ドイツ語アルファベットで30のお題
〜マジンガー三悪編〜


"T"--der Teufel(悪魔)





「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いッッ!!」
「断る」
同じ会話を何度続けたら気が済むんだろうか、ラウラは同じ言葉を何度も何度も繰り返す。
俺も、一言同じ言葉を言い返すのみなのに。
今度の頼み事も、また驚くほどに馬鹿馬鹿しかった。
何でも、ラウラには引っ込み思案の女友達がいて、その女には好きな男がいるんだが、どうにも口がきけないので、手紙を書けばいいとすすめたらしい。
そうしたら、その女が「私にはそんなの書けない」とか言い出したらしく、すったもんだの末…
最後には、何故かラウラがそのラブレターを代筆してやることになってしまっていたらしい。
しかし、自分もそんなモノ書けやしない、と気づき…その挙句。
「…どうして、俺が!縁もゆかりもない何処かの男に当ててラブレターなぞ書かなきゃならないんだ!」
「だってえぇ!アンタ本とかいっぱい読んでるから、キレイな文章書けるじゃない!私、そういうのダメなのよぉ…」
必死に懇願を続けるラウラに、俺はにべもなく言い放つ。
しつこくラブレターの代筆を頼んでくるのにも閉口したが、それよりも…他人への「ラブレター」を俺に書け、という、そのデリカシーのない発想に俺は腹が立った。
…絶対こいつ、俺の気持ちをわかっちゃいない。
もし、かけらほどでも気づいてくれているなら…俺に向かって、そんな残酷なことは言わないはずだ。
俺が、お前をどう思っているか。
それに、少しでも気づいてくれているなら…
だが、この女はとんでもなく鈍感だ。だから、こんなことが出来るんだ。
俺は、無性に腹が立った。
俺のことをわかってくれない、ちっとも感づいちゃくれない、ラウラに対して…
だから、俺は相当きつい言い方をしてしまった。
「…とにかくッ!俺は絶対に書かないからなッ!」
「…!」
…が。
強い口調でそう言い放った途端、不覚にも…すぐさま後悔してしまった。
ラウラの表情が強張るのを、見てしまった。
すると、みるみるうちにそれが哀しげなモノに変わっていき、その大きな瞳にも涙がたまっていく…
そして、とどめに。
少しうつむき加減になったラウラは、俺を上目づかいで見つめて…
ぼそっ、と、小さな小さな声で、こうつぶやいた。
「ミヒャエルの、…意地悪」
「…!」




…そんなの、ずるすぎる。
そんな顔をして俺を見るのか、そんなの反則だ。
そんなセリフを俺に言うのか、そんなの反則だ。
ああやめてくれそんな哀しそうなすねたようなむくれた顔をしてそんなことを言うのは
そんな顔をされたら、俺は何も言えなくなってしまう。
俺は間違ってないのに、俺は正しいのに、正しいはずなのに、
何も言えなくなってしまう、何も言い返せなくなってしまう。




そして―俺は、お前の言いなりになってしまう。




「えっホント?!…うわぁ、うれしい!ありがと、ミヒャエル!」
「…」
「えへへー、でも悪いわね、本当にいいの?!」
「…悪いと思うんなら、はじめからこんなこと言い出すなよ」
俺にできるせめてもの仕返しは、その程度の皮肉を言ってやる程度で。
だが、お前にはそんな皮肉は通じやしない。
案の定、その皮肉はさらっと流してしまい…挙句の果てに、こんなことを笑顔で述べてみせる。
「うふふ…でも、ミヒャエルならきっと『いいよ』って言ってくれると思ってたんだ!」
そうして、かわいらしく笑ってみせる…




―この、悪魔め。




胸のうちでそうつぶやいてみるが、それはもはや罵倒でも何でもなかった。
俺にとっては、その笑顔と言葉だけでもう充分だった。
何だか、顔が熱い。頭に血が昇っているのかもしれない。
俺の意思とは反して、勝手に高揚してしまう俺の感情…
だが、悪魔はちっとも容赦してくれない。
無邪気な顔して、無意識に、しぐさとことばで俺を追い詰める。
「…あれぇ?」
多分真っ赤になっているのだろう、俺の顔をじろじろ覗き込んだ後…
軽く微笑って、こう言ったのだ。
「なぁに、ミヒャエル…照れてるの?…あはは、ガラじゃないなあ!」
何にもわかってないくせに、何もわかってくれないくせに。
それなのに、何故俺はこいつに翻弄されてしまうんだろう。
こんなこと言われて、何故俺は喜んでるんだろう?!
そのやり口はいつもストレート、他意などない。
それが、俺にとってはやたらと効いてしまうのは…




多分、俺がお前に魅入られてしまったせいなんだろうな。
…俺の、かわいい悪魔。




「じゃーミヒャエル、頼んだわよ〜?期待してるからねッ、がんばってねぇ〜!」
「…」




…今夜は、徹夜かもしれない。
そう思った俺の喉からは、我知らず…深い深いため息がもれていた。





マジンガー三悪ショートストーリーズ・"Zwei silberne Ringe, ewige Liebesbande"より。
「惚れた弱みで何も言えません」状態。