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決起の刻


ドクター・ヘルは、見つめている。
真っ直ぐに、見つめている。
眼前に立ち並ぶ、古代のロボットたちを見つめている―


―おろおおおおおおおおおおん。
何処からか吹き込んできた風が、不気味な音を立てて通り抜けていく。
まるで、大地から蠢き湧いてくる、死霊どもの声のように。
その風が、ヘルのズボンのすそを軽くはためかせていく。
ランプの中に息づく、揺らめく炎の生む光だけが…暗闇を溶かしている。
その中で。
ドクター・ヘルは、縫いとめられたかのごとくにそれらを見つめている。


国際科学アカデミーより請われ、この調査団に加わった。
海の中にぽつんと浮かぶ、バードスという名を持つ島。
島には人気がまったくないものの、島のあちこちに点在する朽ちた石造りの柱や神殿の跡地などは、明らかにこの島に高度な文明が存在していたことを示していた。
…かつてこの島に存在していたと思われたその文明の名を、「ミケーネ文明」という。
そして、ある伝説は高らかに謳(うた)う。ミケーネの栄光を謳う。
その物語は、勇猛果敢なミケーネの戦士たちの物語。
素晴らしく繁栄したミケーネ帝国は、当然のように多くの国に狙われた。
この海を越え、数百数千の船が、数万数十万の兵を乗せてバードス等に押し寄せた。
しかし、ミケーネ兵たちはその攻撃に決して屈することはなかった、何故ならば―
彼らは、「巨大な火を吐く兵士」を用いて外敵を駆逐したからだ…と。
それが、このバードス島にまつわる伝説だった。
それでも時の利を失ったか、それとも神の怒りに触れたのか―
栄華を誇ったミケーネ帝国は、火山の噴火によってその全てを失ったと言う。
そうして、その成れの果てが…この島に残る廃墟なのだ。


未だ研究が進まず謎に包まれているミケーネ文明をより深く研究せんと、アカデミーは調査団を派遣することにした。
そして、何の因果か…この自分も、そのメンバーとして選ばれたのだ。
凡愚どもとの作業は、苦痛極まりないものであった。
だが、それもこれも、みな終わりだ。
とうとう見つけた―
わしの夢をかなえるために必要なものを、わしはついに手に入れたのだから!


―だが。
興奮にくらめく脳が、余計なものを想起する…
奴の顔を。
数十年前より老いてしわを刻んではいるが、紛れもなくあの男の顔そのものだった。
あの時代、あの国で、ともに時を過ごした、
かつては無二の友であった男の顔を―
その途端、浮き立っていた心がぞっ、と冷える。
それは危機を予期する警戒心なのか、それとも…
奴に対する、恐怖心なのか。


はじめは、「奴によく雰囲気の似た男だ」と思った程度だった。
だが、その男が笑みを浮かべ―
「やあ、久しぶりだ」
とわしに向かって言った時、わしは気づいた。


それは、かつての親友であり、
ライバルであり、
そして、同じ未来を見つめた同志だった。


だが、その再会は―奴にとってはどうか知らないが、ともかくわしにとっては喜ばしいものではなかった。


その昔、同じロボット工学を修める学生として、奴とわしは同じ場所に立っていた。
日本からの留学生だった奴は気安く、明るく、まわりの人間の気を惹きつける術に長けていた。
それでいて、奴の出すアイデアは、どれもこれもが奇抜。
およそ凡人が思いつかないようなことを、あっさりとやってのける―
奴は、そんな男だった。
わしは、無能な人間が嫌いだった。
だから、奴のような―才能と才覚に恵まれた男と共にいるのは、不快ではなかったはずだった。
いや―不快ではなかった、むしろ最初は楽しくて仕方なかった…最初の頃は。
だが、そのうち…誰とも親しげに交わる、青春を自由に謳歌する奴の姿を見ているうち、わしは、「何か」が自分の中で不愉快そうに蠢くのを感じるようになった。
わしは、いつの間にか―奴と共にいることを、こころの奥底で拒むようになっていた。
向こうも、はじめのうちは、急によそよそしくなったわしに戸惑っていたが―
やがて、自分は避けられているのだ、と気づくにつれ、自分からも距離をおくようになっていった。
そうして、奴とわしは、進む道を別なものとした。


それから、幾十年。
わしはわしの道を歩んだ。
わしがあの頃漠然と抱いていた望みは、そのうち己の内に秘めた確固たる夢へと変化した。
そのための力を蓄え、そのための力を得るため、わしはひたすらに研究に没頭した。
わしの研究成果を見た軍部が、わしの力を利用したこともある。
―もちろん、人を殺すための力として。
だが、そんなことはどうでもよかった。
むしろ、潤沢な研究資金が得られて好都合だ、と思ったくらいだ―
もちろん、そんなはした仕事などより、わしにとっては自分の研究のほうが大切だった。
だから、軍の研究など、適当に茶を濁していたのだが―
が、何故か世間の馬鹿どもは、それを「非道な軍務に反抗した、研究者として賞賛すべき態度」ととったらしく…
軍が壊滅してからも、わしがその責任を指弾されることはなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
わしにとっては、わしの夢こそが何よりも大切なものなのだから。
その夢を実現するための希望―
具象化された力を、わしは求めていた。
…古代の伝説。
このバードス島に栄えたミケーネ帝国は、巨大な動く像を用い、外敵を駆逐したという―
その正体を、わしは「ロボット」だと推測した。
ならば、取るべき道はひとつ―
わしの夢を実現するための手駒、その材料がそこにあるというのだから。
だから、わしは国際科学アカデミーからの調査団参加依頼に応えることにしたのだ―


そのわしの計画を、奴の出現は打ち砕いた。




「やあ、久しぶりだ」




久方ぶりに見た奴の顔は、わしと同じく老いていた。
かつてわしと同じ場所に立ち、そして違う道を選んだ男。
その顔に刻んだ年輪は、奴が奴の道を歩んだことの何よりの証拠。




…いや―
ひょっとすると、奴とわしは、いまだに同じ場所にいるのかもしれない。
ただ、見つめている地平が、こころに求めているモノがまったく違うだけで…
―ならば。
ならばこそ、この男は…
わしを阻み得る、最も忌まわしい存在になりかねないのではないだろうか?




あの再会の日、数十年前分かった道が、再び交差した日。
あの日、わしが確かに感じたのは―
我が夢を脅かす暗雲に対する恐怖と、
過去をわしに突きつける運命に対する困惑と、
そして、
その昔、奴に感じていた―
こころの奥底に澱む、不快な嫉妬の闇だった。


―おろおおおおおおおおおおん。
死霊の声が、吹き渡っていく。


だが。
それもこれも、みな終わりだ。
そう―自分がずっとずっと探し求めてきたもの、
それがとうとう自らの手中に落ちたのだから!


―おろおおおおおおおおおおん。
死霊の声が、吹き渡っていく。
深夜の作業など、見咎めるものは誰もなく。
簡易ではあるが、コントロール装置を巨人どもに据え付けた…
まだまだ改造の余地はあるが、凡愚どもにその力を見せ付け、蹂躙するには十分だ。
そうだ。
兜十蔵を殺すには、十分だ―


ヘルは、己の胸が激しく高鳴るのを感じた。
血が疾走する。脳髄が歓喜する。
待ちわびた。この時を。
待ちわびた。この瞬間を。
嗚呼十蔵よお前にも見せてやろう、そしてそれがお前の最期になる。
そうだその時をきっとわしは待ちわびていたのだ、
お前に自らの力を見せ付け、そして踏みにじる瞬間を!


刹那、あの兜十蔵の顔がよぎる。
軽い不快感が、また脳を揺らす。
若かったあの時分、かつての弱い自分を責めさいなんだ鬱屈した感情を。
…けれど、もう何も恐れる必要はない。
彼も滅する。このロボットたちで。
彼を滅する。今度こそ。
あの愚昧な研究者どもと一緒に、この島を墓場として永久に眠れ―!


―おろおおおおおおおおおおん。
死霊の声が、吹き渡っていく。
死霊どもは、待ちわびている。
再び目覚めた巨人たちの暴虐を、
その腕(かいな)が巻き起こす血煙を、
延々と築かれる死者の山を、
終わりのない地獄の釜の底に引きずりこまれる亡霊たちを、
自分たち同様に苦悶して大地に引きずり込まれていく霊魂たちを―




―おろおおおおおおおおおおん。
死霊の声が、吹き渡っていく。




ドクター・ヘルが、
右手に携えた杖を―






















振り上げた。





ドクター・ヘルについて…少しばかり、思うこと

ドクター・ヘルという人物のことを考える時、私はいつも哀しみを感じる。
彼は、「悲劇の天才」に他ならないからだ。

ドクター・ヘルは、紛れもなく世紀の天才である。
天賦の才、としか思われぬほどの頭脳があってこそ、バードス島に残されたミケーネの
古いロボットを、攻撃手段豊かな機械獣に変えることが出来たのだろう。
では、そんな彼に欠けていたものは何か?
何故、彼はあのような運命をたどらねばならなかったのか―?
大きいのは、彼の中に根付いた「不信」
徹底的な「運の悪さ」
そして何より。
同じ時代、同じ場所に、もう一人の越えられぬ世紀の天才が存在したからだ―
兜十蔵
彼のトラウマであり、彼の宿敵であり、彼の壁であり、彼の親友だった。

ドクター・ヘルの芯を貫いているのは、徹底した「不信」である。
彼はあしゅら男爵やブロッケン伯爵にだらしないほどに頼ると思えば、時には冷たく切り捨てる。彼らの真剣さを踏みにじる。
そのくせ、失敗を重ねるあしゅらを―処罰はしたものの、処刑はしなかった。
ドクター・ヘルは、わかっているのだ。
…彼ら以外に、誰も自分に味方しない、と。
その両面的な彼の対応を見ていると、そう感じざるをえない。
ドクター・ヘルは、他者が望みあこがれても決して手に入れることの出来ないほどのすさまじい才能を持っている。
だから、彼が望めば、彼は何処にでもいけたし、何処にでも受け入れられたはずだ…
彼が、望めば。
しかし、彼はそうしなかった。
何故か?
―彼は、怖いのだ。恐ろしいのだ。信用できないのだ、この世界が。
だから、傷つけられる前に傷つける。
そして、相手から悪意を叩きつけられてこう言うのだ。
「ほら見ろ、どいつもこいつもろくなもんじゃない」、と。
被虐待児によく見られる反応だ。
彼らは、親から肉体的・精神的暴力を受け傷つき、そして愛されなかったがために愛し方がわからない。愛されたいくせに愛さず、愛せず、そして傷つけて傷つけられる…
ドクター・ヘルの対人スキルにも、それを感じる。
彼は「愛されない子」であったのかもしれない。

「運の悪さ」については、言うまでもないだろう。
もちろん、何よりの不運は―兜十蔵と同じ時代に生まれてしまったということだけれども。
だが、逆に、兜十蔵がいなくてはいけなかったのかもしれない。
彼が「ドクター・ヘル」であるためにも…
例えば、機械獣・ミネルヴァXの実際の製作者がドクター・ヘルであるということも、
ことさらに哀しいものだ。
つまり、彼は自身の作った機械獣では兜十蔵のマジンガーZを超えられぬ、そう思ったから実行したということになる。憎い兜十蔵の設計したロボットを造ることを。
結局、それは…ドクター・ヘルの哀しい「敗北宣言」に他ならない。
マジンガー破壊の支障になる「パートナー回路」がそのまま設計図どおりに組み込まれたことも、彼にそれをことさらに痛感させたのではないだろうか?
彼は、あれがミネルヴァXをマジンガーのサポートに回らせる機構であることを見抜けなかった。だから、そのままつけたのだ。
それはすなわち、ヘルをこう言って嘲笑う…
「お前は、兜十蔵にはるか及ばない」と。

だが、それでも。
彼はマジンガーにこだわり、光子力研究所にこだわり、日本にこだわり続けた。
私なら、きっとまず最初に他国を破壊する。そして占領支配する。
そうして、物資・資源の面で日本を世界から切り離し、日本国民を追い詰め…光子力研究所にその怒りの矛先が向くように仕向ける。
その後は、簡単だ―
怒りに燃えた、単純で愚かで自分のことしか考えない民衆は、その後のことも考えることなく盲目的に光子力研究所を破壊する。
ちょうどそれは、桜多吾作版の『グレートマジンガー』で語られたように。
…ドクター・ヘルは、そうしなかった。
彼は、彼自身のプライドのためにも、日本でマジンガーと戦う必要があったのだ。
つまりは、「マジンガーZ」という物語は…ドクター・ヘルと兜十蔵、二人の世紀の天才による「代理戦争」ということになる。

ドクター・ヘルという人物のことを考える時、私はいつも哀しみを感じる。
彼は、「悲劇の天才」に他ならないからだ。

だが、だからこそ、彼は印象深い悪役として、誰の心にも残り続けるのだろう。