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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜piacevole〜
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「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
「うん、ちょっと…」
「ああ、ちょうど良かったです、エルレーン様」
「メシの時間だぜ、呼びにきたんだ」
部屋に帰ると、そこには元気のほかに…鉄仮面兵のグラウコス、鉄十字兵のルーカスが待っていた。
どうやら、食事の時間らしい。
彼らに連れられ、大食堂へと向かう…
と。
「…!」
そこには、もうすでに彼らのための食事が用意されていた。


「わー!おいしそうー!」
「うわぁ…!」
彼らに手渡された大きなトレイの上には、めいっぱいうれしいものがてんこ盛りになっていた。
野菜たっぷりのカレーライスがメイン。小さなハンバーグやカツ、サラダも。
それから、デザートにはオレンジ色のきらきらしたゼリーと、ああ…
カラメルで可憐に化粧した、ふるふるはかなげに揺れるかわいらしいプリン!
「お前ら、随分がんばったんだってな!特別だ、お前らはデザートおかわりしてもいいぞ!」
「えー、本当?!」
「…♪」
そんな豪華なお子様ランチを手渡しながら、コック姿のレアルコスが笑いかける。
すばらしい夕食を手に、さっそくテーブルにつく二人。
さっそく、そのおいしそうなカレーライスにスプーンを進め、一さじすくって食べてみると…
「あっ、おいしい…!」
「本当…おいしいね、元気君!」
「おう、そいつぁよかったぜ!」
たちまち、少女たちの素顔に、喜び混じりの驚きが踊る。
素直な子どもらしいその反応に、からからルーカスたちが笑った。
身体も精神も酷使した一日が、彼らに栄養補給を急がせるのか。
それとも、さすがに空っぽの胃が泣き叫んでいるのか。
元気とエルレーンは、しばし夢中でお子様ランチと格闘する…
と。
「はあ…」
一息ついたのか、食べる手を休め、元気が短い吐息をつく。
「ん?どした、ゲンキ?」
「いや、何だか…不思議だな、って」
声をかけてきたルーカスに、元気はにっ、と笑いかけ。
「だって、僕ら…僕らを人質にするために連れて来られたんだよね」
「おお」
「けどさ、いつの間にか…こんなところで、カレーライス食べてる!」
「はは、確かに!」
元気の冗談めかした軽口に、ルーカスたちは破顔した。
―だが、それも刹那。
兵士の目に、影が射した。
「…けどさ、本当は。本当は、お前ら…俺たちのことなんか、知らないほうがよかったんだぜ?」
「え?」
「そりゃ、今回お前らを連れてきちまったのは俺たちだからさ、でかい口は叩けないんだけど。
俺たちのことなんか知らないでさ、ぼけえーっとだらだら暮らしてりゃ、そっちのほうがよかったのさ」
「ど、どういうこと?よくわかんないんだけど」
「ん?」
ルーカスのぺらぺらしゃべる口を、困惑気味の顔で見返しながら。
理解できないことを耳にした元気が、不可思議そうに聞き返す。
そんな少年を、マスクが覆った鉄十字兵の瞳が見つめ返し、
「だから、さ」
にっ、と、快活に、だが何処か自嘲にも似た色を混ぜ込んだ笑みを浮かべながら、答えた。
とても曖昧に。もしくは、とても明白に。
「…明日、家に帰ったら。お前もエルレーンの姉ちゃんも、俺たちのことなんか忘れちまえ…って、こと」
「…?!」
「…」
ルーカスの言葉に、驚きの表情を浮かべたのは…カレースプーンを口にくわえた、元気だけ。
その隣に座る少女は、エルレーンは、無言のまま。
無言のまま、彼らを見ている。
「な、なんで?」
「…う〜ん」
率直に聞いてくる元気に、苦笑じみた表情を返しながら、ルーカスは言うものの…
「そのほうが、お前らのためだからさ」
「だから、何で?」
「…」
明確ではない、だが遠まわしに本質を突いた解説は、小学生の元気が察せる類の答えではない。
元気はなおも、問い返す。
何故自分たちを忘れろ…と、この兵士が告げるのかが純粋にわからなくて、問い返す。
「ねえ、なんでなんで?」
「う…ん、答えにくいですねぇ」
そばに立つ鉄仮面兵に、その矛先を変えてみても…やはり、彼もきれの悪い言葉を漏らすばかり。
だからなおさらに、元気は困惑してしまう。
「…」
「…まあ、わかんないほうがいいんだよ、ゲンキ」
「えー…?」
「そう、そうですよ!…ほら、せっかくですから食べてください。レアルコスもがんばって用意したんですから」
「う、うん…」
大人たちに、優しく、そして否応なくはぐらかされ、元気は戸惑う。
しかしながら、やはりそれ以上に突き詰めても無駄なのは感じ取れた。
仕方なく、彼はまたその豪奢なお子様ランチに取り掛かる…
お子様ランチはおいしくて、彼らはとてもやさしかった。
だからこそ、あんなことを言うルーカスの、それを否定しないグラウコスの、彼らの感情がわからない。
わからない少年は、困ったような顔でカレーライスを食べている…
「…」
と。
元気のそんな様子を見ながら、エルレーンは…ふうっ、と、短く吐息をついた。
知らないほうがよかった。忘れたほうがいい。
彼らの真意を、少女は識っていた。識ることが出来た。
知らないほうがよかった。忘れたほうがいい。
けれども。
それが出来ないから、「人間」は…苦しい。
そのことも、彼女は識っていた。
幼い少年にそのように告げた彼らの感情も、同様に感じ取りながら。
刹那、エルレーンの胸中に飛来する。
あの、龍騎士の残像が。
分かり合うことが出来た、だが分かり合うことの出来なかった、あの龍騎士の幻影が―


「…ほら、リョウも喰えよ」
「…」
一方、こちらは光子力研究所。
その食堂で、茫然自失のていで椅子にもたれかかっているリョウ。
まったく手もつけられずにいる彼の前のカレーライスは、刻一刻と冷めていくのみ。
心配げにベンケイが声をかけるも、ため息をついてこうつぶやく。
「食欲が無いんだ…エルレーンや元気ちゃんが、今一体どうなってるのかを考えると」
「いいから、リョウ!」
焦れたように、ベンケイが先ほどよりもやや強めに促した。
「肝心な時に腹減って役立たずじゃ困るんだよ、喰えよ」
「ベンケイ…」
「そうだぜ、リョウさんよ」
ハヤトも、自分のサンドイッチを喰らいながら、諭してくる。
「何があってもすぐ動けるようによ、ちょっとでも喰っとくんだな」
「…そうだな」
仲間に、かぶせかけられるように叱られて。
ようやく、リョウも自分のスプーンを手にとった…
「…」
けれど、口にカレーライスを運んでも、何も感じない。
味は感じても、美味いも不味いも、何もない。
エルレーンたちが今あるだろう苦境を思うと、それらの感覚はあっという間に吹き飛んでしまうのだ…
不憫なことだ、流竜馬。
今の彼女たちの状況を知れば、きっと彼は卒倒するだろう!


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