ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (28)


小説・特務「路峰を救え!」(4)

<拠点付近の隊長を撃破し 頭領の居場所を聞き出せ!>

駆ける、駆ける、少女は駆ける。
その背後に悲鳴とうめき声と倒れ伏す野党どもを置き去りにしながら。
その手に握った真覇道剣は、少女の手に持つにはあまりにも凶悪なように見える。
だが、それこそが…彼女の結晶化した闘志。
「なんだぁ、小娘?!」
「…!」
真っ直ぐに疾走する少女の目前に迫ってくる、野盗「黒衣団」の拠点。
見張りの兵たちが、彼女の姿を目にするなり叫ぶ。
戦場には場違いな小娘に、何処かおちょくったような口調で―
「俺たち『黒衣団』に…」
「黙れッ!」
だが、少女はそれを怒号で掻き消す!
その華奢な身体には不釣合いなほど、殺気と気迫に満ち溢れた絶叫!
脳天を勝ち割るかのようなその声に、思わず男たちは一瞬硬直した。
「ッ?!」
「お、俺様とやろうってのか?!」
そして、やにわに武器を構えなおし、わたわたと襲い掛かろうとする…
しかし、彼らは気づくべきだった、察知するべきだったのだ。
たった一人とは言え、こんな大盗賊団の本拠地にて剣を持ち、襲撃をかけてくる―
そんな少女が、普通の小娘であるはずがないことを!
「たあああああッ!!」

「行くぞ、従者!」
「承知!」
一方、ドクター・ヘルと車弁慶も、頭領の居場所を吐かせるために動き出していた。
風のように奔った侵入者の報に危機感をつのらせた賊の隊長たちは、すぐさまに拠点の防衛に入った。
ヘルと車の前に在る拠点も、まさに臨戦態勢。
血相を変えた盗賊どもが、その手に鎌だの槍だの剣だのを握り、ぎらぎらと恐怖に濁った双眸を二人に向けている―
百は容易く超えようかと言う雑兵どもの群れを背後に、隊長らしき男が銅鑼声を上げた。
「かっ、刀のサビにしてくれるわ」
「戯言を!」
しかし。
数にものを言わせよう、などと言う薄っぺらい自信が、本当の武人に通用するはずも無い。
果たして、銀髪の男は優美に笑う。
圧倒的な自負に裏打ちされた彼の乾坤圏が、そんな惰弱な脅しに屈するはずも無い!
「美しい俺の手にかかることを光栄に思えッ!」
「な、ぎゃあああああ?!」

「しっ、し、知らねえよお!」
顔面蒼白の男が、必死に首を振り、涙目になりながら叫ぶ。
その周りには、小娘一人に薙ぎ倒された賊どもが点々と倒れ伏す。
そして、ただ一人残った隊長は、足腰立たぬほどに打ちのめされた挙句、彼女に詰問されている。
男の台詞に、首根っこを掴みあげたまま少女は凄み、剣先をつきつけるも…
「本当?!嘘つくと…ッ」
「あ、あきゃあーーーーーーッ!ほほほほほ、本当ですう!」
恐怖に怯える絶叫が吹き上がる。
髭面のむさくるしい男が涙混じりに必死に知らないと言い続けるその様は、少なくとも真実らしく思えた。
「…くっ!」
悔しいが、この男が嘘をついているようには見えなかった。
これ以上問い詰めても無駄…
「ぎゃん?!」
放り出された男が地面に思いきり頭をぶつけ、奇声をあげる。
が、少女はもう目すらくれない。
行かなければ。
他の拠点を急襲して、頭領の居場所を割り出さねば。
広い戦場、点在する拠点。
独力で拠点を落とし、拠点兵たちを倒していく…
極めて困難…ではないが、それでも容易ではない。
だが、少女は沸きあがりかけたため息を噛み殺し、己を奮い立たせようとする。
彼女の身体を確実に蝕んでいく、べとついた疲労。
足の先から、少しずつ鉛に変わっていっているかのように。
「…!」
…それでも、行かなければ。
エルレーンは、視界の中に映る別の拠点を目指し、また走り出した―
二つ目に崩壊させた拠点の成れの果てを、後に残して。

「ちっ、しくじったぜ…」
「さあ言え!頭領は何処にいる?!」
ぐったりと地面に倒れ空を仰ぎながら、拠点隊長が苦々しげに吐き出す。
追い詰めるヘルに、彼は憎悪のこもった目線を突きつける。
「知らねえな…」
「貴様、この期に及んでッ!」
「知らねえもんは知らねえ!」
「くっ…」
幾度責め立てようとも、隊長の半ば自暴自棄めいたわめきは変わらない。
やはり、本当に知らないということか…
苛立たしげに軽く舌打ちする銀髪の男。
どちらにせよ、もうこの拠点に用はない。
幾百の雑兵を相手にし、なおかつ拠点を壊滅させていかねばならない。
エルレーンとは違いこちらは二人いるとは言えど、積もっていくその疲労が彼らの動きに影を落とす。
だがしかし、ここでとどまっていることは出来ない―
自分たちを奮い立たせるかのように、ヘルは大音声で張り上げる。
「従者!ともかく、片っ端から行くぞ!」
「応!」
「おそらく、我が桃花も同じく動いているはず…」
「きッ、貴様ッ!」
「?!な、何だ?!」
―が。
いきなり、金切り声を上げる偃月刀使い。
一体何かと思わぬ返しに驚いた銀髪の夏圏使いが振り返ると、彼が顔を真っ赤にして言うことには―
「そ、その!その呼び名でエルレーンを呼ぶな!」
「…」
「そのッ、妙な『桃花』というのはまだしも!
『我が』とはなんだ『我が』とは!自分の持ち物のように呼ぶなッ!」
「…」
がくり、と、肩に張り詰めていた緊張が砕け落ちた。
子どもじみたその悋気っぷりに、冗談だろうと思ってその顔を見返してみると。
彼はあくまで真剣で、耳まで赤く染めて。
ぎゃんぎゃんと言い募るのは、本人ではあくまでまともな主張のつもりらしい―
「…はぁ。」
「おい、聴いてるのか変態!」
「ああもう、わかったから!行くぞ従者!」
なおも続きそうなわけのわからない主張に、疲労が増しそうになったヘル。
阿呆らしくてつい口から漏れ出した吐息に、何だかその疲れが滲み出ていた。
…まったく、そんな意味不明の妬心を燃やすより、やるべきことがあるだろうに。
そう口をついて出そうになったが、今はそんな言い争いをしている場合ではない。
車弁慶に怒鳴りつけ、ヘルは改めて拠点に向き直る…
すでに自分たちの到来を聞きつけているのか、その拠点の前には大勢の賊どもが陣取っていた。
銀髪の男に不遜な視線を投げて、その手に持った得物をちらつかせている―
「覚悟!」
「頭領の居場所、吐いてもらうぞ!」
「ちっ…俺は頭脳派なんだが、こうなっちゃ仕方ない!」
「おい!俺も助太刀するぜ!」
どうやら、この拠点では二つの隊が自分たちを出迎えようと言う趣向らしい。
しかも…
「野郎ども!隊長たちに加勢するぞ!」
「みんな!出て来いーッ!!」
大声で呼ばわる賊に答え、拠点からざわざわと新たな一味が出現する。
瞬く間に、その数が十数、数十、数百へと―!
「…!」
「くそッ…数で押す気か」
にわかに焦燥の色が、二人に射す。
連戦に告ぐ連戦、さすがに少しずつ技にも切れが失われつつある。
消耗戦を強いられては、こちらが負けるのは必死―!
「待て、あれは…!」
が、その時!
彼らの目に映った者が、二人を勇気付ける…
彼方から走ってくる、あの少女!
「ヘル!弁慶先生!」
「!おお、我が桃花よ!」
「だ、だからッ、『我が』っていうなこの奇矯者がッ!」
行商人を逃がした後、同じく拠点潰しをしていたエルレーン。
どうやら、状況は彼らに味方したらしい…
この圧倒的不利な敵陣の中、何とか合流することができるとは!
「ちいっ、加勢かッ?!」
「焦るな!一気に押し潰すぞ!」
銀髪の男を相手にしていた軍勢も、少女を追ってきた軍勢も、どうやら彼らが仲間であることに気づいたようだ。
たった三人とは言え、ここまで「黒衣団」を振り回してきた連中。
彼らはもう手段を選ぶことはない、一挙に多勢で攻撃を仕掛けてくる!
「…くッ!」
「エルレーン、こっちにッ!」
切り結ぶ剣撃、舞い狂う夏圏!
ひとり、またひとりと、賊が倒れていく。
たかが烏合の衆に、一介の盗賊風情がかなうはずもない。
やがて、あれほどいた雑兵たちが、ほとんど風景の中にいなくなった。
ある者は倒れ、ある者は戦意を喪失し、ある者は怖じて逃げ出し…
後に残るは、撤退することの出来ぬ拠点隊長と十数名の配下ばかり―!


が。
勝利を予感したその慢心が、油断となったのかもしれない。
その時、彼女は―殺意に気づいた。
背後を振り返る、そこには先ほど倒したはずの弓兵長、
彼が最後の力を振り絞り一矢報わんとしている、
張り詰めた弓から放たれる、
それが見えていたのに―


疲労に絡めとられた脚は、もう跳んではくれなかった。


「きゃうッ?!」
「?!」
悪意が真っ直ぐに突き刺さる!
もんどりうって地に倒れた少女の悲鳴が空に散る。
見れば、その左腿に鉄の矢。
貫通してはいないものの、かなり深く喰いこんでいる。
「エルレーン!」
「大丈夫かッ?!」
振り返るヘル、車弁慶の目に、ゆっくりと倒れていく少女の姿。
痛みをこらえ、何とか彼女は彼らを見返す…
「あ…だ、だいじょぶ」
口では、少女はそうは言った。
だが、冷や汗を流しながら無理に言うその様では、とても「大丈夫」なようには見えない。
それでも、彼女は闘い続けようとする。
「…ッ」
そして、歯を喰いしばり、一気にその矢を引き抜く―
鏃(やじり)が腿を切り裂く痛みに、彼女は無言で耐える。
無惨に開いた傷口から、赤い血が後から後から流れ出す。
それでも、彼女は…気丈にも、立ち上がり闘い続けようとするのだ。
「我が桃花よ、無茶は…」
「だ、大丈夫だってば!」
見かねた銀髪の男が駆け寄るが、彼女はその配慮を振り払おうとした。
した、が―
がくり、と。
視界が、ぶれた。
左ひざが、折れた。
傷ついた脚が支えきれなかった、彼女のくず折れていく身体を…
「…」
「あ…」
たくましい腕が、抱え込む。
少女を優しく抱きかかえた銀髪の男は、そっと彼女を地面に降ろした。
腰にくくりつけた袋から小さな小瓶を取り出し、
「案ずるな、少しだが華佗膏がある…出血はひどいが、じきにおさまるだろう」
「…ッ」
その中に満たされた膏薬を、そっと彼女の傷口に塗りこんでいく。
ひやり、とした感触と、薬がしみこんでいく軽い痛みに、エルレーンは軽く眉根を寄せる。
傷ついた主君が、力なくへたりこんでいる。
その様を―
「…」
偃月刀使いは、見ている。
銀髪の男の肩越しに、気弱な少女の表情。
幾百人を斬り伏せた、戦鬼の怒りはそこになく。
うっすら涙さえ浮かべた、子兎のような―
…だから。
彼女を護るはずだった、護りきれなかった偃月刀使いのこころを一挙に埋め尽くしていったのは。
「よくも、エルレーンを!」
「じ、従者?!」
激昂!
灼熱の焔のような、激昂!
慌てた銀髪の男が呼ぶ声にも振り向かず、偃月刀使いは我失って突進する―
二人の拠点隊長に向かって!
「うおおおおおおおッ!!」
「な、ああッ?!」
「ひいっ…」
鬼神のごときその怒りの凄まじさに、雑兵たちはおろか、彼らもまた怖じて、強張ってしまう。
振りかざす大偃月刀が、凶悪な輝きをもって踊りかかる!
怖気づいた隊長たちが退避せんとするも、泡を喰った雑兵たちが援護に入ろうとするも、
もう…遅い!
「吹き飛べえッッ!!」
偃月刀使いの気迫が、雷撃となって迸る!
放つ無双乱舞が、周囲を取り囲む愚者どもを巻き込んで炸裂する―!
「うぎゃあああああ?!」
「げふ…ッ」
抵抗することも碌にできず、叫び声をあげて散らばっていく賊。
大偃月刀の乱舞が、違うことなく敵を討つ…!
そして、拠点隊長たちも例に漏れず。
無様に地に転がった彼らが、何とか目を開け身体を起こそうと―
した刹那!
見上げた上空から振り下ろされたのは―!
「ひ、ひいッ!」
「いいい、一番隊長?!」
強烈な衝撃に、肺腑が苦悶する。
驚愕に絞められた喉から、搾り出されるような悲鳴。
ざしゃっ、と、尖った切っ先で穿たれた地面が、巻き起こる砂とともに泣き声をあげる。
剣呑なその刃は、一番隊長の顔のすぐ真横に突き刺さっていた。
立ち上がり逃げようにも、腹を脚で踏みにじられ、動きを抑えられていた。
その鈍痛とその刃、二つの恐怖に縫いとめられ、動けない…
冷たく見下す偃月刀使いの顔には、最早表情もなく。
凍てついた冷徹さが、人間の声をまとって告げた―
「…死ね」
「ま、ま、待ってくれ!いいいい、言う!頭領の居場所を教えるから!」
途端。
悲痛な絶叫が、戦場に響き渡る。
迫り寄る死神に怯えた男に、それ以上虚勢を張ることなどできやしなかった。
「…」
「頭領の居場所を教えるから!命だけは助けてくれッ!!」
「何処だ?!」
「ひっ、兵糧庫…」
細い声が告げた、彼らが主の居場所。
それは、最も重要かつ警備が厳重な…兵糧庫。
「ふん、最奥に逃げ込みおったか!」
毒づくヘル。
彼が仰ぎ見る戦場の向こうに、その本丸。
いつの間にか、空気が静まり返っていた。
いや、正しくは…切り伏せられ、吹き飛ばされた男どもが情けなく漏らすため息とうめき声だけが聞こえる。
もう、再び剣を取り、彼らに襲い掛からんとする賊の姿は―ない。
「エルレーン、痛むか…?」
「あ、ううん、もうだいじょぶだよ。塗ってもらった華佗膏が、効いてる、みたい」
「だが…」
少女のもとに侍った偃月刀使いが、心配そうな表情で彼女を見つめている。
彼女はけなげにもそう答えるものの…歩くにも大儀だろうその傷で、なおも闘い続けることは困難にしか見えなかった。
だから、銀髪の男が言う。
「桃花の少女よ、後は俺に任せろ!」
「で、でも!ヘル、あなた一人じゃ…」
「御心配には及びません」
「!」
案じた少女の背後から、穏やかな老爺の声。
「暗黒大将軍さん!」
無言でうなずく彼の手には、すでに豪大斧が握られている。
如何にしてこんな短時間であの行商人を送り届けたのか…
それは定かではないが、ともかく彼は戻ってきたのだ。
「後は我々にお任せあれ」
「従者!お前は桃花を!」
「あ、ああ!」
車弁慶に、そういい残し。
夏圏使いと大斧使いは、歩き出す―
「黒衣団」の壊滅も、最早目前。
後は、最後の一手を下すだけ。


目指すは首魁が隠れし…兵糧庫!



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