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◆ basso profondo
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立ち尽くしていた。
こちらに向かい来る「人間」どもの母艦たちと、そこからとびだしてくる黒点の群れを前にして。
「…」
「…」
立ち尽くしていた。
今から始まる、生死…いや、自分たちミケーネの命運をも賭けた一戦を前にして。
本当に静かに、彼らは立ち尽くしていた。
暗黒大将軍・ゴーゴン大公。十数機の戦闘獣たち。
彼らは、空を見ているのだ。
「ゴーゴン大公よ」
「はっ…」
「…美しいものだな、『空』というものは」
「…」
暗黒大将軍の穏やかなつぶやきが、彼らの心境を全て言い尽くしていた。
ゴーゴン大公も、吸い込まれそうなほど蒼い空を見上げ…同意した。
「…ええ。誠に」
「これほど美しいものを我が手にしておるくせに…愚かなものだな、『人間』というモノは」
「そうですな」
彼らがその美しい蒼空を目にするのも、本当に久方ぶり。
そして、それは遥か昔より…ミケーネの民たちが望んだもの。
悠久の彼方。彼らミケーネの民たちは、地底奥深くに潜らざるを得なかった。
…「ハ虫人」、恐竜帝国と同じように。
そして、長い地底生活は、彼らに変容を強いた。
彼らは彼ら自身の肉体を改造し、戦闘獣と化し…
そうして、必死に生きのびてきたのだ。必死に。
だからこそ。
だからこそ、その蒼空を独占しているくせにそれを蔑ろにする、「人間」どもが憎いのだ。
「彼奴らには、この尊さがわからんのでしょう…なまじ、常にこの蒼天のもとにあるが故に」
「そして、汚し乱し、その挙句に自ら引き起こしたそれによって苦しむ、か」
吐息。
むしろそれは、怒りというよりも…心底の呆れに近かった。
「やはり、愚かだの」
「ええ」
「そのようなイキモノに…これ以上、好き勝手にさせておくわけにはいくまいな」
「そのとおりです」
あくまで、平静に彼らはそう言った。
今から始まる血で血を洗うような死闘など、まるで何処吹く風―
「ゴーゴン大公様!」
「…!」
だが。
ミケロス内の戦闘員が、そう叫んだ途端…彼らの表情は、一変した。
「暗黒大将軍!」
「おお!」
ゴーゴンが飛ぶ。素早く、ミケロス内へと駆け戻っていく。
暗黒大将軍が、剣の柄を手にし…そして、引き抜く。
戦闘獣たちが、一斉に静かな唸り声を上げる…
「!」
「ちっくしょう…お出迎え、ってわけか!」
「…!」
揃って、母艦の進路を遮る戦闘獣の一群。
まさしく、それは「出迎え」なのだ―
彼らプリベンターを黄泉路へと送り込む、死出の旅への!
偉大な勇者が、先陣を切っている。
そして、制止する。幾ばくかの距離を置いて。
剣鉄也が前に対峙するのは、あの老将だ…
「…」
「…」
「…暗黒、大将軍ッ!」
鉄也の喉の奥で鳴る、彼奴の「名前」だ。
今まで何度も戦ってきた。自分たちの時代で。
そして今も戦うのだ、この「未来」の世界で―!
重装兵…重厚なる鎧兜を身にまとった老将は、「人間」たちに大きく名乗りを上げる!

「人間どもよ、聞けい!」

「我が名は暗黒大将軍!ミケーネ帝国七つの軍団を統べる勇者だ!」

「その俺とミケーネの精鋭が出向いたからには、貴様たちの命と人類の命運はここに尽きたと思えッ!」

「ここに宣言する!将軍の名とこの剣に懸けて貴様たちを倒すと!」

「…!」
震え渡る空気。
放たれた言の凄まじい音量に、びりびり、と空気が裂けていく。
…しかし。
「…リョウ、妙だ。何かおかしいぜ」
「ああ…」
「リョウ、何でだ…?あいつら、あんな小勢で…」
「…」
ハヤトとベンケイからの通信に、リョウも同じくうなずいた。
彼らは、あまりに…数が少なすぎる。
自分たちプリベンターに最終決戦を挑んできた割には、まるで自殺行為のような…
(…ひょっとしたら、あいつらは)
リョウの脳裏に浮かぶその考えは、おそらく正当。
(恐竜帝国の『大気改造計画』…その実行の時間を稼ぐために…?!)
ずしん。
グレートの鉄(くろがね)の脚が、大地を歪ませた。
「暗黒大将軍ッ!」
「グレートマジンガー…剣鉄也ッ!」
「よく俺たちの前に姿をあらわしてくれたぜ…」
鉄也の両眼が。グレートの両眼が、彼奴を映し込む。
「この『未来』の世界は、俺たちの世界ではない…だがッ!」
鉄也は指弾する。グレートが指弾する。
「どんな時代に在ったって!貴様らミケーネ帝国を叩き潰すのは…この俺、剣鉄也とグレートマジンガーだッ!」
偉大な勇者は、最早退くことはない!
「覚悟しろッ、ミケーネの残党どもめッ!」
「喧しいわッ、小童がッ!」
がかっ、と、機械仕掛けの瞳から放たれる熱線が、空を灼き鉄也に飛んでいく!
「…ちッ!」
それを横に軽く飛んでよける…あっという間に熱線に穿たれた地面から、不吉な白い煙が上がる。
「鉄也さんッ!」
後方から、割り込んでくる青年の声。
魔神皇帝…マジンカイザーが、兜甲児が、偉大な勇者たちに並び立つ!
「俺も手伝うぜッ!このまま黙ってみてられますかッてんだい!」
「…ああッ!」
甲児がうなずく。鉄也もうなずく。
魔神を駆る者たちの間に、電撃のようにつらぬく何か―
そして、二人は同時に動く―まるで、はかったがごとくに!
「マジンガー・ブレードッ!」
「よっしゃあッ!」
飛び出す剣は、ぎらつく超合金NZ(ニューゼット)のひらめき。
グレートマジンガーが、その手に長剣をすなる。
その動きから目をくらますかごとく、マジンカイザーが前方にかっ飛ぶ。
マジンガー・ブレードが握られたその腕は、そのまま暗黒大将軍へと―!
「行くぜ、鉄也さんッ!」
「おおッ!」
それに連なるように、グレートマジンガーも飛ぶ!
天空から降り注ぐかのように流れ落ちる斬撃…!
『ダブル・マジンガーブレードッ!』
そして、二人の雄たけび!
その勢いのまま、二人は全力で剣を振り下ろした―
が。
「!」
「…ぐっ!」
がきぃいぃんっ、という鋭い金属音。そして、強烈な反動。
暗黒大将軍の大剣が、その二者の剣を一度に受け止めた…
剣と剣とが、ぎりぎりと押し合う。お互いを断ち切らんと。
「暗黒大将軍を援護しろッ!行けえッ、戦闘獣どもよおッ!」
『オオオオオオオーーーーーーッッ!!』
その様を取ってみたゴーゴン大公が、すぐさまに援護せんとする。
ゴーゴンの叫びに和した戦闘獣たちが、わななき…蠢き出す。
―しかし、彼らの「敵」はマジンガーたちのみにあらず!
「光子力ミサイルッ!」
「なッ?!」
ゴーゴンの乗るミケロスを襲う、ミサイル群の群れ!
迎撃用ミサイルが即時に放たれ、あちらこちらでそれらとかちあい爆発する…
そのもうもうたる煙の向こうにそびえたつ影は、美しい女神の姿を模(かたど)った、あの忌まわしいロボットたち!
「あたしたちのことを忘れてるんじゃない?!」
「ゴーゴン大公、そう甘く見ないほうがいいッ!」
「…アフロダイA、ビューナスA…ッ!」
さやか、ジュンの言葉に、眉根を寄せるゴーゴン大公。
どうやら、おいそれと暗黒大将軍の援護には入らせてもらえないようだ!
「ぐっ、幾度も幾度もわしらの邪魔をしおって…屑鉄同然に打ち砕いてくれるわッ!」
「それが甘いというのよッ!」
ゴーゴンの怒りにも、ジュンは眉一つ動かさない…
戦闘のプロは、奴らを見返し…ただこう言い放つのみ!
「かかってきなさい、戦闘獣ッ!」
ジュンの叫びに、戦闘獣が怨嗟の声をあげる。
ほぼ同時に、ビューナスとアフロダイに一斉に向かう!
「俺たちも行くぞォッ!」
「おっしゃあああっ!!」
雄たけびとともに、一気呵成にスーパーロボットたちが飛び立っていく。
こちらに向かってくる戦闘獣たちの牙に、果敢に討ちかかっていく―!
―と、その時。
「…?!」
「…」
「ど、どうした、エルレーンッ?!」
モニター画面に映る彼女の異常に、リョウが気づいた。
走査線に映し出されている少女は…強張った表情で、ただ前を見つめながら動けないでいる―
…うっすらと、汗をかいてすらいる。
速いのだ。心臓が打つ鼓動があまりにも速すぎて、息苦しいのだ。
「…!」
「大丈夫か?!やっぱり無理なら…」
「う、ううんッ、大丈夫ッ!」
気丈に答え返したが、それでも…心臓は奇妙な拍動を止めようとはしない。
(何…何…なに、これ…ッ)
胸が、しめつけられる。
いや、しめつけているのだ。
何が?…いや、『誰』が?
(胸が…苦しい…何、これは…ッ?!)
「思い出せ」と叫んでいるのに思い出せない、その声は―!
「…がっ!」
「甲児君ッ!」
彼女のコックピットから、その姿が見える。
暗黒大将軍の振るった剣を受け止めきれず、凄まじい勢いで地面に吹っ飛ぶマジンカイザー。
すぐさま立ち上がるが…その姿に、すぐさま暗い影が射す。
それは、眼前に立つ巨人の形作る影…
陽光を浴びた巨人の影に飲み込まれるマジンカイザーとグレートマジンガー…!
矮小な「人間」どもを見下す巨人が、吼えた。
「どうした、剣鉄也、兜甲児…お前たちの力とはそんなものだったのか!」
「…!」
突きつける剣の切っ先は、まっすぐに二機に向かう。
「そうだ…俺はミケーネ帝国を復興させるまで何があっても死なんと誓ったのだ!」
吹き荒れる突風に、黒いマントが翻る。
立ち尽くす巨人は、自らの身を機械との融合体と変えた、かつての「人間」…ミケーネ人は、血を吐くがごとき声音でそう叫んだ。
蒼天の下、老将の猛る声が響き渡っていく―
戦闘獣たちとプリベンター、その死闘を背景として。
「覚悟するがいい!今度は貴様らを…貴様らこそを、地の底へ叩き込んでくれるわ!」
「ふざけるなッ!」
暗黒大将軍の挑発を打ち消したのは…戦場に鳴り渡る、剣鉄也の大音声。
暗黒大将軍を隙もなく睨み返すその姿には、最早かつて彼が見せていた混迷は存在しない―
そこに在るのは一人の戦士だ、誇り高い戦士の姿だ!
「この地上を…俺の『仲間』たちが生きるこの地上を、貴様らミケーネに引渡しはしないッ!」
「…」
鉄也の啖呵に、がちゃり…と剣をひく暗黒大将軍。
鉄也をねめつけるその眼に、わずかな微笑らしきものがひらめいた。
「一時と違い…完全に復活したようだな。…それでこそ、俺の剣にかかるに相応しい男よ!」
そう。それは、好敵手に向けるものだ。
親愛の情とは違う。断じて違う。
だがお互いの力を認め合い、そして殺しあうしかない…好敵手の復活に向けるものだ!
「黙れ!今の俺を昔までと同じに思うなよ!」
「よく言った!数千年ぶりの俺の血のたぎり、貴様の首でしずめてくれる!」
響き渡る。轟き渡る、老将の猛り。
深く威厳を持つ彼の雷鳴が、「人間」どもを打ち砕く―



「滅せよ、卑小な『人間』どもよッ!」




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