A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(22)


華北一帯を制圧した袁紹は、ここで一挙に決着をつけるべく、全軍を結集。
一方、袁紹に唯一対抗できる勢力・曹操を筆頭に、孫権、劉備も
この機に形勢を逆転せんと、決戦の戦場へと向かう。
ここに”最終決戦”の火蓋が切って落とされる…。



二強、大陸の命運を賭け、相打つ。
黄金の御旗を掲げ戦うは、袁紹軍。
それを受けるは、鮮蒼の御旗の元に集う曹操軍。
今現在、第一、第二の勢力たるこの二軍。
その勢力圏が相克していくにしたがって、この最大たる決戦もやはり不可避のものとなった。
そう、そしてその二軍に属する彼らも―
また、戦場にて、相打つこととなる。


「〜〜〜ッッ?!」
「う、うわあああああ?!」
声にならない悲鳴と魂消るような絶叫。
戦場の煙る空気を打ち抜いていく。
その巻き上がる号叫の中央に在るのは―
「ふはははは!退けぇ、退けぇえええええいッ!」
乾坤圏を手に美しく舞い狂う、異装の男…
特注の南天舞踏衣でその身を包む美麗なる好男子、曹操軍が偏将軍。
その名を、ドクター・ヘルと言う!
「さあ、ドクター・ヘル!この拠点も…」
「わかっているとも、暗黒大将軍!」
そしてそれに付き従うは、深遠なる大斧使い・暗黒大将軍
彼らの破竹の勢いによって、この戦場の拠点は次々と曹操軍の手に落ちていく…
袁紹軍側の雑兵たちも必死にそれを食い止めようとするが、如何せん雑兵の哀しさ、その進軍を止めうる決定的な力は持たない。
この高楼拠点もまた、風前の灯。
どんどんと破壊されていく高楼は、もはや後ひとつを残すのみ―!
必要なのは、将。
この剛敵を食い止めるのに必要なのは、将。
そう、指揮官たる将が必要なのだ―
しかしてついにその将が現れる、窮地に落ちたその拠点を護らんと…!
「!まずい、エルレーン!このままでは、あの拠点が…!」
「!」
苦境を見て取ったのは、厳格なる偃月刀使い・車弁慶
真覇道剣をすなる少女が、その声にはっとなる…
彼女の視界に在る、近場の高楼拠点。
その守りである高楼は…既に、ひとつを残して、後は崩壊させられているようだ。
すなわち、それが示すのは…
「行くよ、弁慶先生!」
その中に、攻撃を仕掛けてきた敵将がいる、ということ!
春華純白衣で身を固め、その黒髪には風鳥仙羽冠。
真白き外套を翻し駆け抜けるうら若き乙女、袁紹軍が衛将軍。
その名を、エルレーンと言う!
「――ッ!」
拠点内に滑り込むや否や、彼女は大声で呼ばわった―
ぎらつく真覇道剣が、己が獲物を探している!
「この拠点は渡さないんだからッ!」
すると、その一辺より、
「ほう…俺に刃を向けるか、蛮勇なり!」
跳ね返ってきたのは…敵将の応答!
「?!」
「う…」
が。
その声の主に目をやるなり…エルレーンたちは、絶句した。
「な…何、あの格好…」
思わず口を突いて出たのは、おそらく彼女のむき出しの本音。
一言で言えば、その敵将の男は…おかしかった。
大柄なその男は、深緑の瞳にてこちらを見返す。
理知の彩るその端正な顔には、美しさと冷たさが同居する。
嗚呼、だが…
何故、この男は、露出度の高い南天舞踏衣を纏っているのか?!
…「女物」、の!
「と、ともかく、エルレーン!あ奴を倒さねば!」
「は、はいッ!」
一旦は、その男の服装に動じたものの。
車弁慶に急かされ、彼女は思い切って駆け出した!
「…覚悟ッ!」
「!」
銀髪の男が、その乾坤圏を揺らがせる―
少女は大上段から全力をもって振り下ろす、真覇道剣の鋭さで!
…ぎぃぃぃぃぃぃんッ!
鳴り渡る音は、決闘開始の銅鑼の音のごとく!
初撃を受けられ、エルレーンはいったん剣を構えなおし、改めて敵将の姿を見た。
(うぅ…!ち、近くで見ると、なおさら強烈だよぅ!)
内心、彼女の目に映るその男は、凄まじく衝撃的に異彩を放っていた。
筋骨隆々たる肉体を、華麗な「女性用」の鎧で包んだその姿は、奇天烈としか言いようがない。
その銀色の髪が彩る面は、確かに美麗ではあるが…
「…!」
「た、たあッ!」
彼女の油断も、だがしかしそこまで。
再び襲い掛かってきた夏圏の舞、鮮烈なる斬撃に、エルレーンは反射的に宝剣をもって振り払う!
そうだ、相手の奇装に気をとられている場合ではない。
敵将は敵将、打ち払わねばならない!
相手もそう考えているに違いない―!
「…くッ」
「〜〜ッ!」
己の得物を振りかざしたのは―ほぼ、同時!
刃を激しく打ち合わせ、お互いに一歩も引かぬ…全力の迫り合い!
衝撃が鋼鉄を伝わり、彼らの筋肉に痛みとなって走る。
だがしかし両者とも刃を引こうとはしない、ドクター・ヘルもエルレーンも…!
「!…ふふん」
「な…何が、おかしい、のッ?!」
だが。
その時だった。
ぎりぎり、と、金属が立てる硬質な音を挟んで。
差し向かう戦士たちの間に、不可思議な微笑の音。
奇妙なことに…刃を交わす少女に、長身の男が笑みをこぼした。
それを己に対する嘲笑ととったエルレーンはにわかに気色ばみ、そのかんばせに怒りの朱を浮かべるものの―
だが、次の瞬間。
その男がこう言った瞬間に、彼女の顔は別の意味で真っ赤に染まることになった。
「妖気だつような剣技の凄まじさに似合わぬ…愛らしい顔をしておると思ってな!」
「え、ええッ?!」
「は、はあぁ?!」

ほぼ同時に上がった、エルレーンと車弁慶の絶叫。
予想の遥か埒外のことを告げられ、そういったことにまったく免疫のない小娘は当然のごとく大混乱した。
「ちょ、な、な…な、何を言ってるのッ?!」
すっかりひっくり返った声で、それでもセリフだけは勇ましく言い返すものの―
「そそそそそんな調子のいいこと言ったって!わ、私、ご、ご、ごまかされたりしないんだからぁ!!」
「俺は美しいものが好きだ」
「はうッ?!」

慌てふためく少女の恫喝はもはやそのていをなしておらず。
この奇矯な、容姿秀麗なる男の道化振りを撃退することも出来ず。
突如、
すいっ、と、その端正な顔を近づけてきたものだから、
少女の心臓が…驚きのあまり、一瞬、きゅっ、とその鼓動を止めてしまう。
息吹が触れるほどに、間近から。
翡翠のごとき深緑の瞳が、少女を捕らえこむ。
舞台役者のように整った理知的な造作に、エルレーンの透明な瞳が釘付けされる。
ほのかに鼻腔を心地よくくすぐるのは、まとわせた香だろうか。
心臓が、痛みを覚えるほどに速く速く脈動する…
目の前の男に斬りつけることすらできず、凍りついたように動けない。
そして、そのまま―
反撃することも忘れた若き女衛将軍の耳元に、その妖艶な色を漂わせる薄い唇を近づけ、
嫣然と、微笑をたたえながら。
「まるで咲き誇る邪気のない桃花のようだな、我が美しき敵将よ」
「は…はぅわわわわわ」

甘い賞賛が、熱い吐息が、少女の鼓膜を、耳朶を震わす。
その攻撃は、うぶそのものと言った少女には極端に過ぎるほどに強烈だった。
今まで経験もしたことのないような状況に、彼女の精神状態はとうに限界。
落ち着け、冷静になれ、と、頭の片隅で理性が懸命に叫ぶものの。
だがしかし妖しい色香に捕らわれた少女の脳髄は既にまともな思考を構築することあたわず…
「やっ、やああーーーーッ?!」
「…っと!」
混乱も極に達した少女は、突如駄々っ子のするように思いっきり剣を握った腕をぶんぶん振り回す。
が、すぐさまそれを見切った男は、華麗な動きでそれを飛び退って避けた。
ふわり、と、器用に音もなく大地に降り立つ様は、まさに猫科の獣を思わせる。
そして、少女に投げる目線も…
「だッ、騙されるなエルレーン!そいつは口からでまかせを…」
「俺は嘘はつかん」

誘惑されかけた主君に、車弁慶が大声で注意を呼ばわるものの。
しかしながら、男は至極冷静な様子でそう述べ返すのみ…
それどころか、何処か艶めかしさすら感じる視線を、まっすぐにエルレーンに注ぎつつ…彼は、こんな申し出ですらしてくるのだ。
「どうだ、俺とともに来ぬか?俺は美しい者は高く重用するぞ?」
「なッ…さ、下がるです、無礼者!」
さすがに、その荒唐無稽な申し込みは断ち切った。
険しい表情で…それでも、やっぱり耳まで赤くしたままで…きっ、と、南天舞踏衣の男をねめつける。
「わ、私は!袁紹軍を裏切らない!」
そして真覇道剣の切っ先を改めて眼前の偉丈夫につきつけ、凛とした口調で制する―
「袁紹軍が衛将軍、エルレーンを甘く見ないで!」
「…ほう!」
一方の男は、余裕綽々だ。
おどけているのかそれとも真剣なのか、それすらも定かではない。
「…ヘル、遊んでいる場合ではないですよ」
「ははっ…わかっている、暗黒大将軍!」
と、しばし無言のまま事の成り行きを見守っていた老爺が、やや眉をひそめながら忠言。
銀髪の男も、笑って応じ…己の乾坤圏を、再び構えなおす!
「さて、それでは本気を出させてもらおうか…我が桃花よ!」
「え…エルレーンだってば!」
「そうか!では俺も名乗ろう!」
夏圏使いは、大仰なしぐさで拱手。
そうして、少女に向けて名を告げる。
人を呑むがごとき不敵な笑みでその美貌を彩り―
高らかに、うたうように告げるのだ!
「俺は、曹操軍が偏将軍、ドクター・ヘル!」
「…ッ!」
その名が、空に散っていく―
闘気に満ちていく、透明な瞳。
気迫に深まっていく、深緑の瞳。
空間を裂く見えない視線の交錯。
同時に張り詰めていく…その場の緊迫感が。
そして、それが臨界にまで達した時、
二人は動いた―


まったく、同時に!



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