ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (30)


吹く風は、もうひんやりとした冷気を含んでいる。
その足下にあるものを全て白銀色に塗り替えながら、満月が昇っていく。
木々や建物は、蒼々とした影をゆったりと大地に伸ばし続け。
俺も、海のように色濃くなっていく影を背後に落としながら―


そして、それは彼の人も。


「…ふふ」


低く、何処かにおかしみを含んだ響き。
俺は思わず、弦を引いていた弓の動きを止めた。
その鋭利なまでに冴え冴えとした視線は、柔和な微笑にとってかわっていく。
我が主君、周瑜…字は公瑾。
まさに真打、宝刀と呼ばれし流麗な太刀筋を誇るその鉄剣は、鞘の中に眠ったまま。
この世界には、既に平和が訪れた。
安寧を取り戻した世には、その古錠刀真打による武の極みなど最早必要とされない―
…この世界、では。
「『曲に誤りあり、周朗顧みる』…と、言われたこともあったな」
そうつぶやきながら立ち上がるその相貌の中に、穏やかな安息の色。
彼の想いは、痛いほどに伝わってきた。
この大陸に平穏をもたらすため、孫権軍に勝利をもたらすために、
彼と俺は疾走し続けてきた。
幾多もの戦場を越え、幾多もの激闘を越え、幾多もの将を越えてきたのだ。
だから、これからは―彼は、血風吹き荒れる嵐の中を駆け抜けずともよいのだ。
「長き長き戦で…心和ませることも忘れていた」
ふ、と。
目を伏せる、我が主君。
その横顔に浮かぶのは、彼自身の中に長く長く眠らされていた風雅だ―
「続けてくれ」
思わず、見返した。
二胡を手に掴んだまま、呆けたように己に視線返してくる俺に、主君は破顔した。
感じる、彼の熱。
あたたかい、それはあたたかい、
そう、彼は―まだ、生きている。
幾多もの戦場を越え、幾多もの激闘を越え、幾多もの将を越え、
まだ、生きている。
俺と、同じように。
俺は、再び、大きく弓を動かした。
涼やかな風に乗って、銀色の旋律が流れる。
「…お前の近くで、お前の曲を聴いていることが」
周瑜殿が、微笑した。
生きているなら、うたうべき喜びもあるだろう。
生きているなら、奏でるべき音曲もあるだろう。
「これからは、共に平和な世を往くか―」
月光が、彼の笑顔も染め上げて。
月光が、俺の笑顔も染め上げて。
ああ。
生き延びてこられた。
生き延びてこられた、あなたとともに。
…だから。


「今、私にとって何よりの幸せだ」


俺にそう言ってくれる戦友よ、
俺にそう言ってくれる同胞よ、
俺にそう言ってくれる我が君よ。


俺は、今、とても幸福だ。
あなたのそばにいることが、こんなにも。
だから、再び俺が戦乱渦巻く暗黒へと旅立つその時までは、
この幸福に満ち溢れた世界を後にするその時までは、


せめて、あなたを見守り続けよう―



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