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老鬼の夜


グラー博士は、見つめている。
真っ直ぐに、見つめている。
殺風景な机の上に置かれた、写真立てを見つめている―


深夜。
珍しく、人気のない研究室。
日中は開発者たちでにぎわう研究室は、今はその主一人を残すのみ。
研究に没頭するあまりよくこの部屋に寝泊りもする博士を除いては、皆すでに家に帰った。
かちり、かちり、と時を刻む時計の針の音だけが、無心にデータをチェックするグラー博士を包んでいる。
ここは、百鬼帝国の兵器開発所。
その中枢たる研究者・グラー博士の研究室。
百鬼メカロボットをはじめとする高度な戦略兵器を設計開発するための場所―
帝国内でも最も優れた頭脳を持つ技術者たちが集められ、より強く、より速い百鬼メカを造り上げる為に一心不乱に働いている。
その場所に…今は、グラー博士一人。
やがて、真っ直ぐ画面を見つめていた彼の目が…億劫そうに、しばたいた。
さすがに根を詰めすぎたのか、彼は軽く首を回しながらコンソールを離れた。
そして、自分のデスクの前に戻り、椅子に腰掛ける。
と、その時。
疲れた目元を抑えつつ息をついた彼の目線が、ふっ、と…一点で止まった。


それは、シンプルな写真立てだった。
この研究施設にて、数年前に取られた写真…
開所十数年記念だったかで、研究員皆で取った集合写真だ。
アルミのフレームが縁取る写真の中には、たくさんの人の姿。
透明なプラスティックのカバーに覆われたその写真の中には、今より少し昔のグラー自身の姿。


しかし、彼の視点は…その中に写る自らの姿にはとどまらなかった。
そうではなく、彼の視線は、別の男の上で止まる。
…老爺の瞳に、暗い影。
周りの皆が軽くはにかんだような笑みを浮かべているにもかかわらず、一人唇をかみ締めたような苦い顔つきで写っている男がいた。
おそらく、写真が苦手だったのか…
緊張のあまり、深刻そのものと言った顔で、その男はグラー博士を見返していた。




その男の名は、鉄甲鬼と言った。




有能な若者だった。
頑固な若者だった。
真摯な若者だった。
よく働く若者だった。
真面目な若者だった。
グラー自身もその才能を高く評価した若者だった。
それ故自分の配下に置き、様々な面において指導した若者だった。
まさしく、彼はグラーの優秀な弟子の一人だった。


だが、彼は―百鬼百人衆の一人として、選ばれていた。
その有り余るほどの、才能のゆえに。


百鬼百人衆。
老若男女の隔てなく、帝国内において最も優秀とされる百人に与えられる位。
それに選ばれてから、彼は己の名前のかわりに「鉄甲鬼」という名をブライ大帝から拝受した。
…その時のことを、今でもよく覚えている。
彼は、緊張と興奮とがない交ぜになったような表情で、それを受けたのだ―


そして、今現在において。
百鬼百人衆の最大の使命は…
早乙女研究所からのゲッター増幅装置奪取、そしてゲッターロボGの破壊・それを操縦するゲッターチームの殺害。


その使命のもとに、彼は死んでいった―
「鉄甲鬼」という名とともに、その名を冠したメカロボットとともに、死んでいった。


「…」
鉄甲鬼は、そのメカロボットを自らで作り上げた。
ゲッターロボGと同様の武器を兼ね備えた、頭脳派の奴にふさわしいメカロボット…
しかし、ヒドラーの愚昧さが、鉄甲鬼を敗北へと、死へと追い込んだ。
まだ手の加えようがあったはずのメカ鉄甲鬼に目をつけ、大帝の威を借りて出撃を急かした。
そのことを思うたびに、老爺の胸は煮え繰りかえりそうになる。
…もし出撃を急がされねば、もしわしがあのメカ鉄甲鬼にさらに手を加えてやることが出来れば、奴は死なずにすんだかもしれんのに!


「わしは、」
グラー博士は、天を仰いだ。
―鉄に覆われた、灰色の空。無機質な天井。
陰鬱な、鋼鉄の棺桶。だが、それ以外にない、老人の居場所。


「…何も、できなかったのう」


そして、その言葉が散っていく。
閉じ込められた、研究室の空気の中に。


グラー博士は思い出す。
鉄甲鬼のように、ゲッターと戦い死んでいった仲間たち…百鬼百人衆のことを。


こんなおいぼれが、剣を手にして戦えるはずもない。
だが、わしには頭脳がある。
勇猛な百鬼百人衆の手足となって動き戦う、百鬼メカロボットを作れるほどの。
だから、わしは造った。必死で、ロボットを造った。
彼らが存分に戦えるよう、彼らが有効に活かせるよう、彼ら一人ひとりのためだけに造ったのだ。


だが。
それでも。
そのロボットで戦い、死ぬのはわしではない。
わしのロボットで戦い、死んでいったのは―彼らだ。


壮年の男。
齢を経た女。
友を思う男。
若い女。
年老いた戦士。
幼い子ども。
卑劣な悪漢。


だが、皆―死んでいった。
ゲッターと戦って、死んでいった。


そして、わしは今でもここにいる。
死にもしないで、この老いぼれが―




グラー博士の、ため息ひとつ。
濁った二酸化炭素が散っていく。
閉じ込められた、研究室の空気の中に。




「…だが、」




かたり、と硬い音を立て、写真立てが再び机の上に立てられる。
グラー博士は大きく背伸びをして、椅子からゆっくりと立ち上がる。


「わしは、やるよ…わしのやるべきことを」


かすかに目じりにこぼれそうになった涙を、グラーは無造作に白衣の袖でぬぐう。
思い切り鼻をすすり、感傷的に傾いたこころを飲み込んでしまう。
泣くには、まだ早い。
悲しみに浸って泣きわめくことが出来るような時は、まだまだ遠い。
強大な敵が、百鬼帝国を脅かす大敵がいる間には、そんな時間は許されない。


「そうでないと、死んでいった、お前たちに顔向けできんものなあ―」


また、膨大なデータのチェックに戻ろうとする老爺の後姿を、写真立てが見つめている。
その中から、にこりとも微笑わずに彼が見つめている―


「…なあ、鉄甲鬼よ」


そして、グラー博士の独り言。
―鉄に覆われた、灰色の空。無機質な天井。
陰鬱な、鋼鉄の棺桶。だが、それ以外にない、老人の居場所。




そう。
老爺の居場所は、ここにしかないのだ。





グラー博士について…少しばかり、思うこと

グラー博士は、何となく「職人」って言うイメージがあります。
非常にしゃべり方や態度などが落ち着いていることもあって、ガレリイほどその分目立ってなかった感じもあるのですが…(笑)
何だかいつでもひょうひょうとしていて、ヒドラーと対立する時も上から見下してる風で。
結構見かけが敷島博士チックなのですが(笑)

ところで、彼は百鬼百人衆の一人である鉄甲鬼を弟子にしていたことがあるようです。
また、百鬼メカの製造に関連して、少年兵である地虫鬼ともかかわっていた模様。
その辺りに、少し感じるものがありました。
彼、見た目も手伝って、ものすごく「じいちゃん」の印象が強いです。
だから、なおさらに…鉄甲鬼や地虫鬼のような、年若い鬼たちに対してどう思っていたのか、それが少し気になります。
そして、彼らがことごとく敗れ(しかも、半ば望んだ形で)、死んでいったことを。
百鬼帝国の鬼たちにも情愛があることは、「夜空に輝く二つ星」の白骨鬼の物語で示されています。
きっとグラーのじいちゃんは、孫のような彼らが可愛くて仕方なかったのではないか、と。
だからきっと、彼らの死にひどく心を痛めていたのではないか、と。

私は、勝手にそう考えています。
ショートストーリーはそういうことを考えながら書いてみました。
ちなみに、「百鬼百人衆になった時点で『○○鬼』のような名前をもらう」というのは、私が勝手に考えた設定ですので…
(何故なら、百鬼帝国の人間は「リサ」「鬼丸」そして「グラー」「ヒドラー」「ブライ」のように『○○鬼』でない事例も散見されますので、
百鬼百人衆の『○○鬼』は本名とは別にもらった名前ではないかと思えるからです)