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◆ Awaking(「眠り姫」の復活)〜
 甘く、切なく、泣いてしまうくらいに素敵な「約束」
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白いベッドの波間で、昏々と眠り続ける少女。
リョウたちの視線は、彼女に落とされたまま動かない…
エルシオンは、静かな呼吸を繰り返しながら、深い眠りのうちに在る。
驚くほどに静まり返った医務室の中は、まるで時が止まったかのようだ…
だが、確実に時は流れていく。砂時計の砂が、休むことなく流れ落ちていくごとくに。
…そして、やがて…彼女の力が、その光景を察知する。
薄暗闇。光の粒となって、霧散していくモノ。
無数の蛍が飛ぶように、小さな光の粒が大量に沸き起こるイメージ。
その光はまるで舞い上がる粉雪のように、軽やかに舞ってはすぐに溶けて消えていく…
美しいその幻想的な風景の中、光の雪の中にいるのは…あの、二人。
「…!」
「ティファ…?!」
天を、仰いだ。そのまま大きく息を吸うと、高ぶった感情が身体の中でまたたちのぼる。
見開かれた瞳に、深い憂いと哀しみ。
哀しげな表情を浮かべ、嘆息するティファ…
彼女は、今己の力が見せた光景そのままを言葉にして、放った。
「…バラバラに、なっていく…」
「え…?!」
「エルシオンが、分解されていく…バラバラになって、そして…エルレーンさんの中に、溶けていく…!」
ティファの震える唇から漏れるのは、彼女が感じ取ったビジョン…
今まさに、エルシオンの肉体の中で起こっているだろう、とてつもなく残酷で甘美な奇跡の描写。
彼女の言葉で、医務室の中にかすかなざわめきが走った。
「ああ、でも…!」
ティファの瞳に、涙が揺らいだ。
「どうして…どうして、あなたは、そんなに…穏やかに笑うの、エルシオン…?!」
「…」
「どうして、そんなに、幸せそうに…」
「…!」
が、その時。
ティファの独白を、がたん、という硬い音が断ち切った。
「き、きゃっ…?!」
と、その時。
医務室に、ティファの短い叫びが響く…
見ると、ティファは手を思いっきり引っ張られ、医務室から廊下へと連れ出されようとしている。
彼女の手を引くのは、チル。
もはやジロンたちに目もくれぬまま、あっという間に医務室から姿を消した…ティファを伴って。
「?!…ち、チル?!」
「…〜〜ッッ!」
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「チル?!…おい、チルッ?!」
いきなり医務室から飛び出たチルを、泡を喰って追いかけるガロードとジロン。
リョウたちも、一瞬彼らの背中を目で追ったが…結局は、エルシオンのそばにとどまる事を選択した。
チルは走る。ティファの手を力いっぱい引っ張りながら。
ティファも戸惑いながらその後について走っていたが…やがて、その手を引くチルの足が、ぴたりと止まった。
「…はぁ、はぁ、はぁ…!」
「どうしたの、チルちゃん…?!」
「一体どうしたんだよ、チル…」
荒い息をしながら、立ち尽くすチル…
ティファや追いついたジロンたちが心配げに声をかける。
チルはそれにしばらく答えられぬまま、肩で息をしていたが…きっ、と顔を上げ、自分を見下ろすティファたちをまっすぐねめつけた。
「…っく…てぃ、ティファ…お、お菓子、作れるよね?!」
「え…?!」
「ティファ、お菓子作れるよね?!ケーキ焼けるよね?!」
「え…ええ…」
唐突とも言えるほど突然に、妙な事を息せき切って問うチル…ティファは困惑したものの、こくり、とうなずいた。
それを聞いたチルの頬に、かすかに安堵が浮かぶ。
だが、彼女は…やはり厳しさと哀しみがないまぜになったような顔のまま、こう言った…
「…あ、アイアン・ギアーに来てよ、…今から焼くんだよ、ケーキ…!」
「…!」
「い、今から作るんだよ、とびっきりおいしい『チョコレートケーキ』焼こう?!
エルシオンが…エルレーンが、目を覚ました時!食べさせてあげるんだよ!
…それが、『約束』だったもんッ!」
「チル…!」
チルは、身体を強張らせて、まるで怒鳴りつけるようにそう叫ぶ。
それはまるで、やけになっているかのようにも見える。
しかし、ジロンたちにはわかる…
不安で仕方ないのだ。自分でも、どうしようもないことに。
だから、「約束」に固執する。果たすべき相手が消えない事を、自分に言い聞かせるように。
だから、彼女は叫ぶ…呼吸が苦しくなるほどに。
「だ、だから!行こうよ、ティファ!
…ああ、ッ、…おいしくって、甘くって、泣いちゃうくらいにステキな『チョコレートケーキ』焼くんだよ!アタイたちで…!」
「ええ…!」
「…そうだな、チル…!」
幼子の提案に、三人はうなずいた。
…自分たちだって同じ事だ、あの子のために、何かしてやれる事があるというのなら…!
「そうと決まったら、善は急げ、だ!…さ、行こうぜ!」
ジロンが三人を促し、今度は自分が先頭に立って廊下を駆け出す。
まるで独り言のように、茶化すかのように…こんなセリフを、少しばかり震える口調で落としながら。
「そうでないと…あいつが先に目を覚ましちゃうからなッ…!」

「…」
長い、長い、長い待ち時間。
だが、それでも彼らはずっとその場所にいる。
エルシオンの…そして、彼女の話では、もうすぐエルレーンのモノになるだろう…身体のそばにはべっている。
しかし。
その時は、あまりにいきなりやってきた…
少女のまぶたが、かすかに蠢く。
そして、すうっと上へと開かれていく…
透明な瞳が、そこに姿をあらわした。
「…」
「お、おい、リョウ?!」
覚醒した少女に顔を近づけ、リョウは間近から彼女の顔を見つめた。
リョウの炎のような瞳に映る、自分と同じ顔。
その瞳と瞳の間で、何かが…一瞬、火花のような何かが散った。
「…」
リョウは、やはり惑うことなく…彼女の「名前」を呼んだ。
ずっとずっと、彼女に向かって呼びたくて…しかし、呼ぶことの出来なかった、あの「名前」を。
リョウの瞳が、涙で揺らいだ―
「…おかえり、…『エルレーン』」
「!」
「…リョウ…!」
ハヤトとベンケイの顔に、驚きが走る。
…少女が、うれしそうにその頬をゆるめた。
そして、リョウの胸に飛び込むような勢いで、彼に思い切り抱きついた…
「リョウ…リョウ…!」
「エルレーン…!」
リョウも、エルレーンを力いっぱい抱きしめる。
あたたかさを感じる。いのちのあたたかさ。「人間」のあたたかさ。
抱きとめたその身体、血の通う身体は熱を放ち、そして柔らかな感触に満ちている。
それは、いのちそのモノに他ならなかった。
奇跡は、成就されたのだ…あの少女の自己犠牲のもとに、今こうして形を為して降り立った。
「エルレーン!エルレーンなんだな?!」
「や、やったあ!エルレーン…よかった!」
「ハヤト君、ベンケイ君…!」
「エルレーン…!」
ハヤトとベンケイにも、ようやくその奇跡が実感を伴って飲み込めた。
エルレーンは、彼らに向かって笑みかける…
そのエルシオンの身体が形作る笑顔は、まさしくエルレーンのモノだった。
リョウを抱きしめ、再会の感動に浸っていたエルレーン…
と、その表情が、ふと曇った。
「…」
「どうした、エルレーン…?!」
「あのね、あのね、リョウ…No.0、エルシオンがね、エルシオンが…」
「…わかってる」
「…!」
だが、懸命にそのことを告げようとするエルレーンの言葉を、リョウは穏やかに制した。
「あいつは、言ってたよ…お前になって、エルレーンになって…お前を俺たちに返す、って」
「…」
…エルシオン。
エルレーンと入れ替わるようにして、舞台から退場したあの少女…
今は、エルレーンの中に在る…溶けて、彼女と一体となってしまった。
「…リョウ…変なんだ、私…」
「…」
ぽつり、とエルレーンがつぶやく。
「不思議なんだ…私、エルレーンだけど…エルシオンでもあるんだ。…不思議、だね」
「ああ…」
「でも…これで、私たち、…もう二度と、離れ離れにならないの。ずうっと、いっしょ…私、あの子にそう『約束』したから…」
「そうだ、エルレーン…あいつは、お前の中にいる。いつも一緒にいる…」
リョウは、そっと彼女を抱く腕に力を込めた…
エルレーンだけではなく、その中に溶け込んだエルシオンをも抱きしめているかのように。
「生きていくんだ…俺たちと一緒に」
「…うん…!」
これからずっと、楽しい事、嬉しい事、面白い事、素敵な事…
エルレーンと一緒に生きていく、エルレーンとして生きていく彼女に見せてやる。
彼女に対し、少なからぬ後ろめたさを負ったゲッターチーム…
彼らがエルシオンにしてやれる事は、もうそのくらいしか思いつかなかったから。
「エルレーン」
…と、エルレーンを抱きしめたまま、リョウが彼女の「名前」を呼ぶ。
「…なあに、リョウ…?」
「エルレーン…」
だが、問い返すエルレーンに、彼はただ…また、「名前」を呼びかけるだけ。
「なあに?」
「…ふふ…いや、何でもない。呼んでみただけだ…」
「…?」
「ふふ…聞こえる、ちゃんと…」
「?」
その答えに、きょとんとした表情を浮かべるエルレーン。
だが、リョウは、沸き起こってくる喜びを、ずっと心の底から望んできた望みがかなった奇跡をかみしめながら、
その奇跡に感謝しながら、エルシオンに感謝しながら…穏やかにこう言い、笑うのだった。
「…お前の声、聞こえるよ…俺にも!」

「ひい、ひい、ひい…じ、ジロン、替わってくれ〜」
「も、もうちょい休ませて?!う、腕がまだ…」
アイアン・ギアーのキッチン。
いつもとは違い、何かどたばたと騒がしい…
と、ガロードの弱々しい懇願がその中に響いた。
彼はエプロンを身につけ、卵白の入ったボールを抱えている。
一心不乱に泡立て器でその卵白をかき混ぜていたのだが、ことのほかこの作業は根気と体力のいるものだった。
幾度も幾度も泡立て器でぐるぐると混ぜ、空気を含ませるのだが…
ティファに指示された「泡立て器ですくい上げた時、ぴんと角が立つようになるまで」には程遠い。
いつまでたっても、銀色のボールの中の卵白はふわふわとろとろとしたままだ。
なれぬ運動に腕の筋肉がみしみしと悲鳴をあげ、言う事を聞かなくなってきてしまった。
…が、頼まれたジロンも、情けない顔で首を振るばかり。
すっかり疲れきった両腕をぶらぶらとふって筋肉をほぐしてはいるものの、先ほどまで酷使された腕の疲れは容易に取れてはくれない…
そんな泣き言ばかり漏らす男どもに、チルがいらだった口調で怒鳴りつける。
「んもおぉ!ジロンもガロードも、早くしてよぉお!」
「そ、そんなこといったって、これ…すっげえハードなんだぜ」
「もうアタイたち粉はふるっちゃったんだから!早く、早くう!」
男二人が卵白をあわ立てている間に、ティファと二人で別作業に取り掛かっていたチル。
彼女たちはすでに薄力粉とココアを合わせてふるい、すぐに混ぜられるようにしていた。
チルはボールに入れたウォールナッツをすりこぎで砕きながら、遅々として進まない男どもの作業を急かしている。
と、チョコレートとバターの湯せんにかかっていたティファが、ガロードを心配げな目で見つめ…可憐な声で激励を贈る。
「ガロード、がんばって…!」
「!…お、おう!俺にまかしとけって!」
「…何でもいいから、早くやってよねッ!」
途端、ガロードの手の動きが倍速になった。
チルは、多少鼻じらむ思いがしたものの…軽く頬を膨らませ、怒ったようにこう言うのみだった。
と、その時…手をぶらぶらさせていたジロンが、ふと不安げな表情を浮かべながら…ぽつり、とつぶやいた。
「だ…だけど、あいつ…本当に、大丈夫なのかなあ…?!」
「!」
「エルシオン、本当に…」
「やめてよッ、ジロォンッ!」
だが、幼子の怒鳴り声が、それを無理やり止めさせた。
「!」
「チル…!」
「そんなこと…そんなこと、ないッ!エルシオンは、消えるんじゃないんだもんッ!
…だ、だから!アタイとの『約束』だって、絶対忘れたりなんかしないんだッ!」
…チルが、手の中にあるボールをじっと見つめながら、ウォールナッツをすりこぎで砕きながら、震える口調でなおも言う。
その瞳には、何度否定してもしきれない、嫌な予感…そして、それはジロンたちが抱いているモノと同じモノだ…に押され、浮かんできた涙がいっぱいたまっている。
しかし、彼女は…今にもこぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら、その予感を押し殺す。
「え、エルシオン、言ったもんッ!絶対に消えないって!そんで、ずうっとずうっと一緒だって!」
「…」
「や、『約束』してくれたもんッ!…だから、だから、アタイも…アタイも、『約束』、守るんだッ…!」
それきり、チルは口をつぐんだまま…やはり何度も何度もすりこぎをふるい、ウォールナッツを砕き続ける。
だから、ジロンたちも…もはや、何も言わなくなった。再び、ケーキ作りの作業に舞い戻る。
がつっ、がつっ、という乾いた音とともに、ボールの中のウォールナッツはみるみるうちに小さなかけらに変わっていく。
チルはすりこぎをふるい続けた。
あの子のために、自分の「トモダチ」のために、おいしいケーキを作るために…
それを言い訳の名分にして、チルは力の限りすりこぎをふるい続けた。
嫌な予感を、信じたくない「未来」を砕き壊そうとでもしているかのように…

「…まったく、驚くべき事だな…」
「奇跡、とでも呼べばいいのかな、これは…」
「で、では、もう一度聞くが…本当に、君は」
アムロとクワトロが、顔を見合わせつつ…そんな事を言って、軽く嘆息した。
そんな彼らをバックに、やはり困惑を隠せないでいるブライト。
再度、同じ質問を彼女に向かって繰り返した…あまりに、それが信じがたかったので。
「…『エルレーン』君、なんだな?」
「…うん」
No.0は、いや…No.0であった身体は、真剣な顔をしたまま、やはりそう言ってうなずいた。
アーガマ・ブリッジ。
ブライト艦長以下プリベンター上層部は、今まさに信じられないような報告、そして現実を目にしていた。
今、彼らの眼前に立つ少女…ゲッターチームに伴われこの場に現れたのは、朱いバトルスーツを身につけた…No.0。
反省室を脱出した後、リョウによって捕らわれた際に意識不明となっていたため、医務室に運ばれたとは聞いていたが…
しかし、ゲッターチーム、そして彼女本人の口から語られたのは、まるで突拍子もない…だが、真実らしき告白。
そう、彼らが言うには…今、自分たちの目に映っている、朱い戦乙女…No.0。
彼女は、エルレーンを取り込み、そして…エルレーンの一部となった、と言うのだ。
「…身体を乗っ取った、ってことなのかな?」
「ううん…違う、よ。乗っ取ったんじゃない。…あの子と、私…溶けて、一つになったの」
「…」
いぶかしげなアムロの問いに、静かに首を振る彼女。
そのしぐさも、まったくあの少女のモノだった。
少女は、穏やかな微笑みを浮かべ…うれしそうに、こう告げた。
「仲直りして、これからは…ずうっとずうっと、いっしょなんだ…」
「…融合、か…」
確かに信じがたいし、合理的な説明もつかない。
しかし、今この場にいる彼女は、明らかにNo.0(『No.0』ではなく、『エルシオン』…それが彼女の『名前』なのだ、と少女は主張した。よって、これ以降はその意図に沿って彼女を『エルシオン』と呼ぶこととしよう)ではなく…
もう一人のリョウの分身、彼女の映し身…エルレーン。
アムロたちの持つ力も、明確にそれを感知している。
だから、信じざるを得ない…
二つのモノが、一つに帰る…彼女と彼女は、一つのモノとなったのだ。
まさしく、それは「融合」。
融けあった二人の少女の魂が、今、一つの魂の器を分け合って…
「では、エルレーン君…君は、No.0、…エルシオンであった時のことを、何も覚えていないというんだね?」
「…」
こくり、とうなずく、No.0…エルシオンであった身体。
その整った表情が、すまなそうなものに変化した。
「ほとんど、覚えてない…だ、だから、恐竜帝国のこととかも…」
「!…あ、ああ、いいんだよ、エルレーン君…そのことは、別に気にしなくてもいい」
本当ならエルシオンから新しい情報が得られただろうに、と落ち込む彼女を、慌ててブライトがとどめる。
エルシオンから聞き出せたであろう恐竜帝国の情報…エルレーンも知らない事項があったやも知れない…については、確かに期待していなかったわけではない。
だが、それを差し引いても、自分たちプリベンターの得たモノは大きい…
「ともかく、我々は…一人の犠牲者も出すことなく、真・ゲッターを手に入れることが出来た…
誰も傷つくことなく…な。それだけで、十分だよ」
「…」
「エルレーン君。これからも、我々に力を貸してくれるだろうか…」
「うん…!」
「それじゃあ、よろしく頼むぞ…!」
「うんッ!」
…と、その時突然、異様に気合の入った合いの手がブリッジにとどろき渡った。
「何にせよめでたい事じゃあないっすかァッ!!」
「?!」
「け、健一?!」
「ま、またどっから湧いてでたんだ、お前?!」
振り向くと、そこには健一。
いつの間にブリッジに入り込んだかすら定かではないが、ともかく彼は頬を紅潮させ、興奮の極みにあるようだ。
次の瞬間には、エルレーンの隣に飛びすさり…手など握って、照れる事すらせずこんな事すら言ってのけた。
「ああッ、これから毎日エルレーンさんに会えるなんて夢のようですッ!」
「…ほぉおぉおおおぉ、そいつぁあ一体どういうイミで言ってるんだか俺いっぺん聞いてみたいなぁ健一君」
「!…あ、い、いや、その!…いろんな、イミでですッ!」
が、凍てついた笑顔のリョウにすごまれ、わけのわからないことを口走ってごまくらかそうとする…
そんな二人をきょとん、とした表情で見つめていたエルレーンだったが、やがて…
その視界の端に、壁にもたれてたたずんでいる万丈の姿を見つけ、そちらのほうに駆け寄っていった。
「!…そうだ、万丈君!」
「ん…?何だい、エルレーン君?」
「あのね、…お礼、言おうと思って」
「?」
戸惑う万丈に、彼女はぽつぽつと語る。
「あの時、万丈君…私に、言ってくれた。…私が、『人間』として…どうしようもなく間違ってる、って…」
「…」
「私、何のことだかわからなかった。…だけど、今なら、わかる…どうして万丈君がそう言ったのか」
そうして、エルレーンは穏やかに笑み…万丈に礼を述べた。
「私のこと…叱ってくれてありがとう、万丈君…」
「いいや…!」
同じく、穏やかな笑顔で首を振る万丈。
「…うふふ、だから、ね…これ、…『お礼』!」
と、いたずらっぽい表情を浮かべたエルレーン…
彼女が、ちょこちょこと万丈のそばによって来た。
目と目があうと、ふっと微笑みかけてくる。
その、刹那。
「…!」
左頬に、柔らかい感触。
あまりの唐突さに、一瞬…それが何かがつかみ取れない。
が、それもつかの間。
数秒もしないうちに、エルレーンはその唇を万丈の頬から離した。
「うふふ…!」
「…はは、ありがとう…意外と発展家なんだね、君は!」
いきなりの突飛な「お礼」に、思わず苦笑いをもらす万丈。
が、そのかわいらしい接吻を与えた張本人は、やはりその言葉の意味がわからず…
不思議そうな顔で、こう述べるのみだった。
「『はってんか』ー?なあに、それ…?」
「ふふ…!」

「…本当に、ほんっとうなんだな?!」
「…」
まじまじと顔を見つめながら、念には念を入れる、といったような口調で…甲児は、もう一度問うた。
無言でうなずく彼女。
その反応に、甲児たちの表情が…安堵したような、それでいて困惑と疑念が捨てきれない微妙な微笑が浮かぶ。
アーガマ・ブリーフィングルーム…
ゲッターチームが「仲間」たちに引き合わせたのは、あまりにも不可思議すぎる奇跡の結末。
No.0…エルシオンの身体を持ちこの場に現れたのは、リョウの中に在ったはずの少女…
「えーと、その、なんだ…つまり、おめぇは、結局…」
「…エルレーンだよ、豹馬君」
おずおずと聞く豹馬に彼女は間髪入れず答えを返した。
エルレーンの魂が、リョウからNo.0の中に取り込まれ…あまつさえ、二人の少女は融合し、一つになったと言う。
しかし、当たり前だが、そんな夢物語かSFのような話を聞かされて、すぐさま納得できるものではない。
「な…何か、よくわからねぇな…」
「い、いくらおんなじリョウ君のクローンだからって、でも…こんなことってありえるのかしら?」
「ひ、非科学的です、考えられませんよ」
豹馬やちずる、小介は口々にそんな言葉を漏らす…
だが、その合間に、こんな意見も割りこんで来た。
「んー、やけど…まあ、ええんちゃうの?」
「!…十三」
それは、浪速十三。
コン・バトラーチームの中でもっとも冷静な男は、やはり現実的にその見方を述べてみせた。
「あのネエちゃんかて、そうなりたいっちゅうてそうなりよったんやろ。それに、いくら考えたって説明なんかつかんけど…
ともかく、今は。あの二人が溶けて混じって一人になった、それは本当なんやろ。
…やったら、それでええやん。
少なくとも、あのネエちゃんが『敵』になって、リョウたちを殺そうとする事はもうない…問題ないんやからな」
「…そうだな…!」
それを聞き、一旦ぽかん、としたものの…豹馬たちも、わらってうなずく。
するとそこに、それに同意する者がまた一人。
「ああ、俺もそう思う…!」
「リョウ!」
穏やかな笑顔を浮かべ、リョウは静かに言葉を継ぐ…
確信と希望に満ちた、炎のような瞳。
「そうして、あいつも生きていくんだ…エルレーンの中で、エルレーンと一緒に。この、蒼い空の下で…!」
「ああ…!」
「そうよね、きっとこれでよかったのよね…!」
「…」
コン・バトラーチームも、笑顔でそれに和した。
そう…あの悲劇的な戦いは、もはや終わったのだ。
「和解」というレベルをはるかに超えた、さらなる深みに至る停戦…両者の同一化、「融合」というカタチで―!
…と、無言で何事か考えていた甲児。
数秒の空白の後、おもむろに口を開いたなり…彼は、なんとこうぬかした。
「…っていうかさぁ、どうせそのバトルスーツ…今着てる朱いやつと、前エルレーンが着てた黒いやつ…
二着もあるんだったらさ、普段からリョウ君と二人でペアルックにして着てく…」
「はっはっは今何か言ったのはもしかしてこの口なのかなぁ甲児君」
「ぎ、ぎぃやあああぁああぁあ?!」
「…?」
アホな事をぬかした甲児。
当然のことながらそれを聞き逃さぬリョウに、口の両端を思いっきりつかまれ引き裂かんとばかりに伸ばされる、地獄の仕置を受けて悶絶した(両手の爪も立てているので超痛い)。
その様を、きょとん、とした表情で見ているエルレーン…
と、その時。
しゅん、とブリーフィングルームの扉が勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、チル…
まっすぐ仁王立ちになったまま、ブリーフィングルームの中をねめまわしている…
…その視線が、彼女の姿を捉えた。
「…!」
「?…あ、チルさん…」
エルレーンの呼びかけに、チルは答えなかった。
そのまま無言で、つかつかと近寄り…ぎゅうっ、とその手をつかんだ。
「…〜〜ッッ!」
「き、きゃッ?!」
そして、有無を言わさず引っ張っていく。彼女たちの姿が廊下へと消える。
ブリーフィングルームの扉が、しゅん、と再び閉じられる…きょとん、とした「仲間」たちを放っておいて。
チルはエルレーンを半ば無理やりに引きずりながら、黙々と廊下を早足で歩み行く。
「ね、ねえ、チルさん?!な、なあに…?!」
「…いいから来てよッ、…エルレーン!」
「…?!」
困惑げなエルレーンの言葉に、ただそれだけ短く言い返し…チルは、止まることなく廊下を歩む。
下ばかり見つめながら。
そのチルのかたくなな様子に、エルレーンは何も言えず…ただ、困ったような顔で、彼女のされるがまま、廊下を進んでいく。
アーガマを抜け、地面を歩み。彼女たちの向かう先は、赤い戦艦・アイアン・ギアー…
その中にすぐさま入り込み、まっすぐにチルは行く…
そして、チルはキッチンの扉を思い切り強く押した。
ぱっと開いた、キッチンの扉…その向こうには、ガロード、ジロン、ティファが待っていた。
苦闘の後を示すかのように、シンクには様々なボウルや何やらがつっこんであるが…
テーブルの上は綺麗に整えられ、人数分の皿やフォーク、ティーカップが用意されていた。
その中央に、大皿に乗せられて置かれているモノは…
「…!」
「あ…」
エルレーンの姿に、思わず立ち上がる三人…
彼らが座っていた椅子が、がた、がたん、と音を立てる。
音を立てない椅子は、二脚。
チルの分と、「彼女」の分…
「え、エル…ッ」
「…」
エルレーンは、無言。
入り口に立ち尽くしたまま、不思議そうな顔で彼らを見ている…
「…え、エルシ…エルレーン!ほら、『チョコレートケーキ』だよ!」
「…!」
チルはそれを示す。
しっとりと焼きあがった、ガトーショコラ…チョコレートケーキ。
そして、必死に持ちかける…あの「約束」のことを。
「ほら、アタイ言っただろ?!食べさせたげるって言っただろ?!アタイたち四人でつくったんだよ!エルレーンのためにつくったんだから!」
「…」
本当に、彼女が消えてはいないのなら。本当に、エルシオンが、今…エルレーンの中に、息づいているというのなら。
絶対に忘れはしないはずの、その「約束」のことを…!
「ね…?!…や、『やくそく』、しただろぉ…ッ?!」
不覚にも、涙がむせんできてしまう。声が、震える。
だが、うっかりと口からすべりでそうになったセリフだけは…かなり無理をして喉の奥に飲み込んだ。
(だから…そんな『約束』、知らないなんて言わないで!)
エルレーンは、無言。
入り口に立ち尽くしたまま、不思議そうな顔でケーキを見ている…
(…!)
だが、その刹那だった。
四人の注視を一身に浴びたエルレーン…
彼女の表情が、ふわり、と動いた。
「…わあ…!」
「…!」
鮮やかな、笑顔。
四人の心臓が、とくん、と鳴った。
エルレーンは、うれしそうに笑んで…頬を感動で少しばかり上気させ、こう言ったのだ。
「そっかあ…チルさん、『約束』、覚えててくれたんだ!うれしいな…!」
そう、彼女は確かに、そう言ってくれたのだ!
四人の表情に、歓喜がみるみるうちに浮かび上がる…
報いられた、という喜び。自分たちのやった事は無駄ではなかった、という喜び。彼女を失わなかった、という喜び…!
「!…そ、そおだよ!アタイ、『約束』破らないもんッ…」
「さ、さあ、喰おうぜエルレーン!」
「そうだよ、俺たち苦労したんだからさあ、絶対美味いぜ!」
「うん…!」
ジロンたちに促され、エルレーンも席につく。
ティファがケーキにナイフを入れ、それを等分に切り分けていく…
「…ほら、エルレーンの分だよ、ッ」
「…!」
皿に乗せられた一片が、主賓の前に置かれた。
続いて、ガロードたちの前にもケーキの乗った皿が置かれる。
そして、それが皆にいきわたった。
皆、ほぼいっせいにフォークをケーキに突き刺した…
そして、少量をすくいとって、口の中に放り込む。
一瞬の空白、その後に…
自然、その表情が、心地よい甘さでゆるんだ。
「…!」
「う、うめぇ〜!」
「うあぁ、おいしい、これー!」
「いやあ、やっぱティファの教え方がよかったからだって!」
「が、ガロード…!」
ぱあっ、と明るい会話の輪が広がる。
そのチョコレートケーキは、本当に美味しかった。
ナッツの香ばしさとチョコの甘みが、絶妙のハーモニーを奏でる。
その場にいる誰もが嬉しそうに笑いながら、舌鼓を打っている…
エルレーンも一心不乱にチョコレートケーキをむさぼっている。
そんな彼女のうれしそうな表情を覗き見、チルが照れながらも問いかけた。
「へへ、どう?…これでアタイ、『約束』守れたよね?!」
「うん…!」
エルレーンはこっくりとうなずき、改めてチルに向き直り…
そして、にこっ、とかわいらしく笑いかけてきた。
「ありがとー、チルさん…!」
「…!」
愛らしい笑顔。あどけない笑顔。エルレーンの笑顔…
だが、その瞬間。
チルの脳裏にはじけた。「彼女」の笑顔が。



『チル…ありがと…!』



だが、それはエルレーンのモノと重ならなかったのだ。



「…?!」
愕然とした。チルは、それをはっきりと理解してしまった。
それは、「彼女」の笑顔は、今目の前にある笑顔とまったく同じくせに…何処か違って見えたのだ。
何が、と言うわけではない。だが、絶対にそうとしか思えない。
そう。
自分たちは、失ったのだ。それでいて、得たくせに。
それを悟った瞬間、幼子の精神を…一挙に、様々な感情が荒れ狂った。
「…〜〜ッッ!」
「?!…ど、どーしたの、チルさん…?!」
突如、頭を垂れ…ぽろぽろと、大粒の涙をこぼし始めたチル。
何の前触れもなく泣き出し始めたチルを前に、エルレーンはおろおろするばかりだ…
「う、ううん…へ、へへッ!…あ、あんまり、あんまり、このケーキが、うまく出来てたもんだからさ、な、泣けてきちゃっただけだよ!」
「チル…!」
「うん!おいしーね!…でしょッ、ジロン?!」
精一杯自制の力を働かせて、声に出来る限りの明るさを込めて、彼女は無理やり笑顔を作って見せる。
が、こらえても、こらえても、どんなに眉間に力を込めても、それでも顔にあらわれる哀しみを完全に押し殺す事は出来ない。
「…ああ…!」
チルの表情から、ジロンたちも悟った。
彼女が何故、涙を流しながらも、それでも無理に笑うのか…
その原因を察知するや否や、彼らの中にもあふれ出す。そのやるせない感情のうねりが―
「そうだよなッ、うまいじゃん、ホント!…は、ははッ、…本当に、涙が出ちまうくらいにさあ!」
『なあ、何でなんだ?何でこんなにまるっこいんだ?』
潤んだ瞳から、透明なしずくがこぼれて落ちる。
「うん、本当だ!あ、あはは…く、苦労したかいあったよなあ、…なあ、ティファ?!」
『なあ…ガロード…うふふ、もっと言って…?』
笑んで細めた両目から、きらめく水になって感情がこぼれる。
「ええ…!よ、よかった…!久しぶりだったから、うまく出来ないかもって、思ったけど…!」
『大丈夫だ…お前たちは、俺が守ってやる!』
その水は頬に筋を為す…笑みを浮かべた、その頬に。
エルレーンは戸惑うばかりだ。
何しろ、テーブルについた自分以外の四人が、皆泣いている…にもかかわらず、笑っているからだ。
チョコレートケーキをほおばりながらも、一体何事がおきたのかと、困ったような視線を投げている…
四人は、笑っていた。泣きながらに、笑っていた。
相反するこころが、矛盾する気持ちが、二つの思いが混じりあって自分たちの中に在る。
…まるで、彼女たちのように。
そうして、四人は…泣きながら、笑った。
本当に、これでよかったのか。本当に、これで正しかったのか―
そんな問いが、浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでくる。
だが、四人は笑った。泣きながらも、笑った。
紛うことなき幸福の中に彼女はいるのだと、心の底から確信し…それ故に、やるせない哀しみをも抱きながら。
甘いはずのチョコレートケーキ…
こっくりとした甘さの中に隠れた、カカオの苦味が…彼らの胸に、何処かせつない痛みになって響き渡った。
残響の中に混ざる…あの凛とした強さを持った、だがもろさをも内包する、少女の声。
その少女の言葉を、彼らはこころの奥底でかみしめる。
遠いあの夜の潮騒のように、寄せては返す静やかな思い出とともに…



『…ありがとう、お前ら…忘れない!』




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