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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜deciso〜
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「うん!やぁっぱり、こうゆーやつのほうが、ずうっともっとおいしーの!」
角砂糖を5つぶち込んだコーヒーを飲んだエルレーンは、にぱー、と笑って満足そうにこう言った。
が、それを見る元気とブロッケンは、微妙な表情をしている…
「お、お嬢…いくら何でも、それは入れすぎじゃないのか?」
「えー?」
「お姉ちゃん、超がつくほどの甘党なんだよ」
「…にしても、度が過ぎていると思うがな」
自身は辛党なのか、不可思議そうにそうつぶやいて、ブロッケンは自分のブラックコーヒーを喉に流し込む。
と、そのしぐさを見ていたエルレーンが、まったく率直に聞いてきた。
「でもぉ、ブロッケンさん…その頭、ちゃんとつけることもできるんだね?」
「…ああ」
「そっかあ…やっぱり、ロボットなんだね!」
「え…っ、ああ、そうなの?!」
的を射た、というような顔をして、エルレーンがうれしそうにうなずく。
彼女のその言葉に、元気は驚きの声を上げる。
今、テーブルの向かいに座っている男。
先ほどまで、その首が断ち切れ、頭と胴体とが別れ別れになっていたにもかかわらず、平然と生きていた妖怪じみた「バケモノ」…
だが、彼は「ロボット」だ、とエルレーンは言った。
そうか、「バケモノ」ではなくて、機械…ロボットなのか、と。
それならば、先ほどのことも納得がいく…
「…いや、正確に言うと、違う」
「?」
「違うの?」
ところが、当のブロッケンは、無表情のまま軽く目を伏せ…穏やかに、淡々と答えた。
軽くかしげた首は、その中程にかすかなラインを残しているのが見える。
先ほどまで切り落とされていた首が接合した、その跡。
「我輩は、『ロボット』や『アンドロイド』ではなく、『サイボーグ』…だ」
「さいぼーぐ?」
「そう。全てが機械なわけじゃない。この頭だけは本物だ…一応、な」
「ふうん」
「へーえ!」
淡々となされた説明に、意味がわかっているのかいないのか…感嘆のような声を上げる二人。
…と、その時だった。
「…!」
壁の電話機が、ことさらにけたたましい、古めかしいベルの音を響かせた。
立ち上がったブロッケン伯爵が、その受話器を手にする。
「…ブロッケンだ」
そう、彼が答え、通話を始めようとした…その瞬間。
元気の胸が、どきっ、とした。
唐突、そう、唐突だった。
今まで無表情気味だったブロッケンの顔に、ありありと怒りの色が浮かび上がったのだ。
その黒い瞳に怒りと不快が浮かび上がる。
どうやら、電話機の向こうにいる相手は、彼にとってよからぬことを言ったようだ。
その内容は聞き取れないが、少なくともブロッケン伯爵にとって不愉快千万なものであることには違いない。
「何を言う!何故我輩がそんな事をせねばならぬのだ!……違う!聞け!」
そして、受話器に向かって怒鳴りつける。
今までエルレーンたちに接していたときとは、まったく違った、荒げた声。
まるで、たった今眼前にその相手がいるかのように―!
「何?!貴様、何を…ええい、もういいッ!なら、貴様自身の目で確かめろッ!」
その挙句に。
電話線自体をその威圧で震わせるかのように、最後にブロッケンはそう怒鳴り倒し…乱暴に、受話器を叩ききった。
「…!」
がちゃあんっ、という派手な金属質の音に、思わずびくっ、となってしまう元気。
振り返ったブロッケンの表情には、嫌悪感そのもの。
ため息をつき、深く呼吸をし、イライラを多少なりとも落ち着かせようとしているようだ。
「どど、どうしたの、ブロッケンさん?」
「…?」
「…くそ、あの間抜け怪人め」
問いかける元気、首をかしげるエルレーン。
そんな彼らを見下ろし、軽く眉をしかめるブロッケン伯爵…
次に彼の口から出た言葉は、元気たちの予想もしないものだった。
「お嬢。小僧。…それを飲んだら、行くぞ」
「え…ど、どこへ?」
「会いたいのだろう、お前たちをここに連れてきた奴に?」
「う…」
「連れて行ってやる。後は、そいつとお前たちとで話をするんだな」
「…」
穏やかな口調に戻ってはいたが、無表情に戻ってはいたが、有無を言わせぬ態度だった。
確かに、自分たちを連れてきた相手を見つけることは必要だろう…
ここで「行きたくない」と言ったところでどうしようもないであろうこともわかる。
それに、ここで「行きたくない」というような度胸は、元気にはなかった。
(…エルレーンのお姉ちゃん、)
一体どうすればいいのか…
軽く混乱した元気は、助けを求めるような目でエルレーンのほうを振り返ったものの。
「…もーいっこ、入れる」
「…お嬢、入れ過ぎだ。もうやめておけ」
彼女は、コーヒーのほうに注意が向いていて、特には何も感じていないようだった。

伯爵に連れられ、通路を歩く。
コーヒーを飲み終えた二人は、ブロッケンに何処かへと連れて行かれる。
途中、すれ違う他の人々…ギリシア兵の男たちや、戦争映画の兵士たちは、彼の姿を見るなり立ち止まり、一様に直立不動の敬礼をした。
この艦(ふね)の艦長が彼である、というのは、どうやら間違いはないようだが…
それでは、自分たちをここに連れてきた人物というのは、一体何者なのだろうか?
長い道のりの途中で、ぽつり、ぽつり、とブロッケンは言葉を挟む。
彼が統べるこの艦(ふね)の名は、「飛行要塞グール」というのだそうだ。
原子力を原動力として、かなりの長期間燃料の補給をすることなしにも飛び続けることができるのだという。
その巨大な空飛ぶ要塞の内部は、歩いていくにも結構時間がかかってしまうようで。
長い廊下をいくつも通り、角をいくつも曲がり…
ようやく到着した、鋼鉄の扉。
その扉の向こうが、このグールのブリッジだ。
音もなく、静かに扉が開いた。
元気の目の前に、このグールの操縦をつかさどるブリッジの全容が展開されていく…
コンソール。それらを操作する、兵士姿の男たち。中央にすえつけられた、モニター画面。
ガラス張りになった船首からは、青空が透けて見える。
拡がる壮観な眺めに、元気は目を見張った。
が、その時。
彼の瞳が、とんでもないモノを捕らえた。
「…!」
「あ、あわわわわわ?!な、何アレ…?!」
元気の声が、驚愕と恐怖で強張った。
今、彼の目は、信じられないモノを見ていた。
ブリッジ、広い空間、その中央に…一番えらい人物であると思われる、一人の男がいた。
いや…彼女は、女だ。
いや、男、いや、女、男、女、おとこ、おんな…
とどのつまり、彼は両方。両性。両性具有(アンドロギュヌス)。
そして彼の場合、それがはっきりと見てとれるカタチで現れていた。
…紫と紺が、中央で真っ二つに分かれた、頭を覆い隠す頭巾のようなマントのような、奇妙な服。
その奇妙な服をまとうその人物も、平たく言えばその服と同じだった。
右半身、紫の頭巾。その下にあるのは、女の顔。
白い肌、切れ長の瞳、細い眉、紅い唇。
左半身、紺の頭巾。その下にあるのは、男の顔。
浅黒い肌、鋭い瞳、太い眉、少し厚い唇。
溶け合うはずのないその両性が、身体の中心を境界線として…真っ二つに分かれ、一つの身体を構成していた。
…この「バケモノ」こそが、自分たちをここに連れてきた張本人!
元気は、そう確信した。
…と、元気の叫び声で、彼(一応、「彼」と書くことにしよう)も自分たちの存在に気づいたようだ…
かつ、かつ、かつ、かつ、ブーツの音も甲高く、彼らの前に歩み寄ってきた。
その表情は明らかにいらつきをあらわしていた…男の顔も、女の顔も。
「…ブロッケン!何故、そ奴らをここに連れてきたのだ?!」
「貴様自身の目で確かめろ、そう我輩は言ったはずだがな?」
男女両方の声色が、絡み合って不思議なハーモニーを為し、響き渡る。
彼の咎め言葉が、二人を連れてきたブロッケン伯爵に対して飛んできた。
だが、ブロッケンは一向に気に病むこともなく、低い穏やかな声で罵倒の言葉を吐く。
その態度が癇に障り、彼はブロッケンを憎々しげにねめつける…
「貴様!私の邪魔をするな、とヘル様に言われたはずだ!何故そ奴らを部屋から出したッ?!」
「我輩がやったわけではない。この子どもたちは我輩の部屋に自らやってきたのだ!」
「痴れた言い訳を…ッ!」
半男半女の怪人は、怒りもあらわにブロッケン伯爵を責める。
何故人質の子どもたちを解放してここまで連れて来たのか…と。
しかし、ブロッケンも謂れのない咎め言葉を黙って聞いてなどいない。
同じぐらいの怒りを込めて、彼に向かって怒鳴り返す…
途端に凍え強張った空気の中、元気たちはどうすればいいのかわからずに、不安げな目でブロッケンを見ている。
「ぶ、ブロッケンさん、」
「…」
「…さあ、連れて来てやったぞ。話せ」
「え…?!」
すると、ブロッケンが…低い声で彼らを促した。
不快感を隠そうともしない目で、眼前の怪人を示し―言った。


「こいつが、お前たちをここに連れ去ってきた本人…『あしゅら男爵』だ」
「―!」


「まったく!いらぬ手間を!…だいたい、休暇中なら休暇中で、おとなしく引っ込んでおればいいものを!」
「ふん、無能な貴様の不注意で、このグールを破壊されてたまるものか!」
「…!」
「あしゅら男爵」と呼ばれた彼は、その男女両方の声でもって、まだブロッケンを責めなじる。
ブロッケンも吐き捨てるような言葉で応酬する…
どうやらこの二人は、超絶に仲が悪いようだ。
お互いを見る視線に漏れ出でる嫌悪と憎悪が、何よりもそれを示している。
ぶつかり合うその邪悪さに、元気は一瞬怖じた。
怖じた、が、刹那、それを必死に飲み込んで―
「や…」
その小さな身体を振り絞るようにして、叫んだ。


「や、やいッ!僕たちを研究所に返せよおッ!」


「!…小僧、」
「く…!」
ブリッジに響いた子どもの叫び声に、あしゅらとブロッケンの目線が向く。
素早く、エルレーンが元気の前に立ちはだかる―
その見下ろす視線から守るように。
「そ、そんなことをしたって!リョウさんたちゲッターチームは、お前たちなんかに負けないんだ…!」
恐怖と緊張で、少年の身体はがくがくと震える。
だが、決死の思いで勇気を振り絞り、彼は怪人に向かって叫んだ―!


「後になって後悔したって知らないんだからなッ、…『百鬼帝国』めえッ!」


しかし、元気の叫びがブリッジ中に跳ね返った、その時…
一瞬、奇妙な間が開いた。
そして、そのおかしな空白の後に元気に返ってきたのは、
挑発されたことに対する怒号でもなく。
哀れな人質に対する傲慢な笑いでもなく。
意気がる子どもに対する侮蔑でもなく―


「…」
「はあ?」
間の抜けたような、鈍い反応だった。


「え…」
「??」
「『ヒャッキ』…」
「…『テイコク』?」
意味のわからない「名前」で己を呼ばれた彼らは、誰も彼もが不思議そうな顔をして元気たちを見返している。
兵士たちも。
ブロッケン伯爵も。
そして、あしゅら男爵も…
「え、ええっ…だ、だって、そうじゃないの?!」
「そ、それじゃあ、あしゅらさんたちは…」
「『百鬼帝国』の鬼じゃ、ないの…?!」
それを見てさらに混乱したのは、エルレーンと元気。
今の今まで、自分たちをここに連れ去ってきた彼らの正体は…「あいつら」ではないのか?
では、何故この連中は…?
顔中が「?」でいっぱいになってしまった二人に、あしゅらが詰問する。
「だから何なんだ、それは?」
―と、その瞬時。
「…ッ!」
「あ、お姉ちゃん!」
元気が呼ぶよりも、もっと素早く。
刹那―少女は、影となった。
「な…?!」
あしゅらが驚愕の声を上げるよりも、もっと素早く。
透明な瞳の影が、鷹のように飛びかかり―!
「う、うわッッ?!」
いきなり飛びかかってきた影は、あっという間に自分の身体を昇り、頭の上に覆いかぶさる。
そのわけのわからない行動に、あしゅら男爵は一瞬混乱した。
しかし、エルレーンがやろうとしていることを感づくなり…その表情が、動揺で強張る。
エルレーンは彼の頭に這わせ、布地を掴んで思いっきり引っ張ろうとしている…
あしゅら男爵の頭巾をはごうとしているのだ!
はがそうと暴れるエルレーン、はがされまいと抵抗するあしゅら男爵。
あまりに唐突のことに、元気もブロッケンも、他の兵士たちも…ただただ、呆然とそれを見ているだけ。
…そして、
「…ないッ!」
「な、な、何をするッ、この小娘がッ?!」
エルレーンの表情に、何らかの確信が宿った瞬間。
とうとうあしゅらの手が、エルレーンの首根っこをつかみ上げ…思い切り、振り払うように彼女を投げ飛ばす!
「にゃーーーーー?!」
「お、お姉ちゃんッ!」
奇声をあげて吹っ飛び、床に転げ落ちるエルレーン。
慌てて彼女に駆け寄る元気の背中に、あしゅらの罵声が飛んできた。
「な、何がしたかったんだお前はあッ?!」
「お姉ちゃん!」
だが、たたきつけられた身体の痛みに顔をしかめながらも、エルレーンはこう元気に言ったのだ、
…信じられない、という表情で!
「元気君…ない、よ!」
「!」
エルレーンは、真っ直ぐに怪人を…そびえ立つ長身のアンドロギュヌスを見上げ、困惑した声で言ったのだ―
「ないよ、この人…『ツノ』が、ない!」
「えッ!」
その言葉に、元気も思わず彼を見る。
二人の視線に射られたあしゅらは、むしろその言葉に眉根を寄せる…いぶかしげに。
「…『ツノ』?」
エルレーンの口走った、意味のわからない言葉。
…「『ツノ』がない」。
状況のつかめないあしゅら、ブロッケンは、一体何を言っているのか、と言いたげな顔で子どもたちを見据える。
だが、二人の人質は、まったく予想外の事実に混乱し、その動揺をそのまま言葉とともに吐き出した―
「『ツノ』が…」
「…ない!」




「じゃ、あ…」
「この人たち…『百鬼帝国』の人じゃないの?!」





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