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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜veloce〜
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「…何だ、その『ヒャッキテイコク』というのは?」
「ほ、本当に…?本当に、ブロッケンさんたちは…『百鬼帝国』じゃないの?」
ブロッケンの問いに、元気は先ほどと同じ台詞ばかり繰り返す。
ブロッケンたちは、「ヒャッキテイコク」の者ではないのか、と…
しかし、その名は彼らにとって知りえないものであった。
「…ええい!だから、その『百鬼帝国』と言うのは何なんだ?!」
「…『百鬼帝国』は、」
痺れを切らしたあしゅらの怒鳴り声を、後から追いかけるように。
ぽつり、と、少女の声が唇から漏れた。
かすかな憎悪と、殺意を溶かし込んで。
「『百鬼帝国』は、リョウたちの『敵』…」
「…!」
あしゅらたちの見るエルレーンの表情に、その名に対する嫌悪の色がさざめいている。
それは、彼女たちの「敵」に対する怒りと憎しみなのか―
彼女の言葉に、元気も加えて告げた。
「そうそう!うちの研究所狙ってる『鬼』たちの国だよ!」
「…『鬼』とは何だ、あしゅら?」
「さあ…」
「あれ?ブロッケンさん、『鬼』って知らない?
…こーゆうふうに、頭に角が生えてる奴らさ!」
怪訝顔の二人に説明してみせる元気。
額の両横に人差し指をぴっ、と上に立てて見せ、「鬼」とはこういうモノだ、とレクチャーを入れてやる。
「とにかく、そいつらはうちの研究所にある『ゲッター線増幅装置』を狙ってるんだ。
それで、いっつも襲って来るんだよ」
と、元気の表情がぱっと変わり、疑念と疑惑の目があしゅらたちを射た。
「でも!あしゅらさんたちは、ツノが無い…だから、『鬼』じゃない!」
「…それは、まあ」
「そうだが…」
「そうじゃない、そうじゃないのに…」
言葉少なにうなずく彼らに、元気は単刀直入そのもの、率直に問うた―


「…なんで、僕たちを『誘拐』したの?!」


「…」
ブリッジに、一瞬空白が満ちる。
元気の声だけが、広い空間に残響する。
「聞かせてよ。どうして僕らを誘拐したの?」
「…それを知ってどうする?」
「…何も知らないで、こんなところに勝手につれてこられて!理由ぐらい、知りたいじゃんか!」
あしゅらの単調な問い返しに、それでも元気は退かなかった。
あしゅらたちが百鬼帝国の者ではないとわかったせいもあるが、それにしても…その落ち着きようは、「悪漢にさらわれた『子ども』」としては、異常だと言っていいほどだ。
とはいえ、早乙女元気にとって、「誘拐」という犯罪の被害にあうことは、本当によくあることだったのだ。
父親が高名なゲッター線研究者・早乙女博士とくれば、その研究に群がってくる様々な悪が、その手段を遂げようと元気をさらおうとするのは、よくありがちな展開であった。
そして、あしゅらたちの素性が百鬼帝国の手のものではないとわかった今、むしろ元気にとってはその正体こそが気がかりなのだ。
「さあ、聞かせてよ!どうして、百鬼帝国でもないあしゅらさんたちは、僕らを誘拐したの?」
「…光子力研究所襲撃のための、人質として…だ」
「こおしりょくけんきゅうじょ…?」
なおも畳み掛けられるように問われ、あしゅらは一瞬顔をしかめたが…
半ば呆れたように息をつき、その男女二重の声でその目的を明かした。
聞きなれぬ施設の名に、当然元気は不可解そうな表情を浮かべたものの―
「…!」
そのそばに立っていた少女は、まったく違う反応を示す。
彼女の透明な瞳の中で、あしゅら男爵はその計画をつまびらかにしていく。
「光子力研究所というのは、『光子力』という超エネルギーを研究している施設だ。
その光子力の原材料・ジャパニウム鉱石もそこにある。
…我々の目的は、そのジャパニウムを手に入れること。
そして…研究所を護る忌まわしきロボット・マジンガーZを倒すことだ」
最後に、そこまで彼が言い終えた、その時。
「それじゃあ、あなたたちは―!」
低く、気迫と怒りに打ち震える声が、エルレーンからこぼれおちる。
「…ほう?小娘、貴様は知っておるようだな?」
「お、お姉ちゃん、知ってるの?!」
「甲児君たちの、さやかさんたちの『敵』ッ…!」
不敵に笑むあしゅら。振り返る元気。
少女は身体を痛いほどに強張らせ、その瞳に闘志をみなぎらせ―搾り出すように、あしゅらに吐き捨てる。
しかし、あしゅらはその怒りなど意にも介さない。
ただ、軽く鼻を鳴らし…まるで独り言みたいに、あっさりとこう言ってみせた。
「知っておるようなら、話は早い…つまりは、そういうことだ」
くっ、と笑みの形に歪んだ唇は、果たして彼の余裕の表れか。
「そのマジンガーというのは手ごわくてな。一筋縄ではいかぬ。
…そこで、お前たちが役に立つのだ」
「えー…?」
「…」
なおさらに眉をひそめる元気。
なおさらに激しくあしゅらをねめつけるエルレーン。
だが、あしゅらが自慢げにこう言うにつけ…元気も、自分たちが誘拐された理由をようやく理解することが出来た。
「そのマジンガーの操縦者・兜甲児は…
お前たちの研究所が持つロボット・ゲッターロボGの操縦者である、ゲッターチームと親しいそうだな?」
「!」
「ふふん、それ故に!その友の『兄弟』が、こちらの手にあるとなれば…奴は我々を攻撃できまい!
何せ、少しでも手を出せば…そのいのちが危ういのだからな!」
「…まったく、くだらない作戦を立ておって!」
が、得意満面のあしゅらの演説を、同僚であるブロッケン伯爵は、吐き捨てるようなセリフでばっさりと斬ってのけた。
「くだらないとは何だ、ブロッケン!」
「はっ!いかにも貴様の浅知恵が考え付きそうな作戦だよ!こんなことで我輩のグールが借り出されるとは、まったく不愉快だ!」
「な、何をッ…!」
しかし、この異常に仲の悪い同僚同士が、またケンカをはじめそうになった時だった。
「…ない」
「何…?」
「そんなこと、させない…!」
嫌悪の結晶。憎悪の結実。
凍れる尖った針のような言葉が、花のような唇から放たれる。
透明な瞳はますます澄む―純粋な闇に。
立ち尽くす少女は、あしゅら男爵を見据え。
その全身から闘気の炎を出だすがごとく、熱をはらんだ決意で貫く―
純粋すぎて、殺意とも似た決意!
「そんなこと、絶対にさせないんだから!」
「…くっ、」
かすかに。
あしゅらの態度に、怯みが混じる。
それは、目の前に立つ、己よりも幼い、小さい少女に気圧されたからだけでもない。
女の青い瞳、男の黒い瞳が、見たのだ―
本当にわずかな、それはまばたきするよりも短い時間だったが、彼は確かに見た。
その少女の周りに、ほの暗く燃えた「何か」を!
「だ、だが…貴様らには何も出来ぬよ、小娘!」
しかし、虚勢でそれをすぐに押し隠す。
圧倒的有利に後押しされた傲慢さで、上から押し付けるように断言する。
「ここは地上より遥か遠ざかった天空!鳥でもない貴様らに、このグールより逃げる術など…ない!」
「…!」
エルレーンの眉根に、不快がにじむ。
…悔しいが、それが事実、現実だ。
再び口を閉ざしてしまったエルレーンたちに、今度はむしろ鷹揚とも言えるほど穏やかに、あしゅらが告げる。
「…安心しろ。お前たちがおとなしくしておれば、事が終われば早乙女研究所に返してやろう」
「…」
「…」
「よし、それでは…お前たち。この二人を、元通りあの部屋に連れて行け」
『はっ』
あしゅらの命令。
二、三人の兵士が、ばらばらとエルレーンたちに近寄ってくる…
再び、あの小さな部屋に彼らを押し込める為に。
「…」
刹那。
エルレーンの瞳が…濃い闘志の炎に染め上がる!
「はあっ!」
「!」
「ぐわっ?!」
短いうめきが、最初に。
そして、倒れていく兵士たちが、その次に…
足を思い切り払われた兵士たちは、軽く宙に飛ばされ―その後、間抜けにも顔から背中から、硬い床へと転げ落ちた。
コントか何かのように、派手な音を立てて…
突然の、突然すぎる出来事に、その場にいた誰もが、瞬間の混乱をきたす。
しかし、彼女がこう叫んだ途端―彼らの脳も、状況を理解する!
「元気君!行くよ!」
近づいてきた兵士たちを足払いで転ばせたエルレーンは、元気に促す―
ここから、ここから脱出するのだ、と!
「くっ、逃すな、捕らえろッ!」
「は、はいッ!」
一瞬虚を突かれたものの、あしゅらはすぐさまに兵士たちに命じる。
その命を受けた兵士たちが、一斉にエルレーンたちに飛び掛った―!
「―!」
「げえッ?!」
「うぐ…」
手刀。平手。回し蹴り。
彼らの初撃を軽やかな身のこなしで避けたエルレーンは、即刻にカウンターを叩き込む。
殴られ、打たれ、蹴り飛ばされた兵士たちが、苦悶の声をあげてくずおれる…
その様を見た兵士たちの動きが、ひるんだ―
しかし、その時。
「う、うああッ?!」
「げ、元気君ッ!」
突如上がった短い悲鳴に、エルレーンは振り返る。
見ると…小さな腕をつかむ、兵士の無骨な手が見えた。
エルレーンに続いて逃げ出そうとした元気の腕を、一人の兵士が乱暴につかみとっている!
ざあっ、と、エルレーンの顔から血の気が引いていく。
その表情の変化を見て取った元気が、とっさに叫んだ―
「行って!お姉ちゃん、行って!」
「で、でも…ッ!」
元気の必死の叫び。
エルレーンは、惑った。
駆け出そうとした脚が、止まる。
「僕なら大丈夫!早く行って!…そして、助けに来てッ!」
「…〜〜ッッ!!」
元気の必死の叫び。
エルレーンは、惑う。
惑う。
元気の必死の叫び。
自分を捨て置け、というその叫びに―
激しく煩悶し、逡巡し、しかしそれでもこれがおそらく脱出の糸口、それをつかむ最後のチャンスである…
そう確信した、確信せざるを得なかった彼女は、
元気の必死の叫びに…とうとう従った!
振り返る、目を閉じて、歯を喰いしばって、
ブリッジの床を、カモシカのような脚が―翔ける!
「逃げるぞ!」
「捕まえろッ!」
避けられ、蹴られ、足を払われた兵士たちが叫ぶ声が、エルレーンの背後から追いかけてくる。
ブリッジの扉はもう目の前だ。
人の接近を感知した扉が、ゆっくりと開いていくのが見える…
が―
その開いた扉のそばに、もう一人の影。
…ブロッケン伯爵!
「…ッ!」
「…」
刹那、エルレーンの瞳に闘志が燃える。
両手をこぶしに変え、飛び掛ってくるだろう相手に備え力をこめる―
彼が殴りかかってくる、その瞬間に!
―しかし。
しかし、
ブロッケン伯爵は、動かなかった。
両腕を組み、立ち尽くし、エルレーンをあの黒い瞳で見据え…冷徹な無表情が、見据えている。
何もしないままに。
エルレーンが走り去る様を、何もしないままに…見据えている。
少女の表情に、戸惑いの色が浮かぶ。
しかしそのことに疑念を持ったものの、かかずらっている余裕など今は一刻もない…
彼女は再び目線を真っ直ぐ前に、全力で駆けた。
硬い床を蹴るその両脚は、あっという間に彼女を遠く遠くへと運んでいく!
「…ば、」
一瞬、あっけに取られ動けなかったあしゅら男爵。
数秒の空白を置いて、どんどん小さくなるエルレーンの背中に向け、彼の怒号が突き刺さった―




「馬鹿者おッ!追え、追うんだ!」





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