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◆ Are you "the arms", like your Getter Robot?
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「…」
「…あ!…え、エルレーン?!」
「…うん」
あれから数日の後。エルレーンが目覚めたのは、そんな時だった。
ハヤトとベンケイの前に姿をあらわしたエルレーン…
ハヤトが彼女に望んでいた事は、たった一つだった。
とうとう待ちわびた彼女の覚醒の時が来たのだ。
かつて恐竜帝国で暮らしていた、それ故に、あの少女の事をも聞き及んでいるかもしれない、あのリョウのクローンの情報を知っているかもしれないエルレーンの…
「エルレーン」
ハヤトが、彼女の顔をまっすぐに見つめ、真剣な顔をしたまま言った。
「俺が聞きたいこと…わかってるな?この前のことだ。あの…No.0という、新しいリョウのクローンについて、お前、何か知っていることはあるか?」
「…あるよ」
こっくり、と、うなずくエルレーン。
彼女の返答に、ハヤトの表情が…一瞬、ふっとゆるんで、そしてまた厳しいモノに変わった。
「!…そうかよ、それじゃ…聞かせてくれ、あいつのことを。みんな、知りたがってる。あいつが何なのか、あの、No.0が…」

「『りんり』、って、何だか、…ハヤト君、知ってる?」
「?…ああ、『倫理』がどうした?」
ブリーフィングルームに集った「仲間」たち。
その「仲間」たちを前に、エルレーンは…そんな問いかけから、話をスタートさせた。
自分の中にある記憶…
遠い昔、ほんの少しだけ耳にした会話の中にあったそのキーワードを掘り起こし、それをそのまま声に乗せた。
「んーとね、私には、その、『りんり』が何だかよくわからないんだけど、…その、『りんり』があるから、『人間』はすぐに相手を殺さないんだって」
「…?!」
「え、エルレーン…お前、一体何の話してるんだ?」
困ったように問いかけるフォッカー。
いきなり、何の関連もないようなことを話し出すエルレーンに、彼はストレートに聞いてくる。
「俺たちが聞いてるのは、あの…リョウのクローンだって名乗った、メカザウルスに乗ってたあいつ…No.0とかいう奴についてだぜ?」
「うん、だからだよ?」
しかし、彼女はあっさりとそう言い返し、なおも自分の説明を継ぐ。
「あの、No.0って言うのはね…その、『りんり』がないの」
「…?!」
「あのNo.0は、『りんり』を持ってない…だから、『敵』なら、すぐ殺そうとする。自分で自分を止められないの…」
「…」
確かに、そうかもしれない。
彼女の説明を聞く「仲間」たちのこころに、そんな実感があわだつ。
「自分を撃って来たから」、「殺してやった」。
彼女が「敵」とみなせば、その全てはあのMS隊のように灰燼に帰される…
「倫理」なき少女の暴走は、一旦たがが外れれば行き着くところまで行き着くしかない。
だが、エルレーンがさらに語る事実は、それすら上回るほどの動揺を皆に与えた。
「…だから、あれは『しょぶん』されたんだ」
「?!」
「…『処分』…?!」
その情の入り混じる余地のない単語に、思わず問い返すハヤト。
彼の言葉に、エルレーンは淡々と応じた。
「うん…あれはね、一番最初につくられた、リョウのクローンなんだ。
私が造られるより、ちょっと前の…何の調整(モデュレイト)もされていない、リョウそのままの…」
「そうなのか…?だが、俺たちはあいつなんて知らないぜ。お前以外、リョウのクローンがいたなんて思っても見なかった」
「…本当は、あれもね…リョウたちゲッターチームと戦わせるために、って造ったの。
…だけどね…いつかわからないけど、あれは…突然、壊れちゃったんだって」
「こ、壊れた…?!」
そして、今度も「壊れた」という、とても「人間」に対して適用すべきではないだろう単語を使う。
しかし、彼女はやはり淡々と言葉を続ける…
「…うん。…いきなり、壊れちゃったあれは…キャプテンを一人殺して、自分のメカザウルス…あのメカザウルス・ロウに乗って、マシーンランドをめちゃくちゃに壊そうとしたの」
「ま、マシーンランドを…?!」
「そう。200人以上の恐竜兵士が、そのせいで死んだ、って…
だから…恐竜帝国のキャプテンが、みんなで…メカザウルス・ロウごと、あれを『しょぶん』したんだ」
「…」
最初はブリーフィングルームを揺るがすほどのざわめき、そしてそれが次に恐怖に押しつぶされた静けさに変わる。
…何と、あのNo.0という少女は…あろうことか、「仲間」であるはずの「ハ虫人」すら殺したと言うのだ。
その本拠地・マシーンランドを破壊せんと試み、そのあげくに「しょぶん」された、抹殺されたのだ、と…!
誰からともなく、ふうっ、という吐息が漏れた。
先日目にした、あのNo.0の狂態…
そのすさまじさは、彼らにエルレーンの語る物語が真実であろう事を否応なく悟らせる。
「…そんなことがあったのに、ガレリイ長官はまだあきらめなかった。また、リョウのクローンを造ったんだ…」
「それが、エルレーン…お前、だってのか…」
「…」
エルレーンは、こくり、とうなずいた。
「だけど…今度は、自分たちをいきなり殺しだすような、危ないまねさせないように…
その、『きょーぼーせい』を、はじめっからいっぱいけずっちゃうようにしたんだって…」
「それが…調整(モデュレイト)、ってことかよ」
「うん…だから、私は…モデュレイテッド(調整済み)・バージョン。プロトタイプの次に造られた、リョウのクローン…」
(…?)
その時だった。それを黙って聞いていたベンケイの心中に、ある疑問が澱んだ。
『…そうさ!<できそこない>の、モデュレイテッド・バージョン!…No.39のことだろう?!』
あの時、No.0というあの女の子は…「モデュレイテッド・バージョン」というモノのことを、「No.39」と呼んでいた。
そして、その「No.39」とは…どうやら、エルレーンのことらしい。
…しかし…何故、「No.39」なのか?
彼女がプロトタイプ・No.0の次に造られたのならば、当然そのナンバーは「No.1」となるはずではないか。
それなのに、何故…?
…が、袋小路に入りかけた思索に落ち込んだベンケイを、エルレーンの言葉が現実に引き戻した。
「そんで…その調整(モデュレイト)のせいで、私…製造されてから、半年しか生きられなかったんだ」
「…」
しいん、と、その場の空気が水を打ったように静かになった。
そうだ、彼女は…そのような過去を通り抜け、リョウの精神の中に取り込まれ…彼の身体を依り代として、今という時を生きているのだった。
「そ…」
音なき空白の静寂を、健一の困惑気味の声が破った。
「それじゃあ、あの、No.0ってのは…もう、とっくの昔に死んでるはずなんですよね?!」
「…」
「それなのに、何で…」
「さあ…わかんない。…死んだイキモノを生き返らせるなんてこと、いくら恐竜帝国でも、できないはずなのに…」
しかし、エルレーンもただ首をひねるばかりだ。
さすがの彼女も、同じ地下勢力たるミケーネ帝国のことまでは知らなかったようだ…
それ故に、死者復活の秘術などというものなどが存在するとは、とてもではないが考え付かなかったのだ。
…と、その時。今までじっとエルレーンの話を聞いていた、アムロが口を開いた。
「仲間」たちの合間に漂っていた、うすぼんやりとした不安と懸念…
彼はそれをかきあつめ、明確な言語に変えて発する。
「…だが、何にせよ…彼女が相当に危険を孕んだ存在である事は確からしいな」
「!…アムロさん…」
「…わかってる、ハヤト君。…だが、これも事実だ」
「…」
「君たちの気持ちもわかる。…しかし、リョウ君や君たちだけの気持ちで、何とかなる問題じゃないかもしれないじゃないか」
「…」
ハヤトは黙り込んだ。アムロの言う言葉は、真実をついている。
彼に乗ずるように、甲児も自分の考えを彼に告げようとする。
「そ、それによ…あいつ、あんまりに違いすぎるじゃねえかよ、…エルレーンと」
「あ、ああ…」
生返事を返すハヤト。
そんなはっきりしない彼に、甲児はずばりと問うてみせた。
「あんな奴を説得して、『仲間』にできるって…、本当にハヤトは思ってんのかよ?」
「…少なくとも、俺は…そう、信じたいぜ」
「『信じたい』、だと…?」
「…ああ。…だって、よ…こりゃあ、『昔』とまったくおんなじ状況なんだからな…」
「…」
「お前らの気持ちも、わからなくもないけどよ…」
No.0の異様さ、凶暴さに気おされた「仲間」たちの反応は、やはり腰が引け気味だ。
その理由が理解できるだけに、彼女を救いたいと主張するリョウの側に立つハヤトの言葉も、自然鈍らざるを得ない…
と、その刹那。
「…だけど、」
「…ん?」
ぽつり、とつぶやかれた、そのエルレーンの言葉。
それがあまりに小さかったので、ハヤトがもう一度聞き返そうとした…その時だった。


「…馬っ鹿だなぁ、ガレリイ長官」


「…?!」
一瞬、時が止まった。
あまりに予想も出来なかった彼女のセリフに、誰もが皆驚いている…
だが、それに連なる彼女の言葉が、彼らを更なる驚愕の奈落に叩き落す…
「え、エルレーン?!」
「だって、そうじゃない?…いくら、私たちに勝てないからって…また、同じ、『できそこない』をつくるなんて」
「え…?!」
思わず息を呑むハヤト。
その彼に向かい…エルレーンは、微笑した。
それは、倣岸不遜な微笑…
己の力量に自惚れた、絶対の自信を皮膚の内側に塗りこめた微笑。
そんなふうに微笑んでいる、今のエルレーンは…
いつもどおり、驚くほどに愛らしい…だが、驚くほどに邪悪で醜かった。
「ふふ…プロトタイプなんかが、私に勝てるはず…ない!」
「?!」
「え、エルレーン…お、お前、まさか」
甲児が思わず問いかける。
「お前、まさか…な、No.0を倒そうってのか?!」
「…?」
動揺のあまり、かすれる甲児の声。
だが、それに対し…エルレーンは、いとも平然と、こう答えた。
「うん。…当たり前、じゃない?」
「…〜〜ッッ?!」
彼女を同心円の中心として、ざあっと一挙に驚愕の波が拡がっていった。
まるで、「1+1の答えは、2だろう」というような、わかりきった、決まりきった答えを語る時のように。
その理由すら、彼女は淡々と述べる…
どうしてこの程度のことがわからないのか、とでも言うように。
「だって、あれは『敵』だもの…リョウたちの、『敵』…だから、殺さなきゃ」
その、あまりに論理的な思考の結論。
何の感情も混じりこまない簡潔なロジックの帰結は、逆に…聞く者の肝胆を寒からしめる。
「で、でも」
豹馬が、何とか言葉を継ぐ。
「でも…あの、No.0ってのは、リョウのクローンなんだろ?…お前と同じ!」
「?…そうだよ?」
「じゃ、じゃあよ…あ、あいつは、お前の…お前の兄弟みたいなもんだろ?!
お前の『姉さん』か…『妹』みたいなもんじゃないか!」
「…」
豹馬の言葉を、エルレーンは…何故か、不思議そうな顔で聞いている。
彼の、「人間」として当たり前の考えを…
いつもと同じ、あの表情で。「○○って、なあに?」と彼らに聞く時と、まったく同じ表情で…
同じ姿、同じ運命を背負った姉妹同士が殺しあう、その残酷な舞台。
本来ならば、同じリョウのクローンであり、同じ悲劇を演ずる者として、彼女に一番の同情と共感を寄せるだろう、寄せるべき少女が…
彼女を、「敵」だから「殺すべきだ」と主張しているのだ。
それも、何のとらわれも迷いも苦渋の決断もなく。
ただ、「敵」だから、と。
…もちろん、彼らとて「No.0を説得し、『仲間』にしたい」というリョウの主張を、100%の肯定の意を持って聞いていたわけではない。
何しろ、彼女は異常だった…
驚くほどに鮮烈で、凶悪で、好戦的だった。
しかし…リョウ同様、当然彼女を守るべき立場に在る、ゲッターチームの一員…しかも、No.0と同じモノ…であるエルレーンが、あまりに淡々とその冷酷な結論を述べるにいたって…さすがに何も言えないままではいられなくなったのだ。
「な、なのによ…し、姉妹どうしで、殺しあうなんてよ…」
「…ふふ、っ」
「?!」
だが、豹馬のたどたどしい抗弁を、エルレーンは微笑で黙らせた。
突然、にこっ、と微笑んだ彼女…
彼女の唇から、驚くほどに影のない、きゃらきゃらと明るい笑い声が漏れ出でる。
「ふふ、きゃはははっ、あはははははっ!」
「?!…え、エルレーン?!…な、何がおかしいんだ?!」
「…えー、だってえ」
くすくす、と笑みながら、エルレーンは言う。
その表情には、何の陰りも罪悪感も惑いもなく。
「…あの、『できそこない』が?あの『できそこない』の、No.0が…私の、『イモウト』?…あははっ、…気持ち悪い!」
「…〜〜ッッ?!」
「あれは、私の『敵』だよ!あれは、私の『妹』なんかじゃ」
凍てついた豹馬。そして、それを聞く「仲間」たち。
そんな彼らに向かって、なおも言葉を継ごうとするエルレーン…
そのエルレーンの言葉を、鞭で打ちつけるような男の声が…突如、断ち切った。
「…エルレーン!」
「…?!」
その鋭い声に驚き、彼女が振り向くと…それは、ハヤトだった。
ハヤトは立ち尽くし、エルレーンのほうを見ている…その表情には険しさが浮かぶ。
「…まだ、あいつは…あいつは、『敵』と決まったわけじゃない!」
「ハヤト、君…?だって、あれは」
「エルレーンッ!まだ決まったわけじゃないんだ!…だから、…まだ、あいつと戦うか、決まったわけじゃないんだ!」
「え…?!」
エルレーンの表情が、少し強張る。自分を何故か怖い顔をしてにらみつけるハヤトに、戸惑っている。
ハヤトの瞳が、震えている。怒りと困惑と、どうしようもないやるせなさで、震えている。
同様の感情に彩られたハヤトの声が…とうとう、エルレーンを責める言葉となって、彼の唇から放たれた。
「…エルレーン…お前、本当に何も思わないのか?!あいつは、No.0は…昔のお前と同じじゃないか!」
「!」
「恐竜帝国の『道具』、『兵器』として造られて!
利用するだけ利用されて、俺たちゲッターチームとの戦いへ追い立てられていく!…まったく昔と同じじゃないか!
お前は、自分の『妹』が、自分と同じ目にあっても何とも思わないのかよ?!」
「?!…で、でも、…あれは、私の『敵』だもの!あれは、私の『妹』なんかじゃないッ!」
「…!」
だが、エルレーンは…大声上げて、そう抗弁した。
『あいつは、俺のクローン…<妹>みたいなもんなんです!あいつは、俺の<敵>なんかじゃないッ!』
途端、皆の胸によみがえる、リョウの言葉。No.0を必死に救おうとしている、彼の言葉。
だが…そのリョウの身体に宿りしもう一人の彼は、はっきりとそれを全否定しているのだ!
何という矛盾、何という皮肉だろう…
ハヤトの顔に、絶望の色が濃くなっていく。
自然、彼の視線は下を向いていく…現実の重みに、耐えかねて。
「…」
「…ハヤト君…?」
つらそうに黙り込んでしまったハヤトを見て、心配そうに問いかけるエルレーン。
それに、ハヤトは答えないまま…
だが、うつむいたままの彼の口から、やがて低く押しつぶしたような言葉が漏れ始める。
「…エルレーン。俺は、お前を見ていると…時々、お前がリョウのクローンだって事を忘れそうになる。
お前は、リョウとは全然違うから。…ふわふわとろとろしててよ、リョウとは全然違ってるから」
「…?」
「だけどよ、エルレーン…お前は、やっぱりリョウのクローンだ…!」
「…!」
「…今、お前が言ったこと!昔のリョウが言ってたこととそっくりそのまま同じだぜ!」
きっ、と、再び顔を上げるハヤト。
その表情には、エルレーンに対する怒りと哀れみと友愛と失望、その全てが浮かび上がっていた。
「今のお前は、昔のリョウと同じだ!お前を誰より憎んでて、お前が苦しんでることも知っていて、それでもお前をただ倒そうとしてた…
そうだ、誰よりもお前に冷たく当たってた頃の、昔のリョウと同じなんだよ!」
「?!」
驚きのあまり、言葉を失うエルレーン…
その表情が、少し哀しげに変化した。
水を打ったかのように、しいんと静まり返るブリーフィングルーム。
居心地の悪い重い空気が、何処からともなくよどんでくる…
…数秒とも、数十秒とも思える奇妙で不快な空白の後。
ハヤトは、無言でその場を去ろうとした。
入り口に向かい、何も言わないまま、誰の顔も見ないままに歩み続ける。
その行く先を阻む人の壁は自然と割れ、そして…ハヤトは、そのままブリーフィングルームから姿を消し去っていった。
「…」
「は、ハヤト…っ」
「…」
その消えゆく背を見つめたまま、だが何の言葉もかけられなかったベンケイとエルレーン。
エルレーンは、立ち尽くしたまま…静かに目を伏せたまま、動けないでいる。
「…エルレーン君」
「どうして…?…どうして、ハヤト君、怒ってるの…?わ、私…私、何が、悪いの…?!」
「…エルレーン君、君は…その理由が、本当にわからないのかい?」
「…」
打ちひしがれるエルレーンの背中に、万丈が…そっと、問いかけた。
彼女は万丈を見返し、哀しげな表情を浮かべたまま、ゆっくりと首を振った…
「…そうか…」
ふうっ、とゆっくり、万丈がため息を吐き出した。
そして、改めて…エルレーンに向かい、こう問いかけた。本質的な問いを。
「エルレーン君。…君は、自分の考えが正しいと思っているのか?」
「う…うん。…だ、だって、あれは…『敵』だもの。あれは、リョウたちを…みんなを殺そうとする。
…だから、殺さなくちゃいけないんだ!じゃなきゃ、みんながあれに殺されてしまう!」
「…」
「…て、『敵』を殺すのが、悪いっていうのなら!…は、ハヤト君や、リョウや、ベンケイ君だってそうじゃないか!み、みんなだって、そうじゃない!」
「…」
「わ、わからない…!私、わからない!…どうして?!…わ、私、みんなと、何が、違うっていうの…ッ?!」
そして、頭をぎゅっと抱えこみ、混乱のあまりに悲痛な声を上げる…
自分の論理展開に、何の矛盾も破綻もないはずだ。なのに、ハヤトは自分を否定する…
その意図がわからず、苦悩するエルレーン。
その様からは、彼女は本気でその理由を理解できないらしい、ということが見てとれた。
彼女は、わからないのだ。己の冷酷さが、どれほど群を抜いているのかという事が。
しかし、それに対して彼女を責めるべきではないのだろう…
ハヤトは以前語った。
エルレーンは、恐竜帝国にいた時分は「兵器」として扱われ、ゲッターチームを殺すための「道具」として生かされていたのだ、と。
そのような状況下で、生死に関するまともな認識が得られるはずもない。
それ故に、彼女の中では…「敵」なら「殺す」という判断こそが、絶対的な真理として在るのだろう。
そうして、今まで生きてきたのだ。その原理を疑う事もしないままに。
だから、何故ハヤトが自分につらく当たったのか理解できず、苦しんでいるのだ。
何故、大好きな『トモダチ』が、自分に対して冷たくなってしまったのだろうか、と…
学ばねばならない。
そう、彼女は知らねばならない、考えねばならない、学ばねばならないのだ…
その理由を。ハヤトの憤激と悲嘆の理由を。
それを、おのずから進み出、彼女に指し示したのは…ダイターン3のパイロット、波嵐万丈だった。
「…そうだね。君は、寸分の狂いもなく、正しいよ。理論的で、合理的だ」
「?!」
「ば、万丈さんッ…?!」
「そ、そうだよね?!なのに、何でハヤト君は…」
周囲に一挙にどよめきと困惑が拡がっていく。
いきなり、彼女を肯定することから始められたそのセリフは、彼らを混乱させるに十分だった。
一方、持論の正しさに同意されたエルレーンは、己の理論が誤っていないことを再確認し…万丈にさらなる意見を求め、詰め寄ってくる。
だが、万丈は…次の一言で、それを根底から覆した。
「…だけど、どうしようもなく間違ってる」
「…?!」
「君は、どうしようもなく、間違ってる…『人間』として!」
「!」
困惑に身を硬くするエルレーンに、万丈は熱のこもった口調で続ける。
「非合理的で、まったく筋が通らないかもしれないけど…『敵』であっても、その相手を救えるなら、そのこころ救えるなら…救おうとする。
…少なくとも…そうすべきか、迷う。
『人間』ならそうするはずだ」
「で、でもっ」
「…結果として、それができなかったとしても!…救えるいのちなら、救いたいと願う…少なくとも、その思いだけは本物だ。
…ひとのいのちを奪うのに、痛みや罪の意識を背負わざるを得ない…そして、決然として、背負う。
それは僕たち…戦う者にとって、最低限持っていなければならないことだと思う」
反論しかけたエルレーンの言葉を、己が信念で封殺する。
万丈の語る言葉は、彼の生きてきた道そのもの…その道を支えてきた、彼の精神そのものであった。
そして、その信念は…敵対するモノを、望まずともその手で滅し続けてきた、そうせざるを得なかった、戦士たち皆の心の奥底に共通して流れているモノと同じモノだった。
罪悪と苦痛背負わずして「敵」を殺し、強大な力をふるう者は…ただの戦のための機械、「兵器」、「バケモノ」にすぎないからだ…
しかし、彼らはそうではなかった。だから、「人間」なのだ。
「…」
「君は、あのNo.0を、ただ排除し…消すだけの存在としか見ていない。
…同じ顔、同じ姿…そして、恐竜帝国に利用されているという事実すら同じにもかかわらず」
それをまだ知らぬ少女、エルレーンは…ただ、口を閉ざしうなだれる。
彼女を諭すかのごとく穏やかな口調で、万丈はさらに言う。
「君は、きっと何の感情も持たずNo.0を殺すだろう。…だが、それでは…」
万丈は、ためらうことなくはっきりと言い放った。
「命令にただ従い、何も考えずに『敵』を殺そうとする、機械獣やメカザウルスの人工知能と同じだ!
君は、『兵器』そのものになってしまうぞ!」
「…!!」
「兵器」。
己をあらわす、自分が忌み嫌う己の存在価値、存在の理由…
ずきん、と、その言葉はエルレーンの真芯を貫いた。
衝撃にうたれ全身を強張らせてしまった彼女に、少しばかり口調をやわらげ…万丈は、やさしくこう促す。
「君が、自分は『兵器』ではないと言うのなら…もう一度、考え直してみるんだね。
…ハヤト君が怒った理由も、そこにあるはずだ…」
「…わ、私は…」
「エルレーン君。…そして、これだけはわかってほしい」
真剣な、何処までも真剣な顔つきをして、万丈はエルレーンに語りかける…
「僕たちは、『正義』の名のもとに、多くの『敵』の命を奪ってきた…でもね」
万丈の後ろには、プリベンターの「仲間」たち。
同じ罪を背負い、同じ重荷を背負い、そして同じ信念を背負う者たち…
彼らが信じるその人道的(ヒューマニスティック)な、そして矛盾した思いを、彼はエルレーンに語る…
「救えるものは救う…その信念だけは、捨てたわけじゃないんだよ」
どこか陰りのある微笑み…それは、今まで自分が犯してきた罪を負う者の浮かべるものだ…を浮かべ、万丈は最後にそう言って話を締めくくった。
だが、エルレーンは…その万丈の表情を見、そしてそれと同じモノを浮かべ、自分を見つめる「仲間」たちの顔を見回し…
困ったように、不思議そうに、少しばかり泣きそうにもなりながら、首をかしげたのだ。
「…」
そこから、万丈は否応なく感じ取る。
自分の言ったことを、彼女は真の意味で理解できていない…
だが、それも仕方のないことだろう。
時間がかかるのだ。急いても益なきことなのだ…
「…よく考えてみるんだね、エルレーン君…」
「…」
目を軽く見開いたまま、立ち尽くしているエルレーン。
彼女に、そっとそれだけ最後に言って…万丈は、その場から姿を消した。
それをきっかけにしたかのように、三々五々散っていく「仲間」たち。
今だうつむき、立ち尽くしたままのエルレーンのほうを心配げに見やる者もいたが…それでも、ブリーフィングルームから去っていく。
ひそやかなざわめきの中、去りゆく「仲間」たちの波の中で、彼女同様に立ち尽くすベンケイ…
「…え、エルレーン…」
「…すくう…?」
彼の呼ぶ声も聞こえないかのように、エルレーンは…もう一度、その言葉を口の中で転がした。
頭の中に反響する、ハヤトや万丈の声を反芻しながら。
だが、それらは彼女の疑問を解決はしてくれない…
それ故に、エルレーンはつぶやき続ける。考え続ける。
その問いに答える者が誰一人いないブリーフィングルームで、半ば呆けたように立ち尽くしながら…
「すくう、すくう…?…何の、ために…?…だれの、ために…?」


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