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The devilish Heaven or The angelic Hell(悪魔の天国/天使の地獄)(1)






富を軽蔑する人間をあまり信ずるな。
富を得ることに絶望した人間が富を軽蔑するのだ。
こういう人間がたまたま富を得ると、一番始末が悪い人間になる。
ベーコン






「次のビンボー人の方ッ、せーのッ!」

"Come on!!"


ジングル!
観客の一体となった呼び声がスタジオ中に響くと同時に、大理石を模した発泡スチロール製の通路から、一人の熟年の男がやってくる…
そして戸惑いながらも指定された位置まで来て立ち止まり、手にしたカードのようなものを拡げた…

「わ…」

落ちる照明。薄暗がりに、すべてが溶け込んでいく。
男の頭上から、まぶしいスポットライト。
静かに何処かから流れてくるのは、神々しい(もしくはおどろおどろしい)パイプオルガンの音―

「私はッ、『零細企業ビンボー』であります!」

声を張り上げる男の声が、パイプオルガンのBGMに対抗する。
その場に集った者たちが、彼の訴えを聞いている。
彼のモノローグは、どんどんと感情と力がこもっていく―

「わ、私の勤めておる会社はァ、社長社員含め総勢五名の小さな会社であります!
そ、その会社が今、この物価高・不景気の折、最大のピンチを迎えておる次第であります!
大恩あるこの会社を救うため、ど、どうか皆様、お力をお貸しください!どうぞお願い致します!」


「…はい、なるほど」
男の独白が終わると同時に、すっ、とスタジオの照明が元に戻る。
すると、そこには…まるで古代ローマはコロッセウムにも似たスタジオセットが現れた。
中央には、今男が切々と己の苦境を訴えていた、演台のような場所。
そのすぐ後ろには、演台を見下ろすように階段状になっている「観客席」…
そこには、総勢で100名の「観客」が、じっと座って彼を見つめているのだ。
演台の左右には、それぞれブースが一つずつ。
渋い着物を着た白髪の好々爺…姓名判断師の在庵先生のブース。
銀行にありそうな、紙幣カウンター・小型ディスペンサーを前にした七三分けの出納係…
そして、男を挟むようにして立っているのが、この番組「クイズ悪魔のささやき」の司会者二人。
大物歌手として芸能界に確固たる地位を築いた女性シンガー・陀和キア子(だわ・きあこ)。
プロレスやF1の実況を経てバラエティに進出した男性アナウンサー・立古地偉朗(たちふる・ちいろう)である。
「えーと、柿小路…さん」
「はい、私、柿小路梅麻呂(かきのこうじ・うめまろ)と申しますです」
立古に呼ばれ、改めて自己紹介する熟年の男。
その頭にはすっかり霜が降り、彼が結構な年であることを示している…
と、カメラのフォーカスが、彼が胸につけている名札に移る。
「えっ、柿小路さんは…64歳?それでなお現役でいらっしゃるんですか」
そこに書かれていた「柿小路梅麻呂(64)」という文字に、陀和が思わず感嘆の声を上げる。
「はあ、家には12人も子どもがいるもんですから、私が働かんと」
「あっらー、またすんごいがんばったわけやね」
「はは、お恥ずかしい…」
手馴れた陀和のコメントに軽く会場が笑いに沸く。
からかわれた柿小路は、少しばかり照れながら頭をかくしぐさをしてみせた。
「で、…『零細企業ビンボー』というのは?」
「はい」
立古の問い掛けに、彼は改めて状況を説明しようとする。
この「クイズ悪魔のささやき」では、まず出場者は「何故自らがビンボーなのか」という理由を、100名の「観客」に対して説明するのだ。
ここで、100名中何名の人間の心を動かしめるか…
それが後々のクイズの成果に大きくかかわってくるのである。
「私は、『竹尾ゼネラルカンパニー』という会社で、専務やらせてもらっとります」
「えっ?!専務さんがじきじきに…こんな番組出ても大丈夫なん?」
すかさず入る陀和の自虐ネタに、またもやどっと沸く会場。
確かに、会社の要職たる「専務」という立場の人間が、ほいほいとこんな番組に出るのは不思議だが…
「社長さんには、断らなくてよかったんですか?」
「はあ、それなんです」
「おっと、フリップが出てきましたね…『竹尾ゼネラルカンパニー・会社概要』ですって」
ここで、タイミングよく。
スタジオの端から、女性助手が大きなフリップを持ってきた。
中央にそれが据えられると、カメラたちがすかさずそのフリップにレンズを向ける。
わかりやすく大きな文字で書かれたその会社概要の表を、立古が読んでいく。
「ふむふむ、えーと…社員は社長含め五名」
「初代・竹尾道太郎が設立、現在は息子さんの…竹尾ワッ太さん、が継いでいらっしゃる」
「はい、二年ほど前、事故でお亡くなりになられた先代の後を」
「主な業務は…『宇宙の何でも屋』とありますが、これは?」
どうやら、この専務の働いている会社は、「何でも屋」…いわゆるトラブルシューティングを請け負っているようだ。
しかし、その舞台が「宇宙」とは…?
「はあ、我が社は巨大ロボットを一台所有しておりまして、そのロボットを使った仕事なら何でもこなさせていただいております」
「ほう、お名前は?」
『トライダーG7』、と申します」
専務が何処か誇らしげにそのロボットの名を告げた瞬間、カメラがフリップに貼られたロボットの写真を大写しする。
全身の青、そして背中から突き出ている大きな黄色のウィングが印象的なロボットだ。
「あ、もしかして、最近多い…?」
「はい、最近では同じようなロボットによる目的不明の破壊行為が各地で起こっておりますが、その排除なども…」
専務は、すかさず入った陀和のセリフにあいづちを打つ。
昨今、月や地球を所属不明のロボットが攻撃するというテロ行為が相次いでいる。
攻撃を仕掛けた側からの犯行声明がまったく出されていない点も奇怪で、防衛庁もその対応に苦心しているとか…
どうやら防衛庁は、このトライダーG7のような民間のロボットにその対処を依頼しているようだ。
立古アナがそのあたりの事情をさらに聞こうと、もう一歩…少しばかり生臭いエリアに踏み込んでくる。
「ちなみにこんなロボットを使うとなると、結構お値段かかるんでしょうねえ」
「いやいや!我が社では一回の出動につき、たったの百万円でやらせていただいとります!」
「えっ、百万?!こんなにでっかいの動かして?!」
陀和のすっとんきょうな声が、スタジオの天井に跳ね返る。
確かに、このような巨大なモノを動かすのには、燃料代だって相応にかかるに違いない。
会社なのだから利益も当然出さねばならない、それを考えると…
「そ〜れは、ちょっと…儲からへんのと違います?」
「あ〜…それをつかれると痛いところでして」
「それでは、こっちのフリップも見てみましょう」
再び現れた新しいフリップに、会場の視線が移る。
「題して、『こんなにかかる!トライダーG7の維持費用』」
からからから、とフリップの脚につけられた台車が乾いた音を鳴らす。
派手な色の文字で書かれたフリップの前に立古が立ち、流暢に解説しだす…
「まあ、ロボットとは言えど、機械ですからねえ、使ってりゃ痛んでくるわけですけど…コレ!」
そして、最初は見えないようカバーされていたシールをタイミングよくはがすと…下から出てきた文字に、会場中から一挙にため息と驚きの声が漏れた。
「腕のばね約三万五千円、足のねじ約五万円、電動プラグに到っては十万円!
これは柿小路さん、下手をすれば…せっかく仕事がうまくいって百万円もらっても、」
「はあ、そうなんです。こういう修繕費や燃料代やミサイル代、その他もろもろ含めましてもかなり厳しい次第で…」
「もうちょっと代金上げてもいいんちゃう?ちょっとこれはつりあってない気がするよ〜?」
「そこが零細企業のつらいところでして、これ以上上げると逆に仕事が…」
「あ〜…それも厳しいねえ…」
まさに、それは小さな企業の一番苦しいところであろう。
少しばかり値段を上げるだけでも、「あ、そう、じゃあ他のところにするわ」と言われてしまえばそれで終わり…
ネームバリューで仕事を取れるような大企業と違う、そこに零細企業・竹尾ゼネラルカンパニーの悲哀が在る。
自らの身につまされるような話なのか、深く何回もうなずいている人がいるのが、観客席に数名見える。
「なので、できるだけたくさんの仕事を請けて、少しでも利益を多くするしかないのですが…」
「ほうほう?」
「実はそのことで、お願いに上がった次第でございます」
「と言うと?」


「実は〜…我が社の社長は、まだ弱冠12歳でございまして」
『え〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ?!』



意外な、意外すぎる専務の発言。
スタジオ中に悲鳴にも似た驚嘆の声が響き渡る。
それはそうだろう、12歳といえば…
「じゅ、じゅ、12歳?!」
「てことは…まだ小学生やのに社長やってんの?!」
「はい〜…」
立古アナと陀和の言葉を、専務は沈痛そうに肯定した。
そして、何故このようなことになってしまったのかを解説しだす。
「このトライダーG7の操縦には免許が必要なんでございますけれども、
先代が亡くなられた時に免許をお持ちでしたのは現社長しかおられなかったのです」
「免許?」
そう、現代では巨大ロボットはそれほど珍しくもない。
事実、火星や月からの物資運搬、もしくは基地建設などに際して、そのようなロボットたちは大いに運用されている。
しかしながら、さすがに巨大ロボットだけあって、自転車のように無免許で乗ることは出来ない。
そのため、所有権の問題などと同じく、操縦に関しても割と厳しい規則があるのだが…
「はい、社長は先代とともにトライダーG7に乗ってそのお手伝いをされておられまして、正式な副パイロット登録をしておられたんです。
それに加え、総操縦経験時間も百時間以上ありましたので、先代の後を継いでトライダーの正パイロット免許を…」
「ああ、それで…」
「でも、柿小路さん?」
視聴者も抱くだろう当然の疑問を、陀和が専務にぶつけた。
「いくら何でも小学生が社長って…その子ちゃんと学校行ってんの?」
「はい、まさにそこなんでございます」
陀和の突っ込みに、大きくうなずく専務。
鼻の下にたくわえられたひげが、その勢いで大きく空を切る。
「仕事はいつ入るかわかりません。しかし、入れば即刻私めが学校に社長を呼びに参ります」
「えっ、授業してたりするんじゃないですか?」
「はあ…そこは非常に心苦しいですが、早退ということで…」
「それは学校の先生にも煙たがられそうですねえ?」
「はい、私すっかり嫌われておりますです」
多少専務の顔に申し訳なさそうな表情が浮かんだが、どうやらそれをみるだに、一回二回のことではないようだ。
相当に学校の教師にも嫌がられていることだろう…
と、専務の口調に、先ほどとはちょっと違った色が混じった。
「ですが…やはり社長も小学生、学校での生活を楽しんでほしいとも思っている次第でございます」
「うんうん」
まだ幼い…「若い」とも言えないくらいに幼い社長を思う、専務の親心にも似た感情。
その素直で自然な発露に、陀和も立古アナも、会場の観客も皆首肯する。
「そして、今月末…社長の小学校では、六年生が京都へ修学旅行へ行くことになっております」
修学旅行。
小学校六年間の中でも、ひときわ派手で印象深い大イベント。
泊りがけで、しかも遠方に行くことが多い…
それに加え、学校のみんなで行く旅行なのだ。
大多数の生徒が、その日を指折り数えて待っているに違いない。
「あっ…と、いうと、今回お金を取ったら、その使い道は、」
「はい、そうです」
立古の言葉に、男・柿小路梅麻呂専務は力強くうなずいた―


「社長が心置きなく修学旅行を楽しんでいただけるよう、その期間は仕事を断ったとしても会社がやっていけるように…
そのための、穴埋めの資金として使わせていただきたいのです!」