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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜con sentimento〜
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その時は、不意にやってきた。
モニターに踊る文字たちが、突如波のように押し寄せた。
「!」
「これ…イケたんじゃねえか?!」
のぞき込む鉄仮面や鉄十字たちとエルレーンの瞳にも、ぱっと光がともる。
―数秒の後。
ごおおおおおん、という深い響きと静かな振動が、応急処置の施されたエンジン群からあふれだす。
廻りはじめたタービンは少しずつ、再び空へと飛翔するための力を生み出し始める。
飛行要塞グールの機械室に、歓喜の輪が拡がる。
「やった!これで何とか地獄島まではもつぜ!」
「帰れるぞー!」
「…!」
飛び上がって喜ぶ兵たちはもちろん、ともに修理の手伝いをしていた少女もにこにことうれしそうだ。
「すまねえな姉ちゃん、あんたにも手伝わせちまってよ!」
「ううん、なんてことないの!」
労をねぎらう鉄十字たちに、きゃらきゃらと笑って応じるエルレーン。
あたりどころがよかった…といっては何だが、戦闘で負ったダメージがあまり深刻ではない破壊だったのが幸いだった。
「じゃあ、さっそくブロッケン様とあしゅら様に報告を!」

「…そうか!よし!」
こちらは艦長室。
鳴り響いた電話が告げる機械室からの明るいニュースに、受け取ったブロッケンも思わず破顔した。
(そう、子ども相手の不毛なカードゲームの時間ももう終わりだ!)
それを聞いた元気、すぐさまに彼に駆け寄って。
「ねえ、ブロッケンさん、何だって?」
「エンジンの応急処置が終了した…戦闘は無理にせよ、飛行は可能だ」
「!…そ、それじゃあ!」
「ああ」
きらきらとした目で自分を見やる少年。
くっ、と唇の端だけ上げ、ブロッケンは応じる。
「…お前たちを帰してやるさ、早乙女研究所へ!」


『何だと…ワシの造った機械獣を?!』
「はい…」
うっすらと暗い艦橋。直立不動の体勢の鉄仮面兵、鉄十字兵。
あしゅら男爵もまた身を強張らせ、その前に立つ。
巨大な通信モニターを占拠するのは、ぎらぎらと野心に燃える目と―
白髪長髭。筋骨隆々たるその体躯が、いかにも老人のものであるその顔と異様なギャップを為す。
彼の名は、ドクター・ヘル。
あしゅらとブロッケン、鉄仮面軍団と鉄十字軍団の総領。
世界征服を狙う、邪悪に染まった知性の化身…
『…ヒャッキテイコク、だと?』
「ええ、彼奴等はそう名乗っておりました。頭に奇怪な角を持つ、亜人のようでございました」
『オーガ(鬼)…?にわかには信じがたいが…』
モニターの中のヘルの表情は、不信感でいっぱいであった。
…何せ、4機もの新型機械獣を預けて出撃したはずにもかかわらず、その全てを失った…と言うのだ。
いくらあしゅらがボンクラであっても、今までにない数を出したにもかかわらず?
そして何より驚くべきことは…攻撃を仕掛けてきたのは光子力研究所ではない、ということ!
「百鬼帝国」なる謎の軍団が我らを不意打ちした、と…
「…それは事実です、ドクター・ヘル」
『ブロッケン?』
疑問と疑念、疑惑が張り付いたような主の顔を見て、伯爵も口添えに出た。
「我輩も機械獣の一体・ダイマーU5で応戦したのですが…」
『何と言うことだ…それでは、デイモスF3も、ジェノサイダーF9も、』
「はい、奴らと戦闘し、無念にも…」
嘘や出まかせではない。それは事実だ。
『ミネルヴァダブルエックスもか?』
「…そうです」
そう、残念ながら事実。
嘆息とともに吐き出されたブロッケンの返答が、重苦しく空に散る。
「ああ、私は何と不運なのでしょう…
ドクター・ヘルが与えてくださった機械獣を、わけもわからぬ連中のせいで失ってしまった。
…あんな連中に『早乙女研究所に行く途中で迎撃される』とは!」
「…」
あしゅら男爵の嘆き節。
抑揚はまるで踊るがごとく、それは演劇、そう舞台上の俳優のような…
…ちょっと、やりすぎでは?
と思ったのだろうか、立ち尽くす鉄仮面兵たちがちらり、とお互い見やる。
しかしあしゅらの名口調名台詞は止まらないし、どうやらその目つきを見るにヘル様も信じ始めているようだ。
「相手がこちらと同数の戦闘ロボットを出してきたのが何より恐ろしい…
それほどその『百鬼帝国』なる連中は、相当な軍事力を持つ集団に違いない」
『うぬう…』
「…結果として、『早乙女研究所にはたどり着けなかった』のが口惜しいです。
兜甲児どもに対する人質を取れれば、マジンガーとの戦いで有利に立てたはずなのに…!」
『そうか…そのオーガの奴らもひょっとして早乙女研究所を?』
「どうやらそのようでした。我らがそれに抗しようとすると、問答無用でロボットによる攻撃を加えてきおったのです」
「…」
百鬼帝国なるオーガどもは、どうやら我々を敵と認定したらしい。
新たな敵の出現に、ドクター・ヘルの瞳が曇る。
「…我輩のグールも爆撃を受け、今現在、ようやく応急修理が終わったばかりです。
いったん帰還せねば、本格的な戦闘もできません」
『何?!グールまで被害を受けたのか…』
驚嘆の声を上げ、髭をさする老科学者。
ドクター・ヘルはしばらく黙考する。
光子力研究所「ではない」相手と交戦し、ミネルヴァダブルエックスを含むすべての機械獣を失ったあしゅら。
しかもその数4体、相当な打撃…
この男爵があまりに今回の作戦に自信満々であったことから、その成功を祈り預けた機械獣が皆全損とは!
その罪は重いに決まっている。
『…うーむ』
だが、かと言って、あしゅらを責めてもどうしようもない。
それに、こ奴と犬猿の仲であるブロッケン伯爵…
伯爵もあしゅらとともに共闘し(足を引っ張り合うのではなく!)、指揮艦機のグールも攻撃された、と証言している。
それぐらい凶悪な集団だった、ということか。
少なくとも、あしゅらが罪を逃れるために出まかせを言っているのではなさそうだ…
『…わかった。今回のことは責めることはできまい。
作戦が為らなかったのは残念だが…そのような恐るべき一派がおろうとは』
結局、そう判断せざるを得なかったドクター・ヘル。
いつものように失敗した部下を面罵することは止め、鷹揚にそう答えるにとどめた。
『急ぎ帰還せよ、あしゅら、ブロッケン。
ともかく今、そのわけのわからん連中にかまっておる余裕はない。
また新たな機械獣を作らねば…』
『はっ…!』
通信が切れる前のヘルの最後の台詞に、二人は慇懃な礼をした。
図らずも、仲の悪い二人の声はユニゾンして。


―そして、少しの間。
スクリーンも確実に暗転し、ドクター・ヘルとの通信が確実に切れたことを確認して…


にやっ、と、半男半女の怪人が、首なし騎士(デュラハン)に意味ありげに笑って見せた。
「ふん、貴様が口裏を合わせてくれるとは思わんかったぞ」
「…本当のことを言うわけにもいくまいよ」
からかいの色十分のあしゅらの揶揄に、伯爵殿は無表情なままで嘆息するのみ。
そう、本当のことなど言えるはずがない。
計画通りに誘拐は成功し、人質はとったものの…
光子力研究所に向かうその途中で百鬼帝国に攻撃され、あまつさえ、
「…ブロッケンさん、もういーい?」
「ああ」
…今、物陰に隠れて通信の様子を見ていた、その「人質」本人たち。
この本人たちもその迎撃に協力した、などと…
ぱたぱた、と出てきた元気とエルレーン。
先ほどの感想は、というと…
「あのおじいちゃんがブロッケンさん達の…じょうし、なの?
すっげえヒゲー!あれ顔洗う時に邪魔じゃないのかな?」
「それなのにすっごくからだがきんにくなの。ハヤト君みたい」
好き放題なことを述べている始末、ドクター・ヘルが聞いたらどう思うだろうか…
「小僧、小娘、待たせたな。さあ、お前たちを早乙女研究所に送ってやろう」
「!」
あしゅらの言葉に、二人の瞳が輝く。
そんな元気とエルレーンを見て、あしゅらは少しばかりすまなそうな顔をする。
「…とはいえ、さすがに研究所に近づくのは難しいからな。
そこから少し離れた場所にグールを着陸させる。
なに、お前たちなら研究所まで歩いていけるだろう」
「うん、ありがとう!…それに、これも!」
大きくうなずいた元気、何やら首元から取り出す―
革紐でつながれた蒼、あしゅらが渡した守護珠。
「ああ、そうやって身に着けておけ。
相当のことでなければ、1回だけはその石が身代わりとなって、お前を守ってくれる」
―と、ここまで言って、あしゅらはにやり、といたずらっぽく笑うんだ。
「まあ…我らのような『悪漢』がかどかわそうとするのも、どうやらお前にとっては日常茶飯事のようだからな!」
「やだなあ〜、誘拐なんてもうごめんだよぉ!」
元気も陽気に笑い返す。何て悪趣味な冗談だろう!
「でも…」
けれど、そこであしゅらは思いもかけない言葉を彼から聞いた。
少年は少しだけ真顔になって、あしゅらを見返してこう言ったのだ。
「あしゅらさん、ブロッケンさんたちなら!また研究所に来たっていいんだからね!」
「!…ははっ!」
一瞬、ぽかん、として。
そして、その意味が分かって、男女半々の怪人は快活な笑い声をあげた。
…まったく、この子どもたちはどこまで豪気なんだ!
「それは謹んで遠慮させてもらおう…命がいくつあっても足らなさそうだからな!」
「…ふっ!」
笑むあしゅらの背後で、伯爵殿が多少その無表情を崩してしまう。
「では、ブロッケン。お前にこの艦の指揮権を返そう」
「ああ」
さあ。出発の時だ。
す、と身をひるがえし、あしゅら男爵が退く。
代わりに歩み出るは、ブロッケン伯爵。
「では、行くぞ!」
かつ、とブーツのかかとが硬い音を鳴らし。
首を右腕に抱えた異形の将校が、ブリッジの中央に立つ。
「飛行要塞グール、発進!早乙女研究所に向けて進路をとれ!」
再びグールの指揮権を我がものとした悪魔の支配者の命に従い、鉄仮面兵たちが動き出す。
「エンジン点火!」
「エンジン点火!」
俄かに騒がしくなるブリッジ、通信が機内中を駆け巡る。
どぅ、と、その身を震わせる飛行戦艦、エルレーンたちの全身を軽く揺るがして…
そして舞い上がる、全長200メートルもの巨体が蒼空へと―!
「飛行要塞グール、発進!」


そうして、こちらは早乙女研究所。
広い格納庫、銀色に鈍く光る床、そのなめらかな表面にいきなり乱雑な大穴。
ぽっかり開いたその穴の向こうには、土くれとゲッターライガーがぶち抜いたであろう細長いトンネルが延々と…
「三人とも、血相変えて光子力研究所に行ったわけだけど…帰ってこないねぇ」
「俺たちも一応止めたんだけど、『普通に空へ発進したら奴らにバレてしまうんです!』っていうからさ、」
「何かの秘密作戦だって思ってたんだけど…」
その穴を背景にし、口々に言うメカニックたちの表情は微妙なもので。
ゲッターチームの突然の行動に面喰らったままの彼らに、話を聞くミチルもまた、眉を顰めるばかり。
「うーん…」
こんなことまでして、隠れて光子力研究所に行かねばならなかった。
それは元気とエルレーンが誘拐されたからだ、という。
しかし、その当の元気から「友人宅に泊まる」と電話があったのだ。
友人の多い元気には、友達の家に泊めてもらうことはよくあることなのだが。
しかし…
「…一応、まあ…機器とかは破壊されてはいないからさ、もう修理は始めていいよね?」
「あっ…はい、多分」
「一体、いつになったらリョウくんたちは戻ってくるんだろうねぇ?」
ミチルの生返事を聞きながら、頭をひねりながらもメカニックたちは大穴を埋める作業に入る。
ぽつっとこぼした彼らの疑問に、彼女は当然答える術もなく。
「…???」
何一つ状況が把握できず、同じように頭をひねるミチル。
遠い空の下、光子力研究所内でもリョウたちゲッターチームと甲児たちが困惑したまま動けなくなっていることなど、彼女にはまったく思い至らないのであった。


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