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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜agitato〜
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「?!」
「な…?!」
激震。
まるで、世界そのものがわなないているかのように。
だがしかし、ここは大地を遠く離れた天空高く―上空1万メートルに浮かぶ飛行要塞グールの中だ。
空を舞う空間に、地震の波など届くはずがない!
突如陥った緊急事態に、その艦橋(ブリッジ)は動転の中に突き落とされた。
「何だ?!何が起こった!」
あしゅら男爵の叫びに、答えられるものなどおらず。
凄まじい振動に驚き、耐える総員…
激しい揺れはやがて弱まり、そして消えていった。
しかし、今まで好調に飛行を続けていた矢先のこの出来事…異常事態以外の何物でもない!
「一体、何だというのだッ!」
「わ、わかりません!で、ですが…」
重ねてグールの操縦を担当する兵士に問いを叩きつけるあしゅら。
同じように、まるで怒鳴り返すかのような大声で、兵士も叫び返した。
眼前のコンソール、計器にめまぐるしく現れていく変化から、起こった異変の原因を読み取って。
「ミサイルらしきものが、艦後方部に着弾したようです!」
「…ミサイル、だと?!」
「おっ、おそらく何かが急速にこの艦に向かって来ているものと思われますッ!」
「何…?!」
…敵からの、攻撃。
現在は最高速度飛行ではないものの、それでもすさまじいスピードで飛行中のグールに、何が近づいてきているというのか―?!
あしゅら男爵の半男半女の相貌が、等しく疑念と困惑でゆがむ。
だが、彼の思考が次にとるべき行動を探し得るその前に―
「…!」
爆音と衝撃が、再び激しくグールを通り抜けた。
普通に両足で立っていることすらままならないほどの、凄まじい縦揺れ!
「ぐ…ッ!」
「うあああッ?!」
ブリッジのそこここで悲鳴が上がる、
勢いで吹き飛んだペンやファイルが、ばたばたと宙を舞う、
またもや稲妻のように突き通るショックの波が、なおも乗組員たちの精神を逆立てる!
「どうしたッ!」
「な…何者かからの砲撃ですッ!」
「レーダー圏内に、機影出現!」
「何だと?!何者だッ!」
レーダー監視をしていた鉄十字兵の報告は、まさしく「敵」の到来、その証明!
剣呑な怒りが、ぎらりと鈍い光となってあしゅらの両目に宿る。
不意打ちを喰らわせてきた、その憎き「敵」は何者かと、すぐさまに問い返す―
だが。
帰ってきた回答は…
「…UNKNOWN(正体不明)!識別できません!」
「識別できない?!」
「光子力研究所のものでも、早乙女研究所のものでもありません。識別できません!」
「…早乙女研究所のものでもない、だと?」
では、これはゲッターチームによる攻撃ではないのか―?
そうあしゅらの脳裏に思考が靄がかった、次の瞬間。
「…第二波、来ますッ!」
「ミサイルが発射されましたッ!」
悲痛な悲鳴にも似た、レーダー手の叫びがブリッジを貫く。
レーダーにあらわれた小さな光点が、画面中央に向かって…この自艦・飛行要塞グール…矢のようなスピードで移動していく!
事実、この艦めがけて飛び掛ってくる、凶悪なる殺意の動きを寸分違わずトレースして―!
「くうッ…弾幕をはれ!何としても避けよ!」
「はいッ!」
あしゅらの命に従い、即刻に兵がコンソールを忙しく操作する。
グールの両翼から放たれる自動機銃掃射。撃墜ミサイルも、あわただしく数発発射される。
しかし…如何せん、多少タイミングが遅すぎた。
「ぐ…だ、だめですッ、間に合いません…ッ!」
「…!」
激突、そして破裂音と同時に―衝撃!
不吉そのものでしかない爆音が、艦の中腹部を中心にして、同心円状に拡がっていく!
恐ろしいほどの衝撃が飛行要塞グールを揺るがしていく―!
だが、三度目の攻撃は、それだけでは終わらなかった。
数秒後…いや、二、三秒のラグを置いてその後。
―鼓膜を錐で貫き通すような、激しいアラート音!
突如鳴り響きだした警報音に、あしゅらの表情から血の気が引いていく。
「何が起こった?!」
「だ、第二エンジンに直撃した模様!出力が急激に低下しています!」
「!」
「予備のエンジンに点火します!」
「持ちそうか?!」
「いえ…あくまで、予備のエンジンは補助機能に過ぎません」
「このまま飛行状態を保ちつつ、交戦することはできません!」
操縦する鉄十字兵たちの報告は、もはやこのグールがほぼ戦闘不能にまで追い込まれたことを示す。
そう、もはや…飛行要塞グールに残された道は、ただひとつしかない!
刻一刻と悪化していく戦況。
だが、悪魔はなおその手を緩めることなく…さらなる絶望がそこに叩きつけられる!
「―!」
ごおぉぉぉぉぉぉん、という鈍く不快な音が、ブリッジを揺らす―
いや、この飛行要塞グールそのものを揺らす!
「第二エンジン大破!出力がさらに低下!」
「…何とか地上まで持たせろ!反撃は後だ、ともかく着陸せねばッ!」
思いもしない攻撃を受け、一挙に危機に陥った飛行要塞グール…
そのあちらこちら、そこここで混乱が膨れ上がっていた。
鉄仮面たちはおろか、このグールに乗って戦うことを常とする鉄十字兵たちも―
ただ、今は、時折襲い来る激しい衝撃から、自らの身を守ることしかできない!
「うあッ?!」
「げ、ゲンキ!」
「伏せて!伏せてください!」
食堂のテーブルが、椅子が、わなわなと身を震わせる。
床に倒れおびえる元気を、その上から覆いかぶさって守ろうとするグラウコスとルーカス。
二人の身体の影で、動揺に息をつまらせながらも、元気は必死で問いかける…
「な、何?!これ、何?!一体、何が…」
「わ、わっかんねぇよ、俺たちにもッ!」
「誰かに…襲われてる?!」
だが、グラウコスたちにもそれを知る術はない!
「な…何?!何が起こってるの?!」
「…攻撃だと?!馬鹿な!」
格納庫、細い通路が衝撃に揺さぶられる。
激しい揺れに思わず座り込むエルレーン、ブロッケン伯爵は驚愕の表情で鈍色の天井を睨みつけている―!
と、その瞬間、
『…総員に告ぐ!』
「!」
多分に悲壮さを含んだ男女のユニゾンした声が、スピーカーから放たれた。
その放送は艦全体に向けて発される…
誰もが、あしゅら男爵の声に耳を傾ける。
『正体不明機より攻撃を受け、第二エンジンまでが失われた!もはや、これ以上の飛行は不可能!』
「?!」
そして、発されたその言葉に目を見張る!
聞いた者たちが驚きの声をあげるその間すら開けず、あしゅらは緊迫感に満ちた口調でこう言い切り、放送を打ち切った―
『現在より、不時着を試みる…衝撃に備えよ!』
「な…」
「…くっ、何と言うことだ!」
宣言を聞いたブロッケン伯爵の顔に不快とショックの感情が浮かび上がる。
しかし、それ以上毒づくことすらできなかった―
…唐突に、下から突き上げるような重圧!
「!…きゃッ!」
「お嬢!」
急降下の勢いに飲まれ、エルレーンの身体が宙に…一瞬、浮かんだ。
恐怖でいっぱいになる、透明な瞳が。
だが、空に投げ出された彼女の身体は、すぐさまに捕らえこまれた。
エルレーンをつかんだのは、黒い手袋を纏った鋼鉄の腕。
…ブロッケン伯爵。
とっさに放り出された彼のサーベルが、重力に逆らって中空に飛んでいく。
「高度4000メートル!」
鉄十字兵の絶叫。
出来得る限り最速の、だが不時着できるぎりぎりの速度で、急速に高度を下げていく飛行要塞グール。
しかしそれは、危険を伴う降下速度であることは言うまでもなく、そして搭乗員に苦痛をも伴う。
「ぐう…ッ!」
「元気様!」
「ゲンキ!目ぇ閉じてろッ!」
強烈な加速が、元気の小さな身体にプレッシャーとなって襲い掛かる。
少しでもそれを防ごうと、グラウコスとルーカスが必死になって耐える。
「高度3000メートル割りました!」
鉄十字兵の絶叫。
見る見るうちに窓の外の風景が様変わりしていく、高空から一挙に落ちていく。
だが、そんなものを見届ける余裕のある者など、一人もなく―
「…!」
「う…!」
ブロッケン伯爵は、左腕でエルレーンの右腕をつかんだまま、深くかがみこむ。
そうして引き寄せた彼女を腕の中に捕らえこんで、飛ばされないようにして…
エルレーンの双眸に、一瞬…かすかな恐れがはじけた。
しかし、身体を強張らせたまま―彼女は、ぎゅっ、と目を閉じる。
恐怖を押し殺すように。
「高度1000メートル!」
鉄十字兵の絶叫。
あっという間に、高度計のメーターは3けたを示すようになった。
急速すぎる降下は、激突爆破の結果を生む。
だから、そのすれすれの速度を保って、残ったエンジンの出力を微妙に調整しながら…
高度800メートル。
見えてきた下界の風景。
そこはどうやら緑深い山々のようだ―
高度500メートル。
鮮やかな木々が葉を伸ばす森が、眼前に迫ってくる。
グールの急下降する音は、まるで大鳥のうなり声のようで。
高度300メートル。
誰もが歯を喰いしばり、しっかりと構え、衝撃に備える。
その瞬間は近い。
巨大な鋼鉄の塊は、抑えたとは言えど…恐るべき慣性を持って、凄まじき勢いで宙から降り注ぐ。
高度100メートル。
あしゅらが、
ブロッケンが、
エルレーンが、
元気が、
グラウコスが、
ルーカスが、
鉄仮面たちが、
鉄十字兵たちが、
その呼吸を止めた―


そして―
0メートル!


今までとは比べ物にならないほどのショックが、鋼鉄の鳥を揺さぶった―
激しく大地をこする音、連続した衝撃!
振動が終わることなく人々を揺さぶる
大地が悲鳴を上げる
何十本の木がばきばきと音を立てて砕ける
引きちぎられる森
えぐられる地面
うっすらと白煙を上げながら、飛行要塞グールはその巨体を緑に沈めていき…


…やがて、止まった。


そこは、早乙女研究所からしばし南に下った、人気のない山中。
奇跡ともいえようか、その森の木々がクッションの役目を果たしたか…
ともかく、グールはそれ以上爆発することなく、静かにその動きを止めた。
もう、飛ぶ気力すら失ってしまったかのように。
それでも、無事に着陸できたことは確かなようだ。
そこまで達して、ようやく…
「うう…」
「…」
皆、立ち上がることができた。
「な、何とか着陸はできたか…!」
軽く頭を振りながら、あしゅらは一人ごちた。
「しかし、一体何者が攻撃を仕掛けてきたのだ?!」
あたかも、あしゅらの独語に答えるように。
「敵」は姿をあらわそうとしていた―今、まさに。
レーダー手が、騒々しく叫ぶ。
「…正体不明機、近づいてきます!」
「警戒を怠るな!ミサイル発射の準備をして―」
あしゅらが間髪入れず命を飛ばそうとしたが…その刹那だった。
「え、えッ?!」
「な、何だ、これ…?!」
数人の兵が、戸惑いの声をあげた。
困惑気味に計器を見る彼らの目には、動揺がありありと浮き出ている。
「どうした?!」
「で、電波ジャックです!正体不明機から、強力な電波が発射されて…」
と。
兵の説明に、奇妙な音がさしはさまれた。
振り返る。
スピーカーが、モニターが…自分勝手に、うなっている!
『……う……お……』
電波ジャック。
強制的に、こちらの回線に割り込みをはかるというのか!
その犯人は、おそらく先ほどの砲撃を喰らわせて来た連中に違いない。
それは何の意図があってのことかわかるまいが―
『…は、……あ……せよ』
砂嵐の音は耳障りにも鳴り渡り、大きく小さく波を打つ。
モニター画面に吹き渡る、白と黒の光点の渦と同調して。
だが、やがてそのノイズは少しずつ消失していき、その後に残されるものが、はっきりと聞き取れるようになると―
「―!」
男の鋭い瞳が、女の切れ長の瞳が…嫌悪と怒りの色に染まった。


その声は、こう告げたのだ。


『…ちらは、百鬼帝国百鬼百人集・暗邪鬼。応答せよ』
「?!」
「え…?!」
鳴り渡る割り込み放送。
男のだみ声が、格納庫のスピーカーを震わせ、その名を告げる。
エルレーンが、ブロッケン伯爵が、その名を聞く。


『こちらは、百鬼帝国百鬼百人集・暗邪鬼。応答せよ―』


鳴り渡る割り込み放送。
男のだみ声が、食堂のスピーカーを震わせ、その名を告げる。
元気が、グラウコスが、ルーカスが、その名を聞く。
「ヒャッキ、テイコク…?!」
「あ、ああ…!」




『こちらは、百鬼帝国百鬼百人集・暗邪鬼。応答せよ』





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