ドイツ語アルファベットで30のお題
〜「流浪の吟遊詩人」編〜


ドイツ語アルファベットで30のお題〜「流浪の吟遊詩人」編〜
Z der Zwietracht 不和 争い
"Boo Bee Magic"
鈴木沙里奈


家に入った瞬間自分の口からあふれ出してきたのは、ケモノじみた絶叫だった。
バッグを振り回した腕が、勢いよくコートハンガーにぶち当たる。
「…ぎっ!」
痛みで思わず息が止まる。背後でハンガーがチェストの上の本を全て薙ぎ倒しながら倒れる音。
痛い。痛い。じんじん痛い。
しゃがみこんだら、圧迫された胃が悲鳴を上げた。
バーのマスターが止めるほどにカクテルを飲んだせいで、アルコールが焼いた胃が痛い。
急にこみ上げてきた吐き気。必死でこらえる。
ソファに寄りかかりながら立ち上がって、何とか重苦しい胸のうちを空気をともに吐き出そうとして―

失敗した。

「えほっ、げほっ…」
あー、もう嫌だ。このソファカバー、気に入ってたのに。
もうどうでもいいと思って、そのソファカバーの無事な部分で汚れた口を拭ってやった。
なんて惨状だ。見渡すのも嫌になるくらい。
かわいいピンク色でまとめたインテリアも、明かりをつけないこの深夜じゃ、ただの汚い黒にしか見えない。

―あの野郎も、かわいいといってくれたのに。

またそんなくだらないことを思った。
同時にまた、吐き気とともに怒りが湧いてくる。
何度も泣いたのに、何度も泣いたのに、それでも涙も湧いてくる。

何でそんなに自分勝手なの?
私のことを好きだって、告ってきたのそっちじゃん。
何でそんなに自分勝手なの?
デートだってまだまだ一緒に行きたいところたくさんあった。
もっともっと、一緒にいたかったのに。
いきなり「好きな子が出来た、別れてくれ」
ふざけんなクソッタレ。私の気持ちはどうなんのよ?
何でそんなに自分勝手なの?

「…」
ちかり、と、闇の中で、かすかに光が反射した。
鏡の中にうっすらと、私の姿。
ぼろぼろでよれよれで薄汚くって。
けど、その中で、
両目だけが、ぎらぎらとぎらついている。

このままじゃ終わらない。
このままじゃ終われない。
このままじゃ、終わらせないんだから。

嵐の前の静けさだ。胸騒ぎがうるさいくらいだ。
なりふりなんてかまってられない、そうもう私きっと頭壊れちゃってるんだ、
愛しさで、憎しみで、壊れている、

私に した 仕打ちを 泣いて お詫び するがいい!

私は、
呪いながら
祈りながら

ケータイのアドレス帳から選び、
あいつの番号を――押した。


(2010/11/14)