宇宙から降り注いだゲッター線により、我らは地上を追われ、マグマ層への撤退を余儀なくされた」
彼らを襲った試練。
そうだ、それは「試練」に過ぎない。
そして、それは今まさに乗り越えられるモノと変わる―
「そして、その隙を突いて、貴様ら人類は地球の支配者の座についた」
そこまで言って、帝王は…皮肉げに、くっ、と笑った。
それは、何処までも何処までも、「人間」という愚かな種族を見下した笑みだった。
「だが…所詮、『人類』は我ら『ハ虫人類』が追われた後の地上をかすめ取っただけに過ぎん」
「だからって…『ハイそうですか』、とてめえらに滅ぼされてたまるかってんだ!」
「くくく…それはそうだろう。この戦いは侵略戦争ではなく、互いの種族の命運をかけた生存競争なのだからな」
「ああ、そうだ!そして、俺達は絶対に負けない…負けるはずがない!」
ベンケイの怒りを笑い飛ばす帝王ゴール。
しかし、リョウが力強く言い返す…
それは、今まで戦ってきた、恐竜帝国と戦ってきた、戦士としての自負が為す力!
「俺たちには、ゲッターの力がついている!…貴様ら『ハ虫人』が怯える、強大なパワーがな!」
「…」
…だが。
そのリョウの高らかな宣言を、半ば傲慢な宣言を、帝王は無表情に聞いていた。
…と、その表情に、ふっと曇りがあらわれる…
それはまるで、無知な愚者を哀れんでいるかのような、哀しみにも同情にも似た表情の変化だった。
「…ふん、小童どもめ。どちらにしても、これが貴様らとの今生の別れだ。
冥土の土産に、一つばかり忠告をくれてやる」
「…何だと?」
思わぬ帝王の言葉に、眉をひそめるハヤト。
帝王は、やはり鷹揚に言った―
「…ゲッター線を過信するのは、止めておくことだ」
「?!」
「な、何をッ?!」
予想外。
ゴールの発言に、リョウとベンケイは困惑する。
…が、ハヤトはそれを冷静に受け止め、こう言い放った。
「…へん、そりゃあ負け惜しみのつもりかい?
そりゃあ、あんたたちにとっちゃあゲッター線が平気な俺たち『人間』は、見てて腹立たしいだろうがよ…!」
「愚か者めが…」
帝王は、若い、まだ若い、青二才のその得意げな言葉を、ただ一笑に付した。
そして、ただ淡々と、言葉を継いだ。
「…お前たちは、不思議に思ったことはないのか?」
「何をだ…?」
「恐竜と、サル。肉体の構造も、喰うモノも生きる術も、まったく違う。
…にもかかわらず、何故。
何故、我々と貴様らはこうも似た見掛けをしておるのだ?」
「…?!」
淡々と、淡々と語られる問い。
帝王の問いに面喰らうゲッターチーム、その答えは返せないままに。
「おかしいと思ったことはないのか?
こうも違う祖先から生じていながら、何故我々も貴様らも…
二足(ふたあし)で歩き、残りの二本を腕(かいな)に変えて、道具を作り、大脳を発達させ、言葉を生み出し、似たような社会を作る?」
「…な、何が言いたいんだ、てめえッ?!」
「わからんのか?それは、進化のみなもとが同じだったということ。…つまり、」
ゴールは、そこで一拍置いた。
刹那、帝王の表情に様々な感情がまざまざと浮かび出る―
その不快な、しかし否定し得ない現実を、彼ははっきりと「人間」たちの前であらわにして見せた!
「我々も、貴様らも!同じモノによって、恐竜やサルから今の姿へと変化させられたのだ!
…ゲッター線という、あのエネルギーでな!」
「?!」
「な…?!」
「…」
唐突。
唐突な言葉に、雷に打たれたかのようにゲッターチームは言葉を奪われる。
帝王の言葉は重く、そして何よりも信じ難かった。
今まで…今までゲッター線によって虐げられていたと思っていた「ハ虫人」が、かつてはそのゲッター線によって進化を遂げたなどと!
しかも、それは自分たち「人間」がたどった進化の過程と同等とは…!
「そうだ…我々の進化を促したのは!他ならぬゲッター線なのだ!
恐竜を我々『ハ虫人』に変え、貴様らサルどもを『人間』に変えたのは、その真・ゲッターやゲッタードラゴンの中に渦巻くゲッター線そのものなのだ!」
「ぐ…う!」
「わかったようだな、神隼人。わしの言わんとすることが…」
意図せずしてハヤトの喉から漏れたのは、押しつぶされたような驚嘆。
彼の額を、冷ややかな汗が一筋、つたっていく…
「は、ハヤト?!一体、どういうことなんだ?!」
「ば、馬鹿野郎…わからねぇのかよ…
あ、あいつらと、俺たち『人間』が、同じゲッター線というエネルギーで進化したって言うんなら…」
「…そうだ。かつては、ゲッター線は…我々『ハ虫人』にとっても、無害な存在だったのだ!」
「!」
帝王ゴールは、きっぱりと―ハヤトの不吉な推察を肯定する。
瞬間、リョウたちの精神が凍てつく―衝撃で!
なおも帝王は言う、彼ら「ハ虫人」がゲッター線たる悪夢によって与えられた命運の悲劇を、そしてやがては「人間」をも襲うかも知れぬ可能性を…!
「では何故、今はそうではないか?
簡単なことだ…我々は、見限られたのだ!
…あの、ゲッター線という残酷な女神に!
我々に知恵という王の錫杖を与えながら、結局我々を滅ぼそうとした、あの女神に!」
「…」
「貴様ら、早乙女研究所の『人間』どもは、ゲッター線を無公害エネルギーだと考えておるようだが…
甘いわ。甘過ぎる。
ゲッター線は、貴様らの手に負えるようなものではないのだ」
「う…」
リョウの、ハヤトの、ベンケイの、「人間」たちの表情に、混乱と恐怖が滲み出る。
今の今まで、己が力として信じ続けてきたゲッターエネルギー…
早乙女博士が研究し、この世界を救うためのエネルギーとして信じ続けてきたゲッター線。
彼らが駆る機神、ゲッターロボを動かす、無限のエネルギー。夢のエネルギー。
だが―それを、ゴールは断じる。
邪悪なる存在として。彼らの過去をその根拠として。
リョウの脳裏に、数コマの記憶がフラッシュバックとしてひらめく。
そうだ、自分たちも知っている…知っていたではないか。
何故、あの時。
No.0…エルシオンが、メカザウルス・ロウで彼らに向かってきた時。
何故、真・ゲッター1は勝手に動き出した?
操縦する者がその中に存在しないにもかかわらず。
それは動いた、動いたのだ…
まるで、意志あるイキモノがごとくに!
その時、初めてリョウたちの中に、明確に芽生える。
―ゲッター線という、今だ未知なる存在に対する…それは、恐怖!
「わしには見える、貴様ら『人間』が、己が信ずるゲッターエネルギーに見限られ、のた打ち回って死んでいくのが…
そう、かつての我々のようにな!」
「…〜〜ッッ!!」


だが。
涼やかな、しかし決然とした声が―その言葉に抗った。


「…それでも、構わない」
「!」
「エルレーン!」
ゲッタードラゴン。
数箇所を既に被弾し、破損した跡も生々しく痛々しく。
だが、それでも退かない。
彼女は、退かない。
「例え、いつか私たちを壊してしまうモノでも…今、私たちを助けてくれるなら」
ゲッタードラゴンは、退かない。
一歩、前に出る。
対決。それは、迎え撃つ魂。
「私に、私たちに、大切な人たちを護るための、戦う力をくれるなら!」
「な…No.39!」
力強く咆哮した少女の声を、確かに帝王は知っていた―
それ故彼はその製造ロットナンバーを叫ぶ、かつて彼のもとで「兵器」として在った少女のナンバーを!
「帝王ゴール様…」
「…久方ぶりじゃな」
「私のことを…覚えていてくれたんですね」
「ああ…よく、覚えておる。…皮肉なものだ」
静かに。
両者は、言葉を交わす。
あくまで静かに…帝王は、吐き出した。
「かつて我々が、自身の弱点を補完するために造り出した『敵』のクローンが…結局は、我々をここまで追い詰めることになるとはな」
「…」
「わしらの選択はやはり…まちがっておったのだ」
「…」
かつては、自分の…恐竜帝国の「捨て駒」として、散っていった少女を前にして。
そして、今は恐竜帝国に弓引く「人間」どもの一員として、剣を握る少女を前にして。
自分たちが見捨てた、使い捨てた。
その彼らの罪そのものを体現する少女を前にして、帝王は低く重苦しい声で吐き出した。
「だが」
帝王ゴールの瞳に、光がともる。
「ならば、その間違いは正さねばならぬ」
「…」
「お前は我らを裏切り、『人間』の側につく事を選んだ!それがお前の選択なら…
我らが裁きをも、当然の運命と思え!」
「…!」
帝王ゴールの宣告を、エルレーンは全身で受け止める!
戦うために造り出された、戦うために生まれた少女の瞳に、強い意志の炎が燃え上がる!
「私は…負けない!負けるわけには、いかないッ!」
「滅びよ、『人間』ども!ゲッターチーム!…No.39ッ!」
「いいえ!」
少女が、叫ぶ!
「私の『名前』は…『No.39』じゃないッ!」
透明な瞳に、決意の光が透けている。
彼女は力を込めて否定する。
今まで自分を縛り付けていた、その憎悪の対象を。
今まで自分を縛り付けていた、その名で呼ばれた過去を。
今まで自分を縛り付けていた、そのナンバーを!
「私の、『名前』は!」
そして彼女は本当の「名前」を叫ぶ。
かつてあの親友が自分につけてくれた「名前」を。
あの親友にもらった、何より大切な贈り物を。
誇らかに、高らかに、彼女は叫ぶ。
「私の『名前』は―!」
そうしてその想いを記憶を大切な人たちを全て抱き込んで、彼女は叫ぶ―
その「名前」を!



"El-raine(エルレーン)!"



「!」
その「名前」が、ゴールの深奥を貫く。
同時に、エルレーンが猛る!
「いくよ、ゲッタードラゴォンッ!」
「ハヤト、ベンケイ!ぬかるなよッ!」
「ああ、もちろんだッ!」
「やってやるぜえッ!」
リョウも、ハヤトも、ベンケイも―吼える!
「俺たちも向かうぞおッ!」
「とにかく、少しでも戦力を削るんだッ!あの巨大なメカザウルスに注意しろッ!」
そして、甲児が、鉄也が、豹馬達が、健一達が、忍達が、アムロ達が、ジロン達が、ガロード達が、フォッカー達が、万丈達が、キッド達が…燃え上がる!
傷つきし「人間」の戦士たちが、再び立ち上がる!
「何…?!」
舞い上がるモビルスーツ。大地駆けるスーパーロボット。「人間」の勇士たち。
その光景を眼下に見ながら、帝王ゴールはもう一度その「名前」をつぶやいていた。
「…『El-raine(エルレーン)』、だと?」
それは、彼…いや、彼だけではない、全ての「ハ虫人」にとって、特別な「名前」だった。
良き名ではない。
その名は、怨嗟と悲嘆と恐怖とを持って語られる故に。
―帝王の思考を、恐竜兵士の叫びが断ち割る。
「帝王!奴らが向かってきますッ!」
「!…よし、迎え撃て!」
放たれる、帝王の号令。
艦橋(ブリッジ)中に鳴り渡る命令の言葉に、恐竜兵士たちの顔つきがひきしまる。
「奴らを粉々にしてやれ!炎熱マグマ砲で、火だるまにしてしまえッ!」
彼の命に合わせて、マシーンランドも動き出す。
不気味にわななく触手群が、奇妙な動きを見せる。
ずらりと並んだメカザウルス隊が、恐竜帝国の勇敢な戦士たちが、いちどきに前へと歩みだす。
戦いが、最後の戦いが、とうとう幕を開ける―
(…El-raine(エルレーン)―それが、お前の『名前』なのか!)
その中で。
心内で、彼はもう一度その「名前」を繰り返した。
恐らくは、あの女龍騎士(ドラゴン・ナイト)が彼女に与えたであろうその「名前」を。
(それが、よりにもよってお前の『名前』…『名前』だと言うのか!)
それは、忌まれた女神の「名前」。
「ハ虫人」、龍たちに酷薄なる運命を科した、あの「神話」の女神の―!
「…よかろう」
帝王の唇に、薄い笑みが浮かぶ。
闘志と昂ぶりに塗り込められた齢経た帝王の顔の中で、龍の目がぎらつく。
「それでは、ここでお前と戦う事こそが、我らの運命であったのかも知れぬ…!」
嘆息にも似たその言葉は、静かに、だが熱い熱をはらんでこぼれおちる。
帝王ゴールは、面を上げた…
「ならば!」
龍の瞳が、強い決意に満たされる。
無敵戦艦ダイの艦橋(ブリッジ)より睥睨する戦場、その中にあの忌まわしい紅の機神の姿を見ながら、
彼は宣言する―
あたかも、それは神に対する反逆のように!
「今日、この場所で!我らはお前を乗り越えよう―邪悪なる滅びの女神よ!」
そう、それは「名前」!
「ハ虫人」を裁いた、邪悪なる女神の―
そして、恐竜帝国に刃向かう、あの裏切り者の「人間」の―!




「…『滅びの風(El-raine)』!」





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