A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(38)


回想〜シナリオ「赤壁大戦」〜

吹く風は、もうひんやりとした冷気を含んでいる。
その足下にあるものを全て赤銅色に塗り替えながら、夕日が去っていく。
木々や建物は、黒々とした影をゆったりと大地に伸ばし続け。
私も、墨のように色濃くなっていく影を引き連れて立ち尽くす―


そして、それは彼の人も。


「戦乱の世は終わった」


低く、何処かに憂いを含んだ響き。
その愚直なまでに真っ直ぐな視線は、遠い夕日に注がれている。
我が主君、太史慈…字は子義。
虎を撲ち倒し狼を殴り飛ばすほどの威容を誇ったその双鞭は、彼の手に眠ったまま。
この世界には、既に平和が訪れた。
安寧を取り戻した世には、その虎撲殴狼たる武の極みなど最早必要とされない―
…この世界、では。
「もう、我らが共に武をふるう事もないだろう…」
そうつぶやきながら私を見返した黒い瞳の中に、わずかな哀しみの色。
彼の想いは、痛いほどに伝わってきた。
この大陸に平穏をもたらすため、孫権軍に勝利をもたらすために、
彼と私は疾走し続けてきた。
幾多もの戦場を越え、幾多もの激闘を越え、幾多もの将を越えてきたのだ。
だが、これから―彼は、何処に行くというのだろう?
「…さらばだ」
ふ、と。
身を翻す、我が主君。
その背に浮かぶのは、駆けるべき地を失った虎の哀しみだ―
「―!」
思わず、動いていた。
伸ばした私の手は、双鞭を握るその無骨な手を捕まえた。
右手首を捉えた私の手のひらに感じる、わずかな彼の動揺。
感じる、彼の熱。
あたたかい、それはあたたかい、
そう、彼は―まだ、生きている。
幾多もの戦場を越え、幾多もの激闘を越え、幾多もの将を越え、
まだ、生きている。
私と、同じように。
「…そうだな」
太史慈殿が、微笑した。
生きているなら、往くべき場所もあるだろう。
生きているなら、やるべき使命もあるだろう。
「これからは、共に平和な世を往くか―」
夕日が、彼の笑顔も染め上げて。
夕日が、私の笑顔も染め上げて。
ああ。
生き延びてこられた。
生き延びてこられた、あなたとともに。
…だから。


「友よ」


私をそう呼んでくれる戦友よ、
私をそう呼んでくれる同胞よ、
私をそう呼んでくれる我が君よ。


私は、今、とても幸福だ。
あなたのそばにいることが、こんなにも。
だから、再び私が戦乱渦巻く暗黒へと旅立つその時までは、
この幸福に満ち溢れた世界を後にするその時までは、


せめて、あなたを見守り続けよう―



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