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◆ 百花繚乱・美姫三人集!(1)
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平穏という均衡が崩れ去るのには、そう長い時間は必要なかった。
何処かより飛来してきた、巨大な謎の肉塊。
それらが、日本のとある平和な山村のはずれに落ちてきたのが、そもそもの始まりだった。
その肉塊は、生きていた。
そして、さらに性質の悪いことに…それには目があり、手があり、足があり、角があった。
強烈な、破壊の衝動さえも。
平和な山村は、焦土と化した。
その無慈悲な悲劇を序章として、襲来の日々は幕を開けたのだ―

ガラス越しに見つめる光景は、悲惨なものだった。
人類の科学と進歩がつくりあげた街々…それは、我らが栄光の証、のはずだった。
鋼鉄のビル群で構成されたその風景のあちこちは、すでに大きく穿たれていた。
クレーターのように砕かれたその大地には、鉄くずと化した街のかけらが散らばるのみ…
その陰惨な光景を眺めながら、神隼人大佐はある人物を待っていた。
と…その人物が、ようやく到着したようだ。
「流中尉、参りました!」
「!…来たか、流中尉」
神隼人大佐のオフィスに、若い女性の凛とした声が響く。
彼が振り向くと、そこには…やや長めのショートヘアの女性が敬礼姿で立っていた。
彼女の「名前」は、流涼子(ながれ・りょうこ)。
航空自衛隊きってのエースパイロット、正確無比な操縦技術は空自随一だとの定評がある。
が…彼女は自らの上官である神大佐に向かって、無表情にこう言い放った。
一気に。
「何か御用でしょうか、神大佐。私、仕事がたまっておりますのでできればすぐさま持ち場に戻りたいのですが」
「…来た早々で、いきなりそれか。そんなに俺が嫌いか、流中尉…
「それより、用件をお早くお願いします」
マンガだったら、ずばしゃあっ、という効果音がついてもいいくらいの問答無用の棒読み返答に、神大佐の瞳が心なしかうるうるする。
が、流中尉は、そんな大佐の悲哀も見ちゃいない、さっさと話を進めろと促してきた。
「ああ…君を呼んだのは、他でもない。…例の件について、だ」
「ああ、『オーガ』の件ですか」
あっさりと切りかえしたリョウコ。神大佐も軽くうなずく。
「そう。奴ら…何処からともなく湧いてきた、あの『バケモノ』ども…通称『オーガ』。
奴らが現れてからもう一年がたつが、出現頻度は増すばかり、そしてその被害は…うなぎのぼりだ」
「はい」
「何しろ、奴らは…融合、合体して、巨大化して襲ってくるのだから。この間など、爆雷の投下が間に合わなければ、中規模都市が一つこの世から消えるところだった」
「はい」
「だが、我々とて…このままやられっぱなしでいるわけにはいかん!
…そこで!我々自衛隊は、ゲッター線研究の一人者・早乙女博士率いる早乙女研究所と手を組み!奴らに対抗しうる超兵器を開発するに至ったのだあッ!」
「はい」
「…流中尉、あのさあ…俺の話、ちゃんと聞いて」
「はい私全身を耳のようにしてまた皿のように耳を広げてお話うかがわせていただいておりますですからどうぞとっとと先を続けてくださいお願いします」

「…」
ちょっとさみしげな顔になった神大佐であったが、これ以上何か言ってもまたひどい受け答えをされるだけだというのは十分身に沁みてわかっているので、あえて話を続けることにした。
「…と、ともかく!…そういうことで!」
にこおっ、と、気色の悪いくらいの鮮やかな笑みを浮かべた。
その笑顔に、思わず半歩ひいてしまったリョウコ…彼女の肩を叩き、神大佐はこう高らかにのたまった。
「…おめでとう、今日から君が…その超兵器のパイロットですッ!」
「…は?」
目が、点になった。
唐突なそのオファーの意味がわからず、立ち尽くすリョウコ(だが、肩におかれた神大佐の手は、思いっきり振り払った)…
そんな彼女に、神大佐はにこやかに笑いながら説明を加える。
「いやいや、流涼子中尉…君は女性でありながら、戦闘機の操縦技術は随一。シミュレイションでも常に成績トップをキープするほどの優秀なパイロットだ。その君の腕を見込んで、是非…超兵器・『ゲッターネチェレト』のパイロットになってもらいたいのだ!」
「…げったあ…ねちぇ、れと?」
「そうですわい」
神大佐の口にした、その奇妙な響きを持つ言葉。
それを幼児のように呆けた口調で繰り返すリョウコ…
しわがれたその声が飛んできたのは、彼女の背後からだった。
「!」
振り向いたリョウコの目に映ったのは、白衣をまとった男だった。
壮年を通り越し、老年にそろそろさしかかろうとしている年代だろうか…
その頭髪には霜を置き、揃いの白い髭が口元にたくわえられている。
誰もが一目見ただけで、「ああ、この人は科学者なのだな」とわかる、そんなスタイルだった(ただし、何故か足元だけはゲタを履いていて、それが絶妙に浮いているのだが)
「あなたは…」
「お初にお目にかかる。わしが、早乙女です」
「おお、早乙女博士!来てくださいましたか」
神大佐が呼んだ、その「早乙女」という…この老科学者の名前。
その名前を、流中尉も聞いたことがあった。
「あなたが、早乙女博士…」
「そうですじゃ」
「へえ…あのどうしようもないほどイカレてて常識ハズレで異常に兵器ばっかり造りたがるひょっとして税金逃れでもしてんじゃねーのってくらい立派な研究所構えててその裏では何事か秘密の研究をコソコソ進めてるって噂の」
「し、しゃあああらああああっぷ!」
神大佐の容赦のないシャウトが、ろくでもないリョウコのセリフをストップさせた。
慌てて謝り倒す神大佐だが、早乙女博士はすっかり苦笑いだ。
「す、すみません、博士…」
「い、い、いやいや…さ、さすが、あなたが見込んだパイロットだけのことはありますな。すごいもんですわい」
微笑いながら手を振る早乙女博士…心なしか瞳の奥がどす黒く見えたのは、気のせいだということにしておこう。
「そ、それでは、流中尉、博士…早速行きましょうか」
神大佐が、一歩部屋の外に歩み出、二人に出るように促す。
彼が二人を導くのは、人類の造り上げた、鋼鉄の女神…
「我らが女神、『ゲッターネチェレト』の場所へ…」

「…!」
「どうかね、気に入ったかね?」
格納庫に連れられて来たリョウコの瞳が驚愕で大きく見開かれるのを、神大佐は心地よく見守っていた。
広々としたその空間では、多くの人間が忙しそうに行き来している…
そして、彼らが囲んでいるのは、三機の戦闘機。
それぞれ、赤、白、黄と、戦闘機らしからぬカラフルな色になってはいたが…
間違いない、それは戦闘機だった。
「これは…しかし、戦闘機、ではないのですか?」
「いかにも。『ゲットマシン』と呼称する…それぞれ、」
神大佐の指が、それらの戦闘機を一つ一つ指差していく。
「一号機・イシス」
紅で塗り込められた、流麗な女神。
「二号機・セクメト」
純白で染め上げられた、冷徹な女神。
「三号機・バステト…だ。全て、ゲッター線エネルギーで稼動する」
そして、黄金で練り上げられた、硬質な女神。
その三機のマシンは、どれもつややかな光を跳ね返している。
ぱっと見ただけでも、それらがハイレベルな戦闘機であることはわかった―
…だが。
「…」
「どうした、流中尉?」
「…確かに、『あの』早乙女研究所が作ったのですから、高性能な戦闘機であるとは思います…しかし」
「…しかし?」
かすかに眉をひそめた表情。彼女は、不審そうな口ぶりで文句をつける。
「これで、あの…巨大な『オーガ』に立ち向かうのですか?さすがに、サイズが違いすぎると思うのですが」
…確かに、リョウコのその疑念ももっともなことだ。
ここにある「ゲットマシン」と呼ばれた戦闘機は、どれも…せいぜいが12、3mといったところだろうか。
これで、数十mもの巨体にすらなることのある、あの「オーガ」どもと戦えるのか…?!
だが。
彼女の問いを吹き流したのは、くぐもった、低い笑い声。
「…くっくっく…」
「…?」
振り向くと、それは早乙女博士…
彼は、笑っていた。
その笑いは、どちらかと言えば…自らの思考の領域まで踏み込めぬ凡人を哀れむ、そういう類の笑いのように思えた。
…リョウコは、彼女が伝え聞いていた早乙女研究所にまつわる噂が、真実であることを確信した。
「…確かに、確かに。このゲットマシン、それぞれは…単なる戦闘機。単なる戦闘機に過ぎません」
ぎらり、と、博士の瞳が…異様なまでの光を放った、気がした。
その光の強さに、リョウコは刹那…ぞくり、と鳥肌が立つ気すらした。
すると、次に。
老人は、淡々と…自らにとっては常識そのものである、その異常な秘密を公開した。
「じゃが、もし…この三機が、合体したとしたら?」
「…?!」
「しかも、その合体の仕方により…まったく違う形態の戦闘マシーンになるとしたら?」
「な…」
リョウコの端正な顔が、疑念と驚嘆で歪む。
視線を走らす。
そこにあるのは、確かにただの戦闘機。単なる、三機の戦闘機にすぎない。
「嘘でしょう、まさか…」
まるで、馬鹿げた子どもの思いつき。荒唐無稽な絵空事。
だが…老博士の目は、何処までも真剣だった。
「こ、この戦闘機が、合体するですって…?!」
「その『まさか』なんだな、流中尉」
そして、それは…この、自分の上官も。
「これが、ゲッターネチェレト。対『オーガ』用超兵器…!」
彼の瞳は期待と希望できらめく。
あの悪鬼どもを叩き潰すために生まれた、鋼鉄の女神に熱っぽい視線を注ぎ―
高らかに、こう宣言した。
「そして、君は…このゲッターネチェレトの一号機・イシスに登場してもらう予定だッ!」
「は…」
その事実上の辞令を受け取った流中尉の表情が、にわかに真剣なものになる。
…だが。
彼女は、はたと気づいた。
もし、今の説明どおり、この三機のゲットマシンが合体し、その状態で戦うのならば…
残りの二機は、誰が操縦するのだ?
「し、しかし、残りの二機は…」
「このゲッターネチェレトの合体・分離をうまくこなすために、何よりも大事なのが…パイロット三人のチームワークだ。
三人の堅い絆、チームワークこそが、このゲッターを最強の女神とする!」
「…」
リョウコが神大佐に問いかけるも…彼は、すっかり自分の世界に入ってしまっていた。
彼女の質問など聞きもしないで、とっぷりと演説モードだ。
「そおッ!三つのこころが一つになればあああ、ひとつの正義は百万ぱわあああああ!」
「ハイハイ気合はよくわかりましたからとっととそのパイロットに会わせてください」
「…ほんにテンション下げる子だわね、もおッ!」

「いいですから早くその残り二機に乗るパイロットは…」
早く残り二人のパイロットに…つまり、それが彼女のチームメイトになるわけなのだが…あわせろと催促するリョウコ。
だが、何故か、神大佐は…あいまいな笑みを浮かべて、彼女を見つめ返すのみ。
「?」
「…んだ」
それでも、とうとう…言いづらそうに、ぽつり、とそれを口にした。
「え…」
「いないんだ、まだ」
「はいそれじゃお疲れ様でした私仕事たまってますんで帰らせてもらいま」
「あああああああ!待って、待って、待って流中尉!!」

マッハのスピードでその場を後にしようとしたリョウコの左足を、神大佐は辛くも捕らえることに成功した。
「ハイハイそれじゃー残り二人を見つけてからもう一度呼んでくださいねーっていうかもうすぐ五時なんで私あがりまーす
きき、君は勤労意欲のないOLかあああ!…と、ともかく、流中尉!」
必死にリョウコの足にすがり付いていた神大佐の目が、にわかに真剣になる。
「君に匹敵するパイロットを、必ず残り二人探し出す!…だから、その時は!このゲッターネチェレトで、奴らと戦ってくれ!」
「…!」
神大佐のその懇願を、流涼子中尉は軽い冷笑で受け流しただけだった。
それは、いつもどおりの彼女の反応。

…だが。

その一方で、確かに彼女はそれを感じていた。


身体の真芯からこみ上げてくるそれは、おそらくは「闘志」と呼ぶべき性質のものだった。


この超兵器があれば、あのオーガどもを一網打尽に出来るというのならば。
そしてこの兵器を動かすために、自分が…そして、あと二人のパイロットが必要というのならば。
自分は、喜んでこの使命を受けよう。
このゲッターネチェレトで、オーガどもと戦おう。




だから。

早く見つかればいい、残り二人の適格者が。
そうして、戦うんだ…
町を我が物顔で破壊する、あの鬱陶しい、うざったいオーガどもと…!




そう、結局。
彼女の本心が望んでいたことは、神大佐が望んでいたそれとまったく同じなのだった。




だが、状況は芳しくはなかった。
そしてその状況は、神大佐にある「決断」をさせることになるのだが…
それは、今の彼女にとって知る由もないことであった。