A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(27)




「だが、あなたはエルレーン様にはふさわしくありません」
「…ッ!」


ずくん、と、心の臓が、わなないた。
驚愕に、目が見開かれる。一挙に、頬に紅が散る。
彼女の意図しているところは明快だ―
この剛直な男が最も触れられたくない、最も隠し通したい、あのことを…残酷なまでに、直截に。
しかしながら、あまりに女双戟使いの連撃が激しすぎて。
車弁慶はもはや見せかけの否定すら口にすることすら出来ず、追い込まれていく。
「もうあなたに見切りをつけたのですよ、私は」
がん、ぎん、ががん。
連続して放たれる双戟の乱舞の合間合間に、辛辣なる言葉の短剣が飛んでくる。
双戟は受けることがかなっても、その歯に衣着せぬ敵愾心は叩き落せない。
「ずっとそうだったではありませんか、これまでも」
「…ッ!」
刺さる。刺さる。ざくざくと。
偃月刀使いの精神を揺さぶっていく。
「懸想する女を傷つけるのがあなたのやり方だと言うのですか、無様な」
頑双戟が、空を斬る。
反射的に偃月刀にてそれを受けるも、動揺した戦士が振るうそれは、明らかに相手のものに負けている。
否定する振りすら、彼にさせる暇を与えない。
キャプテン・ルーガは、静穏に不動に冷徹に、車弁慶を咎め立てる。
「あなたは自分の想いをもてあまし振り回し、エルレーン様を傷つける」
お前は彼女を苦しめた、と。
偃月刀使いに反論することはあたわない、何故ならそれは真実だから。
「自分の傲岸不遜さと尊大さでエルレーン様を悲しませるばかりか、自分自身も苦しめている」
お前は彼女を傷つけた、と。
偃月刀使いに反論することはあたわない、何故ならそれは現実だから。
…嗚呼、だけれども。
「そんな馬鹿男に、エルレーン様を任せるわけには行きません」
そう決め付けられたからと言って―易々とそれに従えようか。
嗚呼、従えるくらいなら…
「…き、キャプテン・ルーガ、ッ」
「彼女は私にとって、妹のような…大切な存在」
それでも、斬り合いの中に、決死に反駁を滑り込ませようとして。
女双戟使いをねめつけ返した、その瞬間―
「だから」
「?!」
非情な無視。
くるり、と、回転するその頑双戟。
次の瞬間、偃月刀使いは、全身を鈍く貫く激痛に襲われた。
頑双戟の柄が、したたかに叩きつけられたのは…がらあきになった、車弁慶の腹部。
虚を突かれ、急所を突かれ、刹那の間意識が真っ白に飛ぶ。
吹き飛ばされた彼の身体が、訓練場の床に派手にぶつかった。
しかしすぐに立ち上がることも、いや呼吸することすら碌に出来ず、無様に転がりもがき苦しむ…
そんな彼を冷たく見下しながら、最後に女双戟使いが一言吐き捨てる、
まるで、無防備な恋心にとどめを刺さんとしているかのごとくに、冷たく。
「あなたのような男には、付け入る隙すら与えようとは思いません」
「…!」
ぜえぜえ、はあはあ、と、肩で必死に息をする車弁慶。
それでも己を見下ろす女双戟使いに鋭い視線を投げ返すその瞳は、まだ闘志を失ってはいない…!
「こ、これは…!なんと白熱した試合だ!」
「へえー、すげえじゃんキャプテン・ルーガ!」
「車殿が押されているとは…!」
「…キャプテン・ルーガに、金400」
「じゃ、じゃあ、わ、私は車殿に金500で!」
「ほほう…では私は車弁慶殿に金450いきましょう」
はたで見ている仲間たちから歓声が上がる。
少し離れたその場所から見る分には、その対決はまったくの好勝負としか映っていない。
そこに含まれていた不穏な応酬など、彼らの耳には届いていないから―
何やら金を賭け出す不埒な連中も出だす。
決勝戦の行方に期待の目を向ける彼ら…
しかしその視線の先、続いている彼らの戦いは、もはや「決闘」の色すら帯びてきていた。
一方的に攻め続けるキャプテン・ルーガに対し、車弁慶は防戦を強いられている。
だが、
「うおおお…ッ!」
「…!」
裂帛の気合を込め、車弁慶が駆け出す!
大きく薙ぐ、大偃月刀!
キャプテン・ルーガは、殺気立つその強烈な一撃を辛くも受け止める。
「な…何を勘違いしているか、知らん、がな、ッ」
一切気を緩めることなく、偃月刀を握るその両手に全力を込め続けながら。
車弁慶は、キャプテン・ルーガに吼え返す―
「お、俺は、ただ…あの、あまりにも、情けない、小娘が…見てはおれん、だけだ!」
まるで、狼がうなりを上げるかのように。
ほころび破れた言い訳を、こぼれ出た動揺をつくろうための弁明をわめく。
「だ、だからッ!俺が、認めるに値するッ、将になるまでは…俺が、護ってやらねばならん!
それだけだッ、変な勘違いをするなッ!!」
「…それが、あなたの駄目なところだと言っているだろう、馬鹿男ッ!」
けれども、それはなおさらにキャプテン・ルーガを激昂させる!
今度は、その端麗な表情がくっきりと歪むほどに、はっきりと怒りが彼女の前面に表れた。
大上段から振るわれる双戟の重い一撃!
「く?!」
間一髪横転して避けるも、更なる攻撃が…彼女の怒気をはらみこんで、偃月刀使いに雪崩れかかる!
「真っ直ぐじゃない、素直じゃない、ねじくれて捻くれた、その性根があッ!」
「や…やかましいッ、黙れえッ!」
二人の絶叫が、訓練所の空気を震撼させる!
そして、次の瞬間―
「うおおおおおおおッ!!」
「はああーーーーーッ!!」
まったく同時に、偃月刀使いと双戟使いは、己の闘気を全開にした!
そのまま、先鋭に研ぎ澄まされた気勢とともに放たれる、互いの無双乱舞―!
高揚した戦意は紫雷のごとく己が得物にまとわり、電光を生ずる!
打ち合う打ち合う十数合も、
散らす散らす火花を散らす、
しかしながら最後の渾身の一打ちは避けることはあたわなかった、
―どちらの武人も!
「…ッ?!」
「ぐ…あ、ッ」
総身を貫通するかのごとくに強烈に響く酷痛に、たまらずもんどりうって崩れ落ちる。
どう、と倒れ伏す、偃月刀使いと双戟使い。
重い重いその強撃に、四肢がわななき苦痛にうめく―
「…」
「…」
意思をいくら飛ばそうとも、全身の筋肉はそれに従う余力をもう持たず。
彼らの意識は、ほぼ同時に混濁を深くし…そして、ついには暗闇の中に落ちていった。
「!」
「く、車殿、キャプテン・ルーガ殿!」
「あ…相打ちかよ!」
「だ、大丈夫か、二人とも?!」
両者とも一向に立ち上がらぬその様子を見、さすがに慌てた仲間たちが駆け寄ってくる。
だが、その声は彼らの耳には届かない…
「…」
「…」
意識を消失した二人は、力無く伏したまま動かない。
ぐったりと気絶したままの戦士たちの手は、だが、己の武具を決して手放そうとはしていない―


「あれ?みんなしてどうしたの?」
「…ちょっと、訓練場へ」
「ふぅん、道理でみんないないと思った」
帰宅すると、そこには彼らの主君・エルレーンが一人いた。
何やら疲れ切った有様で、しかもぞろぞろと連れ立って帰ってきた副将たちに、彼女は不思議そうな顔をしてそうつぶやくのだった。
結局、すったもんだしたものの…車弁慶とキャプテン・ルーガの決着はつかず。
誰が護衛官になるか決めるのは、エルレーン自身に任せよう…ということになったのだ。
偃月刀使いも、双戟使いも、決して得心したような顔はしていないが。
…けれども、そんなことなどまったく知るはずもない衛将軍殿は、顔をほころばせながら彼らに話しかけた。
「あのねぇ?前に話したけど、街に出る時は護衛をつけろって言われたの」
ぴくり、と。
素早く反応を示したものが、約二人。
「それで、今から買い物に行きたいんだけど…」
「!」
「…!」
皮肉にも、期待に満ちた目を衛将軍殿に向けたのも…ほぼ同時。
エルレーンは、そんな二人を見やりながら―ついに言うのだ、

「…ついてきてくれる、キャプテン・ルーガ?」
「!」
「…ええ、もちろん!」

ぱあっ、と、一挙にその表情が明るくなった者と、
すうっ、と、一挙にその表情が暗くなった者と。
一時に分かれた栄辱の行方は、驚くほどあっさりとけりがついた。
「…おやおや、お目付け役の車殿はおいてきぼりですか?」
「き、キャプテン・ラグナ!」
「えー?」
ここで、碌な助けになっていない(むしろ露骨すぎな)、キャプテン・ラグナの助け舟。
動じる車弁慶を尻目に、思いもかけぬ言葉にエルレーンは目をぱちくりさせる。
「…うぅんと…弁慶先生でも別にいいんだけどぉ、」
少しばかり、考えるような風をして見せて。
その後で、彼女は…あっけらかんと、こう言ったのだ―
「弁慶先生、私が鎧とか買おうとすると、すぐ怒るんだもん。
だから、今回はついてきちゃだめぇ★」
「…?!」
そう言って、いたずらっぽく舌を出して茶目っ気いっぱいに笑って見せるエルレーン…
哀れ、車弁慶。
あまりに子どもじみた理由で拒絶され、驚きを通り越して自失の呈をなす。
それにかぶせて…
「…ふふん!」
女双戟使いが鼻を鳴らして笑うのが何処か誇らしげに響いたのは、果たして偃月刀使いの気のせいか。
「じゃあ行こっ、キャプテン・ルーガ!」
「はい、エルレーン様」
「…」
嗚呼。
だがしかしエルレーンはそんなことにも気づかずに、きゃらきゃら笑いながらキャプテン・ルーガを急かす。
うきうきと足取りも軽やかに、外へと出て行ってしまう。
キャプテン・ルーガも、すぐにその後に続こうとするが…
その前に。
沈黙する偃月刀使いのそばにつうっ、と近寄り、声を殺して告げる。
「あなたにエルレーン様は渡しませんよ」
「…」
耳元でささやくのは、ある種の宣戦布告。
沈着なる面持ちをいささかたりとも崩すことなく、だがそれでいて煮えるような反感を込めて。
「エルレーン様には、もっと強く、もっと賢しく、そしてもっと優しい殿方の方がお似合いのはず」
深き慈愛にて見守る掌中の珠に近寄らんとする、良からぬ虫に向けて。
氷を思わせる青い瞳にて、すうっ、と、車弁慶を射抜き。
彼女は、鼻の先で嘲笑って―
「まあ、せいぜいそこで歯噛みしていらっしゃいな…」
「…〜〜ッッ!!」
かああっ、と、瞬く間に紅潮する偃月刀使いの顔。
だがしかし、彼に言い返す隙すら与えぬまま、さっさと彼女はきびすを返し、エルレーンに従って出て行ってしまった…
行き場のない憤りに、車弁慶は一人苛立つばかり―
…と。
ぽん、と、右肩を叩かれて。
「…」
「な、何だ?」
振り返ると、無口な双錘使いの姿。
やはり無表情気味のまま、神隼人が言うことには―

「……頑張れ、車」
「…ッ!」

「ふ、ふんッ!」
情けなくも、顔を真っ赤に染めたままで。
「な、何も!俺が『頑張る』ことなど何もないわ、馬鹿めッ!」
「…」
頭を振り、視線をそらし。
機嫌を損ねた風を装って、ごまかしてしまう偃月刀使い。
彼のそんな後姿を見ながら、双錘使いは…はあ、と、ため息をつく。
…まったく、そういうところが駄目なのだ。
そうしてこころに思うのは、いつもながらそんな事。
いつもながら、同じ事。
そう、馬鹿げた話だが―副将たちは皆、いつも同じ事を思っている。
本人は必死に押し隠しているつもりだろうが、あまりにもわかりやすすぎるのだ。
この厳格なる偃月刀使いの「秘めたる想い」は―
だから、周りの者は皆知っているしわかっている、ただ言わないだけで。
言えば、またどうせこの硬骨漢が狼狽のあまりに荒れ狂うだろうこともわかっているから(ちょうど、今みたいに)。

けれど、一番馬鹿げているのは―
そのことを知らないのが、当の本人たちだけだ…と言うこと。
…偃月刀使いと、衛将軍殿。
わかってないのは、本人たちだけ。

それ故、本当に馬鹿げていて阿呆らしい。
けれどもそれ故、何処か愛らしい。
…まったく、そういうところが駄目なのだ。
双錘使いは、また心の中でそうつぶやいて。
そうして、静かにふっ、と微笑むのだった―


Back