A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(32)


副将たちの冒険〜特務「三人組の挑戦」〜(1)

ここは建業(けんぎょう)。
江東の虎・孫家が中枢都市。
数多の戦士たちが集うこの地こそが、孫権軍の心臓と言えよう。
しかしながら、もちろんこの建業が無数の人々でにぎわうのは、ひとえに武人たちだけのせいではない。
そこに昔ながらに住んでいた農民、町人、商人たち。
そして…将たちに仕える精兵たちもまた、この都市を彩る無数の点描。

だから、彼らが互いに出会うことも…珍しくない、当たり前のことなのだ。
そんなふうにして、彼らも出会った。

がらん、と。
前を歩む大男の手から、それは派手な音を立てて転がった。
からから、と勢いに任せて地面に広がってしまう、ひとつの書簡。
男はそれにすぐ気づいたものの、たくさんの書簡を両腕の中に抱え込んでいるため、それが気になって少し手間取った。
それは、真っ白い鎧をまとった、一人の偉丈夫。
身の丈五尺…いや、下手をすれば六尺を超えているのではなかろうか。
筋骨隆々たるその身体は、まるでそれ自体が武具のごとく。
その一方で、その顔は…それにも似合わぬ、知性的なたたずまい。
さらり、と頬に流れる髪も麗しい、美青年。
純白の美男子の手から落ちてしまったのは、やっと手に入れた兵法書のひとつ。
それでも何とか腕の書簡を落とすまいとしながら、転げたそれを拾おうとした―
…と。
す、と、小さめの手が転がった書簡に伸び。
拾い上げたその竹簡の文面を、その小柄な少年はためつすがめつし。
ふん、と軽く鼻を鳴らしながら、ぽつり、とつぶやいた。
「…『兵書要論』、ね。随分ややっこしいもん読むんだな、あんた」
「え…?!」
目の前に立っているのは、蒼い鎧に全身を包み込んだ…少年、だった。
頑強な鎧にて武装していても、どこからどう見てもそれは背の低い少年。
にもかかわらず、彼が難解なはずのそれを容易く読んでみせたことに、男は驚愕を隠せなかった。
「君は…いえ、あなたは、これが読めるのですか?」
「まーね。前に読んだこと、あっから」
少年は、男の疑わしげな視線に「やれやれだぜ」とでも言いたげな顔で答えた。
幼い、と言っていいほどの年齢ではあろうが、その見かけとは裏腹に、その知性は年相応を遥かに超えているらしい。
この手の質問も充分に慣れっこなのか、返答も結構と大人びていた。
しかしながら、子どもたちの間で兵法書を読むのが最近の流行…というわけでもあるまい。
では、この『兵書要論』を読んだことがあるという彼は…
「あ、あなたは…ひょっとして、武人なのですか?」
「ああ、そうだよ」
「随分年若い…いえ、この戦乱の世。
身の内に在る才こそが人を計るに値するのでしょうね」
「そ!…ま、単なるガキってわけじゃねぇよ、一応」
そう、実力さえあれば、何にでもなれる。
それがこの戦乱の世。
そして、この少年もまた―彼と同じ、武人。

「俺、巴武蔵(ともえ・むさし)!太史慈将軍配下の、エルレーンって奴の副将やってんだ」
「そうなのですか、これはこれは…
私は朴兄さん(ぼくにいさん)と言います、小喬将軍の下で戦う、点々娘(てんてんむすめ)殿の従卒です」

「ふーん、なぁんかあんたとは気があいそうだな!おんなじ副将同士、仲良くしようぜ!」
「ええ!…以後お見知りおきを、巴殿」
どうやら、お互いに兵法書を読むことに熱心なよう…
ならば、これも何かの縁、奇遇、めぐり合い。
思いもしない邂逅に、巴はにかっ、と、やっと少年らしく笑った。
それにつられて、純白の男も笑う―


そんなふうにして、彼らも出会った。
…珍しくない、当たり前のことだ。
そんなふうにして、彼らは知己となった。


二人の出会いから、半年ほど経って。
そして、今。
早熟なる少年、巴武蔵は、と言うと、
「…」
主君が宅にて、同じく彼女の留守を預かる副将の仲間二人を見ながら…
「…う〜ん」
眉根を寄せ、考え込んでいた。
彼の視線には、ひとりと、ひとり。
いつもながら、不機嫌そうな顔つきで座り込んで何やら思索にふけっている、偃月刀使いと。
いつもながら、かいがいしく家事に…床の拭き掃除に精を出している、双戟使い。
(…ま、仕方ない…かぁ)
二人とも、ちょっとばかり扱いにくいが、腕は確かだ。
双錘使いの神はエルレーンの護衛官として辺境警護に行ってしまったし、
妖杖使いのブロッケンは幻杖使いの流と狼の神龍剣に訓練場でしごかれている。
蛮拳使いのキャプテン・ラグナは、双戟使いのキャプテン・ルーガとともに市場に行ってしまった…
この二人しか残ってないんだから、仕方ない。
それでも、はあー、と、彼の口からため息が出るのは何故なのだろう。
が、それを何とか吹き散らし、巴武蔵は二人に声をかけた…
「おい、弁慶のおっさん、鉄甲鬼」
「お、『おっさん』言うなと言っておろーが!
俺はまだ二十五だぞ?!誰が…」
「あーもーそーゆー反論がもう既におっさんくさいの!」
「な、何をぉ?!」
「な、な、何です、巴武蔵殿?」

と、いつもながらのやかましいやりとり。
しかしながら、ふ、と、少年の表情が真顔になるのを見た途端、
「おっさんたち、どーせヒマなんだろ?
…だったら、ちょっと俺につきあわねえ?」
「…?」
「何?」
男二人の顔も、またけげんなものになる。
「ちょっとばかし内職しようってんだよ」
『…?』
さらに告げられた言葉も、よく意味がわからない。
何だか事情がよく飲み込めないままの大人どもを前に、少年はにやり、と笑って見せた―


「…えーと、」
「おい、何故こんな場所に?」
「こ、こんな山道に、な、何の用が?」
そして。
言われるままに連れて来られたのが、とある山。
里から結構歩かされた先にたどり着いたその場所は、結構と険しい山道…
人気もあらず、ただ聞こえるのは、くわくわ、くわくわ、と鳴く烏の声ばかり。
「あっ!…おーい、こっちこっち!」
が―
しばし、周りをきょろきょろと見回していた巴武蔵の視界に、ようやく待ち人の姿が映る。
大声で呼ばわると、向こうもすぐにそれに気づき、こちらに駆け寄ってきた―
白鎧の大男、それに、
「…お待たせしました、巴殿!」
「ちゃんと二人、俺の仲間連れてきたぜ!」
同じく、山吹色の鎧にて全身を覆った頑健な男がひとりと、
白い鎧にて身を固めた、小柄な少女がひとり…
と、少女は、巴たち三人を見るなり、ぴょこん、と頭を下げてくる。
「あ…っ、はじめまして」
「あ、ああ」
「は、はじめましてぇ…」
車も鉄甲鬼も、まだわけがわからぬながら、反射的に言返す。
微笑みを絶やさぬまま、大柄の美青年が背後に立つ彼らを示した。
「私のほうも、二人の戦友を連れてまいりました」
「え、あ、あの、えっと…」
「ふん、朴兄さんよ。何だこいつらは?」
…が、彼らもまた、車たちと同じく状況がわからぬままにここに引きずられてきたようだ。
男のほうなどは、明らかに不愉快そうな顔つきでこちらをねめつけ、ややぶしつけな口調でそんなことを言う始末。
「…貴様らこそ何だ?!怪しい奴らめ!」
「あぁ?!…んだと、コラ!」
しかしながら、偃月刀使いとて負けてはいない。
同じくらいに不機嫌を貼り付けた剣呑な表情で、それに饗応する。
途端に険悪になる、両者間の空気。
それぞれに刺すような視線を投げつけあい、今にも事を構えんとでもしているかのよう…
どうやらこの二人、同様に少しばかり気が短いらしい。
「あ、あ、あわわわわ」
「け、け、けんかはいけないよぉ、斬馬兄貴…」
その一方で、残りの二人も、これまた多分に似たもの同士のようだ。
こういった場合には腰が引けてしまう気弱な性質らしく、狼狽しきり。
気性の激しい同胞をどう止めていいかわからないようで、ただただまごまごするばかり…
…と。
はあー、と、ため息。
血の気の多い二人の間に割り行ったのは、直槍使いの少年。
「まーまー、くだんねぇ睨み合いなんかしてないでさぁ…
これから一緒に賊退治しにいくってのに、そんなこっちゃ先行き不安だぜ?」
「は?」
「…ぞ、賊、退治?」
巴のなだめ言葉にするり、と混じりこんだその言葉に、山吹色の鎧の男、そして鉄甲鬼がほぼ同時に問い返す。
と、
「ええ」
人好きのする笑顔を見せながら、白い鎧の偉丈夫はうなずいた。
「私は朴兄さん…点々娘将軍の副将。そして、こちらが」
「…斬馬兄貴(ざんばあにき)だ」
「み、み、み、みかん娘(みかんむすめ)ですぅ…」
「で、俺は直槍使いの巴武蔵!エルレーンっつう子の副将やってる…
ほら、二人とも挨拶ぐらいしろよな?」
「ちっ…偃月刀使いの車弁慶(くるま・べんけい)だ」
「て、鉄甲鬼(てっこうき)って言いますう」
めいめい、己の名を告げる。
どうやら、この場にいる誰もが武器を操る将兵であるようだが…
「おい、巴!賊退治とは、一体どういうことだ?!
それとこいつらと、何の関係がある?!」
「…空気読んでほしいなー、弁慶のおっさんはよう!」
やかましい(そして察しの悪い)自分よりずっと年上の同輩に、やや呆れ返りながらも。
びしっ、とその指で山中へと続く砂利道を示しながら、巴武蔵は彼らに告げた。
「つまり!これから俺たちは!協力して山賊を退治するの!」
「…?!」


この堅関には、三姉妹を頭領とする山賊がのさばっていると言う
道往く者から金品を奪うのはもちろん、時折里に降りてきては金目のものを盗って行く
傲慢なその姉妹どもは、自分たちを倒せるものはいないのか、とうぬぼれている始末
もちろん多くの者たちが成敗に向かったが、不可思議な妖術をすなる彼奴らには勝てず
皆、ぼろぼろにされて帰ってきたのだとか…


「…よ、」
「妖術師、ですか…?!」
恐ろしげなその言葉に、鉄甲鬼とみかん娘はあわわ、と震える(いつもどおり)。
「ええ。幾度倒しても怯まず、幾度倒しても蘇る奇妙な人形を用いるとか」
「そのせいで、討伐隊がコケにされて帰ってきたんだと」
「で、調子こいたそいつらを何とかぎゃふんって言わせようってこと」
「もちろん、この周辺に被害を及ぼしているのですから…
民衆たちの安寧を取り返さねばなりませんしね」
「そうそう…それにさあ」
にやり、と、少年が意味ありげに笑む。
いや、むしろ、こっちのほうが…二人の目当て、なのだが。
「…孫権様がさあ、きっとたんまり褒美をくれるはずだぜ〜?」
「ええ。少しでもお金になるのなら、これは見逃すわけにはいきません」
「そ、そんな物が目当てで?!」
「俺たちを連れ出したってのか、朴よう!」
「…『そんな物』、とは心外な」
案の定、ぷりぷり怒って反駁しだす硬骨漢二人に、呆れ顔で言い返す朴兄さん。
きっ、と、斬馬刀使いを見やり。
「…いいですか、斬馬兄貴殿」
「な、何だ」
「ここ最近…うちの台所事情が如何であるか、あなたが知らないはずがない」
「うッ」
「とりわけ、大喰らいのあなたの食欲が、点々娘殿の俸給のいかほどを消費しているか。
さあ、どんなものだと思います?」
「ぐ…う、」
朴兄さんの明晰たる説得。
理路整然と「お前が悪い」と追い詰められるに到り、斬馬兄貴も困惑顔で黙り込む。
「…ね、ざ、斬馬兄貴、がんばろ?点々娘様、お金なくっていっつも困ってるじゃない!
新しい武器とか買ってあげられたら、きっと喜ぶよ!」
「…」
そこに、みかん娘の物やわらかい言葉も加わっては、さすがに彼もそれ以上異を唱えるわけには行かなくなった。
一方、偃月刀使いを丸め込むのは、巴武蔵の役目である。
車弁慶を説得するに当たって少年が持ち出してきたのは、やはり「彼女」のことであった。
「あのさー、弁慶のおっさんはさ、エルレーンを助けたくはないわけ?」
「な、何が!」
「いっつもあんたにひどいこと言われてさ、そのたんびに傷ついて、さ!
たまにはあんたのほうからエルを喜ばせてみなよ、そうだろおっさん?!」
「…」
果たせるかな。
「彼女のため」と言えば、この硬骨漢は大抵なんでも言うことを聞くのだ(だからある意味便利でもある)。
そして、駄目押しに…
「なー!鉄甲鬼だってそう思うよな!」
「あ、え、えと、はい!そ、そう思います!」
「…だろ?」
「…」
鉄甲鬼にも賛同させて、多数決的にも押さえ込んだ。
そうなってしまっては、さしもの偃月刀使いも逆らうこともできず…
怒っているのか、惑っているのか、判別しがたい微妙な表情で、ただただ口をつぐむばかりになってしまった。


「…っし、それじゃ、これでキマリだな」
相手は、山賊の頭領・三姉妹。
ひとりひとりが手だれであろうし、こちらも三つに分かれることにした。
そして、その組み合わせをくじで決めたのだが…
「…」
「…」
だが…
「…何で!よりによって、貴様となんだッ!」
「はぁ?!俺の知ったことか!あんまり傍によるなようっとうしいッ!」
第一の組。
偃月刀使いの車弁慶と、斬馬刀使いの斬馬兄貴。
仲良くする、と言う以前に、もうさっそくぎゃんぎゃんやりあっている。
「…」
「…」
そして、第二の組は…
「よ、よ、よ、よろしくお願いしますぅ…
わ、わ、わ、私、が、がんばるけど…ま、負けたら、ごめんね?」
「そそそそんな!せせせ、拙者こそぉ…」
双鞭使いのみかん娘と、双戟使いの鉄甲鬼。
お互いあわあわしながら、もう既に最悪の事態を想定し詫びあっている。
必然的に、第三の組は直槍使いの巴武蔵と朴刀使いの朴兄さん、なのだが…
「…」
「…」
「…ちょっと、失敗しましたね」
「ま、まあ…な、何とかなるんじゃね?」
驚くほど似たもの同士ばかり固まってしまった他組の様子を見るに付け、じわじわと不安感が湧いてくる。
が、しかし、彼らとて一介の雑兵に在らず。
歴戦の戦士なのであるから…きっと、大丈夫だろう。
きっと。


「よ、よし!それでは!」
「行くぜッ!」


向ける視線の先が、緑濃く深い山奥へと引き込まれていく。
ざわわ、と、風が木々を凪いで揺らす。
真昼だと言うのに、太陽の光はその無数の樹木の伸ばす枝葉に遮られ、こんなに暗い。
十二の瞳が、その薄暗闇の中で光る―
狩るべき獲物を求めて。


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