ドイツ語アルファベットで30のお題
〜「流浪の吟遊詩人」編〜


"Q"--die Qual(責め苦)

混声合唱組曲「海鳥の詩」から"エトピリカ"
広瀬 量平・更科 源蔵


びょうびょうと吹きすさぶのは、もう既に吹雪ではなかった。
それは、斬り付ける刃であった。
極限まで凍てついたその雪つぶては、硬質な小剣となって私の身体に降り注ぐ。
海がざざんざざんと鳴る音が、私の耳の中で余計に鳴り渡る。
風がごごうごごうと鳴る音が、私の耳の中で余計に鳴り渡る。
そして私の目を塗りつぶすのは―白。
濃い白色の闇だけが、私の世界になる。
目を奪われ耳を失い、それでも私は飛ぶ。
広げた私のつばさのそこここに、氷の刃が降りかかる。
それでも、私は飛ぶ。
飛ばざるを得ない。
それが、私の世界だ。

何も見えない。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も聞こえない。
だが、私は飛ぶ。
岸壁に向かい。
この濃い霧に、吹き止まぬ吹雪の天蓋に、
挑みかかるように私は飛ぶ。
切り裂かねば、帰れない。
貫かねば、帰れない。

あの白き闇の向こうに、私が帰るべき場所がある。
私を待ちわび、その幼い羽を震わせている子らがいる。
だから、私は飛ぶ。
苦痛も苦悩も、もう消えうせた。
己を哀れむ寸暇もない。
私は飛ぶのだ、ひたすらに。
そこには何の理由もない。
ただ、そうせねばならないから、そうするのだ。
母なる自然が私に宿命づけたように、そうするのだ。

我が生がまったくの苦痛であったとて、
それがどうしたというのだろう?

私は飛ぶ。
白き闇を引き裂いて。
やがて、あの子らが飛ぶ空も、
今日と同じような残酷な空だろう。

(2009/11/7)