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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜feroce〜
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覚醒したミネルヴァダブルエックスに、剣を、鋼鉄の腕を振りかざし襲い掛かる百鬼メカ。
女神もまた剣を掲げ、降りかかる攻撃を打ち払う。
デイモスとジェノサイダーも、同様に。
…そして、そこから少し離れた一辺で。


「…!」


ガラクタと化し、地に砕け落ちた機械獣・ダイマーU5。
転がったその巨大な鉄くずの上を、黒いブーツが踏みしめる。
そこには、男が立っていた。
黒い瞳が、鋭い眼光が「敵」を射る。
首無し騎士(デュラハン)の姿はもはやそこになく。
陽光に照らされたその姿は―


「ブロッケンさん?!一体何を…」
「…あ奴、何をする気だ?!」


何を思ったか。
もはや役には立たぬ機体を捨て、コックピットより脱出したのか―
しかし、ブロッケン伯爵は、そこから逃げ去ろうとはしない。
剣呑な目で、メカ暗邪鬼たちをねめつけている…
「…行くぞ、貴様ら」
つぶやいた言葉にこもった熱気が、夏の熱波に溶解した―
刹那。
男の姿が、消失した。
「?!」
あしゅらたちは目を見張る。
伯爵が、音も無くまるで煙のごとく消失してしまった…
いや、「消失した」のではない。正しくは―「駆け出した」、のだ。
誰の目にも捉えられぬほどのスピードで!
駆ける。駆ける。
残像すら、肉眼では見えぬ領域へ。
身体のほとんどを機械と変えた男の両脚は、あっという間に空間を跳ね飛ぶ。
そして、数秒もしないうちに、鋼鉄の女神の身体すら駆け上がり―
「…!」
「!…ブロッケンさんッ!」
エルレーンは、唐突に現れた気配に振り返る。
ミネルヴァダブルエックスの左肩に…いつの間に現れたのか、その男の姿。
「え、あ、な、なんで?!」
「言っただろう、我輩は…『サイボーグ』だと。多少の無理なら利く」
あまりのことに泡を喰う少女を見やり、伯爵はむしろ穏やかとも言えるような平坦な声で答え返すだけ。
その平坦さがひどく際立っているものだから、死地の中にいるとは思えないほどだ。
「で、でも…」
「…いいから、お嬢!」
困惑するエルレーンを、軽くいなしながら。
遠く離れた場所に在るメカ暗邪鬼を指差し、口早に命じた。
「我輩は、あの…剣を持った敵をひきつけて引き離す、ジェノサイダーも向かわせるようあしゅらに伝えろ」
「え、う、うん」
「その間に、もう一体を何とかしろ!」
「は、はいですなの!」
たたみかけられ、はじかれたようにこくこくとうなずく少女。
そんな彼女に背を向け、伯爵は再び大地に向かって駆け出さんとする…
少女の心配げな叫びに、大声で怒鳴り返して。
「でも、ブロッケンさん…ぶ、武器は?!」
「…心配するな、ちゃんと持っている!」
振り返らずに疾走する男の全身が、かすかにぶれ―再び、消失する。
常人では捉えられぬ速度の領域へと。
「し…信じられぬ」
その姿を。
飛行要塞グールのブリッジから見ていたあしゅらたちは、半ば呆然とした感嘆の声を上げていた。
「あの男、まさかあのようなことができようとは…」
男女一対となった声音が、驚愕の響きを持って放たれた。
そばに立ち戦いを見守っていた元気も、目を丸くしている…
「ブロッケンさん、あんなことができたんだ…すごい!」
「…ま、マジだったのかよ、あの噂」
「え?」
と、鉄十字兵のルーカスがつぶやいたセリフに、思わず見返る元気。
鉄仮面兵のグラウコスも、同様に驚きの表情を見せている。
「その気になれば、伯爵は…超高速移動を使って、生身でも戦うことができる、って」
「ほ、本当だったんだな…」
「ルーカスさんたちも、知らなかったの?」
「そりゃそうだぜ!」
彼の部下のはずである鉄十字兵ですら、伯爵の真の能力を見たことはなかったようだ。
彼の驚嘆しきりと言った口調そのものが、それを証明している。
「今までマジンガー相手に戦(や)ってた時だって…
一度だって、あんなことやれるそぶりも見せなかったのに!」
「相当に、腹に据えかねられたのか…ブロッケン伯爵」
そう、今まであしゅら男爵や部下たちにも見せた事がなかった―
にもかかわらず。
―今、彼を動かしめているものは、一体何か?
最早彼らの視線すら、闘う機械仕掛けの伯爵の姿を捉えられない。
疾走する影と化したブロッケンは、その疾走を止めないままに、軍服の内ポケットより銀色に輝く小箱を取り出す。
それを開く。
中には、同じく銀色に光るダートが、十数本入っている―
これこそが、彼の武器。
今の今まで、宿敵たるマジンガーZに対してすら使わなかった、彼の武器…!
彼はそのうちの一本を右手にとり、尾羽を形どる鋼鉄のプレートの付け根にある小さなボタンを押し、
素早くそれを―大きなモーションで、投げ飛ばす!
「ぐ、うわっ?!」
突如。
メカ暗邪鬼は、右足付近に炸裂した「何か」の爆風にあおられ、軽く揺らいだ。
それは大きな爆発ではないものの、機体にダメージを残し、操縦者の精神を追い詰めるには十分だった。
一瞬、動じた暗邪鬼の目に、その姿が映る。
…深緑の軍服をまとった、あの男の姿!
「―ッ?!」
またもや、小爆発。
今度は、背中に。
ブロッケン伯爵の投げつけるダートは、高性能な超小型爆弾―
銀色の矢は彼の殺意をはらんで、真っ直ぐに敵に突き刺さる!
「う、く、くそッ!」
果たせるかな。
思いもしない伏兵の到来に、すっかり調子を狂わされた百鬼帝国側。
メカ暗邪鬼は、上空をうるさく飛び回るジェノサイダーF9からの爆撃に加え、いまや目にも留まらぬスピードで駆け巡るブロッケン伯爵からの攻撃にとらわれていた。
空から放たれるミサイル群を叩き落し反撃すれば、出来たその隙に撃ち込まれた爆弾らしきモノが足下で炸裂する。
応戦するも決定的なダメージを与えられないことに苛立ちはじめた暗邪鬼。
その苛立ちが、彼から冷静さを奪うのか―
少しずつ、少しずつ。
彼は、己が機体が、同胞より少しずつ引き離されていくことに、まだ気づいていなかった。
そして、それは恐角鬼も!
「喰らえッ!」
思い切り踏み込んだ重い一撃は、しかしながら鋼鉄の女神を捕らえない。
軽く舌打つも、悔しがっている余裕はない。
背後に迫るデイモスF3の影に、恐角鬼はすばやく反応する。
「ちいっ!」
四肢を自ら断ち放ち、こちらを挑発するかのようにまとわりつく。
恐角鬼の沈着さを削り取り、じりじりと追い詰めていく。
「ば、馬鹿にしおってからに…ッ!」
歯をぎりぎりと喰いしばる。
恐角鬼は、明らかに焦れていた。
その彼の目の前で、またもやデイモスが人型に合身した。
「くっ、今度こそ捻りつぶして…ッ!」
眼前で人型を為した敵機に、突進する。
伸ばしたその豪腕が、機械獣を捕らえんとした、その刹那―
「?!」
またもや、散った。
掴みかからんと駆け出したその勢いをとめることはあたわず、無様に地面に倒れこむように手を突くメカ恐角鬼。
どう、と、大地が悲鳴を上げる。
慌てて体勢を立て直そうと立ち上がる、そして―
コックピットに落ちた影に、はっとなる。
振り返る。
その時に、見てしまう。
あまりにも大きすぎた無防備な空白を、その敵が見逃すはずはなかったのだ。
自分が決定的な間隙を見せる瞬間を、あの女は待っていたのだ。
鋼鉄の女神が、その手にすなる長剣を振りかざしている―
「―!」
援護を戦友に請おうと大声を上げようとして、気づく。
今、メカ暗邪鬼は自機から遠く離れた場所にいた―
それが敵の狙い通りであった、と気づいた瞬間には、その時はもう彼の頭上に来ていたのだ。


「はああああああああッ!!」
「…〜〜ッッ?!」


鋼鉄の女神の剣が、メカ恐角鬼の左肩に喰いこむ。
自重もかけたその勢いのまま、その肩を胸を切り裂きながら、ミネルヴァダブルエックスは剣に力を込め続ける。
ぎきん、と硬い音を立て、振りぬく―
後に残るのは、無残なメカ恐角鬼の姿のみ。
袈裟懸けに刻まれたその斬撃は、致命的であることは明白。
そして、やはり、そのとおりに。
数秒の後、メカ恐角鬼の内部から破滅がはじまる…
「ぐ?!お、うああああっ?!」
爆発。爆発。火花。
コックピットのあちこちで、メカ恐角鬼のあちこちで、爆発。
ばら撒くのは、炎の欠片と鉄の欠片。
その爆発に巻き込まれ、鬼の表情を苦痛が一色に塗りこめる。
「ぐ、うううう、う」
激しく煙る操縦席には、肺腑を焼くような熱。
ぎしぎし、ばしばし、とそのあちこちから響く機体の悲鳴は、破滅へのカウントダウン。
「うお、うおあ…」
今の攻撃で負傷したか、恐角鬼の頭からは血が流れている。
その痛覚と吸い込んだ黒煙が、彼から冷静な判断力を奪う。
くらめく意識の中で、彼は悟った―
己の敗北を。
そして、だからこそ、
だからこそ、自分がやらねばならないことを。
「うああああああああーーーーッッ!」
絶叫!
喉笛を内側から引き裂くかのようなその凄まじい絶叫が、戦場に響き渡る。
その雄たけびにわずかながらも動じたエルレーン…
一瞬の隙を、彼は決して逃さなかった!
「なッ…?!」
大地を蹴るように、滅びつつある百鬼メカが駆けた。
不気味な火花をその全身から華々しく散らせながら。
その両腕が―真っ直ぐに、伸びる!
鋼鉄の女神の両腕を、瞬く間に捕らえこむ!
「あ、ああッ?!」
「逃がさん!貴様だけは、貴様だけは!」
動きを封じられたことに悲鳴を上げるも、最早遅い。
強力を誇るメカ恐角鬼の両の手は、ミネルヴァダブルエックスの美しい手首を確かに掴んでいる。
あたかも、壮絶な憎しみを込めて握りつぶしてしまわんとするがごとくに!
そうだ、それもそのはずだ。
この眼前に在る女神は、そしてその体内にいるあの小娘は、二人の戦友を殺した。
そして、今、まさに…この自分自身をも殺す。
だが、おめおめとただ死んでやるわけにはいかない。
誇り高き百鬼帝国百人州のプライドは、彼に決してそれを許さない―!
「貴様だけは、ここで…俺と一緒に、燃え尽きて死ねええええええッ!!」
憎悪に満ちた決意が、血と汗を流しながらなおも戦い続けんとする恐角鬼の口からほとばしる!
「ぐ…う!」
「馬鹿、何をやっている?!速く振り払え!」
一方のエルレーン。
あしゅらの叱咤を聞く彼女の表情からも、すでに余裕など消え失せていた。
額をつたう血に、冷や汗が混じって流れ落ちていく。
彼女は全力で抗おうと、懸命に操縦桿を引くものの…
「…ッ!」
ぎり、ぎり、と、加えられた強力に、鋼鉄の女神がきしんでいる。
振り払おうにも、振り払えない。
時限爆弾と化した目の前のメカ恐角鬼を前に、ミネルヴァダブルエックスは逃げられない!
(…力で負けておるのか?!)
飛行要塞グールのブリッジからそれを目の当たりにしたあしゅらも、ようやくそれを察する。
そして、恐角鬼の狙いをも―!
(あ奴、小娘を道連れに死ぬ気かッ!)
こうしている間にも、メカ恐角鬼の全身のさまざまな箇所から、鮮やかな赤い炎が咲く…
それはまさに、己の身をも投げ打った、最後の攻撃!
「…くっ!」
バードスの杖を振り上げる。あしゅらは命じる。
声なき声が、機械獣デイモスF3をわななかせる―!
飛散!
またもや全身のパーツに分離したデイモスが空を舞う、
そして集う、人型に集う…
今度は、
「!」
「ち…またも邪魔をするかあッ!」
「あ、あしゅらさん!」
ミネルヴァを掴むメカ恐角鬼の眼前に、
鋼鉄の女神をかばうようにして!
「小娘!今のうちに、何とか抜け出せッ!」
「う…!」
檄を飛ばすあしゅらに答えるように、エルレーンは必死で逃れんとし続ける。
空回るあがきを続ける少女の耳に、敵の、百鬼の鬼たちの叫びが聞こえた―
「き、恐角鬼ッ、恐角鬼ィッ!」
「うおおおおおおお!逃がしはせぬ、逃がしはせぬぞおッ!」
「恐角鬼、無茶をするな!」
ジェノサイダーに、ブロッケンに阻まれ、それでも暗邪鬼はこちらにこようとしている。
恐角鬼を助けんと、暗邪鬼は叫ぶ。
だがその戦友に向かい、奇妙なほど静かに彼は答え返す。
「…俺はもう駄目だ、最早この機体はもたない」
それは、確信。
もうすでに、勝負は決していた。
そして、己の命運も。
「…だが、暗邪鬼よッ!」
だが、だからといって…誰が粛々とそんな命運などに従えようか!
「俺たちの仲間を屠り切り裂いたこの小娘だけは!この小娘だけは、決して許さないッ!」
「や、やめろッ!お、お前まで、お前まで死ぬことは…ッ!」
「そうでなくては!…火輪鬼や燐王鬼に顔向けできぬッ!」
悲壮な覚悟は、復讐の情念に燃えて。
鬼の瞳に浮かぶ涙は、仲間の無念が流させたものか。
メカ暗邪鬼はそんな彼の自滅をとどめんと、駆け出す。
仲間が決定的な瞬間に到るその前にあの厭わしい女神を切り裂き倒すため…!
―だが!
「があッ?!」
コックピット近くで炸裂した爆弾ダートの火炎に、思わず一歩後退する。
あの軍服の男が投げつけた、爆弾ダート。
上空を旋回し自機を取り囲むのは、あの奇妙な戦闘機型のロボット。
嗚呼。
メカ暗邪鬼もまた、苦境に在るのだ。
彼らが、戦友を救いに行かんとする自分を阻み続ける!
「き、貴様ら、貴様らあッ…!」
ぶるぶると、震えている。
暗邪鬼の両肩が、怒りと苦しみとで。
鬼の叫びが、戦場を貫き渡る―!




「よくも、よくも、よくもわしの戦友たちをおおおおおッッ!」





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